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chaos
  2




ミーンミーンと鳴く蝉の声が耳に響く。
それは廊下側の席に座る麻綿宮の耳にも届き、夏の暑さを実感させる。
ああうるさいなあ、なんて思っていると、くるりと前の席の奴が振り向いてきた。
一瞬だけでなく十分も二十分も女に見えてしまうほどの可愛らしい顔をした宮の親友、雨咲紡希。


「……なに?紡希」
「何じゃないよ、これ」
「ああ、サンキュ」


高校生の夏休みは短い。
まだ八月だというのに学校にかり出されて、いきなりの四時間授業。
冷房が効いた教室内は涼しいけれど、しかしみんなのやる気を奮い起こさせるにはまだまだ足りない。

まるで救いを求めるように、数分おきに黒板の真上に引っかかっている時計を見ては、
経たない時間にいらいらしていた。

紡希から回ってきたのは、ただ今授業中の数学のプリントだった。
印刷された真っ黒な文字で二次関数の問題が記されており、
教卓の方から、これは宿題だからなという先生の声が聞こえる。
ああ面倒臭い、今のうちにやってしまえと思いシャーペンを握ると、再び紡希が振り返ってきた。


「宮聞いた?これ宿題なんだって」
「ああ、らしいな」
「俺さ、実は今宿題やってる場合じゃないんだよね」
「だからって俺はお前の分までやらないぞ」
「ちょ、俺そんなこと言ってないじゃん!」


あれ違った、だっていつも数学は宮担当だとか言って押し付けるくせに。
きょとんとしてそう言えば、不服そうにした紡希が、酷い奴だとかバーカとか言ってくる。
だってお前、普段の自分の行動を考えてみろよ、……なんてさすがに言えず、じゃあどういう意味だと聞くと、


「だから、今日の放課後の生徒会の集会は止めませんか」
「それは無理だな」
「……じゃあ俺今日休む」
「ばか、副会長が休んでどうすんだよ」
「俺がいなくても宮がいるからいいじゃん、生徒会長のくせに」
「くせにってお前……文化祭まであと一ヶ月ちょっとしかねえんだぞ」
「一ヶ月ちょっともあるじゃん」


……ああもう、ああ言えばこう言うんだからこいつは。
静かにしてりゃ普通に優しそうで大人しそうな奴なのに、もういっそバツ印の付いたマスクでもプレゼントしてやろうか。

しかし、明日からは頑張るからと紡希は言う。
知り合って早二年半、今までの事を思い返すとあまり信用できたものではないけれど。


「……わかった、じゃあ今日は無しな」
「やっ……ほんと!?」
「正直俺も、面倒臭いって思ってたし」
「そうだよ、無理に話し合ったってどうせぐだぐだで終わるって」


いつもそんな感じじゃないか、という言葉が口から出掛かったけれど、慌てて飲み込む。
自分で言って認めてしまっては、明日からの会議が本当に欝になる。

しかし恐らく明日の会議も座談会と化してしまうため、
結局は会長の自分と副会長の紡希、会計の矢牧幸の三人で話し合うより他ないんだろうと宮は密かに思う。
そんな事なら、やっぱり今日の会議を無くして正解だ。
あとは生徒会担当の先生に適当に話をつけて、校内放送で今日は無しだといえば言いだけ。
実に簡単だ。

時計を見ると、授業終了まであと五分。
さて、先生に何て言い訳をしようかと考えながら、ふと手元を見ると、
数学のプリントが二枚置かれているのに気がついた。
一つは自分の物だ、もう一つの紙の名前の欄を見ると、さっきまで駄々をこねていた紡希の名前が書かれている。

さっさと前を向いて黒板に書かれた内容を写している彼の背中を、シャーペンで突くと、きょとんとしてこちらを振り返ってきた。


「これ、忘れ物」
「え、宮のじゃないの、それ」
「お前のだろ、名前書いてあるじゃん」


ほら、とプリントを差しだすと、チッと、舌打ち。
……え、ちょっと待てどういう意味?


「……あのさ紡希くん、もしかしなくても俺にやらせようとしてただろ」
「しーてないよ、何言ってんの宮くん」
「うそつけ、ナチュラルすぎて気付かなかったぞ」
「……気付かなきゃ良かったのに」
「あのなあ」


冗談だよ、と人好きのする笑顔でふわりと笑って俺の手からプリントを受け取り、また前を向く。
まったく、油断も隙もない。良い奴だけど。
はああと溜め息を吐くと、前から聞こえる小さな声。


「……ばか宮」
「……いま何か言った?紡希」
「いいえ何も、幻聴じゃない?」


良いやつ、良いや……良い奴か?











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