雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第四話(その5) 水のかけ合いに始まり、ビーチバレー、遠泳と休むことなく遊び続けた。空腹になれば海の家でラーメン。そしてまた、海に。スイカ割りのようなお約束はなかったものの、全員が海を満喫していた。 槙人がビーチパラソルの下できゅうけいしていても、女の子達ははしゃいでいた。 「パワフルなもんだ」 唯一の男ということで散々引っ張り回されたために、槙人は疲れ切ってしまった。 「どうそ、姫崎さん」 そこに、缶ジュースを持って、町田が戻って来た。 「お、サンキュ」 ジュースを受け取り、小気味良い音で蓋を開けて一口飲む。 「本当に元気だな、皆」 もう一度口をつけてから槙人は、隣に座った町田に話しかけた。 「楽しいですからね」 「年の差かな。俺はもうヘトヘトだぞ」 「たった一つだけじゃないですか」 オヤジ臭いですねぇ、と町田は笑う。図星すぎて、思わず槙人は言葉に詰まった。 しかも、槙人は早生まれのため、年齢的には綾華と同い年だ。 単に体力がないだけのようだった。男としてふがいないことである。 「カッコ悪いな・・・」 缶をヘコませて、槙人は苦笑いをする。 「あはは。でも、仕方ないんじゃないですか?」 「うーん。そうかもしれないけど、やっぱりな・・・」 「・・・ところで、あの水着って、姫崎さんが選んだんですってね」 町田が、綾華を指さした。 「ああ。どうかな?実際は、かなり適当に選んだんだけど」 「良いと思いますよ」 町田は即答する。 「適当に選んだとしても、本人が気に入れば、自然と似合うものだと思いますよ」 「そうか?」 「ええ。普通の服にしても、組み合わせとかありますし。自分の方が服に合わせようとしますからね。水着だってそうですよ」 「・・・そうだな」 「綾華って、薄い色似合いますし」 「そう思うか?」 「はい。姫崎さんも?」 「ああ。だからあれにしたんだけど・・・」 「へぇ・・・」 町田はぐいっと缶を傾けた。何度か喉を鳴らしてから、大きく息をつく。 「綾華と姫崎さんて、仲良いですよね」 「ん・・・まあな」 実際には綾華が一方的に仕掛けてくるのだが、仲は悪くないだろう。 「でも、兄妹なんだからそんなんじゃないか?」 「そんなことないですよ」 町田はふるふると首を振る。 「ウチもまぁ、そうですけどね。でも、家の中で会っても口も聞かない兄弟って、割といるらしいですよ」 「え、そうなのか?」 「はい。私の友達とかそういうのいます」 「へぇ。兄弟って大抵仲良いもんだと思ってたけどな」 仮に悪いとしても、ドラマの中の世界くらいだと思っていた。ある程度権力を持った人間同士が憎み合う、三文小説にはお似合いの設定といえる。 「変かな?俺たちって」 「いえそんな。仲が悪いよりはずっと良いですよ」 「ん。そうだな」 「・・・だから、なるべくなら嫌わないでほしいんですよ、綾華のこと」 ペキ、と缶を鳴らす。独り言にも聞こえる、寂しげなセリフ。 町田は俯いて、小さく笑っていた。 「・・・そりゃ嫌うってことはないと思うけど・・・。何でそう思うんだ?」 「いや・・・綾華って。あれで結構寂しがり屋なもので」 今の表情を隠すように、町田はもう一度大きく缶を傾けた。だが、中身はほとんど残っていないようだった。 砂の上に、空の缶が置かれる。 「中等部からのつき合いですけどね。割と、分かったりするんですよ」 「ああ・・・」 「綾華、一時期、いじめられてたことがあって・・・。その時泣きはしなかったんですけど、すごい辛そうだったんですよ。誰でも普段はそう思わせないくらい全力で笑ってて。。・・・それが逆に痛々しかったんですけど」 「・・・・」 綾華にそんな過去があるとは知らなかった。いじめられたことなど話したくはないだろうが、綾華について、自分は知らないことが多いということに槙人は気づいた。 子どもの頃の二ヶ月。そして、今の約三ヶ月。それだけだ。 綾華の病気のことも知らなかったくらいだ。 「・・・それで?」 「え、ええ。だからあやかって誰かと仲良くなると、その人とずっとその関係を続けようとするんですよ。友情とかすごく大切にするんですよね」 「ああ・・・」 「多分、嫌われるのが恐ろしからだと思います」 一人は寂しいから。 一人でいるのは辛いから。 「そっか・・・」 「だから、姫崎さんも・・・」 「ああ。分かってる」 海のように透き通った絆がある。 嫌う訳がない。 普段は人を困らせようと企む人間であっても。 槙人が綾華を嫌う理由はなかった。 [*前へ][次へ#] |