バスケ漫画小説(年齢制限なし) 超能力者黛千尋の災難1 黒子のバスケと斉木楠雄のΨ難のクロスオーバー。クロスオーバーというかダブルパロかも。 斉木楠雄のΨ難の登場人物の役割が黒子のバスケの洛山の面々に割り当てられている感じ。 黛さんが超能力者ですが、実力は斉木くんの足元にも及ばないらしい(斉木くんクラスが世界に二人もいたら大変)。斉木くんは黛さん視点で語られるだけで本人は登場しませんがちょいちょい斉木くんネタを挟んできます。ワンパンマンとかモブサイコ100のネタもエッセンス程度に入る予定です。 キセキの世代の髪色がカラフルなのはこの世界では斉木くんのせいということになっています。 クロスオーバーらしくないクロスオーバーですが、いろんな超能力を持っていて強いわりに微妙に使いにくかったりするところは斉木楠雄のΨ難っぽいです。 腐向けタグは恋愛要素は少なく、基本ギャグなのでつけるか迷いましたが、斉木くんの女体化とか異世界の自分が登場したのに倣って黛さんの女体化が出て来たりもするのでつけた方がよければつけます。 それでもよかったらどうぞ。 [newpage] ΨΨΨ オレの名前は黛千尋。 超能力者である。 あるド天然な男女を親に持って生まれたオレは、生後一ヵ月でシッコがしたいとテレパシーで語り、両親をびっくりさせたが、父は 「今時の子は口が達者なんだな、もうチッチって言えるのか〜(言ってない)、早いな〜」 で済ませ、母は 「最近の子は昔よりオムツ離れが早いらしいから、普通よ。だって、あたし達の子だし、平凡に決まってるじゃない(いやいや、オレ普通じゃないからな?)」 「そうよねー、うちのちーちゃんは世界一かわいいわね、平凡なんて言ってごめんね(いや、そういう意味じゃないんだけど・・・)」 スルースキルMAXの両親は一事が万事こんな調子で全てを雑に受け入れ、大雑把で天然な両親のもとのびのびと育ったオレは、一歳半で夜のオムツとお寝超(寝ながら寝ぼけて超能力を使ってしまうこと)も卒業した。 二歳になる前のことなんてろくに覚えていないが夜泣きで窓ガラスをバリーンと割ったり、タンスが宙を舞ったりお寝超にはそれなりに手を焼いたらしい。 「でもお寝超はどこも大変みたいだしほんの少しの間だから頑張れたわ。それに毎月のオムツ代がほとんどかからないんだからたまにガラスを割るくらいはしょうがないわよ」 と菩薩の笑みを浮かべた母には悪いが、みんなが言っていたのはおねしょのことであって誰もお寝超の話はしてなかったと思う。 まあ母の言い方もママ友とかに、 「昨日ちーちゃんが寝ぼけてガラス割っちゃったの・・・」 「大変だったわね、怪我しなかった?」 「ええ、それは大丈夫〜」 ってな感じだからお寝超だったとは誰も思わないだろ。 オレは口は遅かった(テレパシー発信で通じるから子どもの頃はあんましゃべらなかったのだ)ので祖父母らは多少心配したそうだが、トイトレいらずの概ね手のかからない子どもだった。 天然な両親の親だけあってやっぱり祖父母も天然だったから黛の家系にはツッコミ要員がいないのでオレの超能力は完全にスルーされ、決して公になることはなかった。 普通はどっかで調べるとかそういう話になって、隠蔽工作で大変な思いをするようだがそういう面倒なことにならなかったのは喜ぶべきだろう。 天然な親からオレのようなひねくれ者が育ったのはオレの超能力のせいだ。 世間のドス黒い感情に物心つく前から晒されればそりゃ性格だって歪む。 ちなみにオレのテレパシーの範囲は幼稚園入園前は目の前にいるヤツ限定だったが、いつのまにやら幼稚園の同じクラスの部屋にいるヤツ全員、気づいた時には幼稚園の同じ建物にいるヤツ全員と範囲が広がっていき、オレは登園拒否になった。 それはそうだ、大勢の心の声がいっぺんに聞こえてキャパシティオーバーすれば幼稚園になんかいきたくなくなる。 オレは人里離れた一軒家に住んでて車で送迎してもらっていたので自宅にいれば日中は母親の声しか聞こえないからストレスがほとんどない。 買い物に同行すると人混みのテレパシーで酔ってしまうのだが、のんきなオレの親はいくら訴えてもスルーしやがるので自力でどうにかするしかない。 幼稚園は登園しなくても義務じゃないが義務教育となると行かない訳にはいかないし・・・。 こうして嫌々ながらテレパシー受信を抑える特訓に一人いそしんだオレは幼稚園を卒園する頃、ようやくミュート機能を手にいれた。 テレビのミュートボタンのように心の声を完全にシャットアウト出来るのだ。まあ調子に乗ってずっとミュートしていると後でものすごい音量で聞こえるという厄介な反動があるので切りっぱなしには出来ないのだが、人混みでミュートが出来ればだいぶ快適だ。 月日は流れ。 オレは今は、京都の洛山高校三年生。 洛山高校といえば文武両道で知られ、バスケ部は開闢の帝王なんて呼ばれているがオレは一軍に入れずにくすぶっているのでそれはまあどうでもいい。 オレの超能力は今も健在。 スプーン曲げはお手のもの(ただし復元能力はないので元通り曲げ直そうとするとポッキリ折れる) 透視を使えばあたりくじもひき放題(眼精疲労がひどくて疲れるから実際にはひき放題ってほどではないが) 夢のような人生・・・な訳ねえだろ。 家で物を壊せば犯人はオレしかいないから怒られるし、透視は目が充血して痛いし、いいことばかりではない。 オレよりはずっと使いやすくて便利な能力を持ってる(ようにオレには思える)斉木楠雄ですら自分の力を嫌がってるのに、オレのように中途半端で面倒なだけの力をありがたがるのはよほどの物好きだけだ。 斉木楠雄?誰だ、と今思ったヤツがいるのを感知した。 そうだな、突然名前を出して悪かった、すまん。 斉木というのはオレなんか足元にも及ばない強力な超能力の持ち主だ。 どのくらい強力かというと、ヤツはピンク髪なんだが、それをおかしいと思わせないよう世界を改変したくらいだ。ちなみにオレの髪は生後半年以前には薄茶だったが半年くらいの頃には灰色になっていた。オレより5か月ちょい後(オレは三月生まれの高三、斉木は同じ年の八月生まれの高二)に生まれた斉木が世界を改変したせいで髪の色を変えられてしまったのだ。斉木より先に生まれてる超能力者のオレでさえ簡単に変化させられるんだから他のヤツはもっと簡単だろう。オレより二歳下のキセキの世代がみんなカラフルすぎる髪色なのは斉木が世界を改変したせいだ、面倒だから誰にも言わないが。 ちなみにさっきからオレは斉木が年下ということもあって勝手に呼び捨てしているが、実は接点ゼロでオレが一方的に斉木を知っているだけだから知り合いでもなんでもない。 では何故オレが斉木のことをよく知っているかと言えば、それは斉木の力が強すぎるせいだ。 斉木はあまりにも力が強いせいか時々勝手にテレパシーで実況放送的なものを送ってくる。うちの親とかに聞いてみてもオレの周りではオレ以外は誰も受信してないようだから多分テレパシーのアンテナがあるヤツにしか受信出来ないんだろう。 送るつもりはないのに間違って送っているみたいなんだが、斉木が見てるものが実況動画風にミュート設定ガン無視で何故か音声つきで勝手に送られてくるから斉木より弱いオレとしては受け取り拒否も出来ないし、迷惑メールみたいに見ないでゴミ箱に入れる機能とか搭載していないので強制的に見せられているうちに斉木の事情についてそれなりに把握するに至った。 ただし個人情報が漏れたらまずいという潜在意識でも働いているのか、住所や通っている学校などは映らないかぼやけて見えないため、誕生日は知っているのにどこの県に住んでいるのかはいまだに特定できていない。 念写して画像検索とか誰でも考えつきそうなことはもちろん試したが、斉木のテレパシー動画はコピーや撮影が禁止でプロテクトがかかっているので、オレにはどうにもならず、知り合いの強いテレパスに頼んでみたが、これは無理と匙を投げられた。 念写出来たところでオレの念写は時間がかかるわりにモノクロで画質もファックスよりずっと粗い残念な代物なのでちゃんとヒットするか微妙だが・・・。 そんな訳でオレは一方的に斉木を知っているが、斉木はオレなんて知らないはずだ。 テレパシー、サイコキネシス、透視、予知、テレポート、千里眼etc.斉木の持つ能力の一部とオレの能力はかぶっている。性能面で越えられない壁はあるが。 だがオレは斉木と気があうと思う、超能力者であることを秘密にしたい、目立ちたくないという心理にはオレも心から共感する。 そんなオレのひっそり生きていたいというささやかな希望を打ち砕く赤い髪の男と出会ったのは高三の四月だった。 「帝光中学出身、赤司征十郎、ポジションポイントガード。よろしくお願いします」 オレの所属するバスケ部に新入部員の一人として入った、キセキの世代の主将をつとめた赤司征十郎は一軍昇格テストであっさり一軍に上がり、気がつけば洛山の主将におさまっていたが、赤司が入部して以来、オレは何回か悪夢を見た。 オレの予知は予知夢だ。 夢でしか見られないので内容を細かくは覚えていないことが多いのだが、あいつと関わると学校生活が平穏無事ではすまない予感がひしひしとした。 二軍のオレと一軍の赤司に接点などあるはずないのだが、念のため、受験に専念したいとか嘘くさい適当な理由をでっち上げて部活を辞め、好きなラノベを楽しく読む日々を送ろうとしていたオレだったが、そうは問屋がおろさなかった。 「黛さん、ですよね。どうも」 オレのお気に入りのスポット、北棟の屋上に襲来した赤司はそう話しかけてきた。 屋上のドアが開く前にテレポートで逃げておけばよかったと思っても後の祭りだ。 今消えたら目立つし、オレには斉木と違って記憶消去なんて素敵なスキルはない。 こいつが何考えてるかはテレパシーのミュートを解除すれば聞けるんだろうが、マンモス校の洛山の昼間人口を思い出してやめた。オレのテレパシーの受信範囲は半径200メートルなので人の多い学校でミュートを取り消すのは自殺行為だ。 「やけになれなれしいな。どうもじゃなくて初めましてだろ」 オレが揚げ足を取ると赤司は言った。 「つい先日まで同じバスケ部だったでしょう」 「覚えてたのか・・・。珍しいな、オレのことすぐに覚える奴とかあんまりいないんだけど・・・」 とはいえ、オレをわざわざ名指しで来たからにはバスケ部関係としか思えない。 超能力はここしばらく使ってないからバレる心配はないはずだ。本当はちょこちょこ小出しに使った方が暴発予防にはいいんだが赤司にバレるのは特別ヤバい気がしてここしばらく使わないでいた。 ラノベの話とかそれ絶対本来の用件じゃねえだろというような世間話を少しした後、奴は本題に入った。 幻の六人目。パス特化の選手になれと言われて、オレは即座に断った。 「…………断る。お前からどう見えてるのか知らないが、オレは自分が大好きなんだ。噂が本当だとするならば幻のシックスマンはパス回しに特化した選手と聞いている。パスだけなんてつまらない。そこまでして試合に出たいとも思わない。そんなスペシャリストにならなければ通用しないならしなくてもいい。結局オレはそれまでだったってだけのことさ。自分が気持ちよくなけりゃバスケなんてやるイミはない」 自分が大好きなのにパスだけなんてつまらない。 元々、サイコキネシスに頼りすぎでなまっていた身体を鍛えるために入った部活で、素の身体能力が高い訳でもないオレはバスケの選手としては平凡だが、そこまでして試合に出たいとは思わないのだ、だって目立つし。 下手に超能力を使うと体育館が全壊するし、上手に使ったってそれバスケじゃなくて超能力バヌケだろとか言われちゃうだろうしな。 とりあえずオレは超能力云々以外の気持ちを全部赤司にぶつけた訳だが。 「面白い。元から全く同じスタイルなど求めていない。なおさら気に入った、お前ならテツヤを超える幻の選手になれる」 何故か気に入られた。 しかも好感度メーターの数値がいきなり70になっててオレはかなり引いた。 ちなみに好感度メーターは普段は切っているが、テレパシーが人多すぎで使えない局面でも、好感度メーターだけはオンにしておくとオレの言ったことが当たりだったか外れだったかくらいは推測出来るので今みたいな時は割と重宝している。 アイコンがうざいからずっと使おうとは思わないが、だいたい70超えると好きだと言い始める奴が多く、80超えると大好き、逆に42あたりは消しゴムを落としても拾ってくれないレベル。 オレの場合、影が薄いから好感度40くらいが普通だがラノベ系ハーレム主人公の素質があるらしく存在を認識されると好感度が簡単に上がってしまうので時々メーターを見ながら適当に下げている。 普通は塩対応すると下がる奴多いんだけど初対面でいきなり70の大台に乗ってしまってはどうやって下げたらいいのか・・・。 オレは途方に暮れた。 赤司の屋上襲来から数日後。 オレは諦めてバスケ部に舞い戻っていた。 毎日オレの前に現れる赤司に塩対応を続けていたが好感度が1ずつ上がっていきもしかしてドMなのかと思って優しい対応に切り替えたら一気に好感度78まで行ってしまい、逆効果だった。 ダメだこいつ。 どうやら金持ちのおぼっちゃんらしいし、帝光でも洛山でも主将だし、誰かに逆らわれることに慣れてないんだとしたら勧誘を断れば断るほど好感度が上がるってことだよな。 好感度80に上げたくないオレは仕方なくバスケ部復帰を承諾した。 好感度が2上がった。泣きたい。 幻の六人目と同じ技術を伝授すると言った赤司と自主練習していたオレは適当に手を抜いたりすることで好感度を苦労して77まで下げた。 オレがマインドコントロールを使えればこんなに面倒くさいことしなくてすむんだが、あいにくオレのマインドコントロールはエンジェルウィスパー(相手の良心に訴えてやるべきことをさせる、すべきでないことをやめさせることと)、バグニュース(虫の知らせでちょっとだけ行動を誘導すること)というささやかなもんに限られていて、好きなものを嫌いにさせたり価値観を変えるような芸当は出来ない。 催眠とか洗脳とかそういうチートなことは専門外なのだ、ほんと使えない力ばっかりだ。 「最近、主将が面倒見てるアイツ、名前は知らねえけどムカつかねえ?なんで主将はあんな奴構ってるんだ」 赤司はオレが一軍で使えるレベルになったら披露するつもりのようだが、赤司の好感度をコツコツと地道に下げてる間に周囲のモブ達のオレへの好感度が30切り始めてる。 あまり好感度下げすぎるとリンチされるレベルに行っちまうし、そうなるとエンジェルウィスパーも効果が薄くなってきて発動失敗する可能性が出てくるから、好感度下げはこのへんにしてそろそろ一軍に上がらないとヤバいかな。 「赤司、そろそろ一軍昇格テスト?してくれねえ?潮時だと思うんだ、周りの目が日に日に突き刺さってきて居心地悪い。本番はなんとかしてみせるからさ」 オレがやる気を出したせいか好感度が1上がった。赤司の好感度って下げるのは滅茶苦茶苦労するしじわじわとしか下がらないくせに上がるのは一瞬なんだよな・・・。これほっといたらすぐ90超えてるだろ、恐ろしい。 好感度といえば、一軍に上がったらスタメンとも連携しなきゃいけない訳で、自主練中の無冠の五将のオレへの好感度とどう思ってるかを確認したら、こんな感じだった。 実渕・・・好感度35。征ちゃんが一軍に推薦しようとして今度テストすることになってるけど本当に使えるの?ひ弱そうだし、一回部活から逃げた人よ、大丈夫? 根武谷・・・好感度27。赤司が一軍に(ry 細くて弱くてこんなの使い物になんのかよ? 葉山・・・好感度30。どんな奴か知らないけどお手並み拝見しようっと。一度辞めた奴だし期待はしてないけどね こう見ると一番上げないとマズイのは根武谷だな。27だとオレがどフリーでもパスを寄越さないレベルだし。30も相当ヤバいが。 ちなみに赤司は家の用事で今日は自主練はしてない。夜遅いのでほとんどの学生は下校した後だろうから周りをぐるっと透視して半径200メートル以内にこいつらしかいないのを確認して久し振りにテレパシーのミュートを外した。 ずっとミュートしていると、ずっと耳栓しているみたいなもんでなんか変+ミュートしていた期間に応じて音量も上がっていく厄介な性質がある。耳が聞こえにくい人に聞き取れるように大きな声で喋るようなものか。え?え?って聞き返されたらボリュームを上げて話すだろ、あんな感じか。人が少ない時はこうして時々ミュートを外さないといきなり1000人以上の心の声を大音量で聞くとかとんでもないことになるからたまにガス抜きしなきゃいけないのだ、こんな面倒なテレパシー心底いらねえ。 そんなことを考えながら寝たせいか、根武谷の夢を見た。練習が始まるちょい前の時間、オレが体育館に顔を出してすぐ腹の虫を鳴らしてる根武谷が出てくる夢。あいつガタイがいいからたくさん食べそうだけど、部活始まる前から腹減らしてるのはおかしくね?飯食いっぱぐれた?どうして?つーか始まる前から腹が減ってる状態で一軍の練習したら倒れねえか? 疑問点はたくさんあるがこれ以上のことは分からない。 オレの予知夢は短い動画みたいなもんで、音がついている分、一瞬しか見えない斉木より条件は少しだけいいかもしれないが、でも情報量が足りないのはあまり差はない。 どうしたもんかな・・・。 日にちが分かればいいんだが、オレの予知夢に日付を表示する機能はない。時間も表示されない。 いつ起こるか分からない出来事に対応するのは難しいことは経験上よく知っているが、ぶっちゃけ、好感度も上げたいし、腹が減って倒れそうになるなら予防策を講じてやらないとかわいそうだし。 オレは朝あまり時間がないなか、何を差し入れしようか少し悩んでから机の引き出しを開けた。 一軍昇格テスト当日。 朝練の後で渡せればよかったんだが、放課後に一軍昇格テストが控えているため赤司に捕まっていろいろ言われたせいでその間に肝心の根武谷がどっか行ってしまい、次に根武谷と会えたのは二限と三限の間の移動時間だった。オレは視聴覚室で世界史のテレビ鑑賞、根武谷は物理の教科書を持っているから今日の授業は実験ってところか。 「根武谷」 オレが後ろから声をかけると根武谷はキョロキョロした後、ぎょっとしたようだった。 「・・・あんた」 奴はオレの名前が出てこないらしい。 赤司が一軍昇格テストを受けさせようとしてる奴としか認識してないな、たぶん。 「牛丼好きなんだって?これやる。あと、こっちは飯食う時間がない時のための非常食。不公平だとか言われんの嫌だから他の奴に言うなよ、じゃあな」 オレは学校前にある牛丼店を傘下におさめる外食チェーンの株主優待券と手軽に食える棒状の軽食の箱をポケットから出して押しつけた。 「は、え、もらっていいのかよ」 「お前が食うに困る夢見たから一応な。困った時に腹の足しにしろ」 どっちも両親から送ってもらった物の中に入っていたものだ。いつ起こるか分からないトラブルに備えるのになま物は渡せないからこんな物しかないがこれでもないよりはマシだろう。 一応、金がなくて食えないパターンと時間がなくて食えないパターンの二種類の事態に対応したつもりだ。 株主優待券を見た根武谷の好感度が10上がった。 カルタゴのハンニバルがギリシャと戦争して最後には死ぬ話を見てたら睡魔が襲ってきて、うとうとしてたら体育館で大勢の部員が石になっている夢を見て、あまりの縁起の悪さにオレは飛び起きた。 オレの周りで発生するたいていの異常事態の原因はだいたいオレと思っておけば間違いない。オレが影が薄くて気づかれないという特性がなければ普通ならとっくにバレてる。 オレの他に超能力者がいてそいつがやったなんて可能性は考慮するだけムダだ。オレは今までの人生で、この世界の人間の中では、斉木と斉木のクラスメートの相卜という少女しか超能力者を見たことがない(逆に言えば、他の世界の超能力者なら知っているがあいつらはオレが呼ばない限りこっちへ来ることはないから除外していい)。 過去に体育館がらみで見た予知夢はこんなのもあった。体育館の天井に大穴が空いてる夢。 ツッコミどころしかないよな。 どうやって穴を開けたんだ?と当時オレはすごく頭を悩ました。 オレのサイコキネシスは細かい作業が物凄く苦手だ。 例えるなら斧で薪を割るみたいなものだ。包丁で何かを切るとか剥くといった精度や力加減はとても期待出来ないし、まな板に乗せた大根を切ろうとしたらまな板ごとぶったぎるレベル。 以前、サイコキネシスをバスケに使えばオレ無敵なんじゃね?とかバカなことを考えて軽率に超能力を使ったらうっかり力加減を間違えて体育館を全壊させたことがある(数日前に後から思えば予知夢らしきものを見てたようだが、なんか嫌な夢見たなあとしか覚えてなくて全く対策を取ってなかった)。 オレは修復も記憶消去も出来ないからあの時の隠蔽工作といったら・・・思い出したくない。 あの時のように跡形もなくぶっ壊すなら簡単だが特定の場所にピンポイントで穴を開けるなんて高度なことオレに出来るとは思えないんだけど。サイコキネシスの精度が上がってコントロールが出来るようになった?な訳ねえよな。ノーコン投手がいくら投球練習をしたところで簡単にコントロールが良くならないのと同じだ。 オレがテレパシーのミュートを身につけた時は、必死にそればっかり練習して、頭がやわらかい時期に努力して努力して、プレ入園した二歳のクラスから五歳児クラスの最後の頃まで、ほとんど四年近くかかってやっと習得したのに練習もしてないサイコキネシスのコントロールが突然出来るようになったらそっちの方がおかしい。 夢の内容は動画。 天井に穴が空いて空が見えてる体育館。 空の色からしてまだ明るい時間なのはたしかだ。 部員達を見回しているーーー。 ここまでだ。 映画の予告編みたいにいいところで切れちゃうんだよなあ。 日付も分からない上、朝なのか午後なのかも分からないと対策が取れない・・・。 オレの予知夢はたいていはすぐ回収されるけど、ワンパンマンのシワババさまの予言じゃないが確実なのは半年以内のいつかってことだけだからすっかり忘れた頃に来ることもあって油断が出来ない。 結局、その時のオチは、オレがボール持ってジャンプシュート撃とうとしてジャンプした瞬間、超能力が爆発して大ジャンプ→天井に頭ぶつけたら痛いから咄嗟にルカナンで天井の堅さを一枚のティッシュペーパー並みにする→オレの身体が天井突き抜けただけだった。 オレが部員達を見回したのは口封じの時間稼ぎにその場にいた全員石化させるためだった。以上。 オレは実は人を石化させる能力はあるにはあるが、この力は一番制御が上手くいっている部類で、暴発とは無縁なのになんでそんなことになったんだ・・・? 予知夢は見たが、対策は全く思いつかないまま、オレは一軍昇格テストを猫をかぶって受けていた。だが、やらかした。 赤司にアリウープのパスを出すはずが、ボールに掌底当てた瞬間、何故かうっかりアストロンかけてしまった・・・(ドラクエやってる人なら知っているだろうが、アストロンはダメージ無効の魔法だ。オレの場合、魔法と違って超能力だから別に呪文を唱えてはいないのだが、いくつかの能力はドラクエの魔法と効果が同じなので便宜上そう呼んでいる。守備力というか堅さをゼロに近くする能力はルカナンの強力版みたいなもんなのでルカナン。超能力の名称にはそれっぽいのがないので一言で説明が出来る用語を使っている)。 ダメージ無効のボールが赤司の手の上に逸れ、バックボードにぶち当たったところでオレは我に帰った。プラスチック性のバックボードは見事に壊れている。マズイ、物凄くマズイ。 オレはまばたきしてポロッとコンタクトを外すと部員達をぐるっと見渡して体育館の中にいる奴全員石化させる。 オレの眼は魔眼だ。 裸眼で睨むと相手は石化する。 昔は取り扱いが簡単な眼鏡をかけさせられていたが、バスケするのに眼鏡だと邪魔なこと、着替えで眼鏡を外す時になんかあったら恐ろしいという事情でコンタクトに変えた。 裸眼でなければ睨んでも平気だし、裸眼でも睨まなければ石化しないのでオレの超能力の中では一番制御がしやすい能力なのだった。 これで少しは時間を稼げる。 オレはあまり使いたくなかった奥の手を使うことにした。前回天井に穴を空けた時も、前々回体育館が全壊した時も実はその手を使ったのだがまあしょうがない。 『問題発生した。今すぐ力を貸してくれ』 『またか。お前、おれを未来から来た猫型ロボットとでも勘違いしてないか?』 『してねえよ。心が講堂ぐらい広い女神様みたいなひとだと思ってる』 「それ、広いのか・・・?」 解せぬという顔をしながらも遠いところをはるばる来てくれたオレの救いの女神、つーか無数にあるパラレルワールドの一つに住んでるオレ(ただし性別は女)の手をオレは握った。 顔がそっくりの自分の女体化が目の前にいて手を握っているのは我ながら結構シュールな光景だが、こうすると彼女(?)が持つサイコメトリーによって一秒で状況が伝わるので時間が惜しい今、使わない手はない。 ちなみにテレパシーで心を覗かせるのは、いくら別の世界のオレといえども絶対嫌なので見ないでくれと言ってある。テレパシーは♀のオレの方が便利で強いので聞いてくれるかは奴の気分次第だが。 ちなみにさっきこいつを呼び寄せる時使ったテレパシーはパラレルワールドの自分専用チャンネルだからミュートは関係ない。 「お前、加減へたくそなんだからもっとマメにガス抜きした方がいい。最大値はたいして強くないくせに暴発しすぎだ」 オレの女体化というか♀黛千尋に苦情を言われ、オレは舌打ちした。 一撃で京都どころか日本列島丸ごと吹っ飛ばせそうな奴らと比べればオレはもちろん弱いが、あんな人外どもとオレを一緒にするな。 「舌打ちするなよ。で、お前はどうしたい?」 頼んでいる立場で舌打ちしたのはオレが悪い。 「遠いところ来てくれたのにスマン。・・・とりあえずバックボードの修復(レストア)と記憶改竄を頼む」 「改竄ってお前のパスでアリウープが成功したことにしとけばいいのか?」 オレは言葉が足りなかったことに気づいた。 テレパシーで心を覗かないよう頼んでいるからにはちゃんと説明しないと伝わらない。 「いや、自力でパスに成功しないで一軍に上がる訳にはいかない。記憶改竄はオレがバックボード壊したことだけ忘れさせて、普通にパスミスしたように思わせて欲しい」 「律儀だな。間違えてアストロンかけなければ普通に決まってたと思うけど」 「そこで間違えたのも込みでオレの実力だからな。万年二軍で試合に出たことないから経験不足というか未熟というか。まあ大失態の記憶改竄させて取り繕ってる時点でイカサマやってるようなもんなんだが」 「・・・お前みたいに制御しにくいタイプの攻撃特化系能力者が本気でスポーツやるのは難しいんだよ、ちょっと手が滑っただけですぐこれだからな」 異世界のオレ・・・、おれっ子だからおれと呼ぼうか、おれはバックボードを一瞬で直すとアストロンがかかったボールを取り寄せた。 「このボール、取り換えないとダメだな。物的ダメージ無効と超能力無効がかかってる。物的ダメージ無効のせいで無茶苦茶硬いからこんなボールでバスケは無理だが、超能力無効が邪魔で直せない」 「超能力無効なのにそのボールどうやって取ったんだ?」 「そんなもの、周りの空間ごと取ったに決まってるだろう。周りの空間は超能力無効の対象外だからおれは取るだけなら取れるが一般人には無理だね」 チートめ。 オレは一般人ではないがオレだって無理なこともこいつは平然とやってのける。 「まあ、これは数ターンで効果が切れるから一番下に入れとけば大丈夫だろう、やっとくよ」 「そうだな、それも頼む。で、オレがパスミスった直後までタイムリープしてそこからやり直ししたい。あとコンタクト新しいの入れるからちょっと手洗ってくる、少しだけ待ってくれ」 睨んだだけで石化させる魔眼がそのままの状態では危なくてバスケが出来ない。 「新しいのをわざわざ使わなくても落ちたコンタクトをレストアで新品にすればいいだけの話だ。お前コンタクト入れる道具(実際はここで商品名を言った)持ってないの?」 異世界のオレはオレに出来ない記憶消去、改竄、洗脳、タイムリープ、斉木すら出来ない修復(レストア)、治癒、蘇生など便利な能力を多数持っていて、オレがトラブルに見舞われた時はこうして助けてくれるし急いでたから床に落としちまったコンタクトも言わなくても拾ってくれるいい奴だ。 一つだけ困った趣味がなければ完璧なんだがそれは言うまい。 「レストアは助かるが、道具(ぶっちゃけmer〇ru )はいつも部屋に置いてる。魔眼が危ないのを自覚しているオレが人前で裸眼になることはない。緊急時以外自分の部屋でしか外さないから持ち歩く理由がない」 「・・・鏡持っててやるからここで入れろ、時間がもったいない。ほら」 おれが急かすのには理由がある。 タイムリープも記憶消去+改竄も時間が経てば経つほど難易度が上がるし、特にタイムリープは他の世界とのズレを調整するために遡ったら時間を加速して辻褄を合わせる必要もあるため遡る時間は短ければ短いほどいいのだ。 おれは取り寄せ(アポート)でコンタクト入れる道具を取り、レストアで新品にしたオレのコンタクトを宙に浮かせた。オレがこんなこと真似した日にはコンタクトを割るのは間違いない。むしろ被害がそれだけでおさまってくれたら御の字のレベル。 「ありがとう。・・・助かった、例の品は後で届けに行く。いつも悪いな」 おれはオレがコンタクトを入れ終わるとアスポートで道具を元あった場所に返したようだ。 アスポートを一言で表す日本語訳は知らないが、手元のものを遠くへ遠ざけたり元あった場所に戻したりする力だ。もちろんオレにそんな便利な力はない。 「部活を一生懸命やってるお前を見るのは悪くないからまあいいよ。礼さえもらえれば」 おれは本音を漏らした後、入れ換えたボールを空中に浮かせて消えた。 『ちょっと間違って早く戻したからそこからタップパスやり直せ。記憶もそのあたりから消してある。頑張れよ』 異世界のオレはちゃっかりオレの失敗前、パスを受けるところに戻していた。 あいつに限ってタイムリープ時間を間違えるとは思えないから絶対わざとだ。 あいつめ、余計なことを・・・。 止まってるボールに掌底当てるのは簡単だ。 オレは今度こそパスを成功させ、赤司のアリウープが決まった。 実渕と根武谷と葉山の好感度が1ずつ上がった。 難易度の高いパスを格好よく決めたことで周囲を黙らせたオレは無事に一軍に昇格した。 いや、一軍昇格はしたが全然無事ではなかった。 「黛千尋。聞きたいことがある」 一軍昇格テストの後、早速一軍の練習に合流して初練習を終えたオレを赤司が呼び止めたのだ。 「・・・なんだ?」 「お前の先ほどのタップパス。パスが出てから僕にボールを中継する一瞬でお前とボールが数センチワープしたように見えたんだが」 タイムリープのほんのわずかなズレをこいつは見抜いたのか、視線がボールに集中する場面で? 記憶改竄をもう一度頼みたいところだがあいにく同じ異世界のオレを一日に二回以上呼ぶことは出来ない。そういう世界のルールが存在し、いくら奴がチートでもそこは曲げられないのだ。 レストア持ちで仲いいのはおれだけだが記憶改竄系の能力者なら他にいないこともない。だが能力の性質や性能面を考えると頼める奴がいない。いや、全然いない訳じゃないがあいつだけは呼べない。 「オレがボールを追って動いたのがそう見えた可能性もあるが?オレにそんなしゃれた芸当出来る訳ねえし」 オレにそんなことが出来ないのは事実だ、だってさっきのはパラレルワールドのオレがしたことであってオレがした訳じゃないし、テレポートもそんな細かく出来ない。無意識に障害物は避けるがかなりアバウトにしか飛べず、数センチ、数十センチなんて細かい単位では無理で二、三メートルくらい誤差が出るからバスケになんてまず使えない。 試合中にいきなり二メートルもテレポートしたら確実に超能力に気づかれるだろ、そんな自殺行為は出来ない。第一、二メートルもズレたら行きたい所と違うところに着地する可能性が高いからリスクの割にメリットが少なすぎる。 赤司がオレを睨んだ。 籠の中のボールを撫で回して、口を開く。 「ボールも途中から変わっていた・・・。お前、いつの間にか入れ換えただろう?」 ボールが違うことまで気づくのかよ、鋭すぎる。 「言いがかりだ。オレはそんなことしてねえ」 入れ換えたのはパラレルワールドのオレというかおれ。このオレじゃないから嘘はついてない。 オレといえばオレかもしれないけど、あいつは女だし、別人扱いでいいだろう、ややこしいし。 とりあえず否認したオレは赤司の好感度が1下がったのと引き換えに赤司に超能力者だと疑われることになった。 また予知夢を見た。 最近予知夢多くね? 葉山の頭に上から植木鉢が降ってきて直撃する夢。漫画みたいな展開だが実際に当たったらすげえ危ない。洒落にならねえ。 動画で見た限り明るい。晴れ。 手に購買のコロッケパンらしきものを持っている。つまり購買へ行った後、昼飯を食う前。 時間がある程度絞れているのと天気が分かっているのは好材料だが、毎日尾行して守る訳にもいかないし、例の♀黛千尋に頼んでリザオラル(一度だけ死んでも自動復活する)かけてもらってもいいけどHP半分になっちゃうし、自分のチームメイト助けるのにまたあいつの力を借りるのもどうなんだって気もするし、あいつに頼むと見返りに例のものを用意しなきゃいけないけど、練習きつい上に自主練もやると夜遅くて買いに行く時間も気力もねえし・・・まあ諸事情でそうそう奴は頼れない。あんまり頼るとまた猫型ロボット扱いするのかって嫌味言われるしな。実際、オレも斉木も持ってないレア技能持ちのあいつにはかなり頼ってる自覚はある。 まあオレがラノベ読む時間をちょっと減らして、購買から昼飯食いに行く道だけ護衛して植木鉢から守ればミッションクリアだけど。 葉山の植木鉢イベントが発生しないうちにまたも予知夢を見た。 実渕が女子と二人で、刃物を持った男に刺されそうになってる夢。 見れる動画は時間が短いので詳細は不明だがヤバい結果にしかならない悪寒。 周りが暗すぎて相手の奴らがよく見えない。 暗いってことは少なくとも夜か。 街灯が少ないみたいだし、裏通りかなんかか? いかんせん暗すぎて情報量が少ない。 声もキャー、くらいしか聞こえないから一番大事ないつどこでかがわかんねえし。 実渕が夜外出したら危ないと考えて警官にバグニュースで見張らせるか・・・。ダメだな、ある程度切迫しないと警官は動かせない。実渕が外出したら後つけて、危なそうな時に警官にバグニュース使って呼び寄せるか。せめて場所が事前に分かれば警官を近くにスタンバイさせておけるんだけど。 実渕の外出に法則性が分かれば対処しやすいと思い、寮の外出届け(文書の保存期間は一年。鍵のかかる倉庫に保管されてるが千里眼で見るから持ち出してないし問題ない)を見てみると金曜夜の外出が多いことがわかった。 実渕一人なら外出させなくすれば危険を回避出来るかもしれないが、一緒にいた女子が気にかかる。頭痛覚悟でテレパシーで探ってみたがそれっぽい女子が実渕の心の中にいないってことはこれから出会う子なのかもしれない。 リザオラルは当たり前だが、どこの誰か分からない相手にはいくらチートなパラレル世界のオレでも使えない。知らない子だからといって女子が危ない目に遭うのを知ってて放置も出来ないし、どうしたものか。 「浮かない顔だな、どうした?」 朝練中赤司に声をかけられ、オレはハッとした。 そう言えば、最近葉山と実渕を守ることに気を取られすぎて好感度チェックを怠っていた。 好感度77。 最近特にイベントがないせいか上がりも下がりもしてない、しめしめ。 と思ったら、一軍の奴らのオレへの好感度が軒並み20台に落ちてることに今気づいた。 「主将として、オレをひいきしてると取られるような言動は避けてくれ。前は二軍だけだったけど一軍の視線も痛いんだよな・・・」 オレは気分がすぐれない理由を一軍の空気のせいにしてお茶を濁した。実際、好感度20台は危険水域だ。練習試合とかスタメン全員を起用することはほぼないが、実戦経験の乏しいオレは最近ほぼ毎試合出場している。当然目立つ。試合の相手には影の薄さが効いてるが、一軍にはたぶんあまり効いてない気がする。ベンチ入り出来る選手は12人だが、赤司以外の11人の好感度が25から36というのは目も当てられないひどさだ。そう言えば、赤司以外からパスをもらったのはどフリーの時に葉山から一回来たきりだ。好感度で考えたら20台の奴からは絶対来ないと断言出来る。かといって、スタメンだけでも手一杯なのに、オレ以外のベンチ入りメンバー7人も好感度チェックして個別に上げていくのはしんどい。命の危険がある奴を優先するのは当然だし、そこまでやったらオレの身体がいくつあっても足りない。 「僕の機嫌を取ろうとしないお前が一軍メンバーの機嫌を気にするとは思えないが。僕達と昼御飯を食べようとはしないくせに最近途中まで一緒に来てるだろう。親睦を深めるつもりならたまには一緒に食事をしたらどうだ」 赤司の天帝の眼を舐めていた。 こいつは視野が広いからオレが見えるのか。 つーか、赤司がそばにいれば赤司が気づくはずだから赤司がいない時だけマークすればよくね? そう言えば、植木鉢が落ちてきた時、周りに赤司の姿はなかった気がする。 「いや、別に仲良しこよししたい訳じゃねえから・・・」 一緒にいて上ばっか見てたら不自然だからむしろ少し離れていないとダメだ。 「・・・なんか、葉山が昼飯食う前に頭上注意的なトラブル起きる予感がしてて気になってしょうがないんだよ。お前が一緒にいる時はなるべく気にしてやってくれないか。購買から昼飯食いに行く間だけでいいから」 明日問題の金曜なので実渕を守る作戦を練りたいオレは思いきって赤司に事情を打ち明け、頼んだ。 赤司は怪訝そうにしていたが、オレが悩みを打ち明けたのがよかったのか好感度が1上がった。 「実渕」 放課後練が始まる直前にオレは実渕に声をかけた。実渕と一緒にいることが多い主将の赤司は今日は所用で遅れるらしいし、無冠の葉山と根武谷は補習で遅れるそうだから話しかけるチャンスだ。ろくに話したこともないオレに突然話しかけられて実渕は怪訝そうな顔をしたがこんなチャンス滅多にないので背に腹はかえられない。 「なあに?」 「お前たまに夜間外出するだろ?行き先が図書館か本屋なら一緒に行かねえ?」 実渕の趣味は読書らしい。学生がそんなにバンバン詩集は買えないだろうから図書館の可能性が高いが学校に近い南図書館は19時30分までだから帰寮時間から逆算すると恐らく違う。第一、駅に近いし大通りに面しているから周りにそう暗いところもない。一方、伏見中央図書館は20時30分までやっているし、電車で10分程度だから練習が終わってからでも余裕で間に合う。地図と路線図を見ただけでも、伏見中央の可能性が高そうに思える。 「どうして私と?」 「お前本好きだろ。オレもそろそろ読んだことないラノベ探したいし、行き先が同じなら別々に行くのもどうかと思っただけだが」 ラノベを探したいのは嘘じゃない。 最近、図書館も本屋もすっかり御無沙汰しているからな。 「あなた征ちゃんと自主練があるでしょ。私は明日伏見中央図書館に行くつもりだけどあなたは来れないんじゃない?」 やっぱり伏見中央図書館か・・・。 赤司に言われて人間観察してたら、テレパシー使わなくても結構読みが当たるようになってきたな。人間観察すげえ。 「・・・行けたら行くから帰りは一緒に帰ろうぜ。閉館時間の頃にはもう真っ暗だしあの辺、今週不審者が出たって警察の不審者情報メールに書いてあったから用心するに越したことはない」 「私、狙われたりしないと思うけど。一応気をつけるわ。ありがと」 実渕の好感度が1上がった。 オレは伏見中央図書館から最寄り駅までのルートがどのくらいあるか調べるためロッカーからスマホを取って来ようと思いついた。 廊下を歩いていくと葉山、根武谷とすれ違った。二人はこれから部活に出るみたいだな。 更衣室へ着くと、ベンチ入り七人のうち半分の四人+オレのベンチ入りでベンチから外れた奴一人の計五人がオレのロッカーの鍵を壊して中を物色しているところだった。気まずい。 「学校にエロ漫画持って来ていいのかよー、監督にチクろうぜ」 「うわ、こいつキモッ。普通のエロ漫画かと思ったら女にチンコ生えてる?」 悪かったな。 それはパラレルワールドのオレ(♀、例のおれっ子)がオレに布教しようとして押しつけてきた漫画と、あいつに渡す用に買った漫画だ。 あいつはオレの女体化のくせにチート超能力者だから、オレの平穏無事な高校生活のためにはあいつの協力が欠かせない。 腐女子だから、男キャラA×男キャラB尊いよね、ハイかyesで答えろとか同人誌買えとか無茶ぶりしてくるがそのくらいはしょうがないと諦めている。 さすがに男A×男Bは気持ち悪くて買うのに抵抗があるから男A×女体化Bとか男A×ふたなりBを選んで買ったのだ、キモいとか言うな。 「おい、他人のロッカー漁るのは犯罪だぞ。そんなことバレたら進路台無しだぞ。お前らそれでいいのか」 オレがエンジェルウィスパー最大出力でマインドコントロールしようとすると好感度30以上の二人はハッとしたようだった。 「やめようぜ・・・。こいつのために進路棒に振るのバカバカしいじゃん」 主犯格はどうやらオレのスタメン入りでスタメンから落ちたパワーフォワードだ。好感度が一番低くて25だから印象には残ってる。 「洛山のスタメンなら推薦入試余裕だと思ってたのにお前のせいでオレの進路はとっくに台無しなんだよ!」 「某予備校の入試資料によれば、AO入試には六大学でも偏差値44あたりの入学者はいるぞ?洛山の授業についてこれてるってことはお前の偏差値そこまで低くないだろうし台無しってことはないだろ」 オレがこの時とばかりにエンジェルウィスパーガンガン使って言うと、主犯は黙った。 「オレはバスケじゃ落ちこぼれだったから、オレに言われると腹立つかもしれないけど、同じ三年生で一軍の仲間なんだし今度勉強会しようぜ。オレ一般入試組だから自慢じゃないが成績だけは結構いいから、お前らの成績アップの力になれると思う。二年も、よかったら去年のテスト問題と模範解答とオレのノート貸してやるよ」 二年の好感度が一気に10上がった。 チョロいな。 「なんで、そこまで・・・。オレら黛先輩のロッカー荒らしたのに・・・」 好感度34だった奴は好感度44に上がってるのでどうにか普通に話せるレベルだ。 「物は直せばいいから大丈夫だ。それより人間関係の方が一度壊れたら修復するの難しいからな。別に仲良しこよししたいとは思わないが、同じ一軍なんだから試験勉強くらい一緒にしたっていいだろう。ゴールデンウィーク明けたら中間テストもあることだし」 オレはオレと勉強しないとマズイとバグニュースを使って誘導した。 誰だっていい点取れるに越したことはないからな。五人ともオレに勉強教わるつもりになった。 やれやれ。 「ロッカー、目立たないようにしておいてくれれば後はオレがどうにかする。このまま普通にしてくれたら悪いようにはしないから安心しろ」 オレは更衣室を出た後、念のため中を透視したが雰囲気が平穏そうだったので一息つく。たぶん大丈夫だろう。 「・・・赤司は?」 練習はとっくに始まってるので嫌みを言われるかと思いきや、まだ赤司の姿がない。 実渕が代わりに指示を出していたので近くにいた葉山に聞くと奴は答えてくれた。 「生徒会が長引いてるみたい。今日は昼休みが使えなかったからね」 赤司がいないから部員どもが堂々と悪さしてた訳か、なるほどな。筋は通る。 「それより黛サン、赤司に聞いたんだけど」 嫌な予感しかしない。 「・・・なんだ」 「オレ、今日赤司に頭上注意って言われてなんのことだろうと思ってたら上から植木鉢が降って来て!赤司が危ないって言うから咄嗟に避けたけど。天帝の眼すげーって言ったら危ないって最初に言ったのは黛サンだって赤司が。なんで分かったの?」 オレは自分の目を疑った。 葉山の好感度は31じゃなくて81だ。 突然50も上がるとは思わないから見間違えた。 「カンだ。そんな気がしたんだよ」 「昼飯前だけ気をつけろって言ったらしいじゃん。カンでそんなピンポイントに分かるもん?」 しつこいな。 「・・・そういう夢見たんだよ。たまたまなんか悩みあるのか的なこと今朝赤司に聞かれて、一応その話をした。あいつの天帝の眼ならすぐ気づくだろうからオレが言っても言わなくても結果は同じだっただろうけど」 「でも赤司、今日は木曜だから生徒会の仕事する日だったのに、黛サンに頼まれたからわざわざオレと一緒にいてくれたらしいよ。赤司がいなかったらオレ怪我してたし、黛サンが赤司に頼んでくれたから怪我しなくて済んだんだよ」 「何話してんだ?」 「黛サンのカンがスゴイって話!」 オレが何日も尾行してムダ足だったのに赤司は一回でフラグ回収したのか、さすがチート。 しかもなんでオレに聞いたってわざわざバラすかね。天帝の眼すげーで終わらせとけばいいものを、余計なこと言いやがって。 「たまたまだ」 好感度が上がったら連携が急にうまくいった。 あ、忘れてた。 『・・・今大丈夫か』 オレはパラレルワールドのオレを呼んだ。 『どうした?』 『ロッカーが壊れた。悪いんだけど練習が終わる前に直しといてくれないか?あと、ロッカーをサイコメトリーして、ロッカー破壊に関わった連中の記憶改竄して欲しい。もともと開いてたロッカーの中を物色してるところをオレに見つかって諭されたって風に。器物損壊したかしないかで罪の重さが段違いだろ。後は何もしなくていい』 『お人好しだな。呪いとかかけなくていいのか?』 『かけなくていい。つーかオレが疑われるからやめろ。あと、赤司がまだ来てないから下手すると鉢合わせするかもしれない。出来れば透明化してってくれ』 『疑われるようなヘマおれがすると思うか?赤司ってお前んとこの赤毛の主将だろ。テレパシーで確認してから入るから問題ない。一応お前の格好はしとくが・・・』 パラレルワールドのオレは自分のことをおれと呼ぶ。字にすると違いが分かりにくいが、言葉が荒くて言っている訳ではなくて、口調はオレよりだいぶやわらかい。よほど怒らなければ〜すんじゃねえ的な荒い口調は使わないしな。一人称をおれと言ってるのもただの方言だ。言い方が全体的にやさしいからやわらかさを出すために区別して平仮名でおれと書いている。 『お前が隠蔽得意なのは認めるが、お前にはいつも面倒かけてるし、つまんねえことで超能力使わなくていいよ。例のものはロッカーに入れてあるから、持ってってくれ』 『体育館まるごとレストアするのに比べたらロッカーぐらい余裕だけど?終わった。礼は中間テストの物理の時間に入れ替わってくれればそれでいいよ』 そう来たか。 オレが物理が得意なのに試験の成績がいつも普通なのはこいつと交代するせいだ。 テストで点を取りたければ千里眼で解答を見るとかテレパシーで他の奴の心を読むとかいくらでもやりようはあると思うのだがカンニングはダメだと拒否られた。替え玉受験もダメだろと抵抗したらお前は黛千尋だからいいんだと謎理論で反撃された。そりゃ答案用紙に名前は書くし間違ってはいないがなんか違う。違うとは思うがこいつには借りがありすぎて反論出来ない。 練習中、遅れて来た赤司と実渕がオレをチラチラ見ながら何か話している。 心を読みたいがバスケ部がほぼ全員揃ってる上に隣の体育館にはバレー部、グラウンドには野球部、サッカー部などなどスポーツ系の大所帯の部活が活動している時間帯は人数が多すぎてうるさすぎて、とてもじゃないが心など読めない。 練習後、いつもはオレと他のスタメンが連携するための自主練にあてる時間に赤司と実渕はスタメンとロッカー荒らし五人組を残した。 「お前達、今日はどうして残されたか分かっているな?」 断定口調で言った赤司に実渕が補足した。 「小太郎と永吉が更衣室を出た時にあんた達がいたのは分かってるの。黛さんは一度抜けだして戻ってきたけど、征ちゃんが来るまで他に遅刻者も練習を抜けた人もいないわ。私達が何を言いたいか分かるわよね」 夜叉こええ。 「黛のロッカーの中を勝手に見ました、すんません・・・」 オレと同じ三年生が蚊の鳴くような声で言った。ロッカーを壊したことは覚えていないはずだから、これしか謝りようがないはずだ。 「それだけじゃないだろう?」 目玉をカッと開いて言った赤司に他の奴が恐る恐る言う。 「エロ本が入ってたので勝手に読んで、黛先輩の性癖を笑い者にしました・・・」 「女にチンコが生えてる漫画見てみんなでキモいとあざ笑いました・・・」 「エロ本とか言うな。あれ一応18禁じゃないからな?あとあれはそういうの好きなヤツに渡すために買っただけでオレの趣味じゃない」 どうして18禁になってないのか首をかしげるくらいエロい本ではあったが18禁ではない。年齢制限を破らなくても、子どもの頃は透視能力がコントロール出来なくて裸ならさんざん見たからそういうものでハアハアするのは飽きた。 このやりとりが面白かったのか赤司と実渕以外の全員の好感度が1上がった。 「・・・ロッカーを壊しただろう」 赤司の糾弾を全員が否定した。 オレは異世界のオレにロッカーをサイコメトリーして関係者全員の記憶改竄するよう頼んだが、赤司は異世界のオレがロッカーを直す前に壊れたロッカーを見てしまったようだ・・・。 手を触れなければサイコメトリーには引っ掛からない。 赤司を先頭に更衣室へ行くが、もちろんロッカーにはキズ一つない。・・・キズ一つ。 「なんか黛のロッカーだけ新品みたいだな?」 根武谷が不思議そうに言う。 あのバカ、壊れたとこを直すだけでいいのになんで新品に戻すんだよ・・・! コンタクトを直した時もそうだが、異世界のオレのレストアには一つ欠点があって、なんでも新品に戻してしまうのだとオレが遅まきながら気づいたのはこの事件がきっかけだった。 「そうか?じゃあオレのだけボロかったから交換してもらえたのかな」 経年変化で薄汚れた他のロッカーに比べてオレのロッカーのキレイさがひときわ目立つ・・・。 オレは必死にすっとぼけた。 ロッカーの違和感を感じないように部員を洗脳してもらえばよかったと思ったがもう遅い。 以前言ったように同じ異世界のオレをもう一度、同じ日に呼ぶことは出来ない。オレに洗脳とか催眠とか気のきいた能力はないのでとぼけるしかないと思ったが赤司は全然納得していない。 ロッカーが新品なのは誤魔化しようがないから、オレのロッカーを新品と交換したという嘘の記録と記憶をでっち上げるしかないか・・・? レストア持ちのオレは貴重だが、記憶捏造と別の技能持ちのオレなら例の絶対頼みたくない奴以外にもいる。前回は条件が合わなかったが、今回はいけそうかもしれない。 【問題発生した。助けてくれないか】 オレが話しかけたのは超絶情報処理能力者だ。 オレのパソコン好きをこじらせた最終進化形態に超能力付与したらこうなるみたいな奴。 引きこもりで自分の世界から滅多に出てこないがこいつも強い味方だ。 実を言えば、実渕の外出記録を調べるのに手作業で千里眼使うのに嫌気がさしてこいつに助けを借りたら、学生が手書きで書いたものを日付ごとに入力して教員が情報共有しているそうで一分でデータを照合して絞り込んでくれた。とにかく仕事が早い。 【お前、面倒なことばっか僕に押しつけるよね】 【・・・否定はしない。頼みたいことは二つ。一つはオレの更衣室のロッカーを新品に交換したと学校職員の記憶を捏造すること。二つ目は洛山のコンピューターハッキングして新品への交換にかかる費用支出したことにするとか支出命令書作って学校長の決裁を通ったように書類一式を偽造すること。必要なら配送伝票とかも偽造してくれ】 【大掛かりだな。そこまでしなきゃいけないのか】 【必要だ。頭がよくて手強い奴に疑われている。奴にバレたくない】 今話しているオレは異世界に住む僕っ子のオレ。 こいつも性別は女だが、パラレルワールドの自分で両手に花なんて嬉しくもなんともない。オレは自分が大好きだが自分と同じ顔の奴にハアハアする趣味はない。 【早いうちにそいつの記憶を消せばよかったじゃないか。今からじゃ間に合わないのか?】 ちなみに、こいつはオレやおれっ子のオレと違ってテレパシーは異世界の自分専用で、他の奴相手には受発信ともにテレパシー能力はない。だからおれっ子と違って記憶と照合しながら辻褄を合わせるなんて素敵なスキルはないし、記憶消去は最大一時間前からしか出来ない。 記憶操作能力というのは強烈な印象の出来事をなかったことにするのは難しい反面、どうでもいいことを捏造して現実だと思わせるのは比較的楽だそうで、書類をいっぱい作ってる奴にもう一枚作ったように錯覚させるのは容易らしい。 僕っ子の彼女を頼ったのは記憶操作能力は弱いが一応持っててパソコンのスキルが高く書類偽造とか公的な分野の隠蔽工作に強い人材だからだ。 【鍵を壊されたオレのロッカーをそいつに見られたのは体育館に奴が現れた時間から考えて一時間以上前だ。で、今目の前に新品のロッカーがあるから怪しんでる。ロッカー直してくれた奴にまた記憶改竄頼むのは無理だし、ずっと洗脳し続ける手間を考えたら新品買ったことにした方が齟齬が出ないはずだ。書類偽造はお前の得意分野だからお前に頼みたい。つーかお前以外に辻褄あう書類作れる奴の心当たりがない】 【なんで最初に疑われた時に対策取らねえの?バカなの】 僕っ子はおれっ子より口が悪い。 【最初はバックボード壊してレストアで直してもらった日だったんだよ。しかも指摘されたのは一時間以上経った練習後だ、あいつにもお前にも頼めなかった】 【バックボード修復か・・・。今日はロッカー?お前ちょっと物壊しすぎじゃね】 【ロッカーはオレが壊した訳じゃないけど、時間ないんで急いでくれ】 【喋りながらやってるよ。まず記憶改竄しといた。いつかは覚えてないが注文した、納品されたから運んだ的な感じで。書類作成も電子決裁のデータ改変完了、下書きフォルダにも過去の日付で突っ込んだ。洛山は基本的には電子決裁だけど支出関係はいまだに紙ベースで持ち回り決裁だった。書類は念写で印刷して過去の書類見て押印の癖を確認して、押印して、朱肉が乾かないうちに綴じる訳にいかないからパイロキネシスで乾かした】 ドライヤー代わりとか発火能力(パイロキネシス)の無駄遣いもいいとこだな。 家族でキャンプした時の飯ごう炊さんで早く飯が食いたいからちゃっちゃと炊こうとして飯ごうを一瞬で溶かし、米を消し炭にしたオレには絶対出来ない芸当だ。もちろん、スルースキルMAXのうちの親は、飯ごうが溶けたことを「あら溶けちゃったわ、不良品かしら」だけですませた。 これだけやって騒ぎにならなかったのは両親の鈍感力のおかげだ。 【じゃあ、乾いたら書類綴りに綴じといてもらえるか?助かった、今度なんか奢る】 【まだ終わってないけどな。配送伝票偽装したからには運送会社の辻褄あわせないとおかしいけど今日別件で納品があったからそっちに突っ込んで調整してる。影も形もないのをでっち上げるのはきついけど混同させるなら得意だから助かる、お前は運がいいよ。ドライバーの記憶も修正したし、フォルダ内ざっと見たら洛山の事務課は電話受発簿とか作ってたから、注文や配送の連絡もないとおかしいんでそっちも今作る。注文は三月末で退職した人がやったことにするつもりだけど、万一欠勤早退した人の名前で作ったらえらいことだからタイムカードと休暇届と本人と上司の手控えを照合中。超過勤務記録と齟齬があるのを見つけちゃったけどどっちが正しいか確認する時間が惜しいからここはパス。矛盾がないからこの日にしよう、これで新品のロッカーがあることに関しての書類とデータはだいたい作ったかな・・・】 そこまでやるのか、気づかなかった。 仕事はええ・・・。 この超絶処理能力がこいつの特筆すべき長所だ。 パイロキネシスも軽く京都周辺を焼き尽くすほど強力。一度京都中心に近畿地方をうっかり火の海にしたので逆行して二周目を攻略中らしい(こいつのタイムリープは自分の世界限定で、おれっ子のように他人の世界まで戻せる訳ではないそうだ、残念だが)。 「ーーーー黛サン、立ったまま寝ないでよ、黛サン!」 異世界のオレと交信していたオレはいつの間にか目を閉じていた。僕っ子のオレはテレパシー能力が微弱なので交信する時はオレに負担がずっしりかかるのだ。よく注意して聞いてないと聞き逃す的な?パソコンのスキルがカンストしていて超絶処理能力と記憶捏造(とパイロキネシス)があるからテレパシーが弱くてもじゅうぶんお釣りは来るが。 「あれ?赤司は?」 「なんか事務局に確認しに行くって言ってたぞ。あんただけ新品なんてズルいからじゃねえか?」 【・・・おい。・・・おい。聞いてる?】 【書類とデータだいたい出来たんだろ、ありがとう】 【聞いてなかったな!物品には普通、管理番号とかあるじゃん。今管理番号ふり直してそっちから古いシール剥がして新しいの貼ったけど、管理番号見た可能性ある奴全員、番号の記憶すり替えないとダメじゃね?】 そんなもの覚えていられる奴いる訳ないと思うがボールの違いに気づいた赤司ならあり得る。 「オレ荷物が入ればなんでもいいからなんなら新品赤司に譲ってもいいけど・・・」 二人同時に喋るのはキツいな。 頭がこんがらがりそう。 まあ、昔は数十人の心の声を一度に聞いたりしてたから聞き分けは出来る方だが一人は口で、一人はテレパシーで返事するのは使い分けがややこしい。 【頼む】 【了解。もう一つ。新品を調達したら当然古い物の処分をどうするかって話がセットになるはずだが、お前が気づいてないようだから一応調べたけど洛山は事業所だから事業系のゴミは廃棄物処理法に基づき処分業者に委託している。引き渡しの日は契約書で決まってるから新品が来た当日即日廃棄したことには出来ない。もちろんマニフェストとか内部用の廃棄関係書類は作れるし、回収の際の計量結果を偽装した上で費用の支出命令書も作るのは簡単だけど古いロッカーどこ行ったってなった時にそれらしい物を調達できるか?物さえあればなんとでもしてみせるけど】 【ロッカーもう処分済みと思わせたり、ないものをあるように見せるのは無理なのか?】 「そういう問題じゃないわよ、征ちゃんが知らない備品が突然入るのがおかしいから聞きに言ったんじゃない」 【無理だよ、少なくとも僕には。洛山が契約してる〇×興業っていう廃棄物処理業者は必ず朝一で回収に来てるから即日廃棄にすると朝搬出していないとおかしいから新品が搬入されるまで場所がぽっかり空いてたことになるし、仮に新品に朝から変わっていたことにするなら半日以上前の記憶改竄が必要になる。作ってない書類を過去に作ったことにするのはその人間が書類作成をした記憶に僕が作った書類を作成したように偽装してるんだけど、似た記憶を混同させるのと全くイレギュラーなことを事実と思い込ませるのは全然難易度が違う。影も形もないことを事実と思わせるよう思考をねじ曲げるのは洗脳の領域だが僕は洗脳はほぼ出来ない。っていうか半日以上前の記憶改竄とか洗脳できるのはよっぽどチートな奴に限られるよ。修復と治癒が得意な僕とか】 こいつの記憶操作は基本的に似た記憶の混同を起こさせることであって、記憶改竄系では割と難易度が低い方ということらしい。 オレがマインドコントロール(精神操作)の中でエンジェルウィスパーとバグニュースしか使えないようなものか。 情報処理チートな奴にチート呼ばわりされるチートとはいったい・・・。 「赤司が忘れるとは思えないから事務室の伝達ミスじゃね?」 【でも疑われた翌日、赤司の記憶を消すか改竄出来ないか聞いたら、よっぽど印象に残ってることとか異常に記憶力いい奴の記憶操作は時間経てば経つほど高度で、ものによっては数分前でもやっとでかなり骨が折れるってレストア得意なおれっ子が言ってたんだよな・・・。どっちみち今日は頼めないが】 【おれっ子ってあいつ?それじゃ攻撃万能系チートの俺様しかいないんじゃない?】 【そう、あいつ。俺様だけはどうしても頼めない。生理的に無理だ・・・。オレはアポートもテレポートも一応やってやれなくはないが自分が行ったことのある場所しか行けないし取れない。しかもどっから調達できるか心当たりがない。詰んだか・・・?】 「たぶんそうだとは思うけど気になるのよね・・・」 【無理ならいい、僕もあいつ苦手だからタッグ組みたくないし。同じ型番のをこっちが見つける。それに最初からついてた管理番号のシールをそれっぽく古く見せて貼れば偽装できるだろう。運ぶのも僕がなんとかする。僕、か弱い女の子だから重い物運ぶのは苦手なんだけど】 超能力に男子女子は関係ねえだろ。 パイロキネシスもちょっと加減間違えただけで周辺一帯を焼き尽くすようなとんでもない奴がか弱いとか冗談にも程がある。 しかも魔眼対策用に眼鏡かけてるだけで見た目はオレそっくりの僕っ子がか弱いとか冗談も休み休み言って欲しい。 【じゃあそっち頼む。あと赤司が自分への連絡なしに備品、つまりロッカーが入ったのがおかしいって言ってたらしいから伝達の文書作ったけど渡し忘れたか紙の書類がどっか行ったように見せるためデータだけ偽装できるか】 【それは僕の得意分野だから問題ない。フォルダのあまり使わないとこに間違って入れて開けるの忘れたことにしとくよ】 「気になるってなにが?」 「征ちゃんが言うには、壊れたロッカーを見た後で部室であなたを見かけたんですって。後ろ姿だから実際顔は見てないけど灰色の髪の人がロッカーに手をついたとこを見たっていうの。私部活が始まる前にあなたと喋ったのは覚えてるけどその後征ちゃんに言われて見つけるまであなたの姿見てないのよね」 「オレ、サボってないけど?部活始まる頃には戻ってたけど?」 「戻ったってことはやっぱり一度体育館を出てるわよね」 「・・・まあ。この五人がオレのロッカーの中見てたから注意して、同じ一軍としてうまくやっていきたいから試験対策手伝う的なこと言ってその場をおさめたつもりだったんだが・・・。実害があった訳じゃないしこいつらも重々反省してるからそろそろ勘弁してやってくれないか。オレみたいな落ちこぼれが突然一軍に入れば反発するのは当然だし、叱られて反省出来るってことはそこまで悪い奴じゃないってことだろ。特に三年はオレにとっては二年以上同じ部活で汗を流してきた仲間だからな」 三年生の好感度が5上がった。 「あなたがそう言うなら私はかまわないけど、後は征ちゃん次第ね。征ちゃん物凄く怒ってたから征ちゃんに無断で帰す訳にはいかないわ」 オレはロッカーを開けてみた。 中身はもちろん変わってない。 「・・・何もなくなってる物はないし、オレはことを荒立てるつもりもない。いいよ、いつまで待たされるかも分からねえし赤司にはオレが言っとくから、お前ら帰っていいよ。かえって過保護にされる方が反発食うし、エロ本回し読みくらいは男なら普通にやることだし悪ふざけの範疇だろ。鍵締めてなかったオレにも落ち度がある訳だし」 オレは実渕の反対を押しきって五人を強引に帰らせた。 『なあ。お前、赤司に後ろ姿見られてたらしいんだけど。テレパシー切ってた?』 オレは暇だから修復使いのおれっ子に話しかけていた。 『切る訳ないだろ。テレパシーで確認して入って、出る時まで切ってない』 おれっ子のテレパシーはオレよりずっと性能がいいから見落としはあり得ないんだが・・・。 『でも赤司は見たって実渕・・・副主将やってる黒髪のオネエに言ったらしい。そんなことあり得るか?』 『一日一回制限があるからお前の世界に干渉は出来ないし心見ても内容は教えてやれないけど見るだけなら出来るから見てみようか?あの赤毛の主将だな』 しばらく奴は黙った。 『お前、あいつの心覗いたことある?』 『ない。今も運動部が大勢残ってるから人数多すぎてオレには訳分からんレベルだ。好感度チェックなら時々してるが』 『好感度チェックは初歩の初歩だからな。あいつ、テレパシーのレーダーにひっかからない体質みたいだ。集中して個別に見ようと思えばもちろん読めるが、周りに誰かいるかを探知する程度だと見落とすレベルだ。お前だと200メートル以内にそいつ一人だけとかじゃないと心の声拾えないかもしれない。そのくらい読みずらい。テレパスか天然のテレパシーキャンセラー持ちか・・・。頭の回転も早いからおれでも表層追うのがやっとでなかなか中に入れない。例えるなら速く回してる大縄跳びに参加するみたいなもんかな。縄止めると心読んでるのを悟られそうで思ったより難しい』 おれでも難しいってオレには無理ゲーってことじゃないか。 『楽しそうなのは気のせいか?』 『面白いからね。お前の世界には個性的な奴らが大勢いて見る分には楽しいよ、お前の世界で暮らすのは気疲れしそうで嫌だけど。そろそろ晩御飯だから落ちるよ』 おれっ子は上機嫌でテレパシーを切った。 いいなあ、オレも晩飯食いたい。 【悲報、ポルターガイスト騒動発生】 【はあ?】 【先に事務連絡作って、お前のロッカーと型番同じ古いロッカー見つけて管理番号シール貼って廃棄物保管庫に入れたんだけど僕、力がないだろ。重たくて置くときにひっくり返しちゃったんだよ。そこにお前のとこの主将と事務の人が一緒に鍵持って登場したから事務の人が洛山七不思議のポルターガイストだって騒いじゃって。僕は記憶を混同させることは出来てもインパクトの強い出来事消す力はないし洗脳も出来ないし。洛山七不思議の“ポルターガイスト”と“いつの間にか増える足音”と“いつの間にか新品に入れ替わってる備品”と“誰もいないのに見える謎の人影”の四つは二年前からあるって事務の人に聞いた主将がなんか考え込んでたからお前と結びつけたかもしれない】 100パーセント結びつけたな。 七不思議はいずれ分かったことだろうが、オレを怪しんでるこのタイミングでバレたのは痛い。 【お前のテレパシーはパラレルワールドの自分専用のはずなのにどうやってその話聞いたんだ?】 【その場にいたに決まってるだろ。透明化(インビジブル)で透明になってた。修復得意な僕が見つかったんなら透明になってないとダメだと思って】 【その場にいた?そうか、お前アポートもアスポートも使えないからわざわざ自分で出向いてテレポートしてくれたのか】 僕っ子のオレはオレと違って自分が行ったことのない場所でも画像か写真を一度でも見たことがあれば飛べるし、自分が持っていればその物もテレポートで運べる。力云々と言っていたのは文字通り腕力で運ぶからだったのだ、超能力で浮かせてるとテレポートで運ぶ時置き去りにしちゃうから。 【ああ。お前、チームメイトを助けようとしてたり今しっちゃかめっちゃからしいじゃん、彼女に聞いたけど。そのくらい手伝ってやらないとかわいそうかなって、お前も僕なんだし。礼は数学のテストで交代してくれればいいから】 僕っ子よ、お前もか。 オレはいつも以上に死んだ目をした。 得点源の数学と物理の成績が並に落ちると他の教科を相当頑張らないと苦しいな。 【お前二周目なんだろ?解き方覚えてないの?】 【そんなもん覚えてる訳ないだろ。ちゃんとあってるのに授業で習った解き方じゃないって難癖つけられて途中式にバツつけられてムカついたってくらいしか記憶にない。学校の数学は退屈すぎて嫌いなんだよ】 出た、天才過ぎる奴の贅沢な悩み。 ハイスペックチートにも意外な弱点があるもんだ。 【こっちに来てくれたんなら、ついでに七不思議にオレが関与してないと思わせてくれないか?オレがいるところで姿が見えない足音とかすれば疑いも晴れるだろう。万一音でお前の存在に気づかれそうになったら迷わずテレポートで逃げていいし、赤司は鋭いから必ず距離を取ってな】 【万一透明化が外れた時のために眼鏡は外した方がいいかな?眼鏡かけてたら明らかに別人って分かるだろ】 【お前の魔眼は何だっけ?】 異世界のオレが持っている魔眼は一人一人性質が違う。眼からレーザー出す奴とか、強制的に命令を聞かせる奴とかいろいろいるがこいつの力を聞いたことはない。いつも眼鏡を外さないからだ。 【デバフ。視界内全員の全ステータスを下げる】 命に別状ないからいいだろう。 眼からレーザーなんか出された日には大惨事だが。 【じゃあ眼鏡外しといてくれ。あいつら、全員身体能力化け物だからデバフかけても多分勝てないし、無理しないですぐ逃げろよ。オレの疑い晴らすためにお前が危ない目にあったら本末転倒だからな】 【僕は頭脳戦専門だから無理しないよ】 赤司は一人で戻ってきた。 事務の人とは別れたらしい。 「赤司、どうだった?もう帰っていい?」 「まだだ。書類上は何も不審点はなかったしこちらへの伝達文書もファイルにあった。担当が僕に渡すのを忘れていたらしい。古いロッカーも保管庫にあったしね。ただ」 「どうしたの?」 「あのロッカーは僕が鍵が壊れているのを見つけたのとは別の物だ。鍵の壊れ方が違っていた。管理番号はあってるんだが・・・。ところでお前達、洛山の七不思議というものを知っているか?」 壊れたロッカーを見たのはオレとおれっ子だけ。僕っ子は直った後のロッカーは千里眼で見ただろうが壊れたのは見てないしおれっ子と違って心は読めないからどんな風に壊れていたかまで辻褄を合わせることは出来なかった。とりあえず古くて壊れてる同じ型番のロッカーを見つくろってシールを貼っておいたのだろうが、そこから露見するとは赤司恐るべし。 だが幸い赤司の記憶以外証拠はない。 「どこかに開かずの扉がある、骨格標本が一人で動く、音楽室のベートーベンの肖像画の目が夜だけ光る、誰もいないのに人の影が見える、だっけ?たぶん人影はオレだ。影が薄くて誰もいないように見えたんだろ」 実は開かずの扉もオレなんだがそれは言わないでおこう。 「黛、お前七不思議になってんのかよ!」 根武谷は笑ったがオレはハッとバカにしたように笑った。 「嬉しくねえよ」 「お前達はあと三つ知らないか?」 「増える足音、ポルターガイスト。七つ目は欠番で全部知ったら死ぬ、だったような?」 葉山の発言を実渕が訂正した。 「それ古いわ、いつの間にか新品に入れ替わっている備品が七つ目よ。私が知ってるのは備品っていうか体育館だけどある日、突然綺麗になったの。もちろん工事とか清掃の業者も入ってないのに、急に」 「いや、体育館は誰もいないのにどこからかドリブルの音がするって奴だろ。それ絶対オレなんだけど」 「そういや、それも聞いたことあるな」 根武谷からの援護射撃にオレは少しホッとした。 ドリブルの噂はオレが地道に広めたのだ、他の七不思議から目をそらすために。 「ドリブルの音は普通に黛サンでしょ、そう言えば最近バックボードが一個だけ綺麗になったよね〜。あれも七不思議?」 「お前はどう思う?」 赤司が何故かオレに話を振ってきた。 「気づかなかったな。オレは誰かさんのせいでシュート練あまりさせてもらえないもんで」 オレがこの時とばかりに嫌味を言うと赤司は不快感を露にした。 「今はそんな話はしていない」 「体育館の話だけど、私、去年体育館が崩落する夢を見てね。普通にあったから夢だと思ったけど中に入ったら滅茶苦茶綺麗になっててどうなってんのと思ったら当時の主将が教えてくれたのよ、七不思議のこと。なんでも、主将が一年の年と二年の年で七不思議が全部入れ替わったって」 「体育館が築年数の割にやけに綺麗だと思ったら、去年新しくなっていたのか?」 「七不思議って八個ねえか?」 「私が聞いたのは、誰もいないのに見える人影、誰もいないのに聞こえるドリブルの音、これは黛さんだからいいとして、残りは動く骨格標本、開かずの扉、足音だけの幽霊、ポルターガイスト、いつの間にか新品に入れ替わってる備品。黛さんが言った音楽室のベートーベンは当時の主将が一年の年までの七不思議の一つだったはずよ」 やべえ、そう言えば居眠りして寝ぼけて骨格標本を動かしたことが数回あったのを思い出したわ。お寝超オレもやってたよ、規模はささやかだし実害はないからいいけど。 新品に入れ替えたのはオレじゃないがオレのせいではあるから七不思議全部オレが絡んでいる。 「ポルターガイストと言えば、先ほど」 赤司が言いかけた時、 パタパタ。 絶好のタイミングで僕っ子が登場した。 超絶処理能力によるコンピューターのハッキングに念写書類作成で時空を越えてサポートしてくれる僕っ子は自分の世界に引きこもって滅多にこっちに現れないのだがその僕っ子が身体を張って頑張ってくれるのは非常にレアだ。 パタ、パタ。 「誰か忘れ物でも取りに戻ってきたのか?」 根武谷が意外に普通のことを言った。 パタパタ。 「入って来ないね。どうしたんだろ?」 葉山がひょいと覗いたが透明化している僕っ子はもちろん見えないはずだ。 パタパタ。 壁を透視すると僕っ子が足踏みをしていた。 「あれ・・・?」 「どけ、小太郎」 【逃げろ!】 首をかしげている葉山が邪魔でさすがの赤司もスムーズに更衣室から出られない。 一瞬で僕っ子はテレポートした。 「足音が消えた・・・?」 根武谷が怪訝そうに言った。 「気配がないな・・・さっきまで誰かいたのに・・・」 赤司が苛立ったように言った。 「私、足音の幽霊も見えないだけで黛さんなのかと思ってたけど、黛さんずっとここにいたし、足音は別口なの・・・?」 実渕が震え声で言った。 【お疲れ。予定にないことまでやらせて悪かったな】 【ポルターガイスト騒ぎ起こしたから一応尻拭い?緊張したよ、冷や汗かいた】 【助かった。疑われてはいるが決め手はないから、今日は逃げられる目処が立った】 「赤司、ポルターガイストって?さっき言いかけてたよね」 「さっき感じた気配が、保管庫でポルターガイストを起こした奴に似ていた。お前と気配がそっくりだったんだが」 オレは赤司に詰問された。 あまりの迫力に何もかもしゃべりたくなったが、せっかく僕っ子が頑張ってくれたのに彼女の献身をムダにする訳にはいかない。 「影薄ってことなら幽霊の可能性もあるな?」 オレはとぼけた。 あくまでも可能性の話だ。 隠してはいるが、嘘は言ってない。 「僕に霊感はない、あれは絶対に生きている人間だ」 リアクションに困るな。 オレは大きな秘密を隠すため大して重要ではない秘密を開示することにした。 「・・・このタイミングで言うのは気まずいんだが、開かずの扉はオレがサボる時につっかい棒して入れなくしてたらドアが無理やり開けられてその時オレは中にいたんだけど見つからずに噂が一人歩きしただけでホラーでもなんでもないんだ」 本当は超能力で封鎖したせいだがそれはお口チャックだ。 「結局あんたが原因か!一人で三つも七不思議作んなよ」 「開かずの扉はオレのサボりが原因だから反省してるが影薄いのはどうにもならん」 もっと言えば超能力もどうにもならん。 「それにさっきの音は誰かが横切っただけじゃね?あなたの知らない世界からの訪問者かもな。そんな珍しいことはそうそうないが」 横切ったのは間違ってない。横切った後で足踏みしてその後テレポートしただけだ。 異世界のオレだって誰かには違いないし、あいつがこいつらの知らない世界から来たのは本当だし、あいつがこっちに来るのは珍しいからそうそうないのも事実だ。オレは正真正銘神に誓って嘘は一つも言っていない。そうそうないイコール今回がそうだとは一言も言ってないしな。 「怖いこと言わないでよ〜」 葉山が怖くなったのか半泣きになっている。 心霊現象じゃなくて超能力だから心配はいらない。わざわざ言ってはやらないが。 「怖くねえよ。オレはそんなことよりあの五人がどうなるかの方がよっぽど気になるね。遅くなると思ったからオレが押しきって無理やり帰らせたけど、実害があった訳じゃねえし、あいつらも反省してるから責めないでやってくれ。あいつらに悪いようにしないって約束したのにお前らに責められたらオレが嘘言ったことになるだろ」 あの足音は実際ホラーでもなんでもないのだから怖くもなんともない。 オレは赤司の目を見て言った。 何が琴線に触れたのか赤司の好感度が1上がった。 「・・・今回だけだぞ。次にお前に何かする者がいたら絶対に許さない」 赤司は断言した。 こいつの気持ちが滅茶苦茶重たい・・・。 これは行き過ぎた友情なのか、旧型の代償としてオレを大事にしてるのかホモなのかどれだ。 オレの好感度チェックは斉木と違って自分に対するのしか見えず、他の奴をいくつぐらいに思ってるのか見えないのが難点だ。 根武谷と実渕の件が解決しないままオレは早くも疲れきっていた。 今日は早く寝よう。 [次へ#] |