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雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第五話 病(その4)
「は?分からない?」
「ええ・・・」

 医師から告げられた言葉を、槙人は訊き返した。

「何かの病気なんじゃないんですか?」
「そうとは思うんですが、全く・・・」

 医師も困惑した表情を隠せないようだった。何しろ、想像もし得ない事が起きているのだ。原因不明。
 あれだけの熱を出しておきながら、何がもとで起きたのか、さっぱり分からないというのだ。体のどこにも異常はない。病原菌もいない。ただ、熱が出ているだけというのだ。

「そんな・・・馬鹿な・・・」
「・・・血液が異常に早く流れているせいだとは思うのですが、その原因になり同な病気や兆候は見られません」

 医師は溜め息をついた。
 ならば、一体何だというのだ。
 朝家を出るときには何ともなくて、海で遊んでいたら突然四十度を超える高熱を出す。
そして、その原因は不明。要素は皆無。暑気にやられたなど、それこそ馬鹿げている。
どんな重病よりも厄介だった。

「・・・治るんですか?」

 暫く黙った後、槙人は医師に尋ねた。
 この際原因はどうでも良い。綾華の熱が下がるかどうかの方が問題だった。

「・・・入院が必要だと思います」

 検査結果を睨みながら医師は答えた。
 それは、今は無理だということを遠回しに示していた。
 あまりにも急なことで取り乱していた槙人は、その言葉でようやく頭を回転させ始める事が出来た。
 今は綾華の容体のことで喚いている場合ではない。必要なのは自分の判断なのだ。今自分が冷静にならなければ綾華も危ないかもしれないのだ。

「・・・お願いします」

 数回呼吸してから槙人は言った。
 すぐに治ってくれれば問題はない。長期入院になるとしても、金に困ることはないだろう。二言三言医師と話してから、槙人は綾華を入院させることにした。

「。。。あれ?ちょっと待って下さい」

 それを終えてからもう一度座ろうとした槙人はふと医師を呼び止めた。

「はい?」
「あの・・・本当に何の病気もなかったんですか?」
「ええ、本当に・・・」
「・・・あの、あいつ、病気持ちの筈なんですけど・・・本当に、何もなかったんですか?」
「・・・ええ」

 槙人の視線が泳ぐ。
 一体、何がどうなっているのだろうか。

「心臓が弱いとも考えられますが、それだと、あれだけの脈拍数が出る筈ないですからね。
何もありませんでしたよ」

 暫くその場に立ち止まった後、それでは、と残して医師は去った。
 何も分からないことが分かっただけ。
 槙人は、魂が抜けたように、呆然と立ちつくしていた。


 プルルルルルルッ。カチャ。

『はい・・・』
「あ、親父、俺。槙人だけど」
『おお。槙人、元気か?』
「俺はな。・・・寝てたか?」
『いや。どうしたんだ?』
「・・・綾華が熱出して倒れた」
『熱?』
「四十三度」
『な・・・!そ、そんなにか?』
「ああ、それで訊きたいんだけど。・・・綾華の病気って何だ?」
『・・・』
「医者の先生が言うには、熱の原因は分からんとさ。それで、一切の病気は見つからなかったとよ」
『・・・そう。か』
「おかしいよな。だから綾華の病気について何か知ってたら教えてくれ」
『・・・ない』
「ない?」
『ああ・・・。私達も、綾華の病気については何も知らないんだ。ただ・・・。体が衰弱していくとだけ・・・』
「衰弱・・・原因は?」
『・・・分からない。日に日に弱っていくだけ・・・』
「・・・内臓も骨も脳神経も正常。普通の人となんか変わりなし。それで衰弱していくなんて馬鹿な話があるのか!?」
『・・・本当なんだ』
「・・・じゃあもうひとつ。今までに綾華がこれだけの高熱を出した事は?」
『ない』
「・・・分かった、それと、綾華は一応入院させたからな」
『ああ・・・』
「それじゃあ、義母さんにも伝えといてくれ」
『分かった。すまん・・・』


 綾華の入院から三日が経った。現状は芳しくなかった。それどころかますます奇妙さを増している。
 医師の説明では、脈拍数の増加のせいで体温が上がっていたとのことだが、今現在では脈は普段通りになっている。血圧に関しても正常である。だというのに、熱は下がっていないのだ。四十度を超えたまま。解熱剤も効果なし。余計原因が分からなくなっていた。
身体は頭から爪先まですべて異常なし。昏睡状態にはなっているが、それだけであった。
1週間経っても熱は一向に下がる気配はなかった。身体は相変わらず正常である。
 しかし、さらにおかしいのは、綾華がそれで生きていることである。普通、1週間も四十度の高熱に冒されていれば、脳がやられてしまう。だが、綾華の大脳は他の器官同様、その機能を失っていない。意識不明の昏睡状態なだけで、植物人間という訳ではないのだ。
 まるで、熱に何かが対抗しているようだった。
 1週間、綾華は眠ったままだった。目を覚ますことはなかった。
 槙人は、その綾華の傍に居続けた。昨日は、家にも帰っていない。

「早く起きろよ、綾華・・・」

 槙人は、綾華の額に手を置いた。灼けるような熱が、そこから伝わってくる。

「皆、心配しているんだぞ・・・」


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