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衝動(円鬼)
感情が揺れ動く時なんて

いつも突発的なんだと思う


《衝動》


パンッ、と頭の中で何かが壊れる音がした。

それは『理性』なのか、『抑制心』なのか
それが何であるのかはわからないけど、確実にあの時、何か箍(たが)が外れたような気がした。



俺はサッカーが好きで、昔からいつも考える事はサッカーの事ばかりだったと思う。
暇さえあればボールに触っていたし、それが何より嬉しくて楽しくて仕方がなかった。
サッカーの事を考えていると、何かこう、沸き上がるようなワクワク感がみなぎってくる。
ワクワクする、それってサッカーが『好き』って事の何よりの証だろ?

…そうだ、俺にとっては俺の知る限りの最大の『好き』はサッカーだったんだ。
それ以上もそれ以下の『好き』も、また、それ意外の好きも俺は全く知らなかった。


ー…なら、これはどういうことなのだろう?



「…円ど……っ」
「ーーっ、」

詰まるようにくぐもった呼吸が、ようやく吐息のように漏れて俺の首筋をくすぐる。
色んな彩を見せる空が、今は薄く赤い夕日となって、柔らかく町並みを紅に染めている。
じんっと淡いそれは、きっと俺達すらもその色に変えてしまうのだろう。

ぎゅっと、背中に回った腕に、またわずかな力を込める。
自分の腕の中で、驚き固まったようにしている相手がどんな表情をしているのか、抱きしめているこの形からは見る事はできないけれど。

あれ?俺、何してるんだっけ?

何で鬼道抱きしめてんだっけ?

鬼道は仲間で、友達で、何より男で。
…じゃあ、何で俺…今こうして固く包んだ腕を離そうとしないんだ?



ああ、そうだ。
そもそものきっかけは音無の言葉だったんだと思う。

数日前、部室でふとした会話から始まった。
まだ部員が出揃っていないその空間で、誰かが何気なく言い出した色の好みの話。
不意に誰かがその場にいた音無にその話をふったのがキッカケだった。
「何色が好き?」と聞かれた音無は、即答で「赤」と答えた。
「何で赤なんだ?音無は青ってイメージあったけど…」
俺の横でスパイクの靴紐を結びながら顔だけ上げた風丸が不思議そうにそう尋ねた。
「はい、もちろん青も大好きですよ?でもやっぱり赤かなーって」
ニッコリ微笑んだ笑顔。
彼女は本当に明るい笑顔を見せる少女だと思う。
「そういえば眼鏡も赤だもんな」
そう言われると、スッと頭の上の眼鏡を外して嬉しそうに眺めている。
その視線がやけに慈しむような、愛おしいそうであったのがやけに気になって。
部活が終わった後、グラウンドの端でデータを手帳にまとめていた音無に俺は尋ねてみた。

あの時、何で尋ねたのだろう。
何をそんなに気になったのか、胸の中で渦巻くものは何なのか……俺には全くわからなかったんだけど。

音無は答えた。
「赤はお兄ちゃんの色なんです」
ニコッと浮かべた笑顔は、本当に嬉しそうだった。
「鬼道?鬼道って赤いもの身につけてたっけ?」
ひょっとして帝国時代のマントの事か?と思ったが、それなら青だっていいはずだ。
「はい、目なんですよ。…って、そっか、キャプテン達は皆さん見た事ないですもんね。お兄ちゃんの目、凄く綺麗な赤をしてるんです」
それが、大好きなのだと幸せそうに語る音無に、胸がツキリと締め付けられた気がした。
いつか機会があったら見て下さい、と言った音無に笑顔で返事をしながらも、何故だか胸に残った不思議な違和感が残っていた。

音無と話して思った。

俺、ほとんど鬼道の事知らない。
目の事もそうだけど、鬼道がどんな事で喜ぶのかとか、何が苦手なのかとか…ちょっとした些細な事から広い事まで、ほとんど無知な自分を知った気がした。

それが何でか無性に悔しくて。

……悔しい?
何でだ?
友人とはいえ、他人である以上、知らない事があっても当然なのだ。
でも、何故か俺は鬼道の全てを知りたいと思っている。

何だろう、これ。

もちろん、仲間の皆の事ももっとたくさん知りたいと思っている。
けど、何て言うのかな。
鬼道の事はそれ以上に、もっともっと…全部を知り尽くしたい。
他の誰も知らない鬼道を、俺だけが独占したい。
そんな考えが流れるように頭を過ぎる。

何言ってるんだろ、マジで俺。

鬼道は男で、友達で…
独占とか、そういうのちょっとおかしくないか?

鬼道はスゲー奴で。
サッカー上手いし、頭いいし、いつも憧れるようにあいつの動きを見ていた。
その自分の視線の意味が、少しずつ変わっていくのを今まで気がつきもしないで。



あれから数日経った今日。
いつもの練習場で一人タイヤと格闘していた俺のところへ、鬼道がやってきた。
暇だったから手伝うと言ってくれた言葉に素直に甘えて一緒に特訓していたのだ。
いつもと変わらない光景だったのに。

不意によそ見した俺にタイヤが向かって来て、それを鬼道がかばって俺を突き飛ばしてくれて。
でもそのせいで鬼道の顔の側面にタイヤがかすってしまって。
心配して駆け寄る俺に、「かすっただけだから大丈夫だ」と苦笑した鬼道に、念のため赤くなってないかゴーグル外すぞ、って外したのがそのキッカケで。

鬼道の赤が好き。
音無はそう言った。

ゴーグルの下から晒されたそれは、夕日の淡い光を受けて尚、吸い込まれるように栄えていた。

初めて、惹かれる赤を見た。
そう思えるくらい綺麗なその色にくぎづけになるくらい。

そして、同時に沸き上がる感情と欲情。

この赤を、この色を持つこの人物を誰にも渡したくない。
この手の中に包み込んでしまいたい。

衝動、だったのかもしれない。
まるで外界から、その人の全てを独占するかのように腕の中に閉じ込めていた。



「ーっっ、円堂っ」

再び堪えられない、と言ったようにくぐもった声が聞こえて意識を戻す。

本当、何してんだろう…俺。

鬼道は友達で仲間で男で。
その鬼道を独占するかのように固く抱きしめて。

でも、俺の腕の中で小さく身じろぐその様さえも、不思議と愛おしくて堪らなくて。


俺はサッカーが好きだ。
俺の『好き』という感情の計りとなっていたのがサッカーで。
サッカーをしているとワクワクとした感情が込み上げて、つまりそれが『好き』って事で。

じゃあ、鬼道は?
鬼道にこうして触れていると、何かこう…胸が締め付けられるような、スゲー不思議な感じになる。

ほら、今も触れる部分からじわじわと熱が伝わってきて、それが刺激するように心臓がドキドキと早鐘を打つ。

苦しいようでいて、どこか心地よいそれは何と表現していい感情なんだろうか。

ああ、もう。
男だとか、友達だとか、言い聞かせるような理性なんかどうでもいい。

何かが壊れるような音が、頭の中で響いて。

それよりも、今こうして腕に収まるこの人物を、本当の意味で手に入れたいと心から思う。
それが箍(たが)が外れた素直な気持ち。


少しずつ、暗く変わり行く夕日は今だ赤く、俺達を染めるその淡い光からさえも独占するように包んだ温もりを確かめながら、まだ自分でも気が付かないその感情の意味を、少しずつ育んで行くのだった。



ーー名もなき感情

育みながら、その意を知る




**************

長くなりましたね。
初円鬼文。
円鬼というか円→鬼といいますか…。

円堂はまだ無自覚です。本能的に嫉妬といいますか、独占欲が沸き上がったような感じです。
何かこう、円堂が自覚するまでみたいなのをかきたかったんですが…ちょっと意味不明に。

これと対といいますか、春奈の意みたいなのも考えていたので、また機会があれば書きたいなーとは思います。

読んで下さった方、ありがとうございました。


2009.7.18

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