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■ その他(小ネタ、質問、バトンなど)
□ 『迎春』
※(土×)銀←桂


 ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴ったので、「年末年始警戒の仕事を終えたら何を置いても必ず直ぐに顔を見に行く」と話していた久しく会っていない待ち人かと思い、いやしかし、来るのを楽しみにしていたと思われるのも癪だ―――、と考え少し間を置いて、次のピンポンが聞こえてから漸くゆるゆると立ち上がって柄にもなくトクトクと忙しく鳴り始めた鼓動を静めるため十を数え、かつ深呼吸を2回繰り返したあと玄関へと向かい裸足のまま三和土に降り徐に引き戸を開ける。
 と、そこには遥か昔から見慣れたバカが紋付袴姿で突っ立っていた。

「ごめん下さい。カッコ裏声で。どなたですか? カッコ閉じる。ごほん、咳払い一つ。あー、銀時くんの親友のヅラじゃない桂だです。カッコ裏声で。お入りください。カッコ閉じる。おお、ありがとう」
「……」
「ありがとう」
「……」
「いや、ありがとう」

 開けた時とは裏腹、次の瞬間勢いよく閉められた引き戸にテロリスト、桂小太郎が右足と左手と頭を挟まれ「あっ」とか「ぐうっ」とか呻き声を上げてもがいている。
 元旦早々、ああ、うざい、と銀時はしみじみ思った。
 このままここで益のない攻防を繰り広げていても疲れるだけだ。なので仕方なく閉めた引き戸を押さえる手の力を緩めると、幼馴染でもあり戦場で共に戦った戦友でもある桂が前のめりに倒れ込んで来て蹈鞴を踏み銀時の腕を掴んだ。
「何をするのだ銀時! 死ぬかと思ったではないか!?」
「いや、いっそ見事に死んでくれよ」
「ははははは、心にもないことを、このお茶目さんめっ、カッコ、ハート、カッコ閉じる。何時から貴様はそんな冗談が上手くなったんだ?」
 冗談じゃねえよ、と銀時が反駁するも暖簾に腕押し、馬鹿の耳は無用の長物。
 陽が昇ってからまだ間がない。早朝とはいえ、外から見える玄関で彼方此方に手配書の顔写真が貼られているお尋ね者と一緒に居るところを誰かに見られるのは不味い。しかも今、待っている待ち人は、お尋ね者を捕えるのを生業にしている警察官、
「……仕方ねえ」
 数瞬思案して銀時は塞いでいた道を渋々と開けた。
「おめえと居るところを土方に見られちゃあ、あとで煩せえんだよ。何しに来たのかは知りたくもねえし興味もねえが、取り敢えず中に入れ」
「何だと、貴様。まだあの幕府の狗と付き合っておったのか。年末までに別れろと口が酸っぱくなるほど言っただろう! 全く。近頃の子は親の言うことを聞かなくて困ったものだ。のう、母さんや―――、邪魔するぞ」
「マジで邪魔だよ! つーか、何処に母さんが居るんだよ!? 誰が俺の親だ、誰が!? てめえみてえな親が居たら盗んだバイクで走り出す多感な十代を送ってたよ!」
「で、粗茶はまだか?」
 気付くと、がなる銀時の横をさっさとすり抜けた桂がソファーに座り、寛いでいた。怒る気力すら削がれる。

 あー、もう厄介な知り合いが来たものだ、と溜息を吐きながら銀時は水道をひねり、少量の水を入れた薬缶をコンロの五徳に乗せ火を点けた。沸騰するまでの間、来客用の湯呑を出し、冷蔵庫から取り出した梅干を箸でその中に一粒ポトリと落とす。
 程なくして湯が沸いた。シュンシュンと吹き上がる湯気が冷え切った台所をほんの少し暖める。火を止め、薬缶の持ち手に硬く絞った濡れ布巾を被せ、銀時は梅干の入った湯呑にそっと白湯を注いだ。

「大福茶(おおぶくちゃ)か」
 湯呑を持ち、中を覗いた桂が言った。
「ああ。元旦だからな。水は水道水だが」
「そうか」
 桂が茶を口に含み、瞼を落とし静かにそれを飲み込んだ。
「懐かしいな」
 銀時は無言のまま閉じた窓に視線を流す。互いに同じ風景を思い出しているのだろう。
『銀時、井戸で若水を汲んで来てはくれませんか? ああ、若水とは、元旦に初めて汲む水のことで、今年1年、あなたが幸運に恵まれますようにと祈りを込めて今からそのお水でお茶を淹れるのですよ』
 あまり味があるものではない。出がらしとは言え普段飲む茶のほうがよっぽど美味い。
 しかし、
 それほど遠くはない昔、心を籠めてこの茶を淹れてくれた人はもう居ない。
「リーダーはまだ夢の中か?」
「ああ、あと2時間は寝てるだろうな。神楽に用か?」
「いや、新年の挨拶をと思っただけだ」
「で?」
 桂が飲み干した湯呑をコトリと卓上に置いたと同時に銀時が言った。
「じゃあ、なんの用?」
「おお、そうだった! このままうっかり忘れて帰ってしまうところだったわ、はっはっは」
「いや、忘れたまま帰ってくれても良かったんだけどな」
「ったく、今年も貴様はツンデレさんか? 年を重ねれば丸くなりもう少しデレが増えるかと思っていたのだが」
 会話が成り立たないのは常々。
「いや、てめえにはツンしか見せてねえから、つーか、デレることは過去も今も未来も永劫にねえから、つーか、マジで何の用?」
 呆れ眼で銀時が桂を睨むも当の本人は我関せず焉と頓着無い表情を浮かべている。
「用とは、これだ!」
 すくりと立ち上がった桂はそう叫ぶと懐から何やら1枚の書状らしきものを取り出し、端を持って折り畳んでいた部分を投げるようにして広げた。
「えー、こほん。拝啓 銀時くん。お元気ですか? 年賀の挨拶を葉書に書いていたのですが、長くなってしまったので手紙に書き変えることにします」
「いや、だからなにこれ? 手紙書いたんならポストに投函すりゃあいいんじゃね? おめえが来る必要、何処にもねえんじゃね? なあ?」
「明けましておめで……とガ狗の血がアニメ化されましたね」
「俺の質問、スルーかよ!?」
「2010年、最もびっくりしたことベスト10に入る出来事でした。カッコ、俺的に、カッコ閉じる。深夜放送だったので、毎週録画して見ていたのですが、何故か愛しい貴様の声がテレビから聞こえるような気がしました。―――銀時くん、どれだけ君はアキラが好きなんですか!?」
「へ? いや、俺、アキラなんて知り合い居ねえし」
「高杉は見ていてテレビを破壊したそうだ」
「んで知ってんだよ!? つーか、んなもん見てる暇、あんのかよアイツ!?」
 思わず身を乗り出してしまった銀時に、
「その時のヤツは、涙目だったらしい。カッコ、笑い、カッコ閉じる」
 桂はさも可笑しそうにフンと鼻を鳴らした。
「誰に聞いた、誰に!?」
「涙目だったでござる」
 鼻を摘んで声を変え、桂が言った。
「何時からあのグラサン・ヘッドフォン野郎とおめえが繋がってんだよ!?」
「貴様が元気でやっているかどうか心配でしょっちゅうこの辺りをウロウロしていたところ、貴様に見付かる前に身を隠した電柱の影や路地裏で必ずと言っていいほど鉢合わせしてな。最近、互いのアジトの住所を書いたメモを交換し、高杉には内緒で文通をするようになった」
「おめーら、何やってんのぉぉお!?」
 銀時の額に青筋が浮かぶ。
「真選組副長抹殺、という共通の目的を持つもの同士、意気投合だ。はっはっは」
「なんで土方限定なんだよ!?」
「また、ぬら孫では貴様との絡みが少なく、とても寂しい思いをした1年でした」
「なんのことぉお!?」
「バイザウェイ、てんてんてん」
「おーい!」
「一大事です、俺の」
「俺も今、一大事だよ!」
 もうどうでもいいや、と銀時は諦めることにして心中匙を投げ、だらりとソファーに背を預けた。
「年末、スーパーでお節の材料を買いに来ていた新八くんと偶然会いました」
「あー、そう。おめえも買い出しかよ?」
「ヅラ子の変装で試食販売のバイトだ。カッコ、年末は時給がいい、しかもハムは食い放題、カッコ閉じる」
「おめえが食ってどーすんの!?」
「と、そこで新八くんからある話を聞いた」
 桂が限界まで目を見開き、恐ろしいほど真剣な顔で銀時を見詰めた。
「……んだよ?」
「それは、30歳まで童貞を貫いた男はゴッドハンドと呼ばれ加藤の鷹という存在に転生する。らしいと」
「……どんな会話の流れからそんな話に到達出来たんだよ!? いや、んなこと知りたくねえけどな」
「ヤバイぞ、銀時くん。何がヤバイってマジヤバイんだけどコレ、マジヤバイよ。どれぐらいヤバイかっていうとマジヤバイ。……と、その時、俺は思いました」
「……」
「銀時くん。俺はそろそろ30が目の前です。精通を迎える前より貴様に懸想し、精通を迎えてからは貴様を想い、毎夜毎夜右手を鍛え続け、そして今! 俺は改名の危機に晒されている」
「おめえ、……まだだったのかよ?」
「初めての相手は一番好きな人と、と心に決め、早や幾年」
「鳥肌が立ったんだけどー!?」
「日夜、欠かすことなく脳内シュミレーションを繰り返し、失敗しないよう片っ端からHOW TO本を読み漁り、一騎当千百戦錬磨な貴様を満足させるため、通販で買い揃えたあんな小道具やそんな小道具……で、とうとう昨夜、保管庫として利用していたアジトの一室の床が抜けました。カッコ、大晦日に大掃除ならぬ大騒ぎ、カッコ閉じる」
 半分、瞼を落とした銀時の紅い双眸に、てへっと笑う桂が映り込んでいた。
「このままだと俺の姓は桂からゴッド、もしくは、加藤となり、貴様からカトちゃんと呼ばれる日も近い」
「その下に、ペッて付けてやるから心配すんな。思う存分、改名しろ」
「何だと、貴様! 貴様は俺を「ヅラ」と呼べなくなってもいいのか!? あの、「ラ」の流れの続きで小さな小さな「ァ」が入るところがまた耳に心地よく、夜、布団に入ったそのあとは目を閉じ、貴様の「ァ」という声を思い出し、それがまた右手強化運動に拍車をかけると言うのに! ―――ということで、今年は昨年よりもより一層、幕府の狗から貴様を奪還することに邁進していく所存であります。何卒よろしくお願い申し上げます。2011年1月1日元旦。桂小太郎」
 広げた手紙を再び元の状態に畳み終えると、桂は神妙な面持ちでそれを銀時の前、卓上に置いた。
「これを届けに来た。で、俺の一大事の件は理解してもらえたか、銀時?」
「おめえが去年よりも輪をかけたバカになったってことはよく分かった。うん。もう言葉もねえわ」
「そうか! 理解してくれたか!? では、リーダーがまだ寝ている間に俺の改名の危機を回避するため、今から隣の和室で、」
 姫はじめ、と言いかけた桂の言葉を遮るようにして銀時が口を開いた。
「あー、その前に。まず俺からの新年の挨拶、済んでなかったっけな? えー、明けましておめでとうございます」
 居住まいを正し深々と頭を垂れた銀時を目にし、
 やっと分かってくれたのだな!? うむ。ニャンニャンの前であろうとまずは礼節を重んじる貴様に俺は感動したぞ!
 と声に出すことなく桂が愁眉を開き小さく肩を震わせたその時、
「今年もよろし……いわけねぇだろうが! 早々にお引取りのほどお願い致しマスでもかいてやがれ!!」
 銀時の右手が大きく振られた直後、ひでぶ! と桂が叫び、それに続き高速で玄関まで飛ばされた桂が引き戸を突き破る破壊音が響き渡り、
 そして、数瞬ののちそこには何事も無かったかのような静寂が訪れた。

「ったく。まーた風通しが良くなっちまったじゃねえかよ」
 寒風吹き込む応接室。
 銀時はソファーから腰を上げ、アンダーシャツの襟を合わせると、残された手紙を手に取りそれをポイッとゴミ箱へ放った。
「あとで多串くんが来たら俺もお年玉もらって玄関修理しねえとな」
 丸盆の上、桂に供した湯飲みを乗せると銀時は空いた手で幾度か尻を掻いて台所へと姿を消した。


 明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。m(_ _)m


<完>

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