ダイヤ・錻力の小説
【腐向け】野球部にはいってない降谷くん【御降】
錻力のアーチストの桐湘に入学するシリーズとは別の、青道にいる降谷くんが男なのに胸があって困っているという話です。
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今年の一年生を対象とした入部テストの時、遠投で120メートル投げたルーキーがいた。
その一年は中学時代は全く無名の選手で、当初は誰も名前を知らなかったが、それは中学で公式戦にほとんど出ていない=実績がないためスポーツ推薦を受けられず一般受験組だったからだった。
北海道の中学からわざわざ一般受験を受けて青道に入学して来たそいつの名は降谷暁。
たった一球でみんなの度肝を抜く大器の片鱗を見せて注目を集めた降谷は無事入部テストに合格したにもかかわらず、それ以来一度もグラウンドに姿を見せていない。
北海道出身なら寮に入るかと思い、真っ先に寮員名簿をチェックしてみたが、寮には入っていなかった。
野球部に入りたくてわざわざ北海道から上京してまで一般受験で入学した奴が合格したのに野球部に入ってこないのはどう考えてもおかしい。
何日かは黙って様子を見ていたがとうとうしびれを切らして礼ちゃんに聞いたところ、礼ちゃんの話はこうだった。
降谷は入部テストの翌日から体調不良とのことで何日も学校を休んでいた。
欠席の連絡をしてきたのは降谷と同居の祖父母だった(降谷は東京に住む祖父母の家から通学しているらしい)。
そして今日しばらくぶりに登校した降谷は野球部でやっていける自信がないので入部を辞退します、と職員室に断りに来たそうだ。
まだ入部していない降谷は部員ではないから強くは言えないまでも、もちろん引き留めはしたそうだが、本人が入りたくないものを無理強いすることはできない。
こうして期待のルーキーの入部はなくなった。
礼ちゃんの話を聞いた限りでは、入部テストの後で体調を崩したのが入部を躊躇った直接の原因だろう。
入部テストの時は普通に涼しい顔つきでテストをこなしていたのに。
(降谷は遠投の件ですっかり部内の注目を集めていた。投げるところを見ていた奴らは時速150キロくらい出てたんじゃないかとか、投げた球がレーザービームみたいだったとか大騒ぎで、あの遠投120メートルの奴、といえば目撃者の証言には事欠かないほどだった)。
普通は入部を辞退した奴をわざわざ説得に行くなんてことはしないが、今は丹波先輩がエースを降ろされ、エース不在の危機だ。
使えそうなピッチャーは一年生でも一軍に引き上げるという状況の今は期待のルーキーにもう一度声をかけるくらい、許されるだろう。
同じクラスの野球部の奴に誘わせるという選択肢もない訳じゃないが、期待のルーキーが実際どんな奴か確かめる意図もあり、俺は自分で足を運ぶことにした。
一軍の正捕手として当然だろう?
*
入部希望の書類に書いてあるクラスは前もってチェックしておいたが、降谷と同じクラスの寮生は誰かいねえかと寮員名簿で探すと亮さんの弟くんが目についた。
弟くんと喋ったことはその時点ではまだなかったが、亮さんの兄弟だけあって髪の色や顔が亮さんそっくりってこととゾノと同室だってことくらいは知っていた。
俺は礼ちゃんから経緯を聞くとその日のうちにゾノの部屋へ押しかけ、部屋にいた弟くんに頼んで時間割を見せてもらった。
上級生が下級生のクラスを訪ねて呼び出しなんかした日にゃ目立ってしょうがない。
降谷の性格が分からない以上、相手をビビらせるようなことは避けたい。
教室の移動ですれ違ってもおかしくない階段か廊下あたりで声をかければ人目を引かないし、自然だろう。
その点、明日の4校時直後が狙い目かもしれない。
降谷のクラスは4校時が美術なのだ。
絵の具やスケッチブックなどの大荷物を抱えたまま食堂へ直行する奴はめったにいない。そんなことしたら邪魔だし、他人に迷惑になるから。
弁当派だろうと食堂派だろうと道具を置きにいったん自分のクラスには戻るだろう。
そして美術室から教室へ戻るルートは決まっていて俺の教室から近い渡り廊下を使うしかないからその近くで待ち構えていれば、降谷は必ず通るはずだ。
昼休みならまとまった時間があるので話をするのにも都合がいい。
*
「ちょっといいか」
入部テストの時、遠目で一度見ただけの降谷に躊躇なく声をかけた俺に降谷は不思議そうに首をかしげた。
ストーカーみたいで自分でもちょっと気持ち悪い行動だった自覚はあるが、見所のあるピッチャーに興味があるのはキャッチャーとして当たり前だからしょうがない。
近くで見た降谷は身長180センチ以上あるようで背はかなり高いのだが、身体はまだ出来ていないようでほっそりしている。
「・・・御幸センパイ?」
自己紹介する前に名前を言い当てられ俺は軽く焦ったが、野球部に入ろうとしていた奴なら俺のことを知っていてもおかしくない。
俺は一年の時から正捕手だったので、そこそこ有名な自覚はある。
「そ。教室に荷物置いた後でいいから時間もらえねえか」
降谷は目をぱちくりした。
降谷は身長が高くて顔もいい。野球をしている時はキリッとしていてクールなイケメンに見えたが今の表情は年相応か少し幼く見える。
自分よりも身長高い奴を形容するのにどうかとは思うが、イケメンというより可愛いという印象だ。
「どうして、御幸センパイが僕に」
さっきからずっと降谷の声は小さい。
入部テストの時は話しかける機会がなかったので分からなかったが、降谷の性格はかなりおとなしいようだ。
あと高一で自分のことを僕と言うのはちょっと珍しいな、と思う。
弟くんは俺と言ったり僕と言ったりしてどっちにしようかまだ決めかねているようだったが、小柄でかわいい弟くんと違い、身長が高く端正な顔立ちで一見クールそうな降谷が僕という一人称を使っているのは意外な感じがした。
「お前と野球したいって誘いに来たんだよ」
降谷はふるふるとかぶりを振った。
癖のないサラサラな黒髪が首の動きに合わせてサラリサラリと動く。
「そんなのありえません。御幸センパイと話したことないし。センパイ、僕のことなんて知らないはず」
こいつ、たった一球で野球部でちょっとした有名人になった自覚ないのか。
なさそうだな。
どうやら降谷の自己評価は相当低い。
投げる球のえげつなさに反して守備力はかなりお粗末というアンバランスな奴だったからそのへんが原因なのか。
「話したことはないけどさ。お前の遠投は見たぜ。すげえ球投げてたろ」
降谷の目が一瞬パアッと輝いたかと思うと次の瞬間にはしゅんとなった。
降谷は顔立ちは整っているが、さっきから表情はほとんど動いていない。
表情は変わらないくせに雰囲気で感情の動きは分かるので意外と分かりやすい性格のようだ。
「・・・でも。僕、野球部でやっていける自信ないです」
ぽつりと呟いてとぼとぼ歩き始めた降谷の横顔は泣きそうに見えた。
丹波さんと同じで気が弱いタイプなのか。
おっとりして内気な性格だとすれば、性格的に野球部でやっていく自信がないのかもしれないが、北海道から一般受験するほど青道で野球がしたかったのならそんなの今更だ。
「そう言って断ったんだってな。高島先生から聞いた」
降谷の前で教師をあだ名で呼んで驚かすつもりはない。
無難な受け答えをしたつもりが降谷は驚いたように振り返って大きく目を見開いた。
「どうしてついて来るんですか」
降谷の中ではあれで話は終わったつもりだったらしい。
こいつ、あまりコミュニケーションが得意じゃなさそうだな。
「まだ話、終わってねえから。一緒に昼飯食いながら話そうか」
決定事項として問答無用で言い渡すと降谷はため息をついて歩き出す。
教室に戻らないと道具も置けないし、ここで立ち話をするのは得策じゃないことくらい誰でも分かることだ。
降谷はロッカーに美術の道具をしまうと弁当が入っているとおぼしき巾着袋をゆっくり取り出した。
「僕、お弁当なので、教室で食べるつもりだったんですけど、お話するならどこか別のところにしますか・・・?」
降谷は視線をさ迷わせた。
一年生で教室でばかり弁当食っていると、どこがいいとか分からないんだろう。
まだ四月なのに何日も欠席して学校に来てない日が多かったのだから無理もない。
「場所は俺に任せろ、たぶんこっちの方が空いてる」
俺も降谷の・・・一年生の教室で飯食ったら目立っちまうので違うところの方が都合がよかった。
「僕、分からないから御幸センパイにお任せします・・・」
降谷にはたぶん他意はない。
一年生として上級生を頼っているだけだ。
それは分かってるけど、分かってはいるけど、デートの場所でもお任せされてるような錯覚を起こしそうになって俺は本気で焦った。
降谷のささやくような声はほとんど吐息のような声の出し方のせいか15歳のガキのくせになんだかエロくて、妙な想像をしてしまう。
*
「・・・ここで食おうぜ」
俺が中庭の芝生に腰を下ろすと降谷が隣に並んで座った。
それはいいが、ちょっと動くとどっか接触しそうなくらい距離が近くてえらい心臓に悪い。
近くねえか、とは言ったけど、そこでダメですか?とか不安そうに聞かれたらダメとは言えなくなった。
こいつ狙ってやってるようには見えないからきっと天然なんだろうな。
それもかなりのド天然。
男だらけの野球部に放り込むのが心配になってくる。
「自信ないって言ってたな。そんなもん、練習の中で身につけていくもんじゃね?始めてみもしねえで言うのは違うと思うけど、そこんとこどうよ」
降谷は巾着袋からまずお手拭きの袋を取り出して丁寧に手を拭いている。
こいつ、ひょっとして、育ちがいいのか。
弁当と一緒に当たり前のようにお手拭き入れてもらっている男子高校生は少数派だろう。
肝心の弁当も彩りよくいろんなおかずが少しずつ入っていていかにも愛情たっぷりって感じだった。
大事に育てられてることがありありと分かる気がするが、育ち盛りの高校生がこれっぽっちじゃ量は足りてない。
午前に早弁でもしてれば別だが。
「僕が不安なのは、練習でどうにかなるような問題じゃなくて」
降谷は野菜の煮物を一つつまみ上げては、何回噛んでんだというくらいモグモグと噛んでから飲み込み、また一つつまんでは噛んでやっと飲み込むのを繰り返し、ようやく答えた。
たしかにこの食事風景を見たら俺も不安にはなってきた。
よく噛んで食うの自体はいいことだが食うのがすげえ遅いし。これは赤の他人の俺ですら運動部でやっていけるか不安になるレベルだわ。
「集団生活が心配ってことか?」
降谷はすごい勢いで弁当箱から顔を上げ、俺を見つめた。
穴があくほどってのはこういうものかと思った。
「なんで分かるんですか」
練習以外で不安材料と言ったらたいていそれだろう。
「そりゃ分かるさ。食いながら話そうぜ、手止めなくていいから」
降谷にいちいち手を止めさせたらこんな小さな弁当でも昼休み時間内に食べ終わらないかもしれない。
降谷は不満そうに弁当箱に視線を戻すと紅葉の形の人参を一つ箸でつまんだ。
ファミレスのお子様ランチによくあるようなサイズの俵形のおむすびも二つ見えるが、まさか米それっぽっちじゃねえだろうな・・・
「そこまで分かるなら、僕が諦めた理由も分かるんじゃ・・・」
降谷はイラついているようだ。
降谷にしてはいくぶん乱暴な箸の使い方で椎茸をつまむと口に入れ、もぐもぐと噛んでいる。
こいつのメシの量、女子かってくらい少ないな。
摂取カロリー絶対足りねえ。
だから細いんだ、こいつは。
「それはわかんねえから聞いてんの、俺は。哲さん・・・キャプテンとか通いの人も何人かいるから寮に入らなくたって野球部には入れるぞ。何が問題なんだよ」
降谷は食べるスピードを上げた。
これでやっと普通の人並みだがたぶん降谷にとっては精一杯の早さだろう。
ちなみに俺はとっくに全部食べ終わってるが、降谷はまだ最初に攻略し始めた野菜しか手をつけてない。
「着替えとか、アイシングで服脱いだり、シャワー浴びるのが、ちょっと」
そんなの中学でもやってきたことじゃねえの?
何が問題なのかさっぱりわからん。
「見られたらなんかまずいことでもあんの、お前」
何気なく聞いた俺だったが降谷の反応はやや挙動不審だった。
慌てたようにキョロキョロと周りを見回した降谷は俺以外に誰も近くにいないのを確認すると、安心したようにふう、と息を吐いた。
降谷の弁当箱にはまだおかずが大半とおむすびが残っている。
小さな鮭の切り身から皮を剥いだ降谷はパクッと口に入れた。
またもやもぐもぐ噛み始める。
「まずいっていうか恥ずかしいです。僕の身体、普通と少し違うので」
育ちがいいらしい降谷は口に食べ物が入っている間はしゃべらないからかなり間があく。
どこが違うんだ?
俺はミートボールだか肉団子だかをわざわざ箸で半分にしてからつまんで口に入れた降谷を上から下まで眺めてみたが男子高校生にしちゃ可愛らしすぎるってことと一口ぶんがめちゃくちゃ小さいことしか分からず白旗を上げた。
そのくらいの大きさなら一口で行け、と思ったが話の腰を折ると余計に時間がかかりそうなので言わないでおく。
「違うってどこが」
降谷は俺の疑問に答えないまま、脇に置いていた巾着袋の上にまだ中身が入っている弁当箱を載せて立ち上がるとボタンを外してブレザーを脱いだ。
ブレザーの下には寒いシーズンでもないのにベストを着ていた降谷はもう一度きょろきょろと周りを見渡し、俺達を見ている人間が誰もいないことを確かめてからベストも脱いでワイシャツ姿になった。
「胸あるの、分かりますか」
小声で聞かれ、俺は思わず降谷の胸をガン見した。
白いワイシャツの下にはちゃんとシャツを着ているから乳首が透けて見えてる訳でも、形が浮かび上がっている訳でもないのに、何故か目をそらせない。
なんだ、これは。
あるというほど大きい訳ではないからパッと見程度ならかろうじて気づかれずにすむかもしれないサイズ。
女子なら微乳とか貧乳とかいうものだろうが、それでもよく見れば普通の男の真っ平らな胸とは違う曲線を描いていることがワイシャツ越しでも分かる。
俺が動揺しながらも黙って頷くと降谷はさささっと元通りベストとブレザーを着込んだ。
ベストとブレザー越しなら目立たないが、四月も下旬になれば暑くなってくるから、いつまでも厚着で誤魔化す訳にはいかないだろう。
「僕、今まで身体のこと誰にも言わないで隠してたんですけど。入部テストの日の夜、疲れてお風呂でうとうとしてたら心配して様子見に来た祖父母にバレて、病院に連れて行かれて。祖父にものすごく怒られました」
降谷は元通りよりも気持ち、二センチくらい俺から離れて座り直すと弁当箱に視線を落とした。
今度は卵焼きを半分にしている。
家族にも、今同居させてもらっている祖父母にさえも黙ってたのか。
ダメだろ、北海道から東京に来させてもらっておいてそれはねえわ。
親が最初から降谷の身体のことを知っていたら、そもそも親元から手離すのが心配で上京させなかったかもしれないしな。
そんな大事なことを内緒にしていていいはずがない。
「家族に秘密にしてたのはよくないな」
俺の相槌に降谷は頷いた。
卵焼きを食べているので口がふさがっているのだ。
卵焼きは固くないからかわりかし早く飲み込んで口を開いた。
「それもいけなかったんですけど、監督とかにも内緒にして入部しようとしたのがケシカランって。僕のせいで騒ぎになったりトラブルが起きた時、監督が事情を知らないと対処のしようがないじゃないですか。監督にあらかじめ事情を話して了解を得たならともかく、都合の悪いことを誤魔化して入部しようとか、そんな了見なら野球やめろって言われました」
降谷のじいさんすげえな。
男の孫の胸におっぱいがついてたら、驚いたり病院に見せたり大変だったろうに、そんな状況でも降谷が秘密を抱えていることで周りにどんな迷惑をかけるのか教えて厳しく叱ってやるとは。
言っていることは正論だし、じいさんたいした人だな。
俺の中で降谷のじいさんの株が急上昇した。
「そうだな、入部するには不利になるかもしれねえけど監督には予め言っておくべきことだよな。でも、お前のじいさんが言ってることは監督に事情を隠して入部するのはダメだってだけで、監督が許可すれば入部していいんだろ。なんで諦めるって話に飛んでんの」
降谷はさっきの肉団子の片割れを口に入れたところだ。
だんだん腹がいっぱいになってきたのかまたペースが落ちている。
俺は腕時計をチラリと見て時間を確かめたが、大丈夫だ、まだ時間はたっぷりある。
昼休みでよかった。
「・・・気持ち悪くないですか、男なのに胸あるとか」
野球部のゴツい奴とかにあったらどう思うかは分からないが、降谷ならなんも問題ないな。
気持ち悪いどころか、降谷さえ嫌じゃなければワイシャツもその下のシャツも脱いで見せてくれても一向にかまわないというか、むしろシャツの中身を見たいし触らせてほしいくらいだ。
俺は別にホモじゃないし、おっぱいさえついてれば誰でもいいような無節操ではないつもりなのに、どうしてこんな発想に至ったのか自分でも分からない。
「俺は気にしねえけど?」
さすがにありのまま言ってしまったら降谷にドン引きされそうだから言う訳にはいかないが気持ち悪いとは思ってないんだからあながち嘘ではない。
降谷はうつむいた。
小さなおむすびも食べづらいのかこれも半分にしている。
「僕、誰かに気持ち悪いって思われたり、いやらしい目で見られたりしないか不安で。御幸センパイが気にしないなら僕が自意識過剰なだけかもしれないけど」
降谷よ、気持ち悪いと思うのといやらしい目で見るのは全く別の問題だ。
俺は気持ち悪くないかと聞かれりゃあキッパリ否定出来るけど、いやらしい目で見ないと誓えるかと聞かれたら、正直な話、返事に迷う。
チームメイトになったら練習中や試合中については極力よこしまなことを考えないようにするつもりではいるが、実際にどこまで出来るかはその状況になってみないと分からない。
見た目はキリッとした美形でえげつない遠投で注目を集めた奴なのに、中身は内気でおとなしい僕っ子でおっぱいまでついてるってそもそもスペックが高すぎるんだよな・・・。
胸があると分かる前から、エロいとは思ってたし。
少なすぎる降谷の弁当奪ったらなくなっちゃうから取らねえけど、その卵焼きでもおむすびでも降谷と間接キスできるなら代わりに平らげてやりたいと思うくらいにはよこしまなことを考えている、今も。
「自意識過剰とばかりは言い切れねえよ。野球部も100人もいればいろんな人がいるからな」
おむすびをもぐもぐ噛んでいる純真な降谷を徒に不安がらせたくはない。
だから俺は自分の気持ちは心の中だけにしまっておき、降谷に教える気も気づかせるつもりもないが、降谷の不安を取り越し苦労だと言ってしまう気にもなれなかった。
俺と同じポジションの宮内先輩なんか試合中に投手の股間触ったことがあるしなあ・・・。
ああいうコミュニケーションを降谷にやられたらマジでシャレにならねえ。
実際いやらしい意図があるのかどうかまではさておき、降谷がおびえるような行動を取る人間はいるかもしれない以上
安心させてから怖い思いをさせるくらいなら本人が用心して自衛出来るところは自衛してもらった方が俺の精神衛生上、望ましい。
「・・・僕、嫌なことばかり想像して隠すことしか考えられなくて、監督にも打ち明ける勇気がなくて入部辞退してしまいました。せっかくたくさん勉強して青道に入って、入部の許可をもらえたのに。御幸センパイに球受けて欲しくて青道に来たのに」
強豪野球部で一年生からレギュラーに抜擢された俺は自慢じゃないがモテる。
だが、今までに受けたどの告白よりも今の降谷の言葉の方がグッときた。
俺に球受けて欲しくて青道に来た。
遠投で120メートル投げる肩があり、天性の素質を持っている奴にそこまで期待されて嬉しくないはずがない。
しかも降谷は、これほどの奴にしては信じがたいことに中学で実績がほとんどないためスポーツ推薦も受けられず、勉強してわざわざ一般受験を通って青道にやって来たのだ。
その理由が俺に球受けて欲しいからとか、捕手冥利につきる。
遠い北海道から、いくら祖父母が東京に住んでいるとは言っても上京してまで青道に来てくれた、奇跡のような出会いをしたってのにみすみす逃がしたらもったいねえよな。
「野球やりたいならもう一回片岡監督のとこに行って事情全部話して来いよ。一度断った後だし監督がいいって言ってくれるかどうかはわかんねえけど」
大きな可能性を秘めた原石を磨き上げてどこまで輝かせられるか想像するのは楽しいし、捕手としてもやりがいがあるだろうと思う。
だが、降谷は普通の身体じゃない。
考えてみれば女子のようなおっぱいがついた男ってある意味、女子よりずっとややこしくて微妙な立場じゃねえか?
女子ならトイレも着替えも別で当然だし、男が女子トイレや女子更衣室に正当な理由もなく立ち入ったら犯罪だから、少なくとも区別をつけることに関しては迷う余地はない。
だが服の上からならギリギリ男に見える降谷は?
普通の男の部員と一緒に着替えさせて素肌晒させるのはどう考えてもマズイ、そうでかくないとはいえおっぱいついてんだから。
降谷みたいにヒゲも生えてない肌つるつるの美少年に女子のようなおっぱいがついてる姿なんて童貞にとっては刺激が強すぎて、生で見るのは危険すぎる。
鼻血出す部員続出の阿鼻叫喚の更衣室を想像して俺は寒気を感じた。
だけど、降谷だけ特別扱いして更衣室を分けたりしようものならチームメイトに理由を追及されるのは避けられない。
女子相手におっぱい見せてとか言った日にゃ、女子の恐ろしいネットワークで噂されて社会的にどえらいダメージ受けそうだからどんなに見たくても口に出す奴はいない。
だから女子には絶対に言わなくても、体育会系の悪しき風習の名残で男の後輩になら、減るもんじゃあるまいし見せろとかムチャぶりする奴がいてもおかしくない。
どうするのが正解なんだ、これ。
「僕、御幸センパイと・・・したいです」
野球、とささやいた降谷の思いつめたような表情と吐息のような切ない声は思い出すだけでも夜のオカズになるくらいエロかった。
ジャガイモみたいな顔した醜男なら、巨乳だろうが貧乳だろうが、顔見た瞬間に萎えて我に返りそうだからさほど実害なさそうだが降谷はなまじ顔立ちが整っているぶん性質が悪い。
あれ?待てよ。
ワイシャツ越しでさえ分かる大きさの胸を体育とか入部テストの日とかどうやって誤魔化したんだ?
「お前、トイレとか体育とかどうしてんの」
降谷はやっとこ弁当を食い終わると、巾着袋に弁当箱をしまい始める。
胸のあるなしが見えない今は、普通の(というには顔がいささか綺麗すぎるが)男子高校生に見える。
もしさっきワイシャツ越しでは分からないと答えておけばワイシャツも脱いでTシャツ姿になってくれたんだろうか。
Tシャツの下まで見るのは、さすがに無理か。
厚着して体型の違いが目立たないよう気を使い、ワイシャツ姿になるのでさえ躊躇した降谷にそこまでさせるのはかわいそうだ。
「トイレは大丈夫です。下は普通なので。体育は、体育着を家から制服の下に着てきて上にジャージ着てやって授業の後は汗の臭い消しいっぱい使って体育着の上にそのまま制服着ます」
下は普通ってどんなだと気になったがまさかチンコ見せろとは言えない。
言ったら確実に変態扱いされちまうから言わねえけど、男性ホルモン少なそうだからきっと下の毛は少なくて、あまり黒ずんでないいかにも清潔そうな、身長の割りに小さめなチンコなんだろうな、と勝手に想像する。
想像するだけならいいだろ、無理やり脱がして見る訳じゃねえから。
「・・・汗臭そうだな」
正直な感想を漏らすと降谷は泣きそうな顔になった。
降谷が大事に抱えている巾着袋に何か模様が描いてあるのはなんだろうと思えば男子高校生の物にしては可愛らしすぎるシロクマ模様だった。
期待を裏切らないなあ、こいつ。
「人がいるところで脱いでもし見られたら困るから。最終手段はトイレとかで着替えることですけど、毎回だときっと変に思われるから・・・」
秘密がバレることが怖いんだな。
こいつは一見クールで人を寄せ付けない雰囲気だが、それは特殊な身体のせいで気を張っているせいかもしれない。
他人に胸を見られないよう懸命に自衛している降谷の対応策はあまり暑くない今はまだなんとか通用しているが、そのうち暑くなってきたら誰かに不審がられるだろう。
暑くてジャージを着れない時期になったらどうする気だ。
体操着一枚では一瞬ならともかく胸のふくらみを一時間気付かれずにいるのは100%不可能だぞ・・・
「入部テストの時はどうしたんだ?でも、あの日はお前、普通の男の体型に見えた気がしたけど。欠席していた間に急に胸でかくなったのか」
練習着姿を遠くから見ただけだが胸がふくらんでるようには見えなかった。
注目の的になっていた降谷を近くから見ていた奴らが誰も気づかないというのも考えにくい。
不思議がる俺に降谷がおずおずと種明かししてくれた。
「あの。胸を平らに見せてくれるシャツが通販で売ってるのでアンダーの中に着てました。昨日の体育も体育着の下にそれ着てて。押さえつけるぶん窮屈だし蒸れるしかぶれそうなので体育ない日は着て来ないんですけど。先月くらいから少しずつ大きくなったので急に今の状態になった訳じゃないです」
そんな便利なシャツがあるのか。
それなら最初に予想したよりは難易度はだいぶ下がるのか?
降谷のガードが意外に堅くて、クラスの奴らにまだ胸のふくらみを気づかれてなさそうなのはいいことだ。
でも夏服の時期になったらワイシャツ姿がデフォになる。ジャケットもベストもなしだと胸があるのがわかっちまうから授業中もずっとそのシャツを中に着てないとダメだな。
窮屈そうだし暑そうだ、北海道出身なのに大丈夫か。
「そういや、病院行ったんだろ?病院ではなんて言われた?」
降谷の背後からなんだかドス黒いオーラが噴き出した。
こいつ、すげえ怒ってる?
降谷はこうやって怒るのか。
おとなしくてかわいらしいだけじゃない降谷の顔を見られるのは新鮮だ。
「1ヶ月しか経ってないなら様子見ましょう。一年か二年で自然に治ることが多いので経過観察でいいでしょう。誰にも言えずに悩んでた1ヶ月は長かったのに“しか”とか・・・!」
病院に行った結果がそれじゃあ降谷の失望は大きかっただろう。
高校生活は三年しかないってのに二年もかかったら三年の春だもんな。
「一人で苦しかったろうな。でも野球部に入ればお前もチームの一員だ。一人じゃない」
降谷の真っ黒なオーラが突如消えた。
分かりやすっ。
「一人じゃない?」
お、野球部入る気になったな。
俺に球受けて欲しくて北海道からわざわざ青道に来た野球バカが、自分が求めたキャッチャーに誘われて野球したいと思わないはずがない。
「ああ。だからちゃんと監督に筋通して入部認めてもらえ。学校側にもきちんと報告しろ。お前身体のこと、学校の職員にまだ言ってねえだろ」
礼ちゃんの口ぶりだと降谷に込み入った事情があることなど全く把握してない様子だったから、俺がかまをかけると、降谷は硬い表情で頷いた。
やっぱりな。
祖父母にバレてっていう言い方の時点で祖父母とせいぜい両親しか知らないんじゃないかとは思ってたよ。
「僕、集団健診の日に欠席したので、今日予備日だから健診受けなさいって言われてて。今日は嘱託医の先生もいるらしいので、恥ずかしいけど言ってみます」
保健室で嘱託医と養護教諭に言えば、学校側も把握する形にはなるか。
まどろっこしいけど、実際胸があって困ってるのは降谷で、その悩みは究極の個人情報だからおいそれと言えないのも分かる。
降谷が初対面の俺に今まで秘密にしてきたことをすんなり明かしてくれたのは俺に球を受けて欲しくて青道に来たという事情もあったからだろうし。
「・・・誰かにバレて怖い思いしてからじゃ遅いからな。今日は健診受けて必ず話を聞いてもらえ」
俺が念を押すと降谷はコクコクと頷いた。
身長は俺より高いくせにこういうとこがかわいくて目が離せない。
監督がなんて言うかも分からないのにこんなこと言ったら無責任だろうか。
でも俺は少しでも降谷の背中を押したくて、言った。
「待っててやるから野球部に早く来いよ、降谷」
降谷の都合なんかお構い無しに言った俺の自分勝手な命令に降谷はパアッと花が飛ぶような明るい雰囲気になった。
「御幸センパイが名前呼んでくれた・・・嬉しい、僕の名前、知ってたんですね」
そんなことで喜ぶのか、こいつは。
っていうか俺、今まで呼んでなかったっけ?
心の中では何回も呼んでたんだがな。
「俺の方から話しかけたのに名前知らない訳ねえだろ、このド天然!」
俺が照れ隠しについ怒鳴ると降谷は首をかしげた。
「?名前知らなくても、話しかけることは出来ますよね。御幸センパイは僕の名前なんて知らないと思ってました」
自己評価がつくづく低いな、こいつ。
中学時代実績がほとんどなかったからか。
守備が下手くそだからか。
原石の大きさと自己評価が全然見合ってねえ。
「下の名前も知ってる。暁(あかつき)って書いてさとるだろ?たかが一回名前呼んだくらいで満足するなよ。一軍に来れば名前くらい毎日呼んでやるからさ」
俺が煽ると降谷の身体からすさまじいオーラが立ち上った。
すげえやる気満々。
これならもう大丈夫だ。
降谷はきっと監督のところに入部させてもらいに、入部の許可が出るまで何度だって足を運ぶだろう。
*
俺はだいぶ浮かれていたらしく、降谷のメルアドや携帯の番号、LINEやってるかどうかとか何も聞いてなかったことを昼休み後の授業中に思い出し、愕然とした。
クラスは分かってるけど、そう簡単には行けねえし、放課後そっと降谷の下駄箱を確認したらソッコー帰ってやがるしでヤキモキさせられたが、降谷は翌日の朝練からチームに合流した。
新入部員を紹介する、といった片岡監督に促されてみんなの前に出てきたのが降谷だったのだ。
「苫小牧中出身、降谷暁。希望ポジションは投手です。僕は病気で・・・お風呂に人と一緒に入ったりとか、出来ません。よろしくお願いします」
降谷がコミュニケーション能力が低いのは知っていたが、事情を聞いて知っている俺と監督以外何を言おうとしているか分からないぞ、これじゃ。
「病気ってなんだよ?」
純さん、みんなの前でそれ聞いちゃうんすか?!
でもみんな疑問に思うことだよな・・・
監督はどうやら降谷が自分で解決するのを期待してるらしく代わりに説明する気はないらしい。
「・・・病気のことは本人のプライバシーに関わることだ。他言は無用だぞ」
監督が部員に睨みをきかせる中、降谷は口を開いた。
「病名は言いたくないので特徴だけ言うとホルモンに関係してる病気です。原因は不明ですが、人には移らないし、見た目が嫌なだけで健康に害はないので練習は普通に出来ます。患部を見せたくないので家からシャツ着て来ます、気にしないで下さい」
降谷の説明、酷いにも限度ってもんがあるだろう・・・。
嘘は一つも言ってないけど病名以外でも大事なことを言ってない。
頭痛え。
「患部ってどこだ、見た目が嫌ってどういうことだよ」
純さん、個別に質問が来ると答えるのが大変だと気を回してわざとみんなの前で聞いてんのかな。
副キャプテンだけあって気配り出来る人だし、決定的にヤバい質問は避けてるようだ。
昨日練習の後、哲さんと純さんは監督に呼ばれてたよな、そう言えば。
降谷のことで何か話してたのか。
部内の役割から言っても哲さんはそういうこと聞きそうなキャラじゃないし、声の大きい純さんが代表して聞く形の方がよかったんだろう。
俺にも言ってくれればいいのに。
「シャツに隠れるとこです。見た目、僕は自分の身体がこんななってるの見るのも嫌だし違和感すごくて本当気持ち悪い。人に言うのも見せるのもやだ」
シャツに隠れるのは胸以外に腹や背中もあり得るからうまいこと特定しないで喋ってんな。
丁寧語を使っていた降谷の丁寧語がだんだん怪しくなってきたと思うと、最後の方は子どもっぽいしゃべり方になっていた。
たぶん、地が出たな。
降谷は自分の身体のことを気持ち悪いと思っていたのは言われてみれば思い当たるふしはあったがどうしたもんか。
俺は気持ち悪くなんかないけどみんなが気持ち悪いものだと思い込んでた方が降谷の身の危険は減るのか?
「どんなにグロくてもドントマインド!俺は気にしねえぞ降谷!」
この声は長野からスカウトされて来た一年生ピッチャーの沢村だ。
声でけえ。
沢村は礼ちゃんの話だと中学最後の試合の相手がチームメイトをバカにしたと腹を立ててビンタかましたらしいから、よく言えばチームメイト思いなんだろうな。
一応力付けてるつもりなんだろう、バカなりに。
「グロ?!キミ、うるさい・・・」
降谷がなんかオーラ放ち始めた。
自分で気持ち悪いと思っているのと他人にグロ呼ばわりされるのは訳が違う。
静かに怒ってるぞ。
監督が強引にまとめに入った。
「病気の者をからかったりいじめたり暴力脅迫等で理不尽な行動を取る者が出た時は厳しく対処する。セクハラというものはされた側がセクハラと判断したらセクハラになるそうだから言動に気をつけるように。特に沢村」
降谷のおっぱいをグロ呼ばわりしたんだから当然セクハラだ。
色白な降谷の肌の日焼けしてない部分は特別白くて乳首もたぶんピンク色で美乳に決まってんだよ。
俺でさえ見たことないんだから沢村にも誰にも見せねえけどな!
「なんで名指し!?」
沢村の悲鳴はさておき。
*
降谷は昨日昼休みに俺と会った後、5校時に保健室で健康診断を受け、嘱託医と養護教諭に現状を話して相談したその足で片岡監督に会いに行き、事情も話してその上で入部を許可されたらしい。
すげえ行動力だと感心したけど、よく考えたら青道で野球したいという思いで北海道から一般受験で東京の学校に来るような奴が行動力ないはずないんだよな。
俺はどうやら降谷という男を過小評価していたのかもしれない。
「・・・じろじろ見ないで下さい」
朝練後、更衣室でも降谷は注目を浴びていた。
あの自己紹介の後だから無理ねえわ。
先に下を脱いで脛毛もろくに生えてない眩しいほど白い脚を一瞬晒した降谷はすぐ制服のズボンを穿いた。
次に練習着の上を脱ぎ、アンダーシャツも脱いだが、胸を平らに見せてくれるシャツとやらは着たままだ。
降谷の胸はそのシャツのおかげか、たしかに平らに見えている。
その上にワイシャツを着てブレザーも身につけてから不器用にネクタイを結んでいる降谷はちゃんと男に見える。
「お前、ネクタイ結ぶの下手だな」
着替えを見ていたことの言い訳を口にすると降谷はむっとしたようだ。
「中学は学ランだったから・・・どうやるんだっけ、これ」
言い訳したそばから鏡見ながら悪戦苦闘する降谷を見かねて弟くんが背伸びしてネクタイ結んでやり始めた。
お前、そこ代われと言いたいけど三軍に入ったばっかの投手希望の一年生に一軍で正捕手の俺がネクタイなんか結んでやったら周りに変に思われるのは確実だから、根性で耐える。
早く一軍に上がって来いよ、降谷。
一軍でバッテリーを組むようになれば俺が少しくらい降谷を構ったりかわいがったりしたとしても不審に思われないだろうから、早いとこ頼むぜ、マジで。
俺の我慢と忍耐の日々は一年生対二三年生の練習試合の日まで続いた。
降谷が素質の片鱗をうかがわせる豪速球を投げ、見事一軍入りを決めたことを俺がどんなに喜んだか。それは俺だけが知っていればいい。
【終わり】
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