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ダイヤ・錻力の小説
逆行した降谷暁in桐湘2


【入部四日目。紅白戦終了直後】

 一年生対二・三年生の紅白戦は一年生チームの完敗に終わった。

「本当にだらしねえ1年だ。負けたら練習量倍に増やすっつったの忘れてねーだろうな」

 二年で四番打者の弐織センパイに叱られ、一年生一同脂汗を垂らしていた。
 だらしないって言われても、二番手で登板した僕は先輩チームを二イニング無失点に抑えたんだけど・・・。

 途中出場で打順が回って来なかったから之路主将の球打てなかったし、七番の楠瀬センパイから三番頭木センパイまでしか対戦してないので弐織センパイを抑えた訳じゃないから威張る気はさらさらないけど、誰にも打たれてはいないし。

「僕、打たれてませ・・・」
「待て、弐織」

 僕が反論しようとしたら之路主将が止めに入ったので僕も黙った。
 結果的には止めてくれたのはいい判断だったと思う。
 たぶん、僕がなにも空気読まずに自分は打たれてないとか言っちゃうと一年生の中で浮いたり雰囲気を悪くしちゃうから。

「・・・之路主将」
「主将・・・!」

 何人かの一年生が地獄で仏に会ったみたいな顔で主将を仰ぎ見たけど、喜ぶのはまだ早いと思う。
 青道のセカンドの小湊センパイも見た目は笑みを絶やさない優しそうな人だったけど、ニコニコしながら僕の頭に強烈なチョップしたことあるから。
 優しい顔=優しい人ってほど世の中は単純じゃないよ?

「倍じゃ夏を戦い抜けないな。10倍に増やそう」

 やっぱり思ったとおりだ。
 之路主将はマウンドにいる時の険しい表情とはうってかわったように穏やかな笑みを浮かべて言った。
 言ってることの鬼畜さと表情が合ってない、この人・・・・
 誰かが二重人格オンザマウンドとか言ってたのはこのことかと僕はやっと気づいた。
 僕も野球してる時はキリッとしてカッコいいのに教室ではいつも寝てるよね、とか失礼なことを青道の女子に言われたことあるけど、ここまで極端じゃないと思う。
 寝てた時が多いかもしれないけどいつもじゃないし。

「・・・そうッスね」

 弐織センパイは之路主将の笑顔を真似しようとして失敗したのかニタッと気持ち悪い笑い方で笑った。
 僕も笑顔作るのは苦手だ。人のことは言えないから口には出さないでおく。

「どんな試合でも全力でのぞむのは良い心がけですが・・・今週末から春季大会だということ、ヒトに抽選会を押しつけておいて忘れたわけではありませんよね、之路君」

 眼鏡掛けた長髪にヒゲの人がなんか紙持って現れた。
 誰、この人。
 そう言えば青道の頃は春季大会前の時期は一年生はランニングばっかりで全然ボールに触らせてもらえなかったっけ。
 大会にも出してもらえてない。
 でもそれは当然といえば当然だ。
 今日が木曜日で週末から春季大会ってようは明後日の土曜から、だから。
 入部して一週間も経ってない一年生はまだ実力を見極めている時期だったはずだから普通は出場選手登録なんてする暇がない。
 そして、神奈川が東京と同じシステムなら抽選会の日が選手登録締切のはず。
 それで今日練習試合をしたのかな。
 今日の試合の内容次第で、一年生にも背番号くれるって言ってたし。

「チワッス」

 先輩達が挨拶してる。
 先生かな。
 でも抽選会にキャプテン以外の誰かが行ってクジ引くとか聞いたことない。
 秋は御幸センパイがクジ引きに行って一回戦の対戦相手に東東京地区から甲子園出場した優勝候補の帝東を引いて来たから先輩達にいろいろ言われていたのを覚えてる。

「何だこのチャラ・・・」

 清作くんがチャラい人、とでも言いかけて近くにいた弐織センパイから痛そうな肘鉄食らって黙った。
 うわ、痛そう。

「久澄監督」

 先輩達が名前呼んだからやっぱり先生だったことが分かる。
 監督は襟足の毛をクルクルしながらにこやかにしている。
 チャラいとか言われかけたのは聞こえなかったみたい、よかったね。

「お疲れさまです、組み合わせ決まりましたよ」

 先生に敬語使われるとなんか不思議な感じがする。
 片岡監督や太田部長が僕達に敬語使う場面なんて想像つかないし。
 櫓が見えたけど神奈川の学校は関東大会で当たった、港南?くらいしか分からない。
 神宮大会と選抜では神奈川の代表とは当たらなかったから。

「1年たちに説明しておくと、春季大会は神奈川県内のそれぞれの地区予選を勝ち抜いた86校と選抜に出場した1校あわせて87校で3週間で最大7試合のトーナメントを行う。上位2校が関東大会出場だけど、強豪校が重要視してるのはベスト16。そこまで勝ち上がれば、夏の予選のシード権が得られるからだ」

 喜多センパイが説明してくれた。
 このセンパイ、説明が丁寧で親切だ、僕もこういう先輩になりたい。
 まあ無理だけど。
(僕は高一の三月末に行われた選抜高校野球の最中に逆行しているのであと数日で高二だったし、大会中に年度が変わる選抜では新年度の学年で呼ぶことになっているのでメディアとかの選手の紹介では高二として扱われていた。でも僕、後輩にこんなに丁寧に説明するの絶対無理。自分が覚えてないことを人に教えられる訳がない)
 それより地区予選っていつやったの。
 もう終わってるはずだ、夏は190校参加するのに半分に絞られてるんだから。

「何となくで試合をして得られるものに価値はありません。優勝と経験両方手に入れます」

 監督が真面目な顔で言った。
 一回戦の相手は藤倉学園高校。
 僕は全然知識なくて分からないまま話聞いてたけど清作くんが伊奈くんに強いのかって聞いてくれたから助かった。

「去年の夏の県予選準々決勝で先輩たちが負けた相手だよ」

 一年生でライトの栗原くんが教えてくれた。
 県ベスト4か。
 どんなチームかは知らないけど、秋大優勝候補で甲子園経験した帝東よりは楽な相手だろう。
 この先生、御幸センパイよりはクジ運いいみたいだ。

「監督、リベンジする機会をくださりありがとうございます」
 
 之路主将が言った。
 去年は之路主将一人で全部投げて準々決勝で力尽きたそうだけど、今年は僕もいる。
 高一の春季大会の段階でどの程度スタミナが続くかは未知数だけど、之路主将一人に負担をかけさせたりしないから、去年の夏より上へ行けると思う。
 一年生10人の中で6人以内には絶対入る自信あるから背番号もらってベンチ入りできる前提での話だけど。
 監督が円陣組もうって言って、僕達は桐湘に来て初めて円陣を組んだ。

「チームのために勝利のために心をつなげ!桐湘ファイト!!」

 青道のはカッコいいんだけど、長くて覚えるの大変だったけど、桐湘の掛け声は短くてカッコいい。
 一年生でも春季大会からベンチ入りの可能性あるってすごく恵まれてる。
 絶対的エースがいるチームですぐには投げさせてもらえないかもしれないけどそれこそ経験を手に入れるチャンスだ。

 この後、みんなで銭湯に行った。
 青道では何となく一年生と上級生はお風呂入る時間が分かれてたので僕は同じ一年生としか一緒に入ってなかった気がする。
 二年の川上センパイは三年の丹波センパイとたまたまお風呂一緒の時間に入ったら髪を剃ってて驚いたとか言ってたけど、それ聞いて二年と三年もあまり同じ時間に入らないんだなって思った覚えがある。
 僕が目をつぶって髪の毛洗ってたら、隣に誰か来た。

「降谷、今日はいいピッチングだったな」

 この声は正捕手の宇城センパイだ。

「ありがとうございます」

 御幸センパイはめったにほめてくれなかったから二イニング抑えたくらいでほめられるとなんか微妙。
 ちょっと照れくさい。

「権田から聞いたけど今日の変化球中心の投球はお前が言い出したんだって?」

 先発の田村くんに対するリードが単調だったから権田くんのリードに任せたら危なそうな気がした。
 僕の全力投球を捕ってくれるなら力でねじ伏せてもいいけど捕れるか分からないし、上級生チームが之路主将の球を見慣れているとしたら速球より変化球の方が打ちづらいんじゃないかと推測したからだ。

「はい。之路主将にバッティングピッチャーしてもらって練習してるとしたら真っ直ぐに強い先輩が多いと思って」

 之路主将、ストレートしか投げてないから。
 僕はシャワーでシャンプーを洗い流す。

「権田くん、キャッチングうまいですよね。僕は中学の時、僕の球取れるキャッチャーがいなかったので、捕ってくれて嬉しかったです」

 リードは単調だし、田村くんが投げてた回に盗塁された時のスローイングも御幸センパイとは比べ物にならないし、打撃も全然だけどキャッチングはいい。
 僕の球を初見で捕ったんだからキャッチングに関しては宮内センパイか小野センパイくらい・・・?
 御幸センパイがいなければ青道の正捕手だったはずの人達に匹敵するみたいな言い方はほめすぎかな。

「試合でほとんど投げてないっていうのは捕手が取れなかったせいなのか?」

 宇城センパイに過去のことを聞かれてちょっと緊張する。
 あの場所のことはあまり人に言いたくない。

「・・・中学時代はコントロールが悪くてストライクも入らなかったから、捕手のせいだけじゃないです」

 僕も力加減とか出来なかったから。
 今でも出来ないけど。

「球取れるキャッチャーいなかったって、ネットスローでここまで練習したのか」

 同じ投手の之路主将が宇城センパイの後ろから言った。
 投手としてどんな練習したのか気になるみたいだ。

「高架橋の壁に向かって投げてました。橋の下なら雪ないので」

 変化球は御幸センパイに捕ってもらって覚えたんだけど逆行のこと聞かれても説明出来ないから伏せておくしかない。

「そうか、お前北海道の中学だったな」

 之路主将がそれ以上追及して来なくて助かった。

「宇城センパイ、銭湯出たら僕の球受けて下さい」

 たった二イニングじゃ足りないという気持ちを前面に出して頼むと、僕は宇城センパイに言ったのに何故か之路主将がめちゃくちゃニコニコして言った。

「今日は念入りにダウンして上がってきたんだからやめておこうか。明日俺がランニングしてる間に軽めにならいい。土曜から春季大会だから無理するなよ」

 正捕手に球受けてもらうチャンスが簡単に転がり込んで来てくれた。
 こんなにうまい話あっていいんだろうか・・・
 青道では春季大会なんか出してもらえなかったからドッキリだったらどうしようとか思ってしまう自分がいる。

「僕、春季大会に出られますか」

 層が薄いチームってそんなにどんどん試合に使ってもらえるものなの?
 僕に一番足りないのはスタミナロールだけど経験や守備力も足りないのは自覚してる。
 神奈川ベスト4のチーム相手に投げて春に経験積ませてもらえるなら助かる。
 そう言えば大会中は軽めの調整だったかもしれない。
 春季大会は出てない、夏は夏バテでへたばってた、秋は足を怪我してたという事情もあるのであやふやだけど。

「お前が投げる機会はきっと回ってくるだろう。今日はこれから監督に練習試合の詳細を報告するから受けてやれんが」

 僕の疑問に宇城センパイが答えてくれた。
 詳細をってことは、簡単な報告はしてある?
 いつ?電話、メール?
 疑問は尽きないけど、僕を出場選手登録済ませたから出してもらえるんだろうし、投げられるならなんでもいい。
 
 背番号って青道の時は関東大会で18、夏は11、秋以降は1だったけど何番もらえるのかなあ。

「皆〜清作には気イつけろよ、他人の体ナメまわすように見てるからな」

 突然、外野手の児島センパイ(俊足の一番バッターで髪立ててるとことか少しだけ倉持センパイに雰囲気が似てる人)が注意喚起した。
 え、なに。
 僕が主将・副主将コンビと真面目に話してる間に何やらかしたんだ、清作くんは。
 バカなとことか、何かしらやらかすとことか、声が大きいとこ、左投げ左打ちとか。清作くんは僕のライバルだった沢村に似ているところが多い。
 もちろん顔は全然似てないけど一年生対上級生の練習試合で大差をつけられての劣勢でも闘志を失わずに打席に入ってたあたりは二人とも同じだったし。
 ポジションが違うから清作くんは僕とエース争いのライバルにはならないんだけど・・・そうか。
 強豪シニアで四番を打ってた清作くんを打つ方のライバルにすればいいんだ。

 僕がオーラを燃やして清作くんを見てたら栗原くんとか数人に何故かヒイッて言われた。


【背番号騒動】

 背番号をもらったのはいいんだけど、桐湘では青道の時みたいにマネージャーがつけてくれる訳じゃなかった。
 しかもまさかの「20」。
 背番号にこだわりはないと思っていたけどこんな大きい番号つけるのは初めてだし、20の背番号を見ていると、いつも僕とコンビでメニューこなしたり何かにつけて競いあってた沢村のうるさい声を思い出す。
 でものんきに感傷に浸っていられない切実な状況が僕を待っていた。
 マネージャーがつけてくれないのと、背番号はゼッケンみたいな布で出来ててアイロンでペタッとくっついてくれるやつじゃないのと僕が裁縫ダメなのがポイント。
 スーパーとかの縫ってくれる店をしらみつぶしに当たったけど最短で明後日の午後の仕上がりになると言われては諦めるしかない。

「おばさん、急だけど背番号縫って下さい・・・。僕、縫い物苦手で。土曜の午前の試合で着るから、業者に頼む時間もなければ頼める人もいなくて。よろしくお願いします」

 僕は晩ごはんの後、親戚のおばさんにおそるおそる頼んだ。
 青道の時は背番号つける苦労なんてしたことなかったけど桐湘のみんなはどうしてるんだろう。
 僕に沢村並のコミュ力があれば、チームメイトに電話かメールでどうしてるのか聞いて、おこづかい差し出して僕のも縫ってって便乗して頼みたいとこだけどそんなことを出来るくらいなら中学で部活を追い出されることになんかなってないし。
 僕に出来るのは理由と期限を説明して縫ってくれるようおばさんにすがることだけだった。
 ただでさえ下宿させてもらって迷惑かけてる立場なのに。頼みづらいけど背に腹は変えられない。
 おばさん、老眼だって言ってたから、もしダメって言われたら自分で夜寝ずに頑張って縫うしかない。

「おばさん、老眼で針に糸が通らないし手かげんで縫うから縫い目不揃いだと思うけど文句言ったら二度とやらないわよ。それでいいなら糸は自分で通しなさいね」

 実家の母と同じでけっこう口うるさいおばさんがやってくれるって言うので、僕は気が変わらないうちに必死に針に糸を通した。
 僕、視力はいいし、見えてるんだけど入らない・・・・。
 針に糸を通すようなコントロールってどんだけ難しいんだろう。
 僕が糸を通した後、考え込んでいるとおばさんがスイスイ縫ってしまう。

「ありがとうございました」
 僕は新しい背番号がついたユニホームを抱きしめて精一杯お礼を言った。
 縫い目なんて気にしない、文句なんて言うわけない。
 つけてもらえるだけでありがたい。

「無理言ってすいません。すごく助かりました、おやすみなさい」

 僕はワガママ言ったことを誠心誠意謝って今貸してもらっている自分の部屋へ戻った。
 ヤバい、宿題やってないけど眠い。
 明日の朝学校で宿題やる暇あるかな、朝練あるから無理だよね。
 やっぱり今やらなきゃ・・・。
 




【春季大会一回戦】


 一年生で背番号もらったのは6人。

 僕、清作くん、伊奈くん、権田くん、田村くん、栗原くんだ。

 清作くんと伊奈くんは外野手、内野手の違いはあるけど、守備もよく一年生にしては肩もいい。スイングが速くて振りがシャープ。練習試合ではヒット打てなかったけどあのスイングを貫いていればいつか結果もきっとついてくる。

 僕も一年の秋大会はヒットが出なくて打率がすごく下がったけどいい当たりが好守に阻まれたりもしていたので監督は帝東戦のサイン見落としとかその後大型扇風機みたいに振り回したの以外は打つ方に関して僕に怒ったことないし、辛抱強く上位打線で使ってくれたっけ。

 伊奈くんはサード希望なので四番の弐織センパイと比べたらどうしても打力がかなり落ちるけど他のポジションにコンバートすれば現レギュラーの先輩達からレギュラー奪えそうな実力だと僕は思ってる。

 権田くんはキャッチングがいい。

 控えキャッチャー要員ってことかな。

 田村くんは連打を浴びながらも健気に投げていた気持ちを評価されたのかな。

 投げた後の守備とかベースカバーとか僕が苦手なことをこなしてもいた。

 栗原くんは守備がよかった。

 僕のレフトの守備よりよっぽどうまい。

 背番号もらえなかった一年生は、打てないしスイングは消極的だしエラーするしであまりいいとこ見せられなかったからしょうがないんだろう。


 9時試合開始の前にスタメンを発表されたんだけど、その中に知らない人が一人混じっていた。

 5番ファースト安保って誰?

 練習試合にはいなかった。

 こんなんで身体動くのかと思うくらい全身にお肉がついてる・・・。

 青道にはこんなに肉がいっぱいついた人はいなかった。増子センパイは引退してからは真ん丸になったけど、現役のうちはそこまでじゃなかったし。

 柊センパイが安保シニアって呼んでるからどうやら三年生で、弐織センパイの前に四番だったらしい。

 


 一回戦、藤倉が先攻、桐湘は後攻。

 伊奈くんがベンチで喜多センパイに話しかけた。

「主将は去年藤倉に打ちこまれたんですよね?」

「ああ。5回までで6失点だった」

「6失点!?主将のあの球よくそんなに打ったな・・・俺なんてカスリもしなかったのに」

 強打のチームなのかなと思ったけど、一番サード宇馬上って人はバントの構えをしている。

「セーフティバント?バレバレじゃねえか」

「いやあの構えから打ちにもくる。バスターだ」

 喜多センパイの指摘に僕は一周目のことを思い出す。

 僕もバントで体力を削られるのは明川戦とか鵜久森戦で経験させられた。

 鵜久森戦ではバスターエンドラン決められ、エラーがらみで大量失点した。

 いちいち前にダッシュさせられると体力削られるんだよね。

「藤倉は徹底して投手に揺さぶりをかけてスタミナを奪う野球でベスト4まで勝ち上がったんだ」


 セコい・・・

 県ベスト4の割にやることが小さいというか、それだけじゃ全国の舞台に立つには役者不足だと思うな。

 でもサードの弐織センパイ、相手のベンチの方睨んでて守備する気ないみたいだけど、大丈夫だろうか。

 審判に注意されないのかな。

 いいの、アレ。

 伊奈くんが監督にいいのか聞いてるけど、監督がいいって言うから僕は何も言わない。

 そんなことより喜多センパイ肩を作らないでいいのかな。

 去年6点取られたならリリーフの用意しなくていいんですか。


 そう聞こうと思った瞬間、之路主将が一球目を投げると、打者は小飛球を打ち上げ、すごく怖い顔で走り寄った之路主将がキャッチして一球でワンナウト。


「甲子園に近づくためならいくらでも前進してやるよ」

 って打者に言ったらしい。

 カッコいい。

 さすが主将。

 一回表はわずか7球で三者凡退。

 すごい省エネピッチングだ。


「最高の立ち上がりです、之路君」


 ベンチに帰ってきた之路主将を監督がほめている。

 このペースで投げられたら僕の出番ない・・・。

 沢村が僕がいい調子で投げてるといろいろ絡んできた気持ちが今ならちょっとだけ分かる。

 試合に出れないかもと思うと何か言いたくなるよね。


 初回に弐織センパイと宇城センパイのホームランで4点先取、四回にも弐織センパイがタイムリーツーベースで2点取り、6回終わって6対0。

 僕は監督の視界内でオーラを燃やしてアピールしたけど之路主将がマウンドに向かってしまった。

 そんな時。


「オフコース!!今日は12時からデートだから、スピーディにジ・エンドだ!!」


 二番ショートの柊センパイの発言にベンチの空気が凍った。

 リア充爆発しろという言葉が世の中にあるのを知らないのかな。

 柊センパイって野球部には珍しい銀髪の長髪で、独特の雰囲気の人なんだけど今の発言でも分かるとおり日本語が相当アレな人だ。

 喜多センパイのことをメニーハッピーって呼んだり、変なところを英語に翻訳して僕でも分かるくらい日本語としても英語としてもおかしな言葉を使う。

 顔はいいんだけど、こんな人に彼女がいると聞くと相手の人のセンスが心配になるレベルだ。

 顔さえよければ言葉使いとか気にしない強者なのかもしれないけど。


「試合直後にクソみたいな予定入れてんじゃねえ!」


 弐織センパイが怒った。

 怒っただけじゃなくて殴ってる。

 誰か仲裁しないと審判に怒られるよ、と思ったら監督がチェンジですって言った。

 センパイ達は攻守交代の意味のチェンジだと思ったみたいだけど、選手交代のチェンジだった。


 弐識センパイに代わってサードに伊奈くん。柊センパイに代わってショートに野間センパイ。安保センパイに代わってファーストに清作くん。

 ケンカしたセンパイ達をケンカ両成敗で二人とも下げ、同じような球を大振りしては空振りを繰り返して打線のブレーキになっている安保センパイの代わりに清作くんを入れる。

 清作くんは左利きだからファーストの経験あるだろうし、いい采配だと思う。

 清作くんはファーストは小学校以来だと言ったけど、伊奈くんがサードゴロを送球したのを無難に処理してる。

 七回表も無失点で終了。


 七回裏、先頭打者は清作くん。

 最初は高校初打席だからか、明らかに力んでいた。

 ワンボールの後、外の変化球を空振りしたスイングは全然タイミングが合っていない。

 インコースのストレートをファール。

 ボール球を見送りカウントツーボールツーストライク。

 ここで清作くんはスッと背筋を伸ばした。力みのないいいフォームだ。

 ここでどんな球で勝負するか之路主将と監督に聞かれた。


「清作くん、いろいろ手を出したけどインコースのストレート待ちですよね。アウトコース低めに落ちる系の球・・・?」


 あの投手の球威で清作くんに長打を打たれない方法はそれしかないと思う。

 僕なら。

 一発を浴びてもいい局面ならインハイのストレートで空振りを狙うけど、一点取られたらコールドのこの局面でリリーフしたらアウトローの渋いところへスプリットで仕留めると思う。

 中学時代ホームランを量産していたという清作くんの実績と練習試合で見せた彼の惜しいファール(之路主将の速球にも負けないスイングスピード)を思い出して提案した僕の考えと、監督と之路主将の考えは全く違った。


「ここは真っ向勝負だ、エースの看板背負ってる以上逃げちゃダメだ」


 でも僕は、それで打たれた人を何人も見てきた。

 僕自身鵜久森の梅宮さんに手痛い一発をあびたし、御幸センパイと勝負しなければきっと勝っていたのに、それまでずっと勝負を避けていたのに、欲張ってたった一度だけ勝負して御幸センパイに打たれた成孔バッテリーの姿も見た。

 成孔の小川くんはエースではないけど。


「でも、藤倉のピッチャー、辰尾さんじゃ押さえられません。インコース投げたら持ってかれますよ」


 スタンドって言い終わらないうちに清作くんの鮮やかなソロホームランが出て桐湘は七回コールド勝ちをおさめた。

 清作くんがよってたかってみんなに殴られたり蹴られたり手荒い祝福を浴びている。

 僕も殴りに行った方がいいかな。

 手を怪我したら大変だから蹴った方がいい?

 でもスパイクで蹴ったらやっぱりかわいそうかなとか思ってるうちに出遅れた僕は結局遠巻きに見てるだけに終わった。



【春季大会二回戦】

 

 昨年ベスト4のチーム相手に七回コールドでリベンジ、好スタートを切った桐湘だけど、翌日に行われた二回戦、成峰高校との試合も僕に投げさせてくれないのはなんで・・・?

 先発はサウスポーの喜多センパイ。

 練習試合でファーストの守備をしてた時は普通に投げてたけど、実はアンダースローの変則投手だった。

 左のアンダースローって漫画の水原勇気ぐらいしか見たことない。

 球速は速くないけど変化球もあるし、見慣れないしで普通に打ちづらそう。

 八回終わって二失点。九回のマウンドにも喜多センパイが上がった。一人に九回も投げさせるなら僕に二イニングぐらい譲ってくれればいいと思う。


 僕と同じく出番がない之路主将、清作くんと一緒に監督をうらめしそうに見ていたら、監督が言った。


「降谷君。昨日、弐織君にあって清作君に足りないものの話をしたのは覚えていますか?」


 弐織センパイが相手ベンチを睨んでた時にそう言えばそんな話をしてたような・・・。


「ガラの悪さ・・・?」


 昨日の清作くんの答えを思い出して僕が答えると、控えの部員からすばらしいツッコミが。


「清作もじゅうぶんガラ悪いだろ!」


 それもそうだ。


「あ。じゃあ、なんだろう?」


 僕が考え込むと、


「昨日の話半分しか聞いてなかったのか」

「お前も天然か!」


 などなど矢のような早さでツッコミが入った。

 みんなツッコミスキル高いなあ。

 そう言えば青道の時も御幸センパイとかにド天然って言われたことあったな。

 なんでなのか理由は聞いてないけど。


「チームメイトに対する信頼の話をしたんですよ。練習試合の録画を見ましたが、今の降谷くんではまだ試合に出す訳にはいきませんね」


 監督から爆弾落とされ、呆然とした僕だったが、喜多センパイは九回も無失点で切り抜け、九回二失点完投勝ちで来週土曜に行われる三回戦進出を決めた。

 三回戦、鶴見第二高校に勝てばベスト16。夏の大会のシード権が手に入る。

 でも、僕は監督と話し合うかどうにかしないと試合に出してもらえそうにないのだった・・・。





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