雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第六話 変化(その2) 三日振りの雪だった。 暫く島の中も夏だったので、久々の冷え込みは体にこたえた。 エアコンをフル稼働させた自室で、槙人は漫画を読んでいた。そろそろ夏休みの課題にとりかからなければならない。綾華の入院で、予定がずれていた。 しかし、期末試験時同様、こう寒くてはやる気が出ない。気温はマイナス十三度。 真冬日よりも遥かに寒かった。 思考能力が発揮されず、槙人は惰性でページをめくっていた。 「・・・にしても、よく降るな」 ドカ雪とは、こんな天気の事をいうのだろう。槙人はカーテンを開けて外を見た。 見事なまでに白い、神社の周りにある木が、小高い丘のように見える。 車が埋まるほどの積雪だった。さすがに、外出している人間はいない。 ただ一人を除いて。 「・・・綾華?」 庭に一人佇んでいる。 何をするでもなく、傘をささずに、綾華は雪の中に立っていた。 「何やってんだ、あいつは?」 上着さえ着ていないようだった。コートを羽織ると、槙人は傘を持って玄関から庭に出た。 「綾華!何してんだお前」 槙人は綾華を傘に入れると、雪を払いながら声をかけた。 「おにい・・・ちゃん」 それに綾華は反応して、ゆっくりと槙人は見上げた。 その顔に、表情はなかった。 「どうした?」 「・・・どうして?」 綾華は目線を落とした。同時に、その体がカタカタと震え出す。 唯一、蒼白い顔に浮かんだ表情。 「・・・どうして?どうして私、庭にいるの?どうしてこんなところに立っているの!?」 それは恐怖。 混乱が生み出す恐怖だった。 綾華は頭を抱えた。 「私!私さっきまで部屋にいたのに!本読んでた筈なのに!庭になんか出てない!」 「お、落ち着け!綾華!」 槙人は綾華の肩を掴んだ。だが、綾華は取り乱しており、ただ叫ぶだけだった。 「出た記憶も無いのに!階段も降りていないし、窓も開けていない!絶対外に出てない! なのに、なんで!?なんで!?おかしいよ!こんなの絶対変だよ!」 途端。 ぷっつりと糸が切れたように、綾華はその場に崩れ落ちた。槙人は慌てて綾華を抱き止めた。 「綾華!しっかりしろ!」 綾華は失神していた。混乱しすぎたせいかもしれない。 その時ゆっくりと、その口が動いた。呟きよりも、もっと小さな声。 「たすけて・・・お兄ちゃん・・・」 「・・・・」 槙人は傘を放り出すと、無言で綾華を抱き上げた。 綾華の口から弱々しく吐き出される白い息。それが顔を少しだけ覆う。 降りかかる雪がそれで融け、うっすらと涙を作っていた。 「ん・・・」 ふっと、綾香の目が開いた。 「綾華・・・?」 「あ・・・お兄ちゃん」 綾華は、ベッドの隣で椅子に座っている槙人を見つけると、体を起こした。 「おい。まだ寝てろ」 「ううん。体の方が悪い訳じゃないから」 綾華は笑って、ベッドから足を下ろした。 「けど・・・」 綾華はふるふると首を振った。 どうやら信用して良いらしい。 「・・・結局、何だったんだ?」 一度座り直してから、槙人は先程のことについて尋ねてみた。 だが、答えははっきりしない。綾香は首を振るばかりだった。 「・・・全然分からない、本、読んでたんだけど・・・」 「床に転がってたぞ」 槙人は、机の上に置いた本を指さす。 「・・・そう。それでね、ふっと気がついたら・・・庭に、立ってた・・・」 綾華は俯いた。 「動いた筈・・・ないのに」 槙人は無言で綾華を見つめた。」 [*前へ][次へ#] |