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東方十全歌 〜Lost World beyond the Border 第四話
その日の午後。
 遅めの昼食を取った妖夢は、紅魔館大図書室へと向かっていた。何人かのメイドに話を聞いたところ、図書館を掃除するメイドが一番ベテラン揃いとの答えが返ってきたからである。

「はぁ……」
 ため息が漏れる。
 二十年以上勤めているメイドならば、十六年前の先代メイド長失踪事件について知っている。だから彼女らを対象に聞き込みをした。結果からいえば皆失踪事件のことは覚えていた。が、そこは単純な妖精としての性質だろうか。

 ほぼ全員が、当時の詳細の方は覚えていなかったのである。

 美鈴が部下の物覚えの悪さを愚痴っていたのを思い出す。それを、妖夢はうんざりするほど体験させてもらった。どいつもこいつも「そういえばそんなこともあったわねー」程度の記憶で、それ以上引き出すことができなかったのだ。中には今でも先代メイド長に心酔していて、色々と話してくれたメイドもいる。しかし、そういったメイドたちの証言の七割ほどは事実ではなく憶測であった。それも、誰々がメイド長を消したに違いないというワンパターンなもの。記憶と推測がごちゃ混ぜになってしまっていたのだ。結局、ほとんど実入りはなかったのである。成果があげられなかったのは亡霊事件の捜査でも同じだったが、手がかりがちっともつかめないままだと疲労ばかりが溜まっていく。ため息も出るというものであった。

 しかし新しい事実が全くなかったわけではない。一応、役に立ちそうな情報提供はなされていた。
「爆発、か……」
 先代メイド長の失踪が判明する前日、紅魔館で大規模な爆発が起きたという。
 しかも、亡霊事件の発生現場で、だ。
 その廊下全体が吹き飛ぶほどの威力だったらしく、外側から見ても見事に壁に穴が空いたそうだ。
 もちろん、誰がそれを起こしたのかは分からない。館を破壊できるような力を持った人物ということになるが、一体なぜ何もないあのエリアで爆発を起こしたのか、結局判明はしなかった。
 その話の後は、パチュリーがやっただのレミリアがやっただのと憶測を延々聞かされることになったのである。妖夢は事実だけをメモに取り、後は聞き流していた。
 先代メイド長の失踪と時期がほぼ同じことから、何かしらの関係はあると思える。というよりも、失踪の原因はその爆発だろうと妖夢は見当をつけていた。だから今度はそれも元にして聞き込みをするつもりだった。しかしまた新しい情報を得られるかどうか、それは期待しないほうがいいだろう。

 図書館に辿り着いた。重い扉を妖夢は開け、中に入る。
「……うわ」
 途端、暗闇と渦巻く魔力に包まれた。妖夢は顔をしかめる。扉を閉めると、そこは完全な異世界である。以前にも来たことがあるが、あまり長居のしたくないところだった。
 図書館にいるメイドがベテラン揃いというのもうなずける。これだけ大量の魔力に晒され続けても仕事ができるのは、実力のある者に限られるだろう。一人納得すると、妖夢は歩き出した。とりあえずメイドを見つけないことには話にならない。図書館は相当に広く、そのくせメイドの数は紅魔館本館よりもはるかに少ないので、むしろメイドを見つけるほうが苦労するかもしれなかった。
 本館よりも暗く、埃っぽい図書館をてくてく歩く。
「――!」
 と、扉が闇に隠れて見えなくなったところで、妖夢は何者かがこちらに向かってくる気配を感じ取った。瞬間、ばさりと音がしてそびえ立つ本棚の間からそれが現れる。妖夢は反射的に刀に手をやって構えた。
「……っと」
 たん、と妖夢の前に一人の少女が着地した。紅い髪と背中から、黒い翼が生えている。
 悪魔であると一目で分かった。それが、妖夢に一層の緊張を持たせる。
「こんにちは。あっ、魂魄妖夢さんですね」
 しかし悪魔は、屈託のない笑顔で妖夢にお辞儀をした。裏表のなさそうな明るい声が耳に届く。
「え……あ、はい」
 悪魔といえばレミリアのような吸血鬼を想像していたため、その礼儀正しさに妖夢は毒気を抜かれた。悪魔とはこんなものなのだろうか。
 この図書館の司書であるという小悪魔の自己紹介に、妖夢は構えを解いた。彼女も紅魔館の住人なのだ。警戒する必要はなかったことに気づき、妖夢は自分の短絡さを恥じた。妖夢の名前のことは、懇意にしている美鈴から聞いたそうである。
「図書館に何か御用ですか? あ、亡霊事件のことですよね、そういえば」
 妖夢がどうしようか考えていると、小悪魔が口火を切った。
「あ、えーと……今は、先代メイド長の失踪事件についてなんですけど」
 亡霊事件のことは今は中断している。爆発のこともあって、妖夢は二つの事件の関連性を探すと共に失踪事件の調査に本腰を入れていた。
「先代メイド長? ああ、あの方ですか」
 妖夢の答えに、小悪魔は小首を傾げる。が、すぐに思い当たったようだった。
「ご存知ですか?」
「ええ。私もお世話になりましたし」
 小悪魔は笑顔で答える。彼女も二十年以上この紅魔館に住んでいるのだろう。
 となれば、失踪事件について何らかの情報が得られるかもしれなかった。妖精ではなく悪魔だ。真実を言うかどうかはともかく、記憶力は確かであろう。
「どうなんでしょうね、あの事件。本当に失踪なんでしょうかね」
「さあ、それはまだ調べてるところですが……。よろしければ、お話を聞かせてもらえませんか?」
「ええ、いいですよ」
 小悪魔はこくりとうなずいた。そして立ち話も何だから、と小悪魔の部屋で話すことになった。小悪魔に案内され、壁沿いをついていく。やがて、普通サイズの扉の前に辿り着いた。小悪魔がそれを開け、中に入る。妖夢もそれに続いた。
「ん……」
 窓から差し込む午後の光に、一瞬だけ目がくらむ。地下にあるはずの図書館につながる小悪魔の部屋は、どういう位置関係なのか地上にあるようだった。瘴気のように渦巻く魔力も、ここでは感じられない。図書館からは隔絶されているのだろうか。
「ちょっと散らかってますが、気にしないでくださいね」
 照れ臭そうに笑って、小悪魔はがたがたと椅子とテーブルを揃えていた。確かに、司書だけあってこの部屋にも本が結構にある。読み散らかすことが多いのか、床やベッドの上に何冊かの本が放置されていた。手持ち無沙汰になった妖夢は、小悪魔がセットした椅子に座ることにした。据えつけられている流し台で紅茶を入れると、小悪魔はそれをテーブルに置いて妖夢の向かいに腰かけた。
 こぽこぽと紅茶が淹れられる。柔らかな匂いが辺りに漂った。
「どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
 差し出された紅茶を受け取ると、妖夢は小悪魔に軽く会釈をした。

「では、何から話しましょうか」
 そして、会話が始まる。
「そうですね。とりあえず先代メイド長の失踪事件についてなんですが」
「亡霊事件の方じゃないんですね。なぜそちらを?」
「ああ。ええと、二つの事件は何か関連性があるんじゃないかと思いまして」
 妖夢は亡霊の特徴が先代メイド長と似ていること、そしてメイド長失踪判明の前日に現在の亡霊事件の現場で爆発が起きていることを説明した。小悪魔はふんふんとうなずいている。
「なるほど、確かに何か関係ありそうですね」
「ええ。ですからまずは失踪事件の方を調べてみようと思いまして」
「でもそれなら、咲夜様に聞いた方が早いと思いますよ?」
 至極もっともな意見を小悪魔はぶつけてきた。妖夢は答えに窮する。まさか咲夜が事件の容疑者ではないかと疑っているからそれはできない、とは言えなかった。
「まあ、それはそうなんですが……」
「だって、爆発があったとき、咲夜様はその場所にいらしたんですから」
「……え?」
 妖夢がどうはぐらかそうか思案していると、小悪魔は信じられないことを口にした。
 咲夜が、爆発の現場にいた。
「ほ、本当ですか!?」
 がたん、と椅子を蹴って立ち上がる。初めて聞く話だ。しかも、事件の真相に深く関係のありそうな。
「ええ、そうです」
 とりあえず座ってください、と小悪魔にたしなめられ、妖夢は椅子に腰を下ろした。気を落ち着けるために、紅茶を一口口に含む。
「咲夜さんが……」
「はい。かなりの威力の爆発だったからほとんどのメイドさんがあそこに集まって――私も行って野次馬の一員になったんですけどね、あの場所から少し離れたところで、咲夜様が倒れてたそうです」
 小悪魔は実際にそれを目撃したわけではなく、咲夜を救出したメイドから話を聞いたそうだ。咲夜はその後医務室に運び込まれ、半日ほど寝込んだらしかった。
 メイドからその情報は手に入れられなかったが、きっと忘れていたのだろう。
「爆発にやられたんでしょうか」
「ええ。ただ咲夜様はあの爆発が何だったのか、なぜ起きたのか、それは知らないそうです」
「……そう、ですか」
 例の爆発に乗じて先代メイド長を暗殺した、という可能性を妖夢は考えていた。そうなると当然犯人がいることになるが、もしかしたらそれは本当に咲夜なのかもしれない。死体を跡形もなく吹き飛ばせば、失踪に見せかけることもできよう。しかしその爆発の威力が高すぎて、咲夜もそれに巻き込まれてしまった。そう考えることもできる。
(でもな……)
 本当にそうだろうか。美鈴に話を聞いたときも思ったが、咲夜が先代メイド長を殺す動機はない。確かに状況的には咲夜が犯人であるようには見えるが、完全に辻褄が合っているわけではなかった。もちろん、咲夜が犯人だと思いたくないのもあるのだが。
「うーん……」
「……。咲夜様がやったんじゃないか、ですか?」
「え?」
 妖夢が考え込んでいると、小悪魔の声が響いた。
「あ、えと……その」
「隠さなくてもいいですよ。現場にいたと言われれば誰だって疑うと思いますから」
 くすりと笑って小悪魔は言う。考えていることが顔に出ていただろうか。妖夢は恥ずかしくなって頭をかいた。
「ですが、咲夜様は犯人じゃありませんよ」
 どう言ったものか妖夢が考えていると、小悪魔がさらに続けて言った。
「……どうしてですか?」
 ここから先は推測になるだろう。妖夢はその類の話はほとんど聞かないことにしていた。今までのメイドたちの話はどれも説得力のないものだったからだ。むしろ、こうあってほしいという願望に近かったかもしれない。
 しかしそのときはまだ犯人の目星はついていなかった。もしかしたら咲夜かもしれない、とは思っていたが、まだまだ白にちかい灰色だったのだ。それが、今では黒ずんできている。
 そこで、それを否定する言が現れた。目星がついたところでの否定材料は重要だろう。それに、より正確に事態を記憶している者の話ならば聞いた方がよいとも思った。
「ご存知かと思いますが、例の爆発は館の壁を破壊するほどの威力を持っていたんです」
 小悪魔が説明を始めた。妖夢は一応メモの用意をする。
「けれど、館の壁を破壊するのには相当の力が必要なんです」
 壁そのものはそれほど堅固じゃないんですけどね、と小悪魔は続けた。
 それはなぜか。
「紅魔館の内部は咲夜様の空間操作によって広げられています」
「ええ、知ってます」
「それはつまり、紅魔館の外と内で空間の構造が異なっているということです」
 紅魔館館内の空間は広げられている。そのため外側の壁である一点を指しても、その部分は内側では同じ大きさの点にはなっていない。外側の点に当たる部分は、内側ではもっと範囲が広げられ、円になっているのである。空間の位置関係がパラレルなものになっているのだ。
「なるほど……」
「ですから、構造の異なる二つの空間を繋げることは非常に難しいんです」
「うん……そうですよね」
 論理的なことを理解するのは少々苦手なのだが、なんとなく分かったとは思う。外と内の空間は、言ってしまえば別物であるため、繋げて一つのものにするのは難しいということなのだろう。
「あ、ということは……」
「そうです。だから紅魔館の壁は壊しにくいんです」
 小悪魔はうなずいた。
 壁の材質は強固なものではないが、異なる二つの空間を隔てる役割を持っている。そして異なる二つの空間が繋がって一つの空間になるのは難しい。二つの空間を繋げるには壁を壊さなければならないが、二つの空間が繋がりにくいならば繋げるには相応の力がいることになる。だから、繋がりにくい二つの空間を隔てている壁はその分強固なものになるのだ。その強固さは物理的なものではなく、論理的なものである。紅魔館の壁は物理的なものであると同時に、論理的なものでもあるということだ。
 物理的な壁を破壊することはたやすい。だが、論理的な壁を破壊するのは難しいのだ。
 だから、紅魔館の壁は壊れにくい。
「爆発は、それを破壊した……」
「ええ。とても大きな力です」
 しかし当時、紅魔館の壁は爆発によって壊された。二つの異なる構造を持つ空間は繋げられたのだ。どれほどの力があればそれが実現できるのかは分からないが、並大抵のものではないだろう。想像を絶する威力だったに違いない。
「ですから、分かるでしょう? 咲夜様にそんな大規模な威力の爆発を起こさせることは、不可能なんです」
 人間にはできない芸当だ。魔理沙のような馬鹿げた威力の魔法が使えるのならば別かもしれないが、咲夜にできるのはナイフを扱うことだけである。ナイフで論理的な壁を壊すことはできないだろう。
「空間を一時的に外と同じ構造にするということはもちろんできません。館内の空間全体を縮小しなければならなくなりますから」
「ふむ……」
 小悪魔の言う通りだ。咲夜に壁を破壊することはできない。爆発の犯人は咲夜ではないだろう。咲夜は爆発に巻き込まれた被害者なのだ。ということは、何の爆発だったのか、なぜそれが起きたのか、本当に知らないのだろう。
「それに動機もありませんからね。そりゃ仕事については厳しい方でしたけど、だからって陰険なわけじゃないですし」
「厳しいというよりは、熱心だったんでしょうね」
「ええ」
 この評価は美鈴から聞いたものと変わりなかった。力がなかった分、人望でメイドたちからの信頼を集めていたのだろう。何となく、先代メイド長の人となりが理解できた気がした。
「いくら厳しかったとはいえ、そこまでのものではないでしょうね」
「……実際に、彼女の厳しさを見たことはありますか?」
「ありますよ。図書館だって今は咲夜様が維持してるわけですから」
「ああ、それであんなに広いんですね」
 暗いせいもあるが、広すぎて端の見えない図書館を思い出す。元々はそれほど広くなかった空間を、咲夜が思い切り拡げているのだろう。
「ただ咲夜様が担当し始めた頃は、ちょっと空間が不安定でしたね。空間操作に慣れてなかったようで。まあ、ずっと維持するのは大変でしょうしね」
「へえ……」
 あの完璧な咲夜でも、そんな時期があったのか。ということは、かなりの努力をして今のような完全さがあるのだろう。人間離れした咲夜の、人間らしい部分を垣間見ることができた。
「先代メイド長はそのあたりを特に気にしてらしたようでして。そのことで咲夜様が怒られて反省されてるのを何度も見ましたよ」
「はあ……」
 反省。自分の部屋で沈んだ表情で縮こまっている咲夜を想像してみる。が、全く想像できなかった。それくらい、今の咲夜の姿は瀟洒なのだ。
「いやあ、あのときの咲夜様の顔は可愛かったですねえ。こう、いじめたくなると言いますか」
「はは……」
 嫌な笑顔で小悪魔は語る。これ以上はあまり喋らせない方がいいような気がした。
 ともかくも、先代メイド長の教育は熱心ゆえに厳しく、咲夜でもくじけそうになることがあったのだろう。それでも、今の姿を見ればそれを確実に乗り越え、自分のものにしたことがよく分かった。咲夜の心情は確認できないが、常識的に考えればかなりの恩を感じているはずだ。そんな人物を手にかけるとは考えられなかった。
 咲夜は爆発を起こしていないのである。その二つの理由からみても、咲夜が爆発の犯人であることはありえない。
「じゃあ、一体誰が爆発を起こしたんでしょう……」
 爆発が非常に強い威力であることは分かった。そうなると、そんな爆発を起こせる人物は限られてくることになる。
 最初に思い浮かんだのはパチュリーだった。魔理沙から魔法使いを連想した結果である。パチュリーならばそれほどの爆発を起こせたとしても不思議ではない。
「あ、パチュリー様でもありませんよ」
 そう考えていると、再び小悪魔がそれにシンクロした。思わず顔を上げてまじまじと小悪魔を見てしまう。この少女は読心術でも使えるのだろうか。その金色の瞳は人の心を見透かすことができるのか。悪魔ゆえに。
「顔に書いてありますよ。誰が怪しいのかな、って」
 そして三度心を見透かされる。妖夢の心臓が跳ね上がった。
「あの……」
「正直ですね、妖夢さんは」
「はあ……」
 くすくすと小悪魔は笑う。
 絶対に嘘だ。顔色で判断していたなど、そんなわけがない。この少女はやはり悪魔なのだ、それくらいできるものなのだ。
 先ほどのサディスティックな表情を見ていたのもあって、妖夢は目の前の少女に対する警戒感を引き上げておくことにした。油断していると足をすくわれるかもしれなかった。
「……彼女ではない、という根拠は?」
 気を取り直して、妖夢は小悪魔に訊いてみた。
「パチュリー様にはアリバイがありますから。爆発があったとき、たまたま私とパチュリー様は図書館で一緒でしたので」
「なるほど、そうでしたか」
「時限式の爆発なんて不確実な方法使いませんからね、パチュリー様は」
 はは、と小悪魔は軽く笑う。
 そもそもパチュリーには動機がないだろう。爆発が先代メイド長を殺すためのものだったとするなら、なおさら爆発の犯人はパチュリーではないことになる。同時に、パチュリーと一緒にいた小悪魔も外れる。そもそも小悪魔にも扱えない爆発だろう。妖夢の感覚では、小悪魔にはそれほどの力があるようには思えなかったからだ。
「ん……待てよ?」
「はい? どうしました?」
 しかし妖夢はそこで一つ思い浮かべる。
 それは前提の問題。爆発が先代メイド長を殺すためのものだったのかどうか、だ。
「もし爆発が殺人のためのものではないとしたらどうです? 単に何かの実験で爆発を起こして、偶然二人がそれに巻き込まれたというのは……」
 爆発に殺意はなかったかもしれない。魔法使いが普段どんなことをしているかはよく知らないのだが、わけの分からない実験をしたりしているのは知っている。
 例のエリアは人通りが少ない。爆発を伴うような危険な実験をするにはうってつけではないだろうか。
「実験ですか? でもあれだけの威力がある爆発を起こすとなると、攻撃魔法の開発か何かということになりますが、魔法の開発だったらパチュリー様は図書館でなされますよ」
 小悪魔は少し考えるが、すぐに首を横に振った。図書館の外でしかできないような実験もたまにするが、魔法の開発は危険が伴っても図書館でやるとのことだった。自分の目で確かめることが必要なのだから、遠隔操作などするはずがない。動かない大図書館は、やはり図書館から動かないのである。
 いずれにしろ、そばにいた小悪魔がそんな素振りを見ていないと言うのであれば、その考えは間違っているだろう。妖夢はその説はすぐに捨てた。
「じゃあ、後は……」
「レミリアお嬢様は動機がありません」
「そうですね」
「美鈴さんも多分アリバイがあるでしょう。あの人は大抵部下と一緒にいますから」
「なるほど。じゃあ残りは……」
「……フランドール様、か、それ以外の誰か。外部の者ですね」
 候補が挙げられ、消される。しかし小悪魔は、フランドールだけは否定しなかった。
「フランドール様なら壁の一つや二つ破壊できますし、たとえ動機がなくても人を殺すくらいはします」
 ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。その対象は論理的な壁とて例外ではない。確かに、能力的には一番怪しいだろう。
「ただ、あの場所にいたなら目撃されてるはずなんですよねえ。あの方逃げるってこと知りませんし」
 フランドールならば、壁を壊そうが人を殺そうがけたけたと笑っているだけだ。爆発に乗じて誰か殺していたとしても、メイド長と一般メイドとの区別もついていないかもしれない。自分のやっていることが悪いと思うことはないし、悪びれていないのならなおのこと身を隠すことはしない。
 候補にこそ挙がったが、結局はフランドールもそこから外れそうだった。
「残るは、それ以外ですか……」
「他にいないですからね。普通のメイドさんにもそんな爆発は起こせませんし」
 一応、高威力の爆発を起こせるような魔導書はないのかどうか訊いてみる。しかしそこは図書館司書、あるにはあるが、そんな危険なものを貸し出したことはないそうだ。扱うとしたらパチュリー一人だが、パチュリーは容疑者から外れたばかりである。
 では、やはり外部の者の仕業になるのだろうか。
「……まあ、そこは後で考えてみることにします。他に、何かありませんでしたか?」
 いずれにしろ、これは推測の領域だ。候補を確定させるには、より多くの情報が必要となる。妖夢は推理を一旦止め、小悪魔から他の情報を聞き出そうとした。
「うーん……。爆発も失踪も、情報が少なすぎて迷宮入りしちゃったんですよね。多分、咲夜様があの場所にいたということ以外に何かしらの事実はないと思います」
 しかし、そこまでのようである。小悪魔はそれ以上何も言えないようだった。
 ただ、爆発を起こすことができないという点で、咲夜が犯人でないことはほぼ確定であろう。動機がないという推測は、常識的に考えてのことである。非常識がメイド服を着て闊歩している紅魔館では、その確実性は揺らぐことになりそうだった。
「そうですか……まあ仕方ないですね、随分昔の話ですし。じゃあ今度は、亡霊事件のことについて何か話を……」
「あ、はい。ええとですね……」







 夜。湯浴みを終えた妖夢は、事件のことを考えながら館内をぶらぶらしていた。
 小悪魔と話した後、図書館のメイドからも話を聞いた。結果、小悪魔以上の新しい情報を得ることはできなかった。妖精の記憶力はやはりたかがしれていたのだ。おかげで捜査は足踏み状態である。
 実際のところ、進んでいるようであまり進んでいない。亡霊は亡霊かどうか確定していないし、それが先代メイド長であるという確信もなく、さらには先代メイド長が殺されたのかどうかも分かっていなかった。九割方推測は正しく、それらは繋がっているのだろうが、まだ何かが足りない。各々の要素の関係を確定させる核心的な何かがあるはずなのだが、それがまだ見つかっていなかった。
「ふう……」
 聞き込みを続けてもいまいち要領を得ない。かといって現状で咲夜に話を聞くのは危険だ。手段を選んでいなければならないもどかしさに、妖夢はやきもきしていた。
 日も沈み、元々薄暗かった廊下はわずかな明かりに照らされるのみ。
「――誰?」
 その廊下を歩いていると、妖夢は背後に気配を感じた。振り返って暗闇の中を見据える。
「そんな警戒しないでよ。私よ、私」
 すると、そこから子供っぽい声が返ってきた。
 声を発した主が、暗闇からゆっくりと現れる。
 紅魔館当主、レミリア・スカーレットだった。
「レミリア……」
「……仮にもあんたは今ここのメイドなんだから、様くらいつけてほしいわね」
 少しむすっとした様子でレミリアは要求する。
「そうですか。失礼しました、レミリア……お嬢様」
 そんなものかな、と思いながらも、妖夢は一応敬語も含めてそう呼んでおいた。幽々子以外にそんな呼び方をするのはなんだか奇妙な感覚だった。年上だと分かっていても見た目が子供なため、どうにもやりにくい。
「どこかにお出かけですか?」
「そうよ。霊夢のところにね」
 博麗神社か。毎日のように遊びに行っていると聞いたことはあるが、本当らしい。しかし夜に行って霊夢の方は大丈夫なのだろうか。
 きっと大丈夫ではないだろう。吸血鬼は自分勝手な存在だから相手の事情などお構いなしなのだ。
「あんたは探偵をやってるんだってね。どうかしら、首尾は?」
 レミリアがにやにやしながら聞いてくる。なるほど、本来部外者である妖夢がメイド服を着て紅魔館をうろついていることに対して何らリアクションをとらないということは、妖夢が何をしているか知っているのだろう。人の話を聞かないから、妖夢はてっきり自分がいることも知らないのではないかと思っていた。
「まあ、ぼちぼち……。あ、そうだ」
 答えようにも、本当にぼちぼちとしか進んでいなかった。妖夢は頭をかいて答える。
 と、そこで妖夢は一つ閃いた。
「ちょっと聞きたいんですけど」
「何?」
 先代メイド長に最も近かった人物は、咲夜の他にレミリアもいたではないか。
 レミリアなら、先代メイド長について何か詳しい情報を持っているかもしれなかった。
「十六年前の爆発について、何か知りませんか?」
「爆発? 何それ?」
 とりあえず爆発の方を聞いてみることにする。
 が、レミリアは逆に問い返してきてしまった。
「え……知らないんですか?」
「そんな昔のこといちいち覚えてるわけないじゃない」
 なんということだ。まさか覚えていないとは。吸血鬼の記憶力は妖精並みだというのだろうか。
 いや、流石にそこまではないだろう。妖怪の中には古く不必要な記憶を片っ端から捨てていく者がいる。吸血鬼もその類なのだろう。妖夢はそう考えることにした。吸血鬼に対して幻想を抱いているわけではないが、そうでもなければあまりに威厳がなさ過ぎる。
 しかし、爆発のことは覚えていなくても、先代メイド長のことはいくらなんでも覚えているはずだ。妖夢は先代メイド長の失踪に絡めてレミリアに説明をした。
「……ああ、あったかもね。うちの壁を壊したとかいうのが」
 その結果、レミリアは何とかそのことを思い出してくれた。滅多にないことだから、記憶の本当に片隅に残っていたのだろう。妖夢はほっとひと息つく。
「ふうん。そういえばその頃だったわね、あの子がいなくなったのは」
「ええ。推測ですが、その爆発に乗じて……殺されたんじゃないかと」
「誰がやったっていうのさ」
「それは……まだ、分かりません」
 つい今しがたそのことを考えていたところだ。小悪魔と話していたときは候補はどんどん削られていたが、もしかしたら見落としている部分もあるかもしれなかったからだ。
「一応訊きますけど、あなたじゃないですよね?」
「んなっ!? そんなわけあるかっ! なんで私があの子を殺さなきゃならないのよ!」
 だからレミリアであるという可能性も捨てきれないわけではなかった。そこで妖夢はレミリアに尋ねてみる。
 返ってきたのは、レミリアの怒声だった。いきなり容疑をかけられ、レミリアは妖夢に食ってかかる。
「先代メイド長は、どんな人でしたか?」
「そりゃ、気のいい熱心な子だったわよ。ずっとここでメイドやってたし」
「ですよね。……動機はない、と」
 レミリアから見ても、先代メイド長の人柄は変わらない。レミリアはいらいらしているが、それはつまり素が出ているということであり、その咄嗟の評価にも嘘がないということだ。レミリアは先代メイド長を悪く思ってはおらず、したがって殺す動機はない。怒らせるつもりはなかったが、おかげで妖夢は確信が持てた。爆発を起こしたのはレミリアではない。
「じゃあ、あなたの妹はどうです?」
「なおさらないわよ。あいつが自分の部屋から出るようになったのはつい最近だもの。第一、出りゃどこにいたって分かるわよ」
 フランドールならば動機がなくとも犯人である可能性はある。
 だがレミリアはそれを否定した。その言葉に妖夢もうなずかざるを得ない。部屋から出ないというのであれば犯人であるはずがないだろう。爆発のあった日、フランドールは部屋から出ていなかった。よってフランドールも除外である。
「そうですか……。失礼しました」
「全くだわ。ぶん殴るわよ」
 ふん、とレミリアは鼻を鳴らす。そして、妖夢の横を通りすぎた。博麗神社に行くのだろう。これ以上聞こうとすると本当にレミリアの逆鱗に触れてしまうので、流石に妖夢は尋ねられなかった。
「あ……そうそう」
 仕方なく妖夢がその背中を見送っていると、不意にレミリアは何かを思い出したのか妖夢の方を振り返った。
「うちの誰かを疑ってるっていうんなら、パチェも違うわよ。爆発跡を調べたけど、魔法によるものじゃなかったって言ってたから」
「……そう、ですか」
「それから、咲夜ももちろん違うからね。あの爆発が何だったのか、あの子がどこ行ったのかは知らないって報告を受けたけど、嘘を言っている感じはなかったわ」
「そうですか。ありがとうございます」
「じゃ、行ってくるわ」
「あ、はい。えーと、いってらっしゃいませ」
 レミリアは再び妖夢に背を向けて歩き出す。やがて、暗闇に紛れて妖夢の視界から消え去った。
「違うのか……」
 一人残され、妖夢は呟く。
 小悪魔の推測とレミリアの証言から、紅魔館の実力者たちは全員爆発と先代メイド長殺しの犯人から外れた。
 レミリアには先代メイド長を殺す動機がない。同時に自分の家を破壊するような行為も行うわけがないのだから、爆発も起こしていない。
 フランドールは地下にある自分の部屋から出ていないのだから、どちらの行為もできようはずがない。
 パチュリーはアリバイがある。そして爆発が魔法によるものではないのならば、当然魔法使いであるパチュリーが起こしたものではないと考えられる。無論、動機もない。
 咲夜にも動機がない。レミリアの証言からもそれは窺えた。何より爆発を起こすだけの力がない。
 美鈴だけは確認を取っていないが、アリバイはあるだろうし他の者同様動機もない。爆発を起こせるかどうかも怪しいところだった。
 残る可能性は、やはり外部の者による犯行である。それ以外には考えられなかった。
(けど……)
 だが、それはありうるのだろうか。紅魔館の警備は二十四時間体制である。外部の者が紅魔館に潜入するのは極めて難しい。外部の者の存在があったのなら、美鈴が交戦しているはずだ。そして迎撃に成功したならともかく、撃破されてメイド長まで失っている。ならば、覚えていないはずがない。美鈴からその話が出なかったということは、それはまずないと考えるべきだった。
 だが、全く可能性がないというわけではない。例えば八雲紫ならば、どこであろうと出現可能だ。自己の存在を知られずに侵入できる能力を持っているのならば、或いはそれも可能だろう。
 しかし果たして、外部の者がメイド長を狙うだろうか。外部の者の襲撃ということは紅魔館に恨みを持っているということになるわけだが、普通その対象はレミリアになるはずである。わざわざ戦闘能力のないメイド長を殺す理由は何だろうか。紅魔館の撹乱でも狙ったのか。
 そもそも、紅魔館は一年前の紅霧異変を経てようやく幻想郷の明るみに出たのであって、それまでは妖夢もその存在を知らなかった。つまり紅魔館を狙うのはその近辺に住む者に限られるのだが、そこに論理的な壁を破壊する爆発を起こせるだけの人妖は存在しない。遠くに住む強者が偶然紅魔館と一戦交え、恨みを持った可能性はある。けれどそれなら、小悪魔と話したときに候補に挙がっていいはずだった。
 外部の者の仕業だったとしても、その動機と犯人像は思い浮かばなかった。
 やはり、何かを見落としている。もしかしたら、誰かが嘘の証言をしているのかもしれなかった。小悪魔の理論にどこか矛盾があるのか、もしくはレミリアが誰かをかばっているのか。
 妖夢は考える。一体何がどこで間違っているのか――。

「よーうむ」
「みょんっ!!?」

 と、そのとき。
 妖夢は突然耳元で声をかけられた。あまりの不意打ちに、妖夢は文字通り飛び上がるほど驚いた。ここには誰もいなかったはず。すわお化けか、と妖夢は刀に手をかけてその場を飛びのいた。
「ゆ、紫様?」
 振り返ったそこには、空間の裂け目から上半身を出してにやにやしている紫がいた。
「お、おどかさないでください……」
「いやいや、真剣に考え事しているみたいだったから。ついね」
 うふふと紫は楽しそうに笑う。迷惑なことであった。まだ心臓が踊り狂っている。
「どうしてここに? 何しに来たんですか?」
 おかげで、考えていたことを忘れてしまった。妖夢は疲れた顔で紫に尋ねる。
「幽々子のところに行ったら、あなたが紅魔館で探偵やってるって聞いたからね。ちょっと見にきたのよ」
 なかなか可愛いカッコじゃない、と紫は笑った。そういえば今着ているのはメイド服である。知り合いに見られると途端に恥ずかしくなるから不思議なものだった。しかし隠そうにもこの両腕では隠せそうになかった。
 紫が絡むとどうでもいいことであっても変にこじれることがある。白玉楼に戻ったときには、きっと幽々子にあること三割ないこと八割で面白おかしく話すのだろう。そして妖夢が余計に疲れるのである。まともに相対したところで言っていることは分からないし人の話は聞かないしなので、適当に流してしまうほうがよさそうだった。
「そうですか……」
「どう? 楽しい?」
「いえ、別に楽しくはないです……」
 捜査は進んでいないし、疑いたくもないのに紅魔館の住人を疑わなければならないし、何より紫が楽しそうにしているというそれだけでもう妖夢は楽しくなかった。
(……そういえば、紫様なら誰にも気づかれずにメイド長殺しができるな)
 くすくすと笑う紫を前に、妖夢は不謹慎なことを考える。無論紫が犯人などとは思っていないが、能力的に考えれば紫には十分可能な話である。このように簡単に侵入できるし、境界を操る能力を使えば異なる二つの空間をつなげるくらいわけはなさそうだった。行き詰まっているためか、妖夢の思考は暴走気味になっていた。
 しかし、よもや紫に聞くわけにもいくまい。紫なら昔から紅魔館を知っていた可能性はある。しかし、わざわざ妖怪を殺すようなことをするような人物ではないことくらい妖夢も知っていた。
 確かに、その裂け目を操れば誰にも気づかれずに紅魔館に侵入することはできるが――。
「……あっ」
「ん?」


 その瞬間――。


 妖夢の体を、電撃が駆け抜けていった。
 閃き。全ての感覚が脳に集中するかのような、脳天からつま先まで真っ二つに割るかのような、まさしく閃光の如き巨大な閃き。紫の声も耳に届かないほどの高速の思考が、妖夢の体を支配していた。
 それは、今までの推理を全て覆す新たな可能性。妖夢の見落としていた、事件の核心。
「紫様、私急用を思い出しましたっ! 失礼しますっ!」
「え? あ、ちょっと!?」
 妖夢はそう言い捨てると、紫に背を向けて走り出した。紫に声をかける暇も与えず、一目散に廊下を駆けていく。
 焦りにも似た感情を抱き、妖夢は走る。一刻も早く、この閃きを確認するために。
「…………ま、いいか。帰ろ」
 残された紫は突然の妖夢の奇行にしばし呆然としていたが、やがてスキマの中に潜り込んで紅魔館から消え去った。あとには、しんとした静寂しか残らなかった。







「……はあっ!」
 一階の東フロアから三階の西フロアまで一気に駆け上がり、妖夢は亡霊事件の現場に辿り着いていた。人の行き来はなく、夜であるために余計に不気味に感じられるそのエリアで妖夢は足を止める。
「やっ、ぱり……!」
 荒い息を整えることもせず、妖夢は切れ切れにそう呟いた。
 そこには何もない。目に見えるものは何もない。
 あるのは、そこに漂う不思議な妖気。どこかで感じたことのある妖気。
 妖夢は、それが何であるのかようやく思い出した。
「空間の裂け目だ……」
 同じだった。八雲紫が空間に裂け目を作り出すときに発生する妖気と同じ感覚、そして恐らくは、全く同質のものだったのだ。
 なぜ、気づかなかったのだろう。そこにある妖気が空間の裂け目であったことにではない。
 なぜ、失踪と聞いたときに「神隠し」の可能性を考えなかったのだろうか。
 失踪して帰ってこないのであれば、殺されたかもしくは神隠しであるか、だ。あれだけ考えてもメイド長殺しに何ら確定的なものがないのならば、先代メイド長は神隠しに遭ったのかもしれないのだ。
 そう、ここに発生している裂け目に飲み込まれたかもしれないのだ。
 それならば、殺しに確定的な要素が出てこないのもうなずける。誰も先代メイド長を殺していないのだから、そんなもの出ようはずがない。現れたり消えたりするのは、不定期的に裂け目とこちら側の空間を往復するからと考えられる。そうであれば亡霊であると考える必要もない。証言者の認識や妖夢の推理は初めから間違っていたことになるのだ。今までの推理を全て捨てることになるかもしれなかった。
「でも……どうして?」
 しかし、分からない。なぜここに裂け目が発生しているのか。そもそもこれは一体何なのか。
 紫が作り出したのか。ありえない。紫ならば意味もなくスキマを開けっ放しにしておくことはない。そうするのは外の行き来に使う博麗大結界の穴くらいだ。むしろ裂け目を見つけて放っておく方が珍しい。これは、この場所に自然に発生したものなのだ。
 なぜ、ここに発生するのだろう。ここに何があるのだろうか。
「……うーん。私じゃ、分からないな」
 それを理解するには、裂け目が何たるかを知らなければならない気がした。どういった条件で発生し、またどういった作用を及ぼすのか。紫のスキマは普段から見ているが、それがどんなものであるのかを考えたことはなかった。
 それを知れば、ここにあるものが何であるのかが分かると思った。空間の裂け目のことを知る者に尋ねるべきだろう。
 問題は、誰に尋ねるかである。
 最初に浮かんだのは当然紫だった。しかし、紫の説明だと半分理解できるかどうかも怪しい。なるべくならばもっと説明の分かりやすい人物に頼みたかった。
 紅魔館ならばパチュリーだろうか。だが魔法使いの専門は魔法だ。魔法ではないものをきちんと説明できるか。そもそも、魔法使いの言うことが信用できるものかどうか、それも少し心配な点であった。
 裂け目のことを理解していて、且つ説明のうまい人物が理想である。
「……あ、いる」
 と、割にすぐ妖夢はその人物に思い当たった。
 空間の裂け目のことを知っていて、説明も紫よりは確実に分かりやすい。


 すきま妖怪の式、八雲藍だ。

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