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雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第四話(その6)
「大丈夫だよ」
「・・・はい」

安心したように、町田はニッコリ笑う。
それを見て綾華は幸せなんだと、槙人は思った。
友情を大切にしてきたからこんなにも想ってもらえる。そんな友達がいる。
ずっと努力してきた結果がこれだ。
綾華は幸せに違いなかった。
だから、嫌える訳がない。
その、いつでも全力な少女を。
綾華が戻って来た。

「あ、姫崎さん。今のは綾華には内緒に・・・」

それを見て町田が慌てて槙人に耳打ちした。

「ああ、分かってる分かってる」
「二人で何話してんの?」

タオルで体を拭きながら綾華が尋ねる。

「え、あ、えーとね・・・」
「絶対切れないロープの話だ」
「は?」

町田がどもる隣で、槙人が冷静に答える。答えにはなっていないが。
無論その言葉の意味に、綾華が気づく筈もなく。

「・・・訳分かんないよ、お兄ちゃん」

としきりに首を傾げていた。


その日は夕方まで海にいた。

「今日はほんと遊び倒しちゃったねぇ」
「そうだな」

日が傾いたところでお開きとして、槙人と綾華は橋のところで他の皆と別れた。
夕日に染まる空と海の間を二人で歩く。

「体の方は大丈夫か?」
「うん。でも、早く寝た方が良いね」
「そうだな。今日はてんや物でも頼むか」
「うん」

食事を自分たちで作らなければならない場合、こういう時は面倒だった。

「・・・なあ、綾華」
「ん?」
「今日みたいに皆で騒ぐことって、よくあるのか?」

夕日を見ていた綾華はその言葉に少し考えた。

「んー、・・・お兄ちゃんが来る前はね、割とよくあったよ」
「そうか・・・」
「それがどうかしたの?」
「いや、別に・・・」

ならば。
ならば綾華は、今日のように疲れてしまうこともよくあったのだろう。
しかし、綾華の場合それでも食事は自分一人で何とかしなければならなかったのだ。
両親が二人共働いていて、遅くまで帰って来ない。
だから、家にはいつも自分だけ。
ドアを開けても、誰も「おかえり」と言ってくれない。当たり前の言葉を与えられない。親が再婚する前から、綾華はずっとそんな生活を続けていたのだ。
寂しいに決まっている。
今ならともかく子どもだった綾華には辛いものだっただろう。
だから、両親の海外転勤が決まった時、綾華が槙人を呼んだのは必然といえる。誰もいなくなってしまうのだから。
槙人は、以前の町田の言葉を思い出した。
槙人が戻ってきたことは、綾華にとって本当に嬉しいことだったと。
寂しかったから。誰かと一緒にいたかったから。
だから今こうして横にいる。
今まで溜め込んでいた色々な気持ちを全部ごちゃまぜにして、槙人にぶつけている。策略は、それが高じた結果なのかも知れなかった。
(それでも、あんまりやられたくないけどな)
ただ、それは何も槙人が嫌いだからしている訳ではない。
嫌われる者の気持ちは、誰よりも綾華がよく知っているから。
槙人は綾華をちらっと見た。綾華はまた夕日を見ている。もしかしたら、海の方を見ているのかも知れない。皆と一緒に騒いだ海を。
槙人と綾華は、島の手前で上着を着て、それから家に戻った。

「ただいまー」

綾華が鍵を開け、先に中に入る。

「お帰り」

その後ろで、槙人がそう言う。何となく、口に出た。
驚いた表情で綾華は振り返った。

「何か、変だよ」
「ん、そうか?」

だが、そういった綾華は、くすっと笑った。

「・・・ただいま」

そして、もう一度槙人に向けて言った。
そう。二人でいるのだから、これくらい言っておくべきだった。
一緒にいてやろう。槙人はそう思った。
今まで七年間いなかった分も。全部埋められるように、新しい絆を作れるように。
綾華の心を癒す。それが自分の務めだと思った。
しかし、それは同時に、決断の時でもある。
それが一緒にいられなかった罪滅ぼしなのか。それともそれ以上のものなのか。
槙人はまだそれに気づいていなかった。
そして。
それに気づく日はすぐにやって来たのだった。


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