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喚き声を聞いた (AT)






グシャリ、と音が聞こえた気がして振り返った。近くにあった木のそばに近寄ってみると、蝉が一匹潰れていた。誰かが今さっき踏んでいったのであろうそれは、ぐちゃぐちゃになってしまっていた。

「ティエリア、どうしたの?」

僕の前を歩いていたアレルヤが立ち止まった僕に気付いて寄ってきた。

「……蝉が」
「どこ?……ああ、本当だ」

アレルヤは屈んで蝉を見つめる。首筋の汗が垂れるのが見えた。彼は暑いとか言ったりしないが、やはり僕と同じように暑いと感じているんだ、と思うと少し嬉しかった。

「可哀想に」
「……」
「土に埋めてやりたいけど、これじゃ無理かな…」

蝉に向かってごめんねと言う。端から見れば少々頭のおかしい奴だと思われているのかもしれない。その姿を見ている僕の額から、汗が一筋垂れた。

「彼だって、土から生まれたなら、土に還りたいだろうに」
「そう、だな」

蝉のことを彼と呼ぶアレルヤの優しさがすきだった。なんでアレルヤはこんなにも優しいんだろう。

「……」
「ティエリア?」

僕はアレルヤの隣に屈んで、蝉の羽を指先で掴んだ。立ち上がり、手を上に上げて指を離したら、羽は風にさらわれて遠くへ吹き飛んだ。

「…せめて、羽くらいは空に還してやろうと思って」
「ティエリアは優しいね」
「そんなことない…」
「あるよ」

よいしょ、と言って立ち上がったアレルヤは、僕の手に自分の指を絡めながら、細くて綺麗な指だね、と呟いた。

「帰ろっか」
「まだ話は終わってない」
「え?ティエリアは優しいです。で終わりじゃないの?」
「納得がいかない」

僕が優しいって?そんなことあるわけがない。人が何人死のうが、蝉が一匹死のうが、変わらないって思ってるのに?さっき僕がしたことだって、アレルヤのようになりたいからなのだ。

「じゃあ聞くけど、なんで君は蝉のために立ち止まったの?」
「偶然だ。音が聞こえたから…」
「別に気にする程のことじゃないでしょ?何か理由があるはずだよ」

アレルヤの真っ直ぐな視線が、もう君の考えなんてお見通しなんだ、と伝えるようだ。別に言わなくてもアレルヤは怒ったりはしないし、第一そんな重要な話題でもない。
だけどアレルヤは優しいから。そういうところがすきだから。
本当に、アレルヤには敵わない。

「……なんだか、僕らみたいだと思って」
「……」
「精一杯、自分のやるべきことを、使命のような何かを果たすべくないている彼らが、似てる」

アレルヤにならって、彼らと言ってみる。

「思いもよらず、ずっとやり続けてきたことが無駄になってしまう。…こんな風に。自分の死にたい場所も選べない。僕らも同じだ」
「そう言われると、似てるかもね」

歩こうか、とアレルヤは言った。うなずき、歩き出す。
隣でアレルヤは何を考えているんだろう。蝉のことだろうか。それとも、僕のことだろうか。

ねえ、とアレルヤが言った。

「嫌じゃない?」
「何が?主語を付けろ」
「このまま帰るの」

何が言いたいのかさっぱり分からない。顔に出ていたのか、アレルヤが説明しはじめる。

「どうせ短い一生なんだから、さ。も少しこの暑さをあじわいたいというか」
「人間の寿命は、約80年と聞いたが」
「うんと長い歴史の中で、たった80年。蝉は7日間だよ。僕らに比べたらうんと短い。だったらさ、」

アレルヤは僕の手を掴み、反対方向へと歩きだした。そして振り向いて言う。
「君とこうして生きている時間を無駄にしたくないじゃない?」
「……。…じゃあ涼しい所に行きたい」
「分かった」

ああ確かに短い一生では、大したことは出来ないかもしれない。だからせめて今こうしている一瞬を大事にしないといつか後悔することになる。例えば君といる時間。例えばこの暑さ。

蝉という奴らは僕に似ていると思った。誰かが恋しくてないてるの、静かに息絶えることが悲しいの。そんなところが似てる。

一際大きく蝉がないた気がした。もうすぐ夏が終わるのだ。


end.


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あきゅろす。
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