とある一コマ。
冬も近く気温が下がり始めているこの時期。
空気が冷えて冷たい風が吹き抜ける中、校舎の隅にある池の前に釣りをする影が二つあった。
「う〜…さっみぃ!マジさみぃっ!さーむーいーっ!」
肌が出る部分が多い制服を着用している天十郎は容赦無く吹き抜ける冷たい風を全身で受け、寒さで震えながら喚いていた。
「…はぁ、うるさい。魚が逃げてしまうだろう」
先程から隣で寒いと喚き続けている天十郎に流石に呆れてしまい、常に常備しているハリセンを取り出し勢い良く頭を叩く。
ハリセンの良い音が辺りに響くと同時に天十郎の叫び声も一緒に響き渡った。
「いってぇーっ!おい千、いきなり何しやがんでぇっ!」
「うるさいから叩いた。叩かれたくなければ静かにしていろ」
「うっ…」
すかさずもう一度ハリセンを構えれば叩かれる事が嫌なのか、天十郎は片腕で頭を抑え、釣竿を持ち直して池へと向き直す。
その様子を見てこれで静かになる、と判断した千聖も釣竿を持ち直して釣りに集中する事にした。
「……う、うぅぅっ…」
暫し静寂が訪れたと思ったのもつかの間、隣で大人しくしていた天十郎がまた寒さでカタカタと震え、唸り始めた。
そんな様子を横目で見遣り、千聖は重く息を吐き出す。
(いくら暑がりだからといってこの気温でそんな格好しているから悪いんだろ…)
内心そう思うが言って服装を変えるような天十郎ではないと理解している為、敢えて口には出さない。
寒さで震え続けている天十郎を見ながら一旦リールを巻いて自分の釣竿を持ち、立ち上がって座っていた椅子を持ちながら天十郎の後ろへと移動する。
「……ん?」
千聖の突然の行動を不思議に思い顔を振り向かせ、様子を伺おうと思った最中、背後から千聖の腕が伸びて来てそのまま身体を抱き締められた。
「なっ…!?」
突然の行動に驚く天十郎を特に気にせず、無言のまま器用に片腕で竿を投げて池の中へと針を落とし、釣りを再開した。
「っ、おい!千っ!何なんでぇ、これは!」
何も言う事無く黙々と釣りを続ける千聖に思わず声を張り上げて問い掛ければ返事が返って来る前に更に身体を密着させられ、強く抱き締められた。
「…ん?お前が寒いと言うから暖めてやっているんだ。何か文句があるか?」
「……へ?」
返って来た返答は意外なもので、天十郎は思わず間抜けな声を上げた。
自分の為に、という千聖の言葉に思わず表情が柔らいだ。
確かに、この密着した状態は先程迄とは違って暖かい。
冷たい風を遮る事は出来ないが、背中から伝わる体温が心地好い。
「へっ、そう言うんなら…このままでいさせてやってもいいぜ」
素直とは言い難い返答を返しながら背を千聖の胸元へと預けて身体を密着させ、伝わる体温の暖かさに身を預けた。
そんな様子に思わず吹き出してしまいながらも天十郎の肩に顎を乗せ、片腕で身体をしっかりと抱き寄せる。
「ふ…、そうだな…素直でないアホな主人の為にこのままでいるとするか」
「なっ、アホって何でぇ!アホっ……、ん?」
アホと言われたのが気に食わずに言い返そうとした瞬間、お互いの竿が引き先端部分がしなっている事に気付き、言葉を止めて慌てて竿を握り締めた。
「千っ、引いてんぞ!おめぇのと俺様のも両方!っしゃ、きたきたきたぁっ!」
「そうみたいだな…って、おい天!無理に引くな!」
獲物が掛かった事にテンションが上がってしまったのか、天十郎は千聖の竿が近くにある事も忘れて竿を引く。
そのせいで二人の釣り糸が絡みそうになるのを何とか防ごうと千聖は悪戦苦闘する。
「逃がすかっ、俺様の獲物ー!」
「だから、人の話を聞け!このホゲがっ!」
冬も近い寒い季節。
寒さを忘れてこうやって二人で騒ぐのもたまにはいい…かもしれない。
―――――
小話的な千天。
二人はこんな感じで毎日過ごしてたら可愛いなー、って思って出来た話でした。
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