夏祭り
それは、天十郎の一言から始まった。
「よぉし、おめぇら!今日は祭りに行くぞぉっ!」
補習を始める直前、何時もの如く千聖の作ったおやつをA4揃ってアホサイユで食している最中の事だった。
突然テーブルに足を掛けてそう叫んだ天十郎に対し、千聖はすかさずハリセンを取り出して音を立てながら天十郎の頭を思い切り叩く。
「行儀が悪いぞ、天」
「いってぇっ!な、なにしやがんでぇっ!」
「テーブルに足をかけるお前が悪い」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ天十郎をさほど気にする事無く取り出したハリセンをしまい、ソファに座り直して食べかけだったおやつを食べる。
叩かれた場所を撫でながら文句を零すもまた叩かれるのは嫌なのか、足を下ろしソファに座ってから天十郎は自分の方に視線を集めようとテーブルを数回叩いた。
「だから、今日は祭りがあんだろ?だからよ、みんなで行かねぇか?」
改めて言い直された提案に八雲、アラタ、千聖はそれぞれに考え、思いを口にしていく。
「お祭り…う〜ん、おいしいものいっぱい…よっし、やっくん行っちゃうナリ!」
「そうだねぇ…、みんなで浴衣で行ったりするのもイイカ・ン・ジじゃない?ンフッ」
「……面倒だが、天が行くなら俺も行かねばならんな」
一人仕方なく、という返答だったがそこは敢えて流し、了承を得て満足そうに笑う天十郎を中心に今夜の予定が立てられていった。
―――――
「あ、てんてん〜ふーみん、こっちこっちー!」
「もう、遅いよ、二人とも」
日も随分と落ち、待ち合わせ場所に一足先に来ていた八雲とアラタが待ち合わせ時間を過ぎてやって来た天十郎と千聖を見つけ、個々に声を掛けた。
「悪い悪い、着替えに手間かかっちまってよぉ」
「全く…、お前がこれは嫌だ、あれも嫌だと文句を言うからだろう」
遅刻した事に対して悪びれる事なく笑う天十郎に対し、着替えの段階で色々と面倒があったのか既に疲労を見せる千聖の様子に一早くアラタが気付き、思わず苦笑が漏れた。
「っし、さっさと行こうぜ!祭りだ祭りだぁっ!」
「あ〜、ぼくも行く!」
そんな事に気付かない天十郎と八雲は少し離れた場所から聞こえる賑やかな声と食べ物の匂いにつられ、早々に祭りの輪の中へと向かって行ってしまう。
「あ、天!勝手に……チッ、もう見えん」
人混みに紛れてしまい、早々に姿が見えなくなってしまった二人に舌打ちをしながらも天十郎の傍を離れる訳にはいかないと思い、直ぐに追い掛けようとした。が、動こうとする前にアラタに肩を掴まれて制止され、それは適わなかった。
「はい、チィちゃん。ちょちょちょーっとストップ」
「何をする、嶺…離せ。天が……、…ッ?」
天十郎の事を気にして焦る千聖の唇に人差し指を軽く当て、言葉を止めた。
その行動の意味が理解出来ずに眉間に皺を寄せながらアラタを見遣れば唇に当てられていた指でふに、と数回唇を押される。更に理解出来ない行動に慌てながらもその手を叩き落とせば小さく走った痛みにアラタは軽く手を摩る。
「ッ、痛いなぁ…酷いよチィちゃん」
「っ、だから何なんだ!」
「はいはい、SAD…そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
内心の焦りを滲み山している千聖の肩を軽く叩いて一旦落ち着かせようと試みる。その意図に気付き千聖は一つ息を吐き出してゆっくりとアラタの方へと身体を向けた。
「…確かに慌ててしまっていたな。しかし、このままでは天と多智花と離れたままになってしまうぞ?」
「ノンノン…MMN、問題は全くナシ」
人差し指を立て、左右に揺らしながら浴衣の袖から携帯を取り出してそれを千聖へと見せる。
「携帯、って便利なモノあるデショ?だから大丈夫。それに、やっくんはああ見えて結構しっかりしてるから。だ・か・ら…」
一つウインクを飛ばしながら千聖の腕を軽く掴み、返事を聞く前にそのまま引いて祭りの輪の中へと向かい始める。
「ちょっ、おい…嶺!」
突然の行動に驚き、声を上げて制止を試みようとするが、それ以上に強い力で腕を引かれて止まる事が出来ない。
腕を引いたまま歩き続けていたアラタが一度顔を振り向かせ、楽しげな表情を浮かべながら千聖を見れば制止させるのも気が引け、気持ちを切り替えてアラタの隣に並び、歩幅を合わせて賑やかな空間へと溶け込んで行った。
(たまには、付き合ってやってもいいか)
そんな思いを胸に抱え、一時的ではあるが天十郎の事を忘れてアラタとの時間を楽しむ。
お好み焼き焼きや焼きとうもろこしを食べ歩き、射的をしたりと二人で楽しんで居ると時間はあっという間に過ぎ、出店の並びを歩いていると夜空には花火が上がった。
「…花火か」
「え、MSJ…もうそんな時間?うっわ、ヤバ…チィちゃん、ちょっとコッチ来て」
千聖が足を止めて上がる花火を眺めているとアラタは隣で何やら慌て始め、慌てた様子のまま千聖の腕を引き、有無を言わさない状況で強く腕を引きながら行き先も告げずに人混みを抜けて歩いていく。人混みを摺り抜け、祭りの賑やかな声が遠くなれば流石に離れ過ぎではないかと不安になったところで漸く足が止まった。
「嶺、一体どうし…」
「ホラ、チィちゃん見て!」
足が止まったところで連れて来られた理由を問い掛けようとした瞬間、問い掛ける前にアラタの声が重なった。
指差され、見るよう促されるがままに顔を上げれば先程まで居た出店の通りで見た時よりも遥かに花火が良く見える。
周りに人も居なく出店も無い、静かな空間の為、何の障害も無く次々と上がる花火をただ二人で眺めていた。
「…いい場所だな」
「ンフッ、そうでしょ?来る前に花火の時間調べてこの場所探しておいたんだよね」
得意げに話すアラタに思わず吹き出してしまいながらも互いの間にあった距離を縮めるように一歩隣へ足を踏み出し、、アラタの方へと顔を向けた。
「マメなことをするな…だが、感謝する。こうやってゆっくりと花火が見れたからな」
暗闇の中、普段浮かべている笑みとは違う柔らかな笑みを浮かべる千聖の姿が花火でぼんやりと映し出され、思わず見惚れてしまった。
そして頭で考えるよりも身体が先に動き、千聖の唇に口付ける。
「……っ」
突然口付けられたことに驚いてしまったが嫌気は全く無く、目を閉じて口付けを受け入れようとした瞬間、アラタと千聖の携帯が同時に鳴り出す。
静かな空間に鳴り響く着信音に互いに驚きながらも慌てて携帯を取り出した。
「なっ…、……天?」
「…コッチはやっくん」
ディスプレイに表示される名前を確認してアラタは思わず溜息を漏らした。
千聖の方を見れば電話に出ようとしている瞬間で、思わず手を伸ばして千聖の手の中から携帯を奪う。
「あっ、おい…嶺、返せ」
「ダーメ。せっかくなんだからもう少し、ね?」
煩く鳴り響く携帯二つを浴衣の袖へと入れ、腕を千聖の肩へと回して身体を寄せながら笑みを一つ向ける。
その笑みにつられ、小さく息を吐き出しながらも電話に出る事を諦めてアラタの誘いに乗る事を決めた。
「…仕方ないな、少しだけだぞ」
「そうこなくちゃ」
互いに視線を合わせ、笑みを交わせばどちらともなくゆっくりと唇を重ね合った。
―――――
初アラ千。アラ千好きなんだけど…難しいなぁ。
浴衣エッチを入れるか凄く悩んだけど途中で力尽きました(←)
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