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しにたがり屋の妄言 (AT)





しにたい。

と彼は言った。


展望室で星々を見ながら、もう一度、しにたい。と呟いた。
どうして、なんて聞く気にもならなかった。何故なら彼の口からこの言葉を聞くのはこれが初めてではないからだ。

「ねぇ、ティエリア。僕はどうしてここにいるのかな」

しるか。
と答えたいところだが、この返答をすると彼はひどく落ち込むので、後処理がとても面倒くさいのだ。
嗚呼、誰がこんなにも彼を弱く、脆弱な人間にしてしまったのか。

「ねえったら」

「そうだな、ガンダムに乗って戦争を根絶する為じゃないか?」

「君はいつもおんなじこと言うね…。たまには何か違うこと言ってくれても良いじゃないか」

「君は僕の為に生きているのさ、とか?」

「ナニそれ」

「この前見た」

あれは陳腐な番組だった。女性クルーたちはキャアキャア騒いでいたようだが、本当にくだらない。人が死んで、周りが悲しんで。そんな物語だった。
人が死ぬくらいで感動を覚えるなら、世界は平和に違いない。

アレルヤはハァ、と溜め息を吐いてから、僕に話しかける(僕はアレルヤの溜め息を吐く顔が嫌いだ)。

「心からそう思ってくれてるなら嬉しいんだけど…。残念ながら君の言葉からは、冷たさしか感じなかったよ」

そう言ってまた溜め息を吐く。
彼の「しにたい」という言葉は、ただ人の気を惹きたいときに使われることが多い。そして大抵僕に向けて使われる。

そんなことは僕に言わないで、もう一人の君自身にでも言えば良いじゃないか。
どうして僕なの。
どうしてそんなこと僕に言うの。
沈黙が生まれた。空気に耐えかねたのか、アレルヤは言葉を紡ぐ。

「……ね、どうして僕が死にたいのか教えてあげようか」

「…別に、知りたくなんて……」

ない。死ぬ理由なんて聞いたら僕が君を死に追いやってしまいそうで怖い。でも同時に生きる理由でもある。
どうせ嘘なんでしょう?しにたい、だなんて。
ねえ、嘘だと言って。

「誰かにね、僕のこと忘れられるのが恐いんだ。死ぬって、誰からも忘れられることだと思うんだ、僕は。だからね、忘れられる前に死にたいの」

アレルヤは微笑を浮かべながら静かに話した。
彼の言葉を聞いて、涙がでるかと思った。彼を弱くしてしまったのは誰だ。こんなにも彼を悲しくさせたのは誰だ。

目を閉じて、心の中で泣く。目からは何も流れない。代わりに僕の目には一つ、星が流れていく様が映っている。

「……泣いてるの?」

「まさか、誰が君の為になんか泣く必要がある」

「でも変な顔してる。今にも泣きそうな顔」

「それは……」

だって僕は君に死んで欲しくないんだ。なのに笑って死にたいなんて言わないでほしい。
言葉にはしないけど。
僕が黙り込んでしまったからか、アレルヤはおやすみ、と言って自分の部屋に戻っていった。

僕には、星の行く末を見守るしかなかった。



ねえ、いつか二人で星の終わりを見たことを覚えているだろうか。星が終わりを向かえて爆発を起こす、スーパーノヴァという現象を。
君はあれを星の誕生と呼んだ。さながら、大昔の人間のように。たしかに一見そう見えるような気もする。でもあれは確かに終わりなのだ。

「あんな綺麗な終わりだったら良いのにね、人間も」

美しい終焉をむかえることが出来るのは星くらいだよ。

相変わらずアレルヤの言うことは理解出来ない。

「人間死んだら星になる、っていうけどさぁ、あれって嘘だよね。僕は絶対星になんてなれないし、人殺しだし、そもそも人間かどうかだって怪しいし」

はは、と力なく笑うアレルヤの顔もすきではなかった。
彼の銀灰色の目は、あの日たしかに終わりを見ていた。人間が行き着く果てを。
そんな彼の瞳をうつくしい、と思った。あまりにもその場に似つかわしくない思考だったので、口には出さなかったが。

君が死んだら。
世界は変わるのか?人間は戦争を止めるのか?それは違うだろう。

君が死んだら。
僕が悲しむだけだよ。



ねぇ、アレルヤ。君がしにたいなら、僕は君の命を奪う死神になりたい。そうしたら、悲しいことなんてなにもない。

「しにたい、か……」

口に出してみると陳腐な言葉である。「あいしてる」と同じくらい愚劣な言葉である。
もう殆どアレルヤの口癖になっているこの言葉を口に出しても、アレルヤはさして反応しないだろう。自分は何か言わないと怒るくせに、相手のことは「ふーん」の一言で返すのだ。必要以上の干渉はしたくないのだろう。
僕は君のそうところは、嫌いじゃない。




「しにたい、よ」

「……」

「もういやだ、こんなの」

「……」
俯いて、僕の方など見ずに彼は言う。彼はいつも不安定でいる。まるでそれが義務であるかのように。
誰が彼を弱くさせたのか。もしかしたら、それは僕の所為かも分からない。

「僕は、死にたくはない」

僕は死にたくない。と、はっきり告げた。するとアレルヤが驚いたようにこっちを見た。
いっそ、聞きたいことを全部聞いてしまおう。言いたいことを全部言ってしまおう。

「しにたいなんて、嘘だ。終わりが欲しいなんて、嘘だ。いつだって君はしにたいと言うが、じゃあ死んでみろ!世界はなにも変わらない!君の存在だって、時間とともに消えるだけだ!……君が、」

その先は言葉にはならなかった。涙が留めどなく溢れていたからだ。喉は渇いて、出てくるのは嗚咽だけだった。

「君が、死んだら……僕はどうなる。どうすれば、良い」

「ティエリア…、その、ごめん、ね…」

泣かせるようなこと言って。と、僕を抱き締めた。アレルヤはいつも温かくて、気持ちが良い。

「だったら……」

もうしにたいなんて言うな。と言いたかった。しかしそれを口には出来なかった。
アレルヤの目が、いつかの星の終わりを見たときの目をしていた。

「アレ、ルヤ…?」

「ごめんね」

その言葉は僕を突き放した。アレルヤの腕の中は温かいのに、足元から冷えていくような感覚に襲われた。お願いだからその続きを言わないでくれ。
今度こそ凍えて死んでしまう。

アレルヤの口が開く。
聞きたくない。

「ごめんね、」

頭の中で警鐘が鳴る。

「でも僕はしにたいんだ」




目眩がする。
終わりの来ない君の終わりに。

きっと僕らの望みが叶うことは、ない。


end.



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