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雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第七話 もう一度約束を(その3)
「は?」

 首を傾げながらも、槙人は、綾華を抱く前にした会話を思い出していた。しかし何の関係があるのだろう。

「最近、よく夢を見るの・・・」
「夢?」
「そう。真っ白な世界、真っ白で・・・冷たい世界に、私は立っているの」
「・・・」

 槙人は黙って綾華の言葉を待った。

「その中で、もう一人の私が立っているの。そして、私に言うの・・・」
「・・・何て?」
「今までの事は全て嘘だって。この右眼が、そうしていたんだって・・・」
「右眼?」

 綾華は頷いた。

「この銀色の眼には、持ち主の望みを叶える力があるんだって。だから因子を持っていた私は、昔から望みを叶えてきたんだって」

 だから、強く願わないと実現しなかった。

「・・・そんなの、お前がそうだって思い込んでれば、そういう夢だって見るだろう?」

 その目に、印象に残ったことが夢に出やすいという。槙人は頑なに否定する。第一荒唐無稽過ぎて信じられない。

「夢だけじゃないとしたら?」

 だが、綾華は冷たく、さらに上を行く言葉を放つ。

「なん・・・だと?」
「二重人格って言ったでしょ?昨日・・・初めて気がついたの」
「気がついた?」
「二重人格ってね、お互いがお互いに気づかない場合と、片方が気づいている場合と、お互いが気づいてる場合があるの」

 綾華は指で三を示す。

「私は最初二番目だった。私の方が続いていなかった。もう一人の私は、夢という形で私に語りかけていたけれど」

 綾華は薬指を折って説明した。

「もう一人の私が表面化するときには、昼だろうと夜だろうと、夢遊病という形になるの。
・・・だから、あの時記憶がなくなってた」

 雪の中に立っていた時の事。それは綾華の別人格が起こした行動。

「そして昨日・・・。私は別の私に気がついた。声が聞こえた・・・急に私はベッドから降りたの・・・」
「自力じゃなくてか?」
「うん・・・。あなた何もしないなら、私がするよって・・・話しかけて・・・ドアのところまで私は勝手に歩いたの・・・」

 寒さだけではない震え声で、綾香は話す。

「その時、初めて気がついた・・・。私の中に、誰かがいたんだって・・・」

 上目遣いで綾華は槙人を見つめる。

「どう思う?例え二重人格の定義に当てはまらないとしても・・・誰かがいる事実。語りかけてくる事実。能力の有る無しを置いといても、今まで気づかなかった人が私の事を話してくるんだよ?この右眼の事を、知ってるんだよ!?これでも否定できるって言うの?」

 語気を荒げ、綾華は責めるように言う。

「強く願えば何でも叶うって・・・確かに、それは凄いよ。でも、それって私自身は何もしてないって事じゃない。それじゃあ、何にも実感湧かないよ・・・」

 どれだけ成績が良かろうと、どれだけ人に認められようと。
 それは全て、その能力のおかげ。
 だから、槙人が綾華を好きなのも、偽り。
 強制の愛。
 槙人は絶句した。自分の思いさえ、操られているというのか。

「もう・・・何が本当で、何が嘘か・・・分からないよ」

 望んだものは虚無で、「真実」の上に「嘘」を飾っている。
 そう。もしかしたら、今の「自分」でさえも。

「だから・・・死ぬのか?」

 自分でも感情の分からない声で、槙人は尋ねた。

「うん・・・。これ以上、嘘を見せつけられるのは嫌だから・・・。だから・・・幸せな今の内に・・・終わらせたいの」

 嘘も方便という言葉がある。真実に挫折するより、偽りであっても、幸福でありたい。
それは死を迎えた者への、せめてもの慰め。
 だがそれは綾華にとって悲しい選択でしかなかった。

「ふざけるな、このバカッ!!」

 槙人は叫んだ。

「お前っ・・・!逃げる気かよ!嘘に気づいておきながら、真実から逃げる気かよ!」
「逃げさせてよ!」

 綾華も、槙人に負けないくらいの怒声を上げる。

「どんな動物だって身の危険が迫れば本能的に逃げるよ!私・・・これ以上生きてたら頭おかしくなっちゃうよ!」

 綾華は棚に手をかけて、上に登ろうとした。すかさず槙人はその肩を掴む。

「離してよ!」

 綾華の叫びも聞かず、槙人は綾華を降ろすと、その体を抱き締めた。

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あきゅろす。
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