[携帯モード] [URL送信]

■ W副長
◆ 『紊れ(みだれ)』〜序章〜<前編>
※17才前後 土×銀←仔沖 10才ぐらい

※沖田君が可哀想です。
※江戸に出る前、銀さんと沖田君、近藤さん、土方さんの出会いを捏造しています。
※真選組結成まで沖田君は銀さんを「旦那」と呼びません。そのため、違和感があると思います。

※原作設定に忠実なものがお好きな方はご注意下さい。
※W副長イラストは「くるくる銀侍」様より。






 アンタなんかさっさと年老いて、その銀糸の髪も輝きを失い、赤い――― まるで宝石のような瞳すら道端に転がっているただの無価値な石ころみたいになっちまえ。

 そして、誰からも見向きもされなくなればいいのに。






 初めて向けられたのは、凄まじいほどの殺気。
 しかし振り向いた男の顔は瞬時にして険阻さを封じ込め、腰に挿した刀の柄から手を離して上げかけていた腰を再び地面に下ろした。

「んだ……、子供か」

 菩提寺の先塋(せんえい)につい二ヶ月前夭逝した姉上が好んで食べていた菓子を供え、桶を手に井戸に向かい水を汲んで戻ってくると乾いた血と泥に塗(まみ)れた白い―――、一見死に装束のような出で立ちの若い男がそこに居た。

「これ、おめーんとこの墓?」
 一見して近藤さんより若いな、とその時の俺は幼いなりにそう思った。背を凭せた墓石を一瞥した男が小さな笑みを唇に乗せる。
 眩い日の光を浴びて銀に光る髪。ドロリと溶けそうな熟れた柘榴のような瞳。天人だろうか、と脳裏に浮かんだものの、佩刀しているのを見ると―――、
 寧ろその逆。
「すまねぇな。腹減ってたからここにあった饅頭、食っちまったんだが……、なんだ、ありゃー? 中身が七味唐辛子って逝者に嫌がらせか?」
 男がベロリと真っ赤な舌を出して見せた。
「辛くて死にそうなんだよ。悪りぃんだがその水、飲ませてくれねぇかな?」
 その時、俺は何故か言われるがまま無言で手桶を差し出していた。目の前で男が墓の横に置いてあった柄杓も使わずにガブガブと直接桶から正に浴びるように水を飲む。
 薄汚れてはいるものの、晒された白い喉元に目が釘付けになり、べた凪の海面に石を放り込んだかのような胸の奥に小さな波紋が広がる感覚に襲われる。
「あー、酷でぇめにあった」

 弓を描いた少し厚めの唇が、
 細められた赤瞳が、
 ひどく綺麗だと思った。

 当時の俺は兎に角小難しいガキで、幼稚で未熟で我侭で、姉上が生きていた頃もそうだったが亡くなってからというもの大人であろうと子供であろうと、益々人と付き合うことを厭(いと)わしいと思うようになり、唯一の世界は剣の道に導いてくれた上、身寄りが無く天涯孤独となった俺の面倒を陰日向になって支えてくれている近藤さんのみ。

「ま、でも三日ぶりの食いもんだ」

 そんな俺が、

「助かったよ坊主」

 初対面の他人相手に、

「ありがとーな」

 一言も発することも出来ず惹き込まれるほど興味を持つだなんてことは、
 あとにも先にも、この男ただ一人―――。

「さてと……、」
 男が尻に付いた土をはたきながらのっそりと立ち上がった。
「なあ、坊主? 長髪の若い侍、見なかったか?」
「……」
「坊主、おめぇ喋れねーのか?」
「……総悟」
「へ?」
「坊主じゃねぇ。沖田総悟」
 俺が名乗ると一呼吸置いて男がハハハと豪快に笑った。
「悪りぃ」
「アンタは?」
「俺? 俺は坂田銀時。多分16ぐれぇ」
 名は体を表すと言うが、その名はとても銀色の男に似合わしいと思った。
「多分、……16?」
「年な。で、おめーは……12、か13才、ぐれぇかな、総一郎君?」
「総悟」
「うん、沖田君ね」
「9才。来月で10才」
「へー。いやに大人びた目ぇしてんだな」
 アンタだって随分と年に似つかわしくない、まるで世界の終末を見てきたような目をしている。
 俺は心の中でひっそりと独りごちた。

「なあ、沖田君。ここ何日かの間に長髪の若い侍を見なかったか?」
 それは銀時と名乗ったこの男の仲間なのだろう。俺は即座に首を横に振った。
「じゃあ……、ちょっと前になるかもしれねぇが―――、肩ぐらいの髪の長さで、片目に包帯巻いた若い侍は?」
 その時、
「……ソイツは、アンタの何なんでぃ?」
「え?」
 男はまるで俺が姉上を失ったときのような強張った表情を浮かべていた。
「アンタがそんな顔をする相手。兄弟か、何かですかぃ?」
「いや……、まあいいや。見てねーんだろ? つーことは、ここまで来る間にいくつか峠があったから別の方向に行っちまったんだろうなぁ」
「生きて、いればね」
「……死なねーよ、アイツらは」
 ニっと銀色が笑った。
 そんなこと、何を根拠に言えるのだろう。
 人なんて、命なんて、儚くて脆い。

 なのに、この男が口にすると―――、

 そして俺はこの直後に自分でも信じられない行動に出た。
「で……、アンタはこれからどうするんでぃ?」
「俺? 俺は……、そーいやぁ考えてなかったなぁ……」
「誰も居ねぇ」
「え?」
「父上も、母上も、ずっと前に死んじまった。姉上は二ヶ月前、肺を患って死んだ」

 だから、うちには俺以外、誰も居ねぇ。

「沖田君、……一人ぼっちなの?」
 刀を持つとは思えないほどしなやかで白い手が、俺の頭を優しく撫でた。
 戦(いくさ)は彼方此方で起こっていた。孤児なんて珍しいものでもない。
 それでも男は慰め、慈しむように俺の頭を撫でていた。
「メシや、身の回りのことは?」
「メシは近藤さんのところで食わして貰える。ほかの事は自分で出来らぁ」
「近藤?」
「道場の人」
「沖田君は剣をやってんのか」
 男が徐に俺の腕を取り、掌を眺めた。
「強くなるだろーな、おめーは」
「俺はアンタから教わりたい」
 赤い目がまん丸に見開かれた。
 どれほどの手並みなのかは見当も付かなかったが、この男は強いと、初めてその姿を見たときに感じていた。
「行く当てが無いのならうちの家には部屋が余ってる。それにアンタにはさっきの饅頭の貸しがある」
 表情を消すと無機質で人形のようにも見える男の顔が、迷いに揺れた。
 そして、男は言った。
「ふーん。じゃあ、饅頭の礼もしなきゃあなんねぇし……、その分、沖田君のところに居ながら剣の相手をしてやるよ」




 銀色の髪に赤い瞳。
 天人に会うこともない、それどころか異国の人間とも接触する機会のないこの田舎の村において、坂田銀時の風采はかなり目立ったものだったが―――、
「沖田君、これ斜向かいのじーさんに貰ったよ」
 カゴ一杯に盛られた採れたての野菜を手に銀時が帰ってきた。
「お浸しにしよっか」
「嫌だ、肉が食いてぇ」
 緩くだらしない中身のせいか、それが話しやすい雰囲気を作っていることになるのか、兎にも角にもちゃんとした理由は分からないが、何かと田畑の手伝いや男手の足りない家で薪割りをしたり、思ったよりも銀時が村に馴染み人と打ち解けるのは早かった。
「肉なんてそんな贅沢なもん、うちにはありません! つーか、それより沖田君。こないだゴリラ……じゃねーや、近藤が拾ってきた傷だらけの若い男、意識が戻ったらしーよ」

 俺の家に銀時が居候をするようになってから半年以上が過ぎた春―――、

 私塾兼道場の息子、近藤さんの悪癖、世話好きは今に始まったことでもないのだが、
「さっき道場まで往診に行った帰りだと言う医者と偶然会ってね、で、教えてくれた」
「……」
「どーしたの、沖田君?」
「んな柄の悪そうなヤツ……、放っておけばいいのに。全く近藤さんのお人よしも困りモンでぃ」
「まあねぇ……。でも、よそ者で素性の知れない、しかもこんな異形の俺がここに居れるのも、里長(さとおさ)に話をつけてくれたゴリ、じゃねーや、近藤のお陰だし」
「自分で異形なんて言わねぇで下せぇ」

 とてつもなく、アンタは綺麗なんだから。
 それまで幾度も言いかけては口を噤んだ言葉を、俺はまた発することも出来ず、飲み込む。
 近藤さんや、姉上にも抱いたことの無い感情が腹の底から沸き上がってくる。

 子供一人の家に天人のような男が勝手に押し掛け住み着いている。
 そんな噂を聞き付け、血相変えて乗り込んで来た近藤さんに、俺は泣きじゃくりながら銀時をここに居させてくれと縋った。

 一人で居ることなど慣れている。
 では、どうしてそれほどまでに執着するのか。
 いくらガキであろうとも、その無名の感情に名をつけることなど容易いことだ。

 長い時間をかけて想いを重ね、認識した。

 それを抱く俺が例え当時どれほど青臭く幼かったにしろ、

 アンタしか見えていなかった俺だから、

 だからこそ―――、



 翌日、道場に赴いた俺たちは、長い黒髪を後で高く結わえ驕慢な空気を纏い濡れ縁に外を向いて座るふてぶてしい黒衣の男を目にすることになる。

 そして、アンタが静かに視線を流し、
 気付いたその男が振り向いて、

 一瞬、アンタに目を奪われたことなど、

 俺には有り有りと手に取るように分かってしまった。



[次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!