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飼い猫に昇格(bsr明智)




人は皆、光秀さまのことを口を揃えて残忍だと言うけれど。きっとそれは彼を知ろうとしないからだ。ああ、なんてもったいないのでしょう。彼ほど優しい主を、私は見たことがありませんもの。




「光秀さま、」
「ああ、帰ってきたのですね」


細い銀髪を揺らし首だけで振り返った光秀さまが、私を見て微笑んだ。
少しだけ近づいてみると、自分の傷の所為で気が付かなかった血の臭いが鼻をくすぐった。そういえば、夜闇が落ちる光秀さまの足元が、妙に濃い色をしている。また何か気に食わないことがあったのですね。私が傍にいれば、その血は私のだったのでしょうか。


「どうしました?早く此方へおいでなさい」


至極嬉しそうなお声。愉快に鼠を散らして、私をけしかけようとする。ふふふ、なんて可愛らしいのだろう。醜い嫉妬心などどうでもよくなった。


「光秀さま、それは何ですか?」
「お前が帰るまで相手をしてもらっていたのですよ。…今日はいつもより遅かったですねぇ」


ゆぅらり、とゆっくり身体も此方へ向けて、一歩踏み出す。ぐじゅぐじゅと水っぽい音を響かせながら私の傍まで来ると、光秀さまは手に持っていた鎌を地に落とした。



「申し訳ありません。不覚にも、追っ手から傷を…」
「それはいけませんねぇ。私が診てさしあげましょう」
「い゙あ、っ…」


心配そうな声とは裏腹に、強く絡みつくような手の平が腕を這い傷口を見つけ出す。氷のように冷たい指先が傷口をなぞったかと思うと、そのまま裂けた肉に指を沈み込ませた。


「あ゙あ゙あっ!」
「私以外から傷つけられるなと再三忠告したのに…、これは消毒です」


止まったはずの血が、灼けるように熱い肉壁から滲み溢れる。その流れ出た体液は穢れたもののような気がして、霞む思考で安堵した。


「ああ…先ほどのあれよりよっぽど好い声だ…。……痛いですか、名前?」
「っうぁ、は、んん」


唇を噛んで、正直に首を縦に振る。すると光秀さまは、もう少しで終わりますよと子供をあやすように言った。

やっぱりこのお方は優しい。
主君が私ごときの臣下に直接消毒するのも。生暖かい血肉の中でも冷たいままの指先も。或いは、戦火にやられた国でたった一人生き残った私が、こうしてただ一人を恋い慕っているのも今日の任務が望まない婚約者の暗殺だったのも。
全部ぜんぶ、光秀さまがお優しいからね。


「みつ、ひでさま…わたくし、もうっ…!」
「足が震えていますねぇ。主の前で、みっともない子だ」


耳元で囁かれて背中がぞわりと粟立つ。瞬間、耐えきれずに地面へ膝をついた。
くっく、くくっ、と不規則に笑いながら光秀さまは私を抱き上げた。


「…光秀さま、どちらへ向かうのですか?」
「私の寝間ですよ」
「では、この部屋は…」


言いかけてやめた。わざわざ無粋な真似をすることもない。怒ってはいないかと光秀さまを見上げるも、彼はただただ笑みを浮かべていた。

そのまま光秀さまは何も言わず、とある一室で歩みを止めた。畳にそっと私を降ろしやんわり押し倒す。口付けられるかと思って顔を合わせれば、鋭く捕食者のような瞳が細められた。


「私のこと、嫌いになりましたか?」
「そんなことありません。私は光秀さまを…」


お慕いもうしております。
そう続けようとした言葉は、光秀さまの蛇のような長い舌に絡め取られ、攫われてしまった。






今宵、名前めは参回目の死を迎えました。
あと陸つの命。どうか飼い殺してくださいませ。








あきゅろす。
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