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臆病風、どこ吹く風 (NT)







世の中に、全てにおいて完璧な存在がいるとして、それが人間である確率はどれくらいだろう。おそらく限りなくゼロに近い数字ではないだろうか。コンピュータでさえ出来ないことだってあるのだから、尚更人間が完璧になることは不可能なのである。

「なんですか」

じい、と見ていたらその視線に気付いたのか、手にしている端末から目を離さずに言った。常に頭のてっぺんから指先一本まで力が入っているような、そんな繊細さを感じる。

「んー、ちょっと考え事してた」
「何を?」
「何だろうな?」

ティエリアは、はぐらかさないで下さい、と顔を上げた。レンズ越しの赤い瞳と視線が絡み付く。真っ直ぐに見られるのは苦手だった。ふい、と目を逸らして何を言おうか考える。こいつの目はまるで俺の頭の中を全部見透かしている気がして、まともに目を合わせたことが一度も無かった。

「どうしたらその強情な姿勢を崩せるかなって」
「強情…、あなたには言われたくないな。あなたは強情かつ高慢で我儘だ」
「お互い様、だろ」
「ふん」

嘲笑っているのかそれとも自嘲なのか、どういう意図であれティエリアの笑っている(にやり、と効果音が付きそうな)顔を何日振りかに見られたので俺の気分は幾分か高揚した。笑ったこいつはいつもより五割増しで美しい。

「やっぱりお前は笑ってた方が良いよ。その方が余程人間らしい」
「……僕は、このままで良い」

そう言って目を伏せた。こいつは何を知っているんだろう。例えば宇宙の全てを知っていたとしても、人間の感情がなんたるかを知らないだろう。感情が、屈折どころか反射してどこか遠くへいってしまったかのような。

「だったら、」
「うん?」
「だったら逆に人間らしいとは、何ですか」

良い質問だ、と思った。俺は学者でも先生でもないから、何を言ったら正しいのかなんて全然分からなかった。勿論、答えなんて人によって違うだろうし、或いは全員大ハズレかもしれない。まともな答えを返せる奴なんて誰一人としていないのだ。例外なく、俺もその一人なのであった。

「そうだなー…、やっぱり俺みたいな奴のことかな」
「……」

じろり、と睨まれて俺は黙った。ああやはりあの真紅の眼は俺を見抜いている。頭が射抜かれたような、何とも言えない感覚が伝った。沈黙が続く空間にハァ、とティエリアが二酸化炭素を吐きだした。

「前言撤回、貴方はただの臆病者だ。自分の本当が見られるのが嫌だから、目を逸らして茶化して嘯いて誤魔化している」
「……」
「貴方は僕に一度だってまともな返事をしたことなんてない。だから、」
「いい加減黙れよ」

気付いたら俺は立ち上がっていた。ああもう、完璧な奴なんてやはりいない。無性に腹が立った。何に対しての感情なのか分からない。俺を見事に言い当てたつもりでいるこいつか、素直に言われたことを飲み込めない俺か。どのみち、この憤りの矛先がティエリアに向いてしまうことは確かなのであった。俺はこいつに何も求めてなんていないのに。






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あきゅろす。
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