雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第三話 雪の中に(その4) 雨ならばその粒が地面に打ちつけられる音が聞こえることだろう。しかしふわふわと舞い降りる雪は音を立てない。ストーブの燃える音と紙の上を編が走る音以外は何も聞こえない日。槙人と綾華はこたつで向かい合って勉強していた。槙人は数学、綾華は英語である。 一応、大学受験のために買っておいた参考書も、今回の試験の範囲は終わりだった。答えを書き留め、解答を見る。 「・・・・・・よし!正解!」 そこで槙人はペンを置いて、大きく息をついた。 「終わった?」 顔を上げずに綾華が尋ねる。 「ああ、なかなか正解率は高いぞ」 体を反らしながら槙人は答えた。 「お前はどうだ?」 「もう少し・・・・・・うん、終わり」 テキストを置き、綾華は顔を上げた。 「お疲れさん」 「お兄ちゃんもね」 綾華と一緒に勉強するのを決めた翌日。 意外にも効果はあった。槙人はかなりの集中力を発揮できたのだ。 「やればできるもんだな」 「そだね」 「ちょっと休憩するか?」 「うん。外行く?」 「・・・そうだな、冷たい空気吸いに行くか」 「うんっ。行こう行こう」 煮詰まった頭に冷えた酸素。リフレッシュした効果は抜群だった。 ジャンパーを羽織って槙人は綾華を待った。程なくして、コートを着た綾華がやって来る。 「それ、するのか」 綾華の首には、例の長いマフラーが巻かれていた。 「もっちろん!一刻も早く使いたいからね」 ウキウキして綾華は答える。 槙人はドアを開け傘をさした。と、傘を持つ手と反対の腕を綾華がとり、そのまま抱きついてきた。 「こら」 「相合い傘。初雪の時はしてくれなかったし」 「あのなあ・・・まあ、いいか」 どうせ言っても聞かないだろう、と槙人は諦めた。それに気を良くしてか、綾華はますます密着してきた。 「歩きにくいぞ」 「あったかいでしょ?」 「冷たい空気吸いに来たんだが」 「いーからいーから、行こ」 綾華にぐいぐい引っ張られ仕方なく槙人は歩き出した。一度大きく深呼吸して空を見上げる。白い空から白い雪が無数に降ってくるのが分かる。 「しかしホント・・・なんで夏に雪が降るんだろうな」 それを見ながら、槙人はふと、素朴で単純な疑問を口にした。地球の法則上、決して起こるはずのない現象、夏雪。ほとんど生活の一部となっていたので忘れていたが、改めて考えてみると、不思議なことだった。 「さあね。まだ全然解明されてないよ」 「だろうなあ」 自然の法則に真っ向から対立しているのだ。バミューダトライアングルでさえ、メタンガスが原因ではないかと、ある程度の足がかりができはじめているというのに、この島にはそんなものさえない。どこをどう調べても、何も出てこないのだ。 「言い伝えならあるんだけどね」 「言い伝え?どんな」 槙人は、腕にしがみついたままの綾華を見下ろした。 「えーとね。海の神さまが雪女に恋をして、夏にも会いたいから雪を降らせる、と山の神さまに頼んだの」 「全然解んねーよ」 要約しすぎて理解不能だった。 「だからね・・・」 綾華は一から説明し直した。 [*前へ][次へ#] |