■ W副長 ◆ 『紊れ(みだれ)』〜序章〜<中編> ※R18 「気に入らねぇ!」 道場に行きたくないと駄々を捏ねて五日。 ガキのすることだと自覚はある。 しかし、 「あー、あの多串君? そんなに嫌い?」 「土方でさぁ。まあ、あんなヤローの名前なんかポチでもクロでも瞳孔でもなんでもいいとは思いやすが」 鋭い眼光に開いた瞳孔。野犬のような凶暴な表情を浮かべながらも整った顔立ちをした男は年は17で名は土方十四郎と言った。 「なんか意地悪されたの、沖田君?」 銀色の長い睫毛が紅い瞳に憂いを帯びた影を作る。アンタは気付いていないんだろう、その宝石の価値なんて。 「聞けば近隣の道場に片っ端から喧嘩売って、挙句の果てには返り討ちにあった荒くれ者。そんなヤツが道場に居る限り俺は行きたくねーってんだ」 食べ終えた茶碗や皿を片付けながら銀時が長い溜め息を吐いた。 ―――その時、 「銀時、総悟!!」 玄関の戸を壊さんばかりの勢いで開け放ち、顔を真っ青にした近藤さんが突然部屋に飛び込んできた。 「おい、ゴリラ。せめて草履は土間で脱いで来てくんねーかな?」 「あ、すまん。いや、しかし、」 ゼイゼイと肩で息をする近藤さんを一見し、ただ事ではないと覚ったのだろう。銀時は既に畳に置いてあった木刀を手にしている。 「何かあったか?」 「土方がっ……」 さっきから姿が見えなくなって探していたら、裏山の寺小僧が境内で大喧嘩が始まったと知らせに―――、 相手の数は!? かなりの人数らしい。 あのバカっ。まだ怪我は治ってねーだろーに! 俺たちは一散に家から出て駆け出した。 銀時と近藤さんはヤローの無事を祈りつつ、そして俺の場合、 ヤローの躯(むくろ)見たさに。 「銀時!」 「んだ、ゴリ?」 「先に行け! いくら総悟が大人並に走れるとはいえ俺たちの足に合わせる必要はねぇっ。事は急を要する!」 これまでに何度も手合わせを行っていた近藤さんならではの判断だったのだろう。 「ま、アイツがそんな簡単に殺られるようなタマには見えなかったが―――」 じゃ、お先に。と地を蹴った銀時は、まるで天女が空(くう)を舞うように高々と跳躍し、須臾の間もなくその後姿は小さなものになっていた。 速い。そう口にすることすら出来ぬまま、呆然とその後を追う。 「ちくしょう。やっぱりあのヤロー、稽古の時かなり手ぇ抜いて相手してやがったなっ!」 ゼイゼイと息を継ぐ合間に近藤さんが言った。 「近藤さんっ」 「総悟、お前がアレを何処から連れてきたのかは知らねぇが、」 ヤツぁ並大抵の腕前じゃねぇ。 近藤さんのその言葉通り、俺たちが漸く寺に到着した頃には騒動は殆ど終盤を向かえていた。 地面には意識が有る無いに係わらず既倒する累々たる無頼漢どもの山。 傷だらけになりながら立っているのもやっとの土方が真上から振り下ろされた一刀を自らの木刀で受け、後退りをして大木に背を預ける。そこに一振りで数人を地面に伸した銀時が残像を刻みながら目にも留まらぬ速さで現れたと思ったその瞬間、 ―――敵はグラリと後方に倒れ、視界から消えた。 太刀筋すら見えなかった。 全身が震え、肌が粟立つ。 「でーじょうぶ、多串君?」 覗き込む銀色。漆黒の男は言葉も無く指一本動かせずにそこに立ち尽くす。 完璧に、魅入られたのだ。 俺も、土方も。 「銀時!」 直ぐ傍で空気が流れ、我に返った。 「おいっ、土方! お前も大丈夫か!?」 血の海と化した境内で近藤さんが二人に駆け寄っていた。 その日から土方は大人しく近藤さんの家の敷地に建てられていた使われていない蔵に住むようになり、俺は翌日から道場に戻った。 そして日を追うごとに、月に一度、二度、三度と―――、 銀時は道場から俺を先に家に帰したあと、土方の剣術稽古に付き合い居残る日が増えた。 「沖田君、遅くなってすまねぇ。今メシの用意するから」 背中に付いて回るだけのガキには、どれほど背伸びをしても到底アンタと肩を並べることなど出来やしないと分かっている。 「さっき握り飯、自分で作って食ったんでゆっくりで結構でさぁ」 それでも俺は、何時かアンタを守るのだと、 そんな必要など無いのを知りつつ、 ガキはガキなりに考えていたのだけれど。 諦めは唐突に訪れる。 それは喘ぐほどに熱かったある8月の夜。 昼間でも蒼の見えない空からはここ数日間雨が降り続いていた。夕方になって止んだとはいえ湿度が高く、一旦寝てしまうと地震が来ても起きないと言われていた俺が寝苦しさのあまりに目を覚ました。 半身を起こし、ぐるりと布団を囲む蚊帳の中から風を取り込むために開け放してあった明かり障子の向こうに広がる庭に目をやる。 神経が研ぎ澄まされていた、というわけでもないのだろうが、 俺は普段とは違う何かを感じた。 縁側の突き当たり奥、銀時しか居ないはずの部屋から微かに漏れ聞こえてくるくぐもった声。 蚊帳から出て気配を消し、暗く影を落とした方向を眺めると、この暑さの中で戸がピタリと閉じられ、部屋の正面、庭に置かれた沓脱石の上には一足の見慣れない草履がきちんと揃えて置かれていた。 ―――土方っ。 壁に掛けられた時計の針は深夜1時を過ぎたことを知らせている。 ―――こんな時間に人ん家に上がり込んで一体何をしてやがる!? まだ自慰も知らなかった当時の俺は、本当にバカみたいに子供だった。 迂回して中廊下を足音を消し目的の部屋の前まで進み、 そして襖越しに聞いたその声は、 「……ぁっ、ひじ、かた……」 耳を覆いたくなるような淫靡な響きを含んでいた。 俺は息を詰め、ゴクリと唾を飲み込んでから襖と襖の隙間に目を当てた。 部屋の中央では天井から垂らされた蚊帳の中で、 「ん、はぁっ……」 あの怖ろしいほど強い銀時が、 「あっ、あっ……」 一糸纏わぬ姿で四つん這いになり、 「ひじかたぁ、あっ……」 白い双丘を高く掲げ誘うように膝を開いて腰をうねらせながら同じく一糸纏わぬ漆黒の男に後から組み敷かれていた。 刹那、頭に血が上った。 一心不乱に動く土方の下、手で体重を支えきれず敷布の海に銀色が崩れ落ちていく。 「うっ、銀時っ」 道場で「坂田」と呼ぶ土方が恍惚とした顔で目を眇め、上がる息の合間にその名を舌に乗せた。 「はっぁ、……土方っ、あっ、イくっ……、もっと、あっ」 初めて聞く甘えた声音。 「んっ、銀っ……」 「あっ」 請われるままいっそう深く土方が突き上げた途端、銀時は背を撓らせ面を上げた。 「んっ、ぁあっ、ひじかたぁ、あーっ」 うつ伏せた腹の下方から銀時が精を放つ。 細かい網目の蚊帳越しに水を張り色を滲ませ揺れる紅い瞳と目が合った。 お、きた、くん…… 瞠目する銀時の濡れた唇が俺の名を象った。 直後、土方がグロテスクな一物を銀時の中から引き抜き、止め処なく溢れ出す白濁とした欲望ですべらかな白い背中を汚すのを俺は呆然と見ていた。 → [*前へ][次へ#] [戻る] |