自己肯定できない (AT)
アレルヤは精神科医(?)、ティエリアは患者
朝起きて、確認すること。恐る恐る瞼を開け、自分を確かめる。心臓は正常に動いているか、血液は体を流れているのか。僕は今日も人間だろうか。
「うん、今日も問題無しだよ、ティエリア」
「…そうか」
無機質な部屋には僕とアレルヤしかいない。今日が平日だったら、喧しいハレルヤがいるだろうから、今日は休日なんだろう。ここには時が分かるものがない。時計はアレルヤがもっている腕時計だけだ。彼は普段それをしていない。ここには必要のないものだからだ。
「相変わらずかい?」
「ああ」
「それはなにより」
「皮肉か?」
「まさか」
僕は周りから見ればきっとキチガイ、と呼ばれるであろう存在で、ここにはそのような奴らが集まってくる。ありとあらゆる事情で頭のおかしくなった者、精神的な問題で口をきけなくなった者、自傷を繰り返す者、色々訳ありな人間たちの集まる場所なのだ。僕はここを「病院」と呼んでいる。他の人は「家」と呼んだり「監獄」や「掃き溜め」と呼んだり、まちまちだ。アレルヤは「病院」のいわゆる医院長で、実際に医師免許も持っているらしい。
「君はいつになったらここを出ていくんだい?」
「……早く出ていけということか」
「違うよ」
偽善的な笑みを浮かべながらアレルヤは喋る。所詮、僕のことなどはどうだっていいのではないか。そう思ってしまう。思い込みだろうか。しかしこの笑顔だけはどうしてもすきになれない。
「本来なら君はここにいなくてもいいのに、どうしてか君はここにいる。僕は君の心配をしているんだ」
ああ今度は偽善の押し付けか。この泥々とまとわりつくような台詞が僕の感情をおかしくさせるのだ。何を期待しているのか知らないが、僕にはどうせ何も無いのだから見返りを求めるのはやめてほしい。
日が傾いて窓から日差しが入り込んできた。丁度アレルヤと僕を守るように。もう自分の部屋に戻りたい。息苦しくて(あるいは生き苦しくて)窒息してしまいそうだ。ああ寧ろ、何もかも吐き出してしまいたい。
「どうしたらいいんだ」
「何が。ちゃんと言ってくれないと分かんない」
「分かんないのは俺だ!俺は何なの、分からない!だって、」
「ティエリア」
「君だって薄々思っていたかもしれない!僕は、僕は何…?人間、ほんとうに?どうしたら人間でいられるの、ねえアレルヤ、」
吐き出したら、目の前が真っ黒になった。アレルヤの妙に優しげな眼差しだけが見えた気がした。
夢を見た。いや、ここはまだ夢の中だ。はっきりとそう自覚できたのは、一面に広がっている花の所為だ。なんともいえない香りが鼻腔をくすぐる。夢なのに香るなんて変な話だ。
「ああ、ティエリア。やっと見つけた」
「……ア、レルヤ」
ざくざくと花を踏み潰しながらこちらに寄ってくる。一歩下がって僕はアレルヤとの距離をとった。何も言ってこない。だから僕も何も言わない。そうか、ここは僕の夢なんだからアレルヤはきっと僕が望んだ言葉を言ってくれるに違いない。きっとそうだ。
「アレルヤ、」
「君は、分かっているんだろ?」
「……?」
「自分は人間なんだってことを、さ。だって君はとても優秀だもんね」
アレルヤは、偽善的ではあったがちゃんと僕には優しくしてくれる。多分それは疑いようのないくらいのもので、それに縋ってしまうのもまた仕様もないことだった。
突き放されたことなんて、一度だって無かった。
「分かってるんだからさ、消えちゃいなよ。どっか行けば良いんだよ」
眼が覚めた。というか無理矢理意識をシャットダウンさせた、に近い。嫌な汗をかいている。堅い床で寝ていたようだ。道理で変な夢を見る。やけに身体中が痛いのは、やはり僕がいやでも人間であるからなのだ。
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