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宝物蔵
「冷凍庫と電子レンジ」(神月みいな様の黄金缶よりフリー作品のカミュリア)
 冷凍庫と電子レンジ

−もってけ、カミュリア!−


 水瓶座のカミュは人生に対して冷め切っていた。
 冷めてるというよりいっそ凍り付いていた。
 カミュはフランス人だったが、それが人生どこでどう間違ったのか、極寒のシベリアで死と隣合わせの聖闘士修行など受けなければならなかったのかといつも思っていた。
 何度も何度もシベリアの地で凍死しかけて、これがまだ聖闘士としてモノになったから良かったけれど、その時にはカミュの心は凍り付いていた。
 カミュの小宇宙は原子を破壊するものではなく、原子の動きを止めて凍らせるもの。
 でも、この小宇宙は自分の冷めた心から出てるものだと思っていた。
 辛い修行もあってカミュは水瓶座の黄金聖衣を得て黄金聖闘士となった。
 聖闘士修行をしてもなれる者の方が一握りだというし、自分の得た聖衣がその中でも最高位の黄金聖闘士のものと聞けばそれなりにプライドも擽られた。
 だが、それで有頂天になれるほどカミュは自分に熱くはなれなかったし、そんな情熱とか感情もあのシベリアで凍りついてしまっていた。
 カミュが黄金聖闘士になったのは10歳になる前で、そんな幼い頃に修行を終えたのだと言えば周囲はカミュの才能を褒め称えたけれど、それにもクールに対応していた。
 そして、カミュは黄金聖衣だけではなく、黄金聖闘士としての重要な役割である聖域の十二宮の自分の宮である宝瓶宮の守護職を任命されるために聖域に初めて赴いたのだ。
 故郷のフランスも辛いシベリアの修行の中で頭から吹っ飛んでいたから、永久凍土の修行地から出てきたカミュはギリシャの聖域の照りつける太陽とその太陽の齎す熱量、暑さにまず驚いた。
 蠍座の黄金聖闘士が同じ歳で宮も近い事もあって、すぐに同じ黄金聖闘士という立場で友人ともなって、聖域から修行地の近くて聖域に出入りする事も多かったのか事情通でカミュの知らなかった聖域の事を教えてくれた。
 カミュたちが黄金聖衣を得たのはまだ子供の頃だったから、最高位の黄金聖衣がもう子供のものになっていると知られたら士気が下がるとでも思われたのか、しばらくは十二宮の外でそれを着用して出歩くなと言われていた。
 でも、ミロが聖域が初めてのカミュの為に色々案内してくれて、よく二人で十二宮を抜け出したものだった。
 聖域はカミュのいたシベリアとは比べ物にならないくらい多くの訓練生たちが聖闘士の修行をしていたが、その中で一人の訓練生がリンチに遭っているのに行き逢った。
 私闘は禁じられているから止めようとしたカミュをミロが止めた。
「やめておけ、カミュ。どうせここで止めてもアイツへのリンチは場所を変えて続くさ。俺たちが介入した方が後であいつが酷い目にあうぜ」
「アテナのお膝元で、この聖域でこんなことが罷り通っていいのか!」
 そのカミュにミロが言った。
「そのアテナをアイツの兄貴が黄金聖闘士でありながら弑逆しようとしたんだ。アイツは逆賊の弟だ」
「……逆賊の弟?」
 その言葉にザワッと血が嫌な風に騒いだのを憶憶えている。
 カミュはその場はミロと共に立ち去ったけれど、気になって後でその場に戻った。
 公共の水飲み場も使わせて貰えず、川で自分の受けた傷を洗いあまり冷たいとはいえないギリシャの川の水で受けた打撲を冷やそうとしている姿にカミュは動いた。
 水を掬い上げようとする相手の手のひらの上辺りに拳大くらいの氷を出現させその手のひらに落とす。
 余計な事をしたと思わないでもなかったが、ついそうしてしまっていた。
 掬い上げられた手のひらに溜まった水の上にそれは水滴を跳ねさせながら落ちた。
「誰だ!」
 それに驚いたように相手が振り返る。
 その警戒したような目はギラリと光ってまるで獣のようだと最初カミュは思った。
「痛そうだからそれを使うといいと思ったのだが」
 そう応えたものの、相手の反応は判っているような気がした。
 相手は逆賊の弟としてずっと聖域で村八分にあってきたのだ。
 しかも、聖域の秘密保持の為に外に出る事も叶わず、ここに死ぬまで飼い殺しになるしかないと未来を絶たれたともなれば、自暴自棄にもなっているだろう。
 そして、いっそ早く死んだ方が楽だろう?と周囲の優しさなど彼にはこんなものだったのだろう。
 度重なるリンチで人の好意など信じられなくなっているだろうし、これも突っぱねられるかと思ったが、カミュの予想に反して相手はボコボコに殴られて腫れた顔でにっこり笑った。
「これ、お前が? 氷系の聖闘士か。ありがとう、助かるよ。お前、まだ聖域に来て間もないんだろう? でも、俺に関わるとお前もいいことないからさ。」
 そう彼は周囲の気配を伺う。これは自分よりはカミュを心配しての行動のように思えた。
 そして、誰もいないことに安心すると再びカミュに彼は笑った。
 その笑顔が凄い形相なのにまるで太陽のように明るくてカミュは思わずそれに見惚れた。
「じゃあ、コレ、ありがとう」
 そう言って相手はさっきまでリンチを受けていたとは思えない身のこなしでそこを去っていく。
「俺はカミュ。お前は」
 思わずそう引き止めた。この相手に自分の事を知っておいて貰いたい、そんな衝動がカミュを動かしていた。
「……アイオリア。じゃあな!」
 そう言って相手は今度こそ去っていった。
 カミュはシベリアの地で修行に明け暮れてその自分の境遇に心も凍っていったけれど、自分の兄の罪のとばっちりを受けて謂れなき迫害を受けながらも、他人の好意を信じ相手を思いやれる強い心を感じて、あんな奴もいるのだと、その魂の温かさと何よりもあの壮絶だけど明るい笑顔に自分の凍った心が少し解けたような気がした。


◇ ◇ ◇

「よくよく考えてみれば、私はあの時、お前に恋したんだろうな。お前は憶えていないかもしれないけどな」
 そうカミュが自分の隣でシーツに包まっている相手に話しかけた。
「憶えてるよ。あの時代によくしてくれた奴なんて少ないもん。まさか、相手が水瓶座の黄金聖闘士だったなんて驚いたけどな」
 確かに並の聖闘士やましてや訓練生なら逆賊の弟なんてシロモノは自分にもとばっちりが来ることを怖れて放っておくだろう。
 カミュのあの行動は聖闘士の最高位、黄金聖闘士という実力に自信があって初めて出来た事なんだろうけど。
 あの後もカミュは何度か十二宮の下に降りた。
 見ているとやっぱりアイオリアの小宇宙は他の訓練生たちとはモノが違った。
 そして、ズバ抜けた実力は認められているのか、それ故に聖衣を得て聖闘士になるのではないかと、逆賊の弟を聖闘士にしないようにという妨害がアイオリアに襲い掛かっていたのだ。
 アイオリアは防戦一方でただひたすら耐えていたが、ある青銅聖衣のトーナメントが近くなった頃、訓練生の一人がアイオリアに闘技場では敵わないと判っているのか雑兵の武器を持ち出して影でアイオリアを亡き者にしようとした。
 そのアイオリアの危機にカミュがその場に割って入ろうとした時、カミュの目の前でそれは起こった。 突然現れた雷、アイオリアを守るように立ちはだかった黄金の光。
「ヒッ……、まさか、これは黄金聖衣? ま、まさか、アイオリアが!」
 その黄金聖衣が何座か、それはその星座の聖衣を見た事がなくても判った。
 外に持ち出されている聖衣があるにはあるが、今、持ち主が決まっていないのは獅子座だけだったからだ。
 そして、アイオリアはトーナメントではなく聖衣に選ばれるという形で獅子座の黄金聖闘士になった。
 アイオリアの黄金聖闘士の任命式の時、アイオリアはカミュと再会を果たし、あの時の相手の正体を知った。
 任命式の後カミュから話しかけられて、あの時話せなかった事をいっぱい話した。
 相変わらず逆賊の弟とは言われていたけれど、それでも聖闘士になれた事は素直に嬉しいのか、その笑顔は太陽を思わせるように明るかった。
 それはカミュにはとても眩しく見えて、カチカチに凍った心が解けていくような気がした。
「お前はいつもいつも凄い形相だったからな。お前が本来どんな顔なのか気になってたんだ。でも、我ながら強烈な一目惚れだったが、あの酷い顔の時に惚れたんだからこの想いは本物だ」
 今日、初めて顔が腫れてないアイオリアを近くで見たが、グリーンの綺麗な瞳と凛々しい眉が印象的な整った顔立ちをしていた。確かに悪くはないが、でも、カミュアイオリアの外見を好きになった訳ではなかった。
「……てか、あの時のボコボコの俺になんで惚れる?」 そのカミュの声にアイオリアはごくごく普通に感じる疑問を口にした。
 それにカミュは寝転んだアイオリアの髪にキスを落としながら言った。
「アイオリアから強い光を感じた。温かくて……、俺の凍った心が溶けていく」
 でも、それが何故だかカミュは獅子座のアイオリアの操る技を知って納得したような気がした。
 彼の最も得意とするのは光速の拳打だが、その小宇宙の力は雷、彼は電子をも操る。
 彼がその力の使い方を身に着けているかどうかは判らないが、ライトニングプラズマを操る彼の力なら内から原子を振動させ熱を発生させる潜在能力も持っている筈で。
 カミュとはちょうど逆の力の使い方が出来るのだ。
 カミュが凍らせるのであれば、アイオリアはそれをその小宇宙の特性と彼自身が持っている温かさで溶かす事が出来る。
「なんだぁ、それ……」
 アイオリアは自分の可能性に気付かずに笑っているけれど、それに目覚めてなくてもカミュの心を内からと肌を合わせた温もりで外側からと溶かしていっているのだから。
「アイオリアは強いギリシャの太陽みたいだな。シベリアの大地でずっと焦がれていた光だ。アイオリアからは温かい日差しの匂いがする」
 よく日に焼けた肌。まだ少年らしさを残しているもののしっかり鍛えられている伸びやかな肢体。
 目の前にしたら欲しくて欲しくてアイオリアを口説いていた。
 この辺はカミュも恋愛が国技と言われたフランス人だったという所か。
「え〜、ここにいればお前だって太陽の匂いくらいするようになるさ」
 くすぐったそうに身を捩るアイオリアにカミュはキスの雨を降らせて更にアイオリアを優しく追い詰める。
「私はお前に救われたよ。シベリアの地で凍ってしまった心をお前だけが溶かせる。お前は強くて温かくて……私を蕩かすのだ。もう一度私に人の心を、情を呼び起こしてくれ」
 だが、そう言う割には、カミュの丁寧でまるで微に入り細を穿つといったような愛撫に体中を探られ、それと共に耳元で囁かれる口説き文句にメロメロにもされたのは、蕩けさせられたのはカミュよりアイオリアだった。
 そのカミュの声にアイオリアはここだけは不満といったように言った。
「その……、お前を蕩かすなら普通逆じゃねーのか? なんで俺がこっちなんだよ。見た目から言ってもお前が女役だろ」
 そのアイオリアにカミュはチュッとその頬に唇を落とした。
「細かい事を気にするな。それにアイオリアだって満更でもなかっただろう」
 その耳元で囁かれたカミュの言葉にカーッと赤くなってアイオリアはそれを認めるしかなかった。
「……う、うん」
 その姿が可愛くて再びカミュはその出来上がったばかりの恋人の姿に蕩けたのだ。


=おしまい=

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