雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第六話 変化(その1)
(締まっていこー!!)
分かってるでしょう?
少しは疑問に思ってたでしょう?
こんなにも思い通りにいくなんて
そう、あなたは何もしていない
これがあなたの力でも
あなた自身に実感はなかった筈
ただ、願うだけ
それだけで、全て叶ってた
成功してた
努力をしても、それが努力だったかどうかも分からない
だから、分かってる
全部、「嘘」だって
「やっほーう!」
ドアを勢いよく開け放ち、綾華は、オレンジ色の光の中へ飛び込んだ。
「お兄ちゃん、早く早くー!」
飛び石をとんとんと軽いステップで踏んで行き、玄関と門の中間辺りで着地し、体を反転させる。ワンピースの長いスカートがふわっと舞った。
「あんまりはしゃぐな、病み上がり」
ドアに鍵をかけると、槙人は綾華に追いついた。
「あーん、だってだってー。体動かすの嬉しいんだもーん」
とうって声を上げて綾華は槙人にダイブする。咄嗟のことだったので驚いたが、綾華をしっかり抱きとめると、槙人は体勢を立て直した。
「あんまりふざけてるとかついでくぞ」
「わぁ、人さらいみたい」
暫く体をすり寄せてから綾華は槙人から離れた。
「行くか」
「うん」
綾華の退院はあっという間だった。
十日間も続いた高熱は、まるで何事もなかったかのようにあっさり引き、ぶり返すこともなかった。後遺症も全く認められず、あれだけ寝たきりだったのに、綾華は何の支障もなく、走ることさえできたのだ。突然発した高熱は、突然消えたのである。
ただ一つ、倒れる前とは変わった綾華の右眼。眼球の虹彩が銀色になり、瞳は極端に小さくなった。しかし、それだけだった。それ以外で、綾香の目に異常はなかった。何の病気もなく、視力は左右共に二.〇と、素晴らしい検査結果を叩き出していた。
何も分からなかった病気は、何も分からないまま、何も分からないものを残して消え去ったのだ。
すこぶる健康だった綾華は、起きてから四日ほどで退院してしまったのだ。暫くの間は通院するのだが、何もない以上すぐに終わることだろう。
槙人にとってはそれで良かった。
疑問だらけではあったが、綾華は元気でいる。今、こうして一緒に歩いていられる。
それだけで、充分だった。
無事で何より。綾華が目を覚ましたとようやく認識した時には、槙人は思わず綾華を抱き締めていた。
だから、綾華の病気など、もうどうでもよかったのだ。
綾華が退院して二日目。夕食は外で食べる事にした。元気になったとはいえ、槙人はまだ綾華の体調に関しては用心していた。なるべく綾華の負担を取り除こうとしたのだ。食事も、今までは全て槙人が作っていた。
しかし、当の本人は体力が有り余っているらしく、やけに活発だった。外食になったのも、綾香が外に行きたいとだだをこねたせいだった。
橋を渡って本土に出る。どこで食べるかは、決めていないが、商店街には料理店が大量にあるので、慌てることはなかった。
「・・・あれ、おい、綾華。どこ行くんだ?」
商店街に入ろうと槙人は道を曲がったのだが、綾華は何故かそのまま直進している。
「綾華?」
呼びかけても返事がない、綾華はどんどん前進する。
「おい!」
槙人は綾華に追いつくと、肩をつかんで振り向かせた。
「え・・・?」
そのまま、槙人は凍りついた。
射抜くような、冷たい眼差し。
槙人を槙人として認めない、無機質な瞳が睨みつけていた。
「え?あ、あれ?」
しかし、それは一瞬のことだった。
不意に綾華の焦点が戻り、目付きがいつも通りになった。
「お兄ちゃん・・?あれ?ここ、商店街・・・?」
綾華は戸惑った表情で辺りを見回した。
「見りゃ分かるだろ」
「・・・あ、あはは!そうだよね!ちょっと、記憶が飛んでたみたい」
綾華は笑顔を作って、明るく笑った。
「おいおい。大丈夫か?」
「ずっと寝てたせいかな、なーんて」
綾華はぺろっと舌を出す。
けれど。
「ほら行くぞ」
「うんっ」
抑えきれないほどの不安を隠しているのは、容易に理解できた。
槙人はあえてその事には触れなかったが。
綾華の異変が露呈されたのは、それからすぐのことだった。
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