雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編_第四話(その2) 振り向くまでもない。市川だ。立ち直ったらしい。 市川はズカズカと槙人の傍に歩み寄って来た。 「貴っ様ぁ!そんな楽しそうなイベントに何故俺を誘わん!?」 「何が」 「バカモン!夏といえば海!海といえばこの俺、市川!これは世界の常識だろうが!」 「お前の脳内常識なんか知るか」 「知っておけ!」 「そんな無茶ナ・・・」 困った顔でエレアが笑う。槙人は溜め息をついた。 「つまり、混ぜて欲しいのか?」 「その通りだ!」 「偉そうに言うな。えーとだな・・・」 しかし、そこで槙人はふとためらう。 市川は訳の分からない男だが、水着姿の女の子を見てハッスルしすぎるような輩ではないだろう。その辺りは安心しても良さそうだ。 しかし、それを除けば危険人物以外の何物でもない。おもしろがって、あらゆる嫌がらせを仕掛けてくるだろう。 そこで。槙人は一計を案じた。 「行き先は沖縄。八月の初っ端な。宿の方は俺がやっとくから、飛行機のチケットはお前やっとけよ」 「おお!任せとけ!」 「あと、現地集合な」 「イエッサ!」 (よしこれで徹いた) 槙人は心の中でガッツポーズをした。 槙人達がいなくても、水着天国だ。市川だったらすぐに頭を切り換えるだろう。 市川が来た時の事態を、槙人は瞬時に想像したのだ。 多分、綾華と何かする。 腹黒いという点で、二人は赤面している。それで二人で協力して、槙人に想像を絶する悪戯をする可能性があるのだ。 或いは対立するかもしれない。狐と狸の化かし合い、もしくはコブラ対マングース。そんな闘いが見られるかもしれないが、被害を受けるのは槙人に決まっている。 どちらにしろ、相乗効果でとんでもない事をやらかすのは目に見えていた。まさにカオスだ。 (許せ市川。沖縄で水着のオネーチャンと仲良くな) 槙人は一応、クラスメートの行く末を案じてやった。 「お兄ちゃーん!」 ホームルームが終わり、槙人が下校しようとすると、校門のところで綾華が手を振っていた。 「なんだ。待っていたのか?」 「うん」 槙人が転校してから一週間くらい、綾華はいつも帰りを待っていた。それ以降はしなくなったものの、何かしようとしている時には、意味深な笑みと共に待つこともあった。 それと同じかと思い、槙人は少し身構える。 が、すぐに行動に出ることはしなかったので、とりあえず一緒に帰ることにした。 「お兄ちゃん、成績どうだった?」 その途中、綾華が尋ねてきた。 「ああ、それな・・・」 槙人は、綾華が待っていた理由を理解した。海に行けるかどうか、それが訊きたかったのだろう。 (そんなに俺と行きたかったのかね・・・) 最近は槙人も、綾華と一緒にいるのは恥ずかしいとは思わなくなっている。 だが、綾華のように、いつも一緒にいようとも思わない。 綾華がそこまで自分に執着する理由は、いったい何なのだろう。 「・・・どうだったの?」 槙人が黙ったのを見て、不安になったらしい。綾華が顔を覗き込んできた。 思考が逸れていたようだ。槙人は頭を掻いた。 「実は、海に行くことなんだが・・・」 と、わざわざ勿体ぶって話す。 常日頃から綾華にはからかわれているので、たまには仕返しをしてやりたかった。 「・・・」 すこぶるわざとらしいが、それなりに曇った表現を見せる。 「・・・そう、なんだ」 その沈黙に、綾華は見事に騙された。悲しそうに俯いてしまう。 「・・・ちゃんと、一緒に行こうな」 「・・・え?」 綾華は顔を上げた。安心させるように、槙人は笑いかけた。 「赤点ゼロだ。なんとか、補修は免れたぜ」 「本当!?」 「ああ」 「そっかあ。良かったあ・・・」 ほーっと、綾華は深く息をついた。 [*前へ][次へ#] |