雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第五話 病(その3)
綾華をベッドに寝かせた槙人は、解熱剤と体温計を持ってもう一度綾華の部屋に戻った。
「綾華、綾華」
「う・・・うぁ・・・」
綾華を起こそうとするが、苦しそうに喘ぐだけで、綾華は目も開けない。
それでも暫く呼びかけ続けていると、うっすらと目を開けた。
「お、に・・・ちゃん?」
「薬、飲めるか?」
だいぶふらついているが、綾華は起き上がった。槙人はその体を支えて、一応一回服用量の倍の解熱剤を与えてみた。
「ん・・・んっ・・・はぁ・・・ぅ・・・」
時間をかけて飲み終えると綾華はまた横になった。
「悪いけど、体温計らせてもらうぞ」
「ん・・・」
口に入れるタイプの体温計ではないため脇までわざわざ手を入れなければならなかった。
「・・・ひぁ!」
「うわ、悪い!」
手を抜く途中で、胸に直に触れてしまった。
随分と汗ばんでいる。全身から熱を放出しているのが分かった。
「朝出るときは何ともなかったよな」
「うん・・・急に・・・熱く、なって・・・」
やはり、ただの風邪などではない。今まで熱を出さなかったところが気になるが、これは綾香自身の病気なのだ。
「分かったじゃあ、もう寝てた方がいいな」
「待って・・・」
「ん?」
弱々しい声で、綾華は槙人を呼び止めた。
「何だ?」
「手・・・おでこに・・・」
「手?」
「うん・・・さっき・・・冷たくて、気持ち、よかった・・・」
「ばか。すぐにあったまっちまうよ」
「それでもいいから・・・今、だけ・・・」
苦しいだろうに、綾華は笑う。いつでも、どんな時でも笑いかけていたから。
たとえ自分が倒れても。
それが、いじらしかった。
「・・・今だけだぞ」
槙人は、そっと綾華の額に手を置いた。
(ひどい熱だ・・・)
何度あるのか分からない。焼けるような熱が槙人の手に伝わる。
「はぁ・・・はぁ・・・」
今も苦しそうだが、それでも綾華は安らかな表情を作った。
「・・・すぐ、濡れタオル持ってくるからな」
触れたところに汗が溜まる。槙人はそれを拭ってから。もう片方の手を置いた。
体温計から電子音が鳴った。
「どれ」
槙人はもう一度綾華の服にてを入れ、体温計を取り出した。
「な・・・!」
そして、そこに表示された数字を見え、言葉を失う。
「よ・・・」
四十三度。
「・・・って呆けてる場合じゃねえ!」
慌てて槙人は立ち上がった。
診たことのない温度にしばし思考が止まっていた。しかし、すぐに立ち直る。
ここは救急車を呼ぶべきだった。槙人は急いで階下に降り電話で救急車を要請した。そのついでに、濡れたタオルを持って綾華の部屋に戻る。
それを額において待っていると、やがてサイレンの音が聞こえてきた。春日署は屶瀬島から見て線路を越えない位置にあるから、あっという間に到着するのだ。
病院には槙人も同伴した。
検査の結果を待っていると、町田から再び電話がかかってきた。
「もしもし?」
『あ、姫崎さん?さっき、救急車が通ってったんですけど・・・』
「ああ、乗ってた」
『綾華はどうですか?』
「いや、まだ分からない。何か分かったらこっちが電話するよ」
『そうですか・・・』
「悪いな、心配かけて」
『いえ、そんな!私の方こそ・・・。綾華、本当に何ともなくって・・・急に倒れたと思ったら、すごい熱で・・・』
「わあ・・・さっき計ったら、四十三度だったんだ」
『よ、四十三・・・!?』
「ああ。さっきも行ったけど、結果が分かったら連絡するから。待っててくれ」
『はい・・・。あ、そうだ姫崎さん。荷物どうします?』
「荷物?ああ、そうだな。玄関先か庭に置いといてくれ」
『え?不用心ですよ?』
「大丈夫。盗られやしないよ。不審物でもないし」
『はあ・・・』
「それじゃ、また後で」
『あ、はい・・・』
通話を切る。
町田の声は湿っぽくなっていた。綾華の病気の重さと、それに何もできなかった自分がふがいなくて泣きそうになっていたのかもしれない。
だが、それだけ綾華のことを想っているという証拠だった。
(良い子だな・・・)
友達のことで真剣になれる。綾華は、ほんとうに良い友人を持っている。
(後で、綾華に教えとこう・・・)
そんなことを考えていたせいで、槙人医師がやってくるまで名前を呼ばれていたことに気づかなかった。
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