雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第七話 もう一度約束を(その2)
「でも・・・私を好きになったのは・・・きっと本当じゃない」
そして、と綾華は続ける。
「そして・・・今までの過程も、全部・・・嘘。全て、偽り・・・」
「・・・何言ってるんだ?何の事だよ、綾華」
言葉の意味が分からず、槙人は聞いた。
「私ね・・・」
ほんの少し笑って綾香は空を仰いだ。
「昔から、変に運が良くて・・・。思ってる事が実現する事が多かったの」
降りしきる雪に目を細め綾華は続ける。
「すごく欲しい物があった時に、お母さんが買ってくれたり・・・。どうしてもやりたくない事があった時に誰かが代わってくれたり・・・」
くすっと笑って、綾華はもう一つ付け加える。
「お兄ちゃんが帰ってきてくれたり・・・」
まるで示し合わせたように、物事が実現したという。
不思議なくらいに。
「最初は気づかなくて・・・。すごくタイムリーだったから単純に喜んでた。けど、あんまり思い通りに続くから、だんだん不思議に思ってきた。」
考えた事が、現実になる。偶然で片付けるには、あまりに多い数で。
「真剣に考えた事はなかったけど。何か、運がいいなー、くらいで」
目線を戻して、自嘲気味に綾華は言う。
「だから、色々計画を立てても、成功する事は多かったの」
「・・・俺を罠にはめた時とかか」
「うん」
思い出すように、綾華は忍び笑いをした。
「結構穴だらけな計画だったけど、気づかなかったよね」
「悪かったな、バカで」
「ううん。そうじゃないの。・・・私が、そう願ったから」
「願った?」
「うん。お兄ちゃんが気づきませんようにって」
「だから、俺は気づかなかったっていうのか?」
「うん」
「・・・そんなバカな。超能力者じゃあるまいし」
呆れた声で、槙人は言った。
しかし、綾華は真面目な顔になる。
「本当だよ・・・」
暫く槙人を見つめてから、口を開く。
「本当に、そうなの・・・」
「・・・」
「いくらでもあるよ。教えてあげようか?」
指を折りながら、綾華は叶ったものを挙げていた。
欲しかった玩具を買ってもらった事。嫌な事をパスした事。旅行や遠足時の天気の事。
それらは全て偶然と言えたけれど。
あった筈の虫歯がなくなっていた事。
都合良く発作が起きた事。
反対に、病弱な筈なのに、楽しい時にはずっと元気でいられた事。
その体が、病気の事など微塵も感じさせないほど立派に育った事。
特に勉強もしていないのに常にテストや成績が良かった事。
不可解な事も、多かった。
「いじめられてた時があったんだけど・・・。その時にまっちーが助けてくれて、友達になったの・・・。隣のクラスだったのに」
十クラス以上あるのに、その後はずっと同じくラスだったらしい。
「けど・・・」
「じゃあこれはどう?」
まだ納得しない槙人を見て、綾華はさらに加える。
「あの時の約束を・・・お兄ちゃんに忘れてほしいと思った時も!」
「・・・!」
「忘れられるような思い出じゃないでしょう!?」
言葉が出なかった。綾華の言う通りだったのだ。
槙人が家を出て行った理由。単に父親に理不尽な怒られ方をするのが嫌だったと思っていたが、本当は、その前から自分で望んでいた事だったのだ。
忘れる訳、ない筈なのだ。
「そして・・・お兄ちゃんと、一緒にいたいと思った時も・・・」
語気を落として、綾華は結んだ。
「本当に、不思議な程望みが叶っていた・・・。強く願えば願う程、実現した・・・」
だから、本当は分かっていた。
自分には願いを叶える能力(ちから)があると。
だから、今まで得てきたものは全て嘘だと。
「・・・だから、お兄ちゃんが私を好きなのも・・・嘘。・・・私自身が、そう望んでいたから」
「そんな訳・・・」
言えなかった。
重なりすぎた偶然を、違うと断言できなかった。
「そんな力なんか、ある訳ないだろ!そんな証拠、どこにもないじゃないか!」
それでも精一杯、槙人は反論する。最後の望みを託して。
「お兄ちゃん・・・二重人格って、信じる?」
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