雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第七話 もう一度約束を(その6)
「姿形は確かに変わるかもしれない。けど、お前の人格は変わらない。お前はお前だよ。
ずっと頑張ってきたお前なら、また、元に戻れるだろ?」
槙人はちょっと綾華の方を引き寄せ、もう一度腕に抱いた。
「やり直せる・・・。絶対にな」
「どう・・・かな?」
それでもまだ、槙人の腕の中で、綾華は呟く。
「うん。私は変わらないかもしれない。でも・・・本当に私はいるのかな?もしかしたら生きたいと思うあまり、死さえも乗り越えてしまっているかもしれないのに」
全てを元に戻したら、綾華は死んでしまっているかもしれない。
だが、槙人は小さく笑っただけだった。
「それこそ嘘だ。そいつを利用して、俺をおびき寄せたくせに」
実際に綾華は何度も倒れているのだ。それならば、元気になりたいと思った筈だ。徐々に体が衰弱するだけの病気。それは槙人がいない間も進行していた。本当に死んでしまうかもしれないのに、そんなことをする筈がない。死を超えるほど重い状態でもないし、不自然な程進行が遅くなった訳でもないのだ。
「・・・そうだね」
ようやく。
ようやく、綾華が笑った。
全てを信じた素直な笑顔だった。
「ありがとう、お兄ちゃん・・・」
綾華も、槙人を抱く。
「やってみる・・・」
「ああ・・・」
「裏切らないでよ」
「バカ、望むな。約束するよ。一生愛して、そばにいる」
「うん・・・約束だよ」
「ああ」
暫く、二人は抱き合っていた。
不意に、綾華が口を開く。
「正直、不安・・・。本当に、大丈夫なのかどうか・・・」
「そうだな。信じることもできないもんな。でも、大丈夫だよ」
「うん・・・。もう。何も望まない・・・。全てを白紙に戻す事だけ」
しん、と静寂が訪れる。
それは、綾華が決意するために、必要な時間だった。
もう何も望めないから、最後に、愛する人の温もりだけは、覚えておきたいのだろう。
不安と切なさに挟まれた時間(とき)。
それでも、綾華は奮い立つ。
「それじゃあ・・・やるね」
「ああ」
綾華は目を閉じた。腕に力が入る。
きっと、今、想っているのだろう。
この力を、嘘を、虚構の現実を、消して欲しいと。
槙人も、きつくきつく綾華を抱き締めた。
自分を。綾華を。綾華への想いを。果たせるかどうか分からない約束を、信じて。
綾華の右眼から、一粒の雫が落ちて。
雪に、消えた。
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