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ダイヤ・錻力の小説
逆行した降谷暁in桐湘3
【春季大会二回戦終了後】

 僕は降谷暁という。
 東京生まれ、北海道育ちで今は神奈川県立桐湘高校一年生で野球部に所属している。ポジションは投手、背番号20。
 昨日から春季大会が始まり、内野経験のあるチームメイトの一年生は二人試合に途中出場したけど、僕にはまだ出場の機会は与えられていない。
 それどころか、久澄監督は僕に試合でまだ投げさせない(意訳)的なことを言うので、僕は本気で困惑した。

「なんでですか」

 何がいけないんだろう。
 今日の二回戦は昨日ほど点が取れなかったので、コールドではなく九回まで試合をしたため先発の喜多センパイと僕が交代する選択肢もあり得たはずなのに、なんで出してもらえなかったんだろう。
 去年は之路主将が準々決勝まで一人で投げていたというし、之路主将と喜多センパイ以外に試合で使える水準の投手は桐湘にはいないと僕は見ている。
 ノックの時の返球を見れば肩の良し悪しと球が速いか遅いかくらい分かるし。
 上級生との練習試合でめった打ちされた田村くんまでベンチ入りさせるくらいだから投手事情が厳しいこともたやすく想像がつく。
 練習試合で二イニング無失点に抑えた僕が三人目ということになるのだろうに試合で試さない理由が分からない。

「納得できませんか?」

 久澄監督に聞かれ、僕は固まった。
 監督の采配に不平なんか言っていいんだろうか。
 投げさせて下さいと言うことは出来たけど、それを聞くか聞かないかは監督が決めることで、決まったことに不平を漏らすのはダメだったはずだ。
 青道にいた頃はどうしてもマウンドを降りたくなくて、自分の足で歩いて降りなかったためチームメイトに引きずられていった前科がある僕だけど。
 自分の足で降りないとか、審判に注意されてもおかしくなかったと思うし遅延行為は慎むべきだから、ワガママだった自分を今は反省しているけど。

「理由が知りたいです。自分が至らない所を改善したいので」

 久澄監督は髪をねじねじしながら微笑した。

「いいでしょう。ミーティングの後、之路君、宇城君、降谷君は残って下さい」

 僕以外に主将と副主将に残ってもらう理由はなんだろう?
 監督が主将と副主将に耳打ちすると、副主将は防具をつけ始め、主将はバットを持って打席へ向かった。



【投手降谷vs. 打者之路】

「降谷君、キャッチボールで肩暖まったら振りかぶってストレートを思いきり投げてみなさい」

 えっ。
 之路主将は打撃がとても残念な人だ。
 沢村も相当ひどかったけど、バントとバスターが巧いぶん、沢村の方がだいぶマシだと思える。
 三振するところしか見たことない之路主将を打席に立たせるメリットが分からない。

「エースにぶつけて怪我させたらチームの人達に殺されます」

 僕はふるふるとかぶりを振って拒否した。
 目の前の宇城センパイとか弐織センパイとか児島センパイとか柊センパイとか伊奈くんとか。
 手が早そうなチームメイトの心当りがありすぎる。
 練習試合ではセットポジションでしか投げなかったからこの人達は僕が本当はコントロールが酷いことを知らない。
 僕がぶつけると思わないからエースを打席に立たせてテストしようとか思ったんだろう。

「どうしてぶつける前提なんだよ?お前のコントロールなら大丈夫だろ」

 宇城センパイは振りかぶって全力投球した時の僕のコントロールの悪さを知らないから、安請け合いした。
 三年生にこんなこと言ったら悪いけど之路主将が避ける技術なんか持ち合わせてないのははっきりしている。
 全然大丈夫じゃない。

「セットポジションならそれなりにコントロール出来ますが、振りかぶるとコントロールのバラツキが酷くてストライクが入らないし。主将に怪我させたくありません。どうしても全力ストレートじゃなきゃダメですか」

 青道の練習試合では捕手が捕れるかどうかさえお構いなしに全力投球した僕だったけど、あの頃はチームメイトの大切さも何も知らないからぶつける可能性も考えずに投げたけど、チームで戦うことを覚えた今はエースに自分が怪我させることが怖い。
 高校一年になったばかりだった頃の僕の制球力は本気でひどかったからこれは杞憂でもなんでもない。
 丹波センパイが離脱した時のように之路主将が離脱してしまったら、選手層が薄くエースを欠いた桐湘は勝ち進めなくなってしまう。

「ダメです。全力で戦うことから逃げるような投手を大事な試合で使えると思いますか?」

 監督ににべもなく言われ、退路を絶たれる。
 セットポジションでも手は抜いてないし、ちゃんと全力は出した。
 でも・・・。
 たしかに、桐湘ナインにはまだ、僕が振りかぶって全力で投げたストレートを見せてないことも事実で。
 録画を見ただけで僕の問題に気づいてしまうのがこの監督の凄いところなんだろう。
 同じ公立ということもあって、僕には久澄監督が都立王谷の監督さんとちょっとダブって見えた。
 王谷の監督の方が顔面偏差値は数段上だけど予算が少ない公立校を強豪にした理論とか哲学とかそういう頭のよさそうなところが共通している。

「・・・スプリット、何球か投げてからでいいですか。抜く球投げた後の方が力が抜けて少しはマシだと思うので」

 明川戦の時、御幸センパイに言われたことを思い出す。
 一年夏の大会で最初に戦った強敵との試合で待球作戦されボールカウントばかり増えて苦心のピッチングだった時。
 スプリット投げた後は、いい具合に力みが取れてんだよなって誉められた。
 まだ力を抜こうとして抜ける身体能力じゃないので、それでもなんとかしようとするなら頭を使わなくちゃいけない。

「いいでしょう」 

 監督の了解を得て、僕はまずキャッチボールから始めた。
 肩が暖まった頃合いで宇城センパイが座って構えた。
 最初にスプリットを投げた時は本当はフォークを投げるつもりだったけど指に挟み込むのが浅くて偶然投げた球。
 御幸センパイでさえ初見じゃ取れねえわと言い、初めて受けてもらった日には宇城センパイも後逸したけど、今日は前にはこぼしても後ろにはそらしてない。
 スプリットを五球続けた後、とうとうストレートを投げる。
 ボールの行方はボールにしか分からない、速さと球威以外何もない、未完成な渾身のストレート。
 んゴオオという轟音とともに飛んでいった球は工夫のおかげか青道の練習試合の、審判の片岡監督にぶつけた時より制球はほんのちょっとだけマシだった。
 之路主将のお尻には当たったけど、顔とか怪我で欠場するような場所じゃなくてよかった。

「すいません。・・・大丈夫ですか」

 バットを投げ捨ててマウンドに駆け寄ってきた主将の普段は穏やかでハンサムな顔が鬼の形相になっていたので、僕はまず謝罪した。
 苦情は全力ストレートを投げさせた監督にお願いしますって言おうとしたけど主将が怒ってる理由はそもそもボールをぶつけたことなんかじゃなかった。

「ナメてんのか降谷!ウチは挑戦者なんだぞ、あんなストレート投げれんなら最初から投げろ、出し惜しみするな!弱気になってんじゃねーぞ、てめえ」

 出た、二重人格オンザマウンド。
 之路主将、主にマウンド上の性格とそれ以外で性格が豹変するんだよね、僕が被害受けてないから今まであまり言わなかったけど。
 菩薩のように穏やかな顔とマウンド上の険しい顔つきが別人すぎる。
 この罵声はちょっとだけ伊佐敷センパイの怒鳴り方に似ていてなんか懐かしくなった。
 桐湘は青道と違って寮じゃないし後輩をパシリに使ったりもしないから、先輩との接点が物理的に少ないけど。
 これが普通の高校の部活の先輩との距離感なのかな。

「弱気じゃないです。チームでの役割を僕なりに考えてさっきの球使わずにいただけで」

 監督が髪をいじりながら続きを促す。
 片岡監督が髪をいじってるところは全く想像出来ないんだけど世の中には本当いろんな監督がいると痛感する。

「僕は今チームで三番手の投手で、一試合投げ抜く体力もないから出番はきっとリリーフ。走者がいる時セットポジションとかクイックで投げる機会が多い。之路主将の球を見慣れた打者には、之路主将と同じくらいの速球で制球難の投手から四球を選ぶのは簡単なので、球の速さは少し劣っても変化球を織り混ぜてくるコントロールいい投手の方が嫌なはず、だから威力より制球重視でムダな四死球を出さない投球を心がけたつもりです」

 三振を取れる変化球があり、球も速いことから秋の大会決勝や神宮大会で僕は抑えに向いていると評されていた。
 あの時は怪我の快復との兼ね合いで長いイニングを投げられなかったので抑えでしか登板出来なかったけど。

「俺が一年の時は時速130キロのストレートとスライダーしかなかったよ。港南と一年生同士で練習試合したら30点取られて逃げ出したくなった。そこの宇城にどやされてやっと目が覚めて、敗北を乗り越えて今日までひたすらにストレートを磨いてきた。お前の変化球も俺にはない武器だけど、お前の本当の武器はその速球だ、気合い入れて磨きをかけろ」

 僕は去年の夏の大会を見たおじさんに之路主将のことを聞いたから二年の時の之路主将の話しか知らない。
 一年の時にそんな悔しい思いをしてたんだ・・・三年の先輩の若い頃の話っていつ聞いても燃える。
(後日、宇城センパイは、実際取られたのは30点じゃなく26点だったこと、初回に8点取られたけどマウンドで檄を飛ばされて物理的に吹っ飛んでから、少しずつ立て直して八回と九回は無失点に抑え、最後まで一人で投げ抜いたと教えてくれた)

 僕の課題は最初からわかっている。
 一周目の夏の決勝はスタミナ不足でマウンドから下ろされ、それでもせっかく再登板の可能性があるレフトで起用されていたのに、まずい守備をしたため九回表の打席の後、守備固めの先輩と交代させられベンチへ下げられた。
 沢村が出した死球をきっかけに流れが稲実に行き、リリーフの川上センパイも打たれて逆転負けするのをベンチで見ていることしか出来なかった自分が歯がゆくてたまらなかった。
 誰にもマウンドを譲らないと誓ってエースナンバーを背負った秋も故障で思うように投げられず、一度も完投したことがないし。

「分かってます。僕の課題はコントロールとスタミナです・・・」

 神宮大会で九州地区の宝明に負けたのはリリーフした僕の暴投のせいだ。
 僕は今まで大阪桐生との練習試合以外対外試合で敗戦投手になったことがなかった。
 僕が投げた試合は点を取られても打線が取り返してくれたり、打たれたぶんは自分で打って取り返してきたので、自責点がわりとひどい割に敗戦投手の経験はほとんどなかったけど、完投出来ないのにリリーフも失敗した僕は自分の未熟さを痛感した。
 苦しい時にチームを支えてこそエースだ。
 僕は青道の一年間よりももっと成長しなくてはいけない。
 一試合でも多く投げて成長しなくてはならないんだ。

「それより、之路主将。速球を活かすのはコントロールと緩急です。スライダーはいつ解禁ですか。挑戦者が出し惜しみしてていいんですか」

 之路主将が一年の時にスライダーを投げていたことを知った僕は早速疑問点をぶつけてみた。
 川上センパイがシンカーを封印した時のように、四死球を出したとか何かしらきっかけがあって使わなくなったんだろうけど、僕よりはコントロールがいいと言っても、明川の楊さんとか帝東の向井くんほどじゃないし、緩急をつける変化球は絶対に必要だ。
 スライダーがダメだったら、簡単だからスプリット教えましょうかって言おうとしたら、之路主将に握りこぶしを胸に叩きつけられた。



【投手之路vs. 打者降谷】

「・・・降谷、マウンド下りてバッターボックスに入れ。今すぐ」

 之路主将も今日の試合で出番なかったから投げたくてたまらないらしい。
 そんな横暴な。
 助けを求めようとして監督を見たら、監督は微笑んで頷いた。

「降谷くんの今の力と課題は分かりましたから今度はバッティングも見せてもらいましょうか」

 バッティングを見せるにはマウンドを下りなきゃいけない・・・。
 スライダーの話なんてしなきゃよかったかな。
 雉も鳴かずば撃たれまいって言葉が頭をよぎったけどちょっと遅かった。
 僕はとぼとぼと歩いてグラブを置き、バッターボックスへ向かう。
 バッティンググローブをはめながら、気持ちを切り替える。
 練習試合では打順が回って来なかった僕にとって、今は打撃力をアピールする絶好の機会だ。
 去年四連続完投したという之路主将はもちろん、喜多センパイだって九イニングを一人で投げ抜くスタミナがある。
 エースだった時ですら一試合を一人で投げ抜いたことがない僕は、悔しいけど彼らにスタミナでは全然敵わない。
 でも、二人とも打撃が苦手なタイプの投手なので、打力込みでなら僕に勝ち目がない訳じゃない。
 僕は青道にいた頃、打つ方はムラがあるが、長打力があってバッティングがいいと評価されていて、選抜でも五番打者を任され、甲子園でも長打を打っているのでバッティングでは桐湘でも上位だと思っている。
 控え選手の中にも打撃力が突出した人はいないため、僕がバッティングで役に立つことをしっかりアピールしておけば終盤投手の打席にチャンスが回ってきた時に僕が代打に出てそのまま次のイニングのマウンドに上がることだって出来るかもしれない。

「・・・お願いします」

 僕はバットを素振りしてからバッターボックスに入った。
 之路主将の球種は二種類しかない。
 どっちかに山張って思いきり振るだけだけど、どっちかな。
 スライダーの話してその途端に代われって言われたんだから、やっぱりスライダーを試したいんだろうな。
 ずっと投げていなかったならいきなり実戦で使うのは怖いからまず練習したいと思うはず。

 中途半端な高さ、真ん中に入ってきたスライダーをフルスイングすると打球はネットを越えてご近所さんの屋根瓦にぶつかりガシャッとか嫌な音が聞こえた。

「あ・・・まずい」

 いきなりスライダーをホームランなんかしたら、やっぱり俺には変化球なんかいらねー、ストレートだけでいい、とか主将が言い出さないかどうか心配なのが一つめ。

 もう一つまずいのは、ご近所さんの屋根瓦をこわしたことだ。
 あのへんはうちのおじさん家の近所だから近所付き合い的な意味でものすごくまずい。
 おじさんとおばさんに迷惑かけるようなことをしたら下宿させてもらってるのに申し訳なさでいたたまれない。

「てめえ、ホームラン打って何がマズイんだ?俺に気使って手抜くつもりだったとか抜かしたらただじゃおかねえぞ」

 僕の声はそれほど大きくはないはずだけど、主将はどうやら耳がいいみたいで早速怒鳴られた。
 よかった、さすがにエースだけあってメンタルが強い。

「それは、ご近所付き合い的な意味で」

 僕が言い訳するなか、監督はニコニコしながら新しいボールを之路主将に渡した。

「ずいぶん飛びましたね〜。去年の紅白戦の弐織君と同じくらいですか?」

 場違いなくらい明るく言った監督に僕は勘弁して下さい、と思った。

 打たれた直後に監督にこんなこと言われたら、今までマウンドで切れたことがなかった僕だってさすがにぶちギレるかもしれない。
 マウンド上では気性が荒い之路主将の気持ちが心配だ。

「去年と同じ家にぶつかったように見えました。・・・そんな心配そうな顔をするな、一年坊主。むかつくけど、天才に打ちのめされるのは慣れてる」

 之路主将は意外に冷静だった。
 慣れてるって・・・?
 そう言えば、去年弐織センパイは紅白戦でホームランを三本打って四番の座を手に入れたと聞いた。
 それって全部之路主将から打ったんだろうか?
 あの豪速球に力負けせずに三ホームランってよく考えるとすごいことだ。
 高さもコースも甘い完全な失投のあまり曲がらない変化球を僕がたまたまとらえたのとは次元が違う。

 そんな天才の洗礼を浴びても挫けずに投げる之路主将の姿は、故障明けの時に実戦形式で先輩達相手に投げてバカスカ打たれていた丹波センパイの姿と重なって見えた。
 三年生エースの試合にかける意気込みは僕にはまだ真似できないものだ。

「之路君は昨日七回まで投げたので今日はあと一球で終わりです。せっかく喜多君が頑張って休ませてくれたんですからちゃんと休んで下さい」

 勝負はあと一球だけと監督に釘を差され、之路主将はど真ん中に構えた宇城副主将のミットを厳しい目で見つめた。

 きっとストレートで来る・・・!
 小細工が出来るバッテリーじゃなさそうだから、最後は得意な球で打ち取りに来るだろう。
 さっきのホームランは久しぶりに投げた変化球が失投になったのを打っただけで、決め球を打った訳じゃない。
 ストレートに山を張って待っていた僕は主将の低めのストレートをさからわずにライト方向へ流し打った。

 通常の守備位置だとしたら単打かな?
 あの球をホームランは、僕には無理だと思う。
 少なくとも、今の僕には・・・弐織センパイはどうやって打ったのかつくづく不思議だ。


【ご近所に謝りに行く】


「私はさっきのお宅にお詫びに行って来ますから君達は早く片付けて帰りなさい。居残り練習はいけませんよ」

 監督が一人で出て行こうとしたから、僕は焦って呼び止めた。
 
「あの家、うちのご近所さんです。二年連続で瓦割られたら相手怒ってるかもしれないから、せめて僕もお詫びに行ってもいいですか」

 僕の申し出に監督、主将、副主将は三人ともきょとんとした。

「・・・それはかまいませんが」

 監督が僕の申し出に了解してくれたのでついて行くと之路主将は宇城センパイと何か話してから追いかけて来た。

「お前、自由すぎだろ!後輩なんだから、片付けは率先してやろうとしなきゃダメだろ。今日は宇城がやっといてくれるって言ってたから明日よく礼を言っておけよ」

 主将に怒られ、僕はそこまで頭が回らなかったことを反省した。
 決してわざとじゃないんだけど、僕は気配りが足りなくて人に迷惑をかけてしまうことがある。

「降谷君の家はこの辺なんですか?」

 連絡網用に住所とか書いて出したはずだけど監督はまだ僕の住所を見てないのかな?
 入部一週間だし、まだ作ってるところなのかもしれない、配られてもいないから。

「僕の家っていうかおじさん家ですけど。僕、神奈川のおじさん家に下宿してるので」

 監督達に目をぱちくりされた。
 何か驚かれるようなこと言ったかな。
 僕の言動は時々誰かをびっくりさせることがあるのは経験で分かるけど、何がびっくりさせてるのかは全然分からないままだ。

「お前、北海道から引っ越してきたはずだろ?親の転勤についてきたとかじゃなく自分一人でこっち来たのか」

 言ってなかったっけ?
 青道のみんなは知ってても桐湘の人達は知らないんだっけ。
 銭湯で中学の話をしたついでに話すつもりだったけど、ああ、清作くんのホモ疑惑のせいで言いそびれたんだ。

「小学三年の時に親の転勤で北海道へ行ったんです。でも向こうでは僕のしたい野球が出来なかったから道外の高校へ進学したいと言ったら、おじが桐湘のことを教えてくれたので」

「捕手が球を捕れなかったと聞きましたが」 

 監督にも報告してたんだ、口止めしてないから言われても仕方ないけど。

「・・・ハイ。試合で投げさせてもらったこともあるんですけど、キャッチャーが捕れない球投げて、試合にならなくて。お前とは一緒に野球したくないって言われました」

 僕にとっては、北の大地で一人ぼっちになることを決定づけただけの試合は、僕が知らないところで噂になって波紋を引き起こしていた。
 でも僕がそれを知るのは一周目の夏の甲子園であの稲実を破って全国制覇した北海道代表の巨摩大藤巻高校の本郷くんとの出会いを待たなければならないので、・・・まだしばらく先の話だ。

「それが、君のトラウマだったんですね。でもここは中学ではありませんし、君の全力投球を受けとめられる捕手もいる。君の全力が必要な時はためらわずに力を奮いなさい」

 宇城センパイと同じチームで戦えるのは夏の大会までだけど。
 僕が素直に頷くと、監督は満足そうにウンウンと頷いて言った。
 
「今週の鶴見第二戦、降谷君に先発を任せます。その翌日は昨年準優勝校の麻生西対栄春の勝者との試合ですから、先発は之路君。そのつもりで調整して下さい」

 昨年の準優勝校と当たる時に之路主将を連投させるのはできるだけ避けたいのだろう。
 とすれば、内容次第で僕も完投させてもらえるかもしれない・・・!

 ホクホクと嬉しそうなオーラを放っていた僕が、謝りに行った先のお宅で
「降谷さんの甥っ子ちゃん、こんなところまでホームランかっ飛ばすなんてすごいのねえ。朝晩よく走ってるし頑張ってるね」
 とか言われて小湊くん並に赤面するまであと少し。




[newpage]




【僕のクラスの日常風景】

 僕のクラスには野球部員が三人いる。
 一人は僕(当たり前だ)、あと二人は清作くんと畑くん。
 畑くんはベンチ入りしてなくて、僕はまだ喋ったことがないけど紅白戦の時、セカンドを守った。いかにも野球部という感じの坊主頭のチームメイトだ。

 二回戦の翌日、月曜日。
 清作くんは今日も教室にぐうぐうお腹の音を響かせている。
 清作くんはいつも朝ごはん食べてないのか心配になるくらい毎日のようにお腹を鳴らしているので僕は少し気になっていた。
 だって、僕もどうしても眠い時は授業中に寝落ちすることがあるから、授業中ずっと起きてる訳じゃないけど、たぶん清作くんのお腹の音を聞かない日がないくらいなのだ、最初は発生源が分からなかったけど。
 でも、さすがに一限目からっていうのは珍しい。
 よっぽどお腹をすかしているのか机になついてグッタリしている。
 ひとこと言ってくれたらおむすび一つくらい分けてあげたのに。
 でも今、授業中だし。
 畑くんは窓際の真ん中あたり、僕は廊下側の一番後ろ、清作くんは真ん中の列の一番後ろと野球部三人とも席が離れているので休み時間まではどうすることも出来ない。

 僕が眠いけど清作くんのお腹の音が気になって寝るに寝られず、カックンカックンしながらうつらうつらしていると、突然ビリっという音がして、眠気はたちまち吹っ飛んだ。
 え・・・?
 清作くんはお腹が減りすぎて教科書がおいしいものに見える幻覚でも見ているのか、教科書をビリっと破ってはもしゃもしゃ食べている。
 幻覚じゃ味覚は変わらないと思うんだけど、自分が山羊になった夢でも見てるんだろうか。
 目は開けてるけど。
 紙なんて絶対おいしい訳ないのに・・・
 僕や畑くんがはらはらしながら遠くから見守るなか、清作くんの隣の席の女子がお菓子の箱らしきものを清作くんに差し出した。
 勇気あるね?
 清作くん、見た目が不良っぽいから関わりたくないと思われてそうだけど。

「あげる」

 清作くんの隣の席の女子の髪は茶色で長さはショートカット。青道のマネージャーの夏川センパイを前髪少し短くしたような感じでかなりかわいい。
 ほんとうは授業中にお菓子食べるのはいけないことだけど、教科書を食べ始めるほどお腹をすかしてるのがかわいそうに思えたのかもしれない。

 しかも施しをするみたいな押しつけがましさはなく、お腹の音がうるさくて自分の気が散るからあげるってツンデレな感じで。

 でも清作くんはお菓子を受け取らなかった。

「いらねー。ウチの部、菓子禁止」

 それ、僕初めて聞いたんだけど。
 お菓子や炭酸飲料がダメっていうところもあるのは僕も知ってるけど、青道でパシリした時に炭酸飲料とか買いに行ったことあるし、強豪が必ず禁止しているってわけではない。

 それにお菓子と教科書のどっち食べるかだったらお菓子の方がだいぶマシじゃないかな。

 つべこべ言わずに受け取ればいいのにと見守る僕と畑くん。
 畑くんとはまだ喋ったことないけど、問題児を心配する保護者ポジション同士話が合いそうな気がする。

 青道の小湊くんが今の僕を見たら驚くだろうな、授業中寝ないでチームメイトを見てるなんて昔じゃ考えられないことだ。
 まあ、今の二周目では小湊くんに会ってないから僕の成長どころか僕の存在さえ知るよしもないんだけど。

「これならいいんでしょ」

 清作くんの隣の女子はお菓子を引っ込めた代わりにコンビニの未開封のサンドイッチを清作くんの机に置いてあげた。
 これは彼女が昼ご飯に食べるつもりで買ったものだろう。
 自分のごはんを譲ってあげるなんて、すごくいい人だ。
 僕の中でサンドイッチ女子(仮)の評価が急上昇した。

「嘘つけ、何が狙いだ!?」

 清作くんは意外に疑り深い性格のようで大声で騒ぎ始めた。
 サンドイッチ女子も気が強いらしくて負けずに言い返していたら先生に二人とも立たされて怒られた。
 その時、先生が名前を呼んだのでサンドイッチ女子が工(たくみ)って名前だったことが分かった。

「清作。土曜日の試合でホームラン打ったんだってな。野球で頭がいっぱいで心ここにあらずといったところか?」

 先生よく知ってますね。

「・・・頭と心のどっちの話スか?」

 清作くんって実はすごく頭がいいんだろうか。
 僕はたぶん黙って頷くのが関の山で、こういうとんちみたいなうまいこと言えないから感心してしまう。

 それはさておき、先生のこの発言でようやく清作くんが野球部に所属していることがクラスに知れ渡った。
 どうやらケンカのためにバット持ってる不良ぐらいに思われていたらしい。
 どんな悪人だと思われてたのそれ?

「高校初打席でホームランを打ったんだからスゴいことだよ」

 畑くんがしみじみ言うと、

「一本打ったくらいじゃ自慢にならねえよ」
 と本人にバッサリ言われて畑くんは机に突っ伏した。
 試合にまだ出てない僕もかなり妬ましい気持ちが溢れだしてきてるけど。

 俺なんかベンチにも入れてないのに、ってつぶやいた畑くんが泣きそうになっててかわいそうになってきたけど前の席の男子が慰めてくれたみたいだから畑くんは大丈夫だろう。

 清作くんの株が爆上げしたのは先生が工さんを注意した時だった。

「あ、コイ・・・この女は悪くねえッス。元々は俺の腹のせいなんで」

 女子をかばう男前っぷりが評価急上昇につながったらしい。
 コイってなんて言おうとしたんだろう?
 来い?どこへ?
(註・コイツと言いかけたと思われます)

 授業が終わったところでクラスメートが次々と食べ物や飲み物を持ってきて、清作くんの机に置いていくと清作くんの机はたちまち食料だらけになった。

「おお、エネルギー源!」

 みんなから食べ物もらった感想がこれだから清作くんの天然はクラスのみんなが把握したとみていい。

 周りに人を引き寄せる力とか声かけたりされやすい、わんこ属性っぽいところはやっぱり沢村に似てるなぁ。
 目付きの悪いところは倉持センパイっぽいけど。

 休み時間には別のクラスの伊奈くんが遊びに?きたけど清作くんが教科書食べて先生に怒られた事件のことは伊奈くんのクラスにも余裕で知れ渡っていた。
 まあ、教科書食べるとかありえないしそりゃ他のクラスにも広まるよね。

 あんなにたくさんもらった食料を全部食べてお腹一杯になった清作くんは二限目から昼までずっと眠っていた。
 ノート取る気ないの?
 僕は二周目だから補習や追試でやったことくらいは覚えてる(追試に合格しないと試合に出せないって脅されて必死にやったから)けど後でテストで困っても知らないよ。



【後日談】


 それからというもの。
 清作くんはお腹いっぱい餌付けされては授業中爆睡を繰り返し、昼休みになるとバットを持ってどこかへ消える。

 僕はフリー打撃に志願登板してレギュラー相手に調整を続けながらチームの戦力向上に貢献しようと努力していた。
 そしたら、土曜日の先発のくせに軽めに調整しろバカ野郎となぜか怒られ、金曜は投球禁止を言い渡された。
 
 初先発した鶴見第二戦は七対0で七回コールド勝ち、奪三振10、打つ方は二安打三打点とまずまずだったけど、球が上ずってきたとたんにあっさり五回途中で降板させられ完投出来なかったのが悔やまれる。
 シード権がかかった試合の先発を任せてもらえる程度には評価されてはいるけど、一試合丸々任せてもらえるほど信用されてはいないってことだよね。
 まあ、エースだった時ですら最後まで投げたことがないんだからそんなの今更だ。

 その翌日の試合のことはまたあらためて。 


[newpage]




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