愛しい人 ☆☆☆ 車を10分ほど走らせれば町外れにある寺が見えてくる。 住職に挨拶をして奥にある墓へ足を向けた。 ザァ 雨と一陣の風が吹く。 雨に濡れた髪が顔に張り付くが気にせず手を合わせた。 「久しぶり。春日。」 今はもうあの可愛らしい声で俺の名を呼んでくれることはない。 目を閉じれば、まだ彼女の日溜まりのような暖かい笑顔が思い浮かぶ。 春日とは高校の頃に出会った。 凄く可愛い。凄く綺麗と言うわけでなく、とても素朴な女の子。 だけど、真っ直ぐな瞳と誰よりも強い真っ直ぐな心にひかれた。 俺は両親もいない天涯孤独の身で所謂不良と言う存在だったが、彼女は俺を否定しないで凍えた心を暖めてくれた。 俺の周りは彼女を否定するような事もあったが、ダチのお陰で彼女を守り通すことができた。 彼女は頭が良いのもあって大学に進み俺は仲間内で集まっていたbarに見習いで働き始めた。 それから4年。 彼女が大学を卒業を後僅かに迫ったとき、俺も今のbarを開いた。 その時の彼女のお祝いと、嬉しそうな笑顔の中にある辛さに俺は気付いてやれなかった。 次の日彼女が自殺したことを友人からの連絡で知った。 俺はそこでそっと目を閉じた。 ごめん。 俺はお前の事を何も気付いてやれなかった。 そっちでは悲しい事はないか? 何時もの暖かい笑顔を浮かべれてるか? 俺は…寂しいよ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |