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東方十全歌 〜Lost World beyond the Border 第二話
「はあ……事件?」
「ええ」
 予想もしなかった展開に、妖夢は毒気を抜かれた。戦いに負けた罰が事件の解決というのは、一度も聞いたことのないものである。
「最近、うちで妙な事件が発生していてね。あなたにその原因究明と事件解決をやってほしいの」
「はあ……。でもあの、私にはそんな探偵みたいな真似は……」
「ああ、解決といっても全部できなくてもかまわないわ。何かしら捜査を進展させるだけでもいいから」
 ここじゃなんだし、と妖夢は紅魔館に招き入れられた。


 外も中も紅い様相。広く長く暗い、調度品とメイドの並んだ廊下を通り、妖夢はメイド長室に連れてこられた。中はあまり凝っておらず、機能性を重視したような印象を受ける。そこはかとなく女性らしい雰囲気ではあるのだが、どちらかというと自分の部屋に似ているような気がして妖夢は少し親近感を覚えた。
「紅茶、飲む?」
「あ、はい。いただきます」
 咲夜に勧められ椅子に座ると、妖夢は咲夜の声に応えた。とても先ほどまで戦闘をしていたようには見えない。それこそが、幻想郷の弾幕ごっこというものなのだが。
 咲夜からカップを受け取り、一口飲む。口の中を少し切っていたらしく、熱い紅茶がしみた。咲夜は自分の入れた分を小さな卓に置くと、妖夢の前にあるベッドに腰かけた。
「それで、どんな事件なんでしょうか?」
「大したことじゃないわ。いなくなったはずの人物が現れる、というだけよ」
「はあ」
 咲夜は事件の概要を妖夢に話した。
 今月の半ば頃に亡霊騒ぎがあった。紅魔館内のあるエリアで、突然人が現れ、数秒して消えたということらしい。それが立て続けに三件起き、メイドたちの間でも亡者が出ただのメイドの呪いだの色々と噂話が絶えない。
「危険は今のところなさそうだけど、私としてはそれで通常業務に支障が出てほしくないからね」
「なるほど」
「だから、原因と解決法を探してほしいの」
「……はい。分かりました」
 妖夢はこくりとうなずいた。本当に探偵のような内容だが、自分にできるのだろうか。空間を斬ることを目的としていたのに、こんなことをしていていいのだろうか。そもそも、白玉楼に帰らなくていいのだろうか。うなずきはしたものの、様々な思いが妖夢の頭の中で交錯していた。
「さっきも言ったけど、完全に解決する必要はないわ。限界だと思ったらそれでいいから」
「はい」
 しかし戦いに負けたのだから、やれと言われた以上はやるしかないだろう。自信はないが、妖夢は返事をした。
「しばらくはうちに住んでもらうわ。あいつには後で私から言っておく」
「はい」
「それと、事件の詳しいことは当事者に聞いてね。私は報告しか受けてないから」
「分かりました」
「じゃ、行きましょう」
 冷めた紅茶を片付け、咲夜は立ち上がった。
「え、どこに?」
「色々することがあるわ。メイド服仕立てなきゃならないし」
「ええ!?」
 さらりと言ったが、咲夜の言葉の中には不気味なフレーズが含まれていた。
「メイド服って……私が着るんですか?」
「他の誰にわざわざ着せる必要があるの?」
「こ、この服じゃ駄目なんですか?」
「別にかまわないけど、あとあと面倒よ。告知はするけど、あなたがいることが浸透するまでは侵入者に間違われ続けると思うわ」
「うっ……」
 正論だった。あまりにも正論過ぎた。
 妖夢にメイド服を着せようとするのは、決して趣味ではなく、後のいざこざを起こさないための措置なのだ。正確な数は知らないが、紅魔館のメイドは五百人はくだらないだろう。その全員が妖夢の顔と目的を把握するとは思えない。目立てば目立つほど異分子になるのだ。それが嫌なら、皆と同じ服に着替えろということだった。
 これもうなずくしかあるまい。妖夢は渋々承諾した。
 話が決まると、咲夜は扉へと向かった。妖夢は慌てて椅子から立ち上がって咲夜の後を追う。

 部屋を出て、廊下を歩いてゆく。ほどなくして、咲夜はメイド長室から割合近い場所にある扉の前で立ち止まった。扉をノックし、中に声をかける。
「メイド長よ。入るわ」
 妖夢が後ろからその扉を見ると、「第一雑務室」と書かれたプレートがあった。
 カチャリ、と扉が開かれ、内装が咲夜越しに露になる。
「メイド長、お疲れ様です!」
「お疲れ様でーす」
 咲夜と共に中に入ると、メイドたちの元気のよい挨拶が返ってきた。
 中は、綺麗に片付いている紅魔館にしては随分雑然としていた。大きな机がいくつかくっつけられ、その上や周りに紙だの布だのが散乱している。壁際にはメイド服がたくさんかかってており、その下には箱が塔のように積み上げられていた。
 一言、散らかっている。同じ紅魔館とは思えない様相だった。
「お、新入りですか? 可愛いですねー」
「銀髪よ銀髪。メイド長の妹さんですか?」
「いやぁー、似てなくない?」
 そして部屋の中を陣取っているメイドたちもまた、型破りだった。妖夢の知る紅魔館メイドは主に館外警備隊だが、自分勝手ながらもある程度の礼儀というものをわきまえている。紅魔館内のメイドたちも同様で、メイド長には敬意を払っている。
 だというのに、なんだか妙に馴れ馴れしい連中だった。ここは本当に紅魔館だろうか、と妖夢は一瞬眩暈がした。
「新入り、ってわけじゃないけどね。しばらくうちに住むわ。例の事件のことでね」
 わらわらと群がるメイドたちに、咲夜がそう説明する。
「ど、どうも。魂魄妖夢です」
 妖夢は反射的に頭を下げる。
 途端、メイドたちからおー、と歓声が上がった。
「ちょっと探偵よ探偵」
「そんな職業が幻想郷に存在していたのね」
「いやいや、副業じゃない? 刀背負ってる探偵なんて聞いたことないわよ」
 メイドたちは、思い思いに自分の感想を述べていた。それにいちいち耳を傾けていると疲れそうな気がした。とかく、きゃいきゃいと騒がしい。きっと、ここだけが特別にうるさいんだろうな。妖夢は何となくそう確信した。
「そういうわけだから、メイド服をあつらえてあげて。あと部屋と、他のメイドたちにこのことを告知すること」
「はい、かしこまりました」
 咲夜から指示が出されると、各々ふざけていたメイドたちは突然びしっと返事をした。こんな状況でも自分の仕事だけはきちんと実行する。このあたりは、やはり紅魔館メイドなのだろう。妖夢は少しだけ見直した。
「じゃ、あとは頼むわ。私はちょっとこの子の主人に話をつけてくるから」
「かしこまりました。いってらっしゃいませっ」
「いってらっしゃいませーっ」
 メイドたちの元気な返事にうなずくと、咲夜は妖夢に目配せして雑務室を出て行った。こんなところに自分一人を置いていってほしくないのだが、幽々子にこのことを告げられるのは咲夜しかいないだろう。
(帰れず申し訳ありません幽々子様……)
 ふてぶてしい連中に囲まれ、妖夢は心の中で主に謝った。

「それじゃあちゃっちゃとやっちゃうか」
「そうね。ほらあんたこっちに来て」
 咲夜が出て行ってすぐ、メイドたちは作業に取りかかった。十数人いるメイドたちが一斉に動き出す。妖夢はその中の一人に腕を引っ張られた。慌てて引っ張られる方向に歩いていく。その先では、メジャーを手にしたメイドが待っていた。
「じゃあ身長とサイズ計るわね。ほら脱いで脱いで」
「え!? い、いや自分で脱げますよ!」
「いやいや、脱がす楽しみくらいくれたっていいじゃないー」
「あー。ちっちゃいけどすらっとしてていいわねぇ」
「凹凸もないし分かりやすいわ。お姉さんこういう体大好きよ」
(セクハラだぁ……)
 数人の手ですっぽんすっぽん服を脱がされ、決して自慢できない自分の体躯をわざわざ口にされ、妖夢は泣きそうだった。本人たちに悪気はないのだろうが、やっていることは幽々子と何ら変わりない。むしろ幽々子が複数人居るような気がして余計たちが悪かった。観念した様子で、妖夢はうなだれる。
「はいはーい、さっさとスリーサイズ出しちゃってね」
「分かってるって。えーと、上からねー……」
「告知ポスター描くよー。紙持ってこい紙ー」
「掃除部隊が食堂入るまでもう時間ないわよ。すぐ仕上げないと」
「あーもう、こんなときにあいつどこ行ったのよ。いてほしいときにいないなんて」
「あ、第三に絵うまい子いるけど、拉致ってこようか?」
「いんや、いらね」
「部屋、部屋。あれ、見取り図どこやった?」
「一階のはここにあったよ。二階のは知らなーい」
「探せよ」
 作業はしているのだが、全員が全員何か喋りながらやっている。おかげでうるさいことこの上なかった。妖夢の方も身長からスリーサイズからありとあらゆる身体の数値を読み上げられ、セクハラ全開の行為を受けている。メイド服を仕立てると聞いていたが、まさか紅魔館に入ったメイドたちはみなこの洗礼を受けているのだろうか。だとしたら自分はこの時点でメイドになることを諦めるだろう。仕事が速いのは結構だが、もう少しこちらの気を遣ってほしかった。
「Aの6号でいいかな?」
「肩幅合わなくない? 7号の方がいいわよ」
「7号じゃ胸が余るわよ」
「んなもんつめればいいだけじゃない。すぐ終わるでしょ」
「下着どうするー? 一週間分でいい?」
「何日いるかわからないしね、一応それでいいんじゃない?」
「おー、速い速い。流石ねー。って、WANTEDはないっしょー」
「あいつの方が似顔絵うまいんだけどね。まあ仕方ないか」
「刀って持たせといてもいいのかな?」
「さあー。暗器持ってるやつたくさんいるし、いんじゃない?」
「部屋番はー? どこ空いてたっけ?」
「こないだ二階の18号室と19号室が空いたでしょ。そのどっちかに入れとけば?」
「そういえば現場って二階だっけ?」
「三階の西フロアよー」







 メイドたちの楽しそうな会話と作業を見ているうちに、妖夢のメイド服は出来上がったらしい。着てみると、サイズはぴったり、見事にメイド妖夢の誕生だった。あれだけふざけていたのに、仕事はきっちりしている。全ての作業は、身体が覚えているとでもいうのだろうか。
 着せられたメイド服の他、生活用具一式を与えられ、ついでに傷の手当もしてもらい、妖夢は自分にあてがわれた部屋に案内された。
「必要なことはその心得に全部書いてあるけど、何か分からないことがあったら周りの人に聞きなさいな」
「はい」
「で、夕食とるんだったら、そろそろ掃除部隊が上がってくるからね。早く食堂行かないと待たされるわよ」
「はあ。食堂ってどこにあるんです?」
「このフロアの一階よ。階段下りれば騒がしい部屋があるから、そこに行きなさい」
 部屋はかなり広めで、二段ベッドが三つ据え付けられていた。元来六人で使う共同部屋なのだが、そのせいでベッドの数の方がメイドを上回り、こうして空き部屋が出ているらしい。
「じゃ、私はこれで。そうそう、亡霊見たって子たちだけど、明日の昼食のときに聞きなさい。今日は疲れてるでしょ?」
「は、はあ……」
 実際、咲夜との戦闘でかなり消耗したことは確かだ。それでも平気といえば平気なのだが、突然の環境変化もあるから、いきなりあれこれ動き回る必要はないかもしれなかった。妖夢は素直にうなずいておく。
「メイド長にはそう伝えておくわ。明日の昼にこの部屋に全員集合させるようにって」
「はい。お願いします」
 ベッドの上に荷物を置き、妖夢はメイドに礼をした。メイドは頑張ってね、とひらひら手を振り、部屋を出て行った。ばたんと扉が閉まり、妖夢は一人になる。

 さてどうしようか。夕食があると言っていたから夕食をとろうか。そう考え、妖夢はまず「紅魔館メイド心得」を手に取った。紅魔館のメイドをする上でのルールや諸注意などが事細かに書かれた冊子である。紅魔館ですべきことは基本的に全てこの中に記されているわけだ。
 ページをめくってみる。まず最初に、「清く正しく美しく 全てはレミリアお嬢様のために 我ら誇り高き紅魔館メイド」と心得そのものが書いてあった。これが実行されているかどうかは、雑務部隊の態度を見ているとやや疑問が残る気がする。といっても仕事は確かだから、できているといえばそうなのかもしれない。
 その後、紅魔館の部隊のことやタイムテーブル、紅魔館で生きる上での注意や知恵などが書き連ねてあった。全部読むのには時間がかかるだろう。
 今日一日でたくさんのことがあった気がした。幽々子に謎かけをされ、咲夜と戦い、雑務部隊に弄繰り回された。身体は、確かに疲れているだろう。
 明日から、探偵業務が始まる。どんな事件なのか、自分に解決できるのか。
 そして、自分は空間を斬ることはできるのか。妖夢は物思いにふける。
 いずれにしろ、全ては明日からだ。とりあえず食事をとって身体を休めよう。妖夢は心得で食堂の位置を確認すると、部屋を出て行った。







 ――空間とは、決して斬れぬものよ。

 誰かがそう言った。







 翌日の昼。昼食をとった妖夢が部屋に戻ると、二人のメイドがベッドに腰掛けていた。
「あ……」
「あ、あなたが刀メイドさんね」
「は? かたなめいど?」
 妖夢を見て、片方が声をかけた。その内容が不必要に特徴的で、妖夢は眉をひそめる。
「ほら、掲示板に書いてあっただろ。刀を持ったメイドは探偵だ、って」
 もう一人が口を開いた。
 確かに、食堂の巨大掲示板に張り出された告知ポスターにはそう書いてあった。なぜか「WANTED!」と入れられた妖夢の似顔絵と共に、「刀を背負ったメイドは探偵です。見つけたら亡霊事件の情報を!」という文が載せられていたのだ。その文から楼観剣と白楼剣を所持していてもかまわないことが分かり、安心したことを覚えている。相手の正体は分からないが、場合によっては一戦交える可能性がある。迷い霊ならば冥界に送り返す必要もある。その点で、武器は必要だった。昨日も刀を持って少し館内をうろついた。それもあって刀メイドなどという呼び名が広まったのだろう。
「はあ。まあ、厳密には探偵ではないんですが」
 妖夢の本職は庭師であり護衛である。探偵という職務からはおよそかけ離れていた。が、そのあたりをあれこれ話したところで詮無いことだろう。妖夢は流行っているのか流行っていないのか分からないその刀メイドという呼び名にうなずいた。
「えっと、お二人が例の亡霊に遭遇したんですね?」
「うん」
「そう」
「三人と聞いてましたけど……」
「あたしらは掃除部隊だけど、もう一人は洗濯部隊って聞いたよ。時間がズレるのはしょうがないと思う」
 メイド心得によると、紅魔館メイドには五つの部隊がある。掃除、警備、料理、洗濯、雑務だ。
 掃除部隊は館内の掃除とお客様の「おもてなし」を担当、警備部隊はパトロールと館外の維持をし、料理部隊はメイドたちの食事を一手に担い、洗濯部隊はありとあらゆるものを洗って干して取り込み整え、雑務部隊は医療やメイド服製作などのこまごまとした仕事を引き受けているらしい。咲夜からの指示を、掲示板を通して他のメイドたちに伝えるのも雑務部隊だった。ただし、各々の業務がきちんとこなされているかどうかは甚だ怪しいものである。妖夢自身はどこにも属さないが、場合によっては掃除部隊に間違えられることもあるとのことだった。溶け込みすぎるのも考えものである。
「昼食食べたら来るように言われてますから、そのうち来るんじゃ……」
「失礼しますー」
「あ、来た」
 噂をすれば影。三人目のメイドが部屋の扉を開けて入ってきた。
「やば、結構待ちました?」
「そんなでも」
「ないな」
 三人目は少し慌てるが、実際妖夢も来たばかりなのでそれほど時間のずれはなかったのだろう。ともかく、事件に遭った三人はこうして妖夢の前に集まってくれた。
「ええと、じゃあ始めますね」
 三人を一つのベッドに座らせ、妖夢はその向かいに腰を下ろした。探偵というものがどう行動すればいいのかよく分からないが、とりあえず事件の内容を知らなければならない。妖夢は三人に事件の顛末を話してもらうことにした。
「私は亡霊事件ということしか聞いてないんですけど、実際はどんなことが起きてたんですか?」
 妖夢の問いを受けて、一番左に座ったメイドが軽く手を挙げた。
「えっと、最初に亡霊に遭ったのが私です。三階の西って何かあるわけでもないから、掃除したら誰も行かないんですよ。私は掃除が終わって、そこのチェックしてたんです」
「それで、そのときに?」
「はい。メイド長みたいに突然ぱっと現れて。……お恥ずかしい話ですが、腰が抜けました」
 たはは、とメイドは苦笑する。何もないところに突然人が現れて驚かない方がどうかしているだろう。
「驚いて尻餅ついて……。何かと思ってたら、消えたんです」
「消えるときも突然?」
「はい。徐々に消えるとかそういうんじゃなくて、本当にぱっと、何もかも消えたんです」
「ふぅん……」
 それを聞いて、妖夢は亡霊の可能性は低いのではないかと考えた。亡霊ならば出現する前兆があるのだ。確かに亡霊もぱっと現れるが、その前段階として霊魂が集まってくる。
「亡霊が現れる前に、何か気づいたことは?」
「……。いえ、特には」
 それに気づかないのであれば、亡霊の可能性は低い。買いかぶっているつもりはないが、紅魔館メイドの幻視力は高い。至近距離で霊魂が集まって気づかないはずはないだろう。
「ちょっとちょっと、待ちなよ」
 ところが妖夢がそう考えていると、真ん中に座っていたメイドが口を開いた。
「はい? どうかしましたか?」
「亡霊が現れる前だろ? 予兆ならあったじゃないか」
「え、あったんですか?」
 妖夢がきょとんとしていると、左のメイドが思い出したように慌てた。
「そ、そうでしたそうでした。何言ってんだろ私。何もなかったわけないじゃない」
「そうだよ。落ち着けって」
 どうやら緊張して失念していたようだ。落ち着けるように真ん中のメイドが左のメイドの頭をぽんぽんと軽く叩いた。左のメイドは恥ずかしそうにうつむく。
 妖夢は先を促すことにした。
「で、その予兆とは?」
「魔力が集中したんだよ、亡霊が現れる前に」
 その問いには、真ん中のメイドが答えた。
「魔力、ですか……」
「そう。何ていうかな、こう、ぶわっと魔力が湧いて出て、急にばっ! て亡霊が現れたんだ」
 メイドは両手で球体を現して説明する。擬音が抽象的で想像するには難があったが、雰囲気は一応妖夢に伝わった。要するに、どこからともなく魔力が集まり、人が現れたということである。魔力、妖気。言葉こそ違えど、その意味は同じだった。
「なるほど」
それならば、亡霊の性質と合致している。妖夢は納得した。
「亡霊が出現する瞬間は皆そうなんですよ」
 左のメイドが同意を見せた。
「それも、かなり強い魔力だったよな」
「強い? 強いんですか?」
「ああ。突風みたいな魔力発散させてさ」
「私たちの魔力よりは、強かったよね」
「多分な」
 強い魔力。つまり、力のある亡霊ということだ。
(…………?)
 唇に手を当て、妖夢は考え込んだ。
 力のある亡霊は、えてして意思も強い。生前と同じ姿形を保っているということからもそれは窺えた。そして顕界に降りる亡霊とは大抵何かしたいか何かしてほしくて行くものである。
 だから、ただ現れて消えるだけ、何もしないということはありえないのだ。
 力が弱ければ姿を保っていられず人魂に戻ったり不可視の状態になったりする。だがここにいる妖精よりも強い力を持っているのならそれはないはずだ。
 単に驚かせたがっているだけだろうか。それだったら目撃情報が三人というのはおかしい。ただでさえ噂や肝試しが相次ぎ、そのエリアが封鎖されるまで何度もメイドが来ているのだから。
 確かに、出現時の状況は亡霊のものだ。だが「それ」自体は、亡霊の行動理論から外れているような気がした。
「現れて消えるだけですか? 何かしてきませんでしたか?」
 とりあえず、質問を続けてみる。今度は右のメイドがそれに答えた。
「えっと、歌を歌ってました」
「歌?」
 妖夢が聞き返すと、メイドははい、とうなずいた。
「出てたのが数秒ですから、本当に歌なのかどうかは分からないんですけど」
「そうそう。普通の話し方とはリズムもイントネーションも違ってましたから、歌を歌ってたんじゃないかって」
「うん、皆聞いてる。あたしも驚いたから何を歌ってたのかまでは分からなかったけどね」
「なるほど……」
 歌を歌う。何もしていないわけではなかったようだ。
 だが余計にわけが分からなかった。妖夢が聞きたかったのは三人に何かしなかったかということである。力のある亡霊ならば生者を認識し、意思疎通を図ることも可能だ。
 ところが、件の亡霊ときたら生者などそっちのけで歌など歌っている。しかも歌なのかどうかも分からないほどの短い時間だけ歌い、すぐに消えるのだ。強い魔力を発し、人型を保ち、尚且つ物が言えるのだから弱いはずがない。
 ますますもって不可解な亡霊だった。
 亡霊ではない別の何かか、或いは亡霊なら相当の変わり者なのかもしれない。そう考えでもしないとこんがらがって仕方がなかった。
 出現時の特徴は亡霊のものだ。生者にそんな芸当はできない。それならば、亡霊と考えた方が分かりやすいだろう。その本当の正体は、おいおい調べていくべきだと妖夢は思った。
「じゃあ、その亡霊ってどんな風でした?」
 メイドの話を全てメモに取ると、ごちゃごちゃになった思考を一旦停止させ、妖夢は別の質問をすることにした。
 右のメイドが答える。
「ええと、数秒しかいなかったから細かいところは分からないですけど……そうですね、髪が長かったです。ブロンドで」
「ふむ」
「こちらに背を向けてたので、顔は見えなかったんですが……」
「その長いブロンドという人物に心当たりは?」
「え。うーん……」
「長い金髪なんていくらでもいるからね。あたしら十年くらいここにいるけど、そんなのたくさんいたよ」
「そうね。うちの部隊にも今二十人くらいはいますよ」
「掃除部隊はもっと多いわね」
 候補、無限大。亡霊はメイド服を着ているということだが、ちょっと見ればそんな髪を持ったメイドはいくらでもいる。外見から誰であるかを特定することはできないようだった。
「じゃあ、他に何か気づいた点は……」
「………………」
 三人は黙り込む。目撃情報はそれだけだろうか。
 今までの話を総合すると、亡霊は長いブロンドの髪を持っており、目撃者には背を向けているため顔は誰も見ていない。歌を歌っており、現れてから数秒で消える。そして、亡霊であるかどうかは疑わしいということだった。
 何かが分かるような情報はなかった。もっとも、これで分かっていたら咲夜も妖夢に依頼したりはしないのだろう。何かこれ以外の新しい情報がほしいところである。
 ここで詰まる以上、あとできるのは現場を見ることだろう。もしかしたら、亡霊が出現するかもしれなかった。
「とりあえず、それくらいでしょうか?」
「そうですね、すぐに思いつくのは」
「じゃあ、亡霊が出たという現場に案内してもらえます?」
「分かりました」







 三階西フロア。現場のエリアは現在封鎖されている。四人は立ち入り禁止の立て札の横を通り、亡霊が出たという場所に入った。
「ここです」
 そこは袋小路だった。話の通り、どこかに続いているわけでも何かがあるわけでもない。小さな窓が一つあるだけの、廊下の端だった。物置、というわけでもない。調度品も何も置いていなかった。
「ここ、この辺ですね。ここで突然亡霊が出たんです」
 メイドが自分の立つ位置をアピールする。しかし妖夢の視界にそれは映っていなかった。
 このエリアに足を踏み入れた時点で、妖夢はある違和感に捕らわれたからである。
「……ここ、妙な妖気が漂ってますね」
「へ?」
 メイドたちが素っ頓狂な声を上げる。妖夢は辺りをぐるりと見回した。
 先ほどまで何もなかったはずなのに、この袋小路に入った途端、漂う妖気が感じられたのだ。それも亡霊や普通の妖怪が出すような妖気とは違う。何か別の、術によるものに近かった。どういうことだろう、亡霊は強い力を持っているということだから、それが残留しているのだろうか。
「そうかな?」
「あたしらここの担当だからな、鈍ってるのかもしれない」
 掃除部隊の二人が互いの顔を見合う。
 確かに、何かの妖気が漂っている。それも、妖夢にも覚えのある妖気だった。
(何だろ。この感覚、知ってる……)
 エリア全体に立ち込める妖気。どこか、最近にも感じたもののような気がした。
 亡霊のものではない。亡霊の残留妖気であるとは考えにくかった。
 だが、どうも思い出せない。紅魔館にそうそう来ることはないから分かりそうなものだが、一体これが何だったのか思い出すことはできなかった。
 結局妖夢は諦め、メイドたちの話を改めて聞くことにした。なぜここにだけ妖気が立ち込めているのか尋ねてみたが、三人とも知らないという答えが返ってくるだけだった。十年働いているというベテランが知らないということは、この妖気はずっと昔からあったのだろうか。いずれにしろ、館内の一部にだけこんなことが起きているのはおかしい。部屋ならばともかく、続きの廊下なのだ。何か原因があるのだろう。
「……紅魔館だ」
「はい?」
 そこに事件を紐解く鍵があるのだろうか。妖夢がそんな風に思考を飛躍させていると、不意に後ろから声が上がった。振り向くと、今まで黙り込んでいた洗濯部隊のメイドが口を開いていた。
「思い出した。確か、紅魔館って言ってました」
「え……何が?」
「亡霊です。歌の歌詞だと思うんですけど、紅魔館って言ってました」
 どうやら、今までずっと亡霊が何を言っていたか考えていたようだ。いきなり話が飛んだため、妖夢は何のことを言っているのか理解するのに時間がかかった。
「紅魔館、ですか。その歌に心当たりは?」
「いやあ、ないですね。流行歌じゃないんでしょうね」
 紅魔館内では、たまに雑務部隊が歌をリリースしてメイドたちに流している。それは誰かの作詞作曲だったり、雑務部隊作だったりするが、それが流行ってメイドたちに口ずさまれることはまれである。大抵の場合、作った本人だけが歌うだけでそのままフェードアウトするそうだ。
 流行した歌の中に、紅魔館という単語が出てくるものはないということだった。
「流石にその歌を探すというのは……難しいですかね」
 歌を自作する人物は限られている。流行歌でないのなら、ある程度目星はつけられそうだが。
「でしょうね。雑務部隊なら何か残ってるかもしれませんが……」
「あそこはカオスだもんなあ。絶対四次元に繋がってるって」
「この間何かの化石が出てきたって言ってなかったっけ?」
「そうそう。誰か心当たりないかって。あるかっつーの」
 笑い声が響く。本当に、雑務部隊は紅魔館の中でも際立った存在らしかった。話によると、雑務部隊に配属されるのはセンスのよいメイドということである。が、ここでの「センスのよい」というのは、往々にして「変なヤツ」という意味なのだ。雑務部隊はメイドの中でも選りすぐりの変人共が配属、あるいは他の部隊から転属されて構成されているのである。
 逆に考えれば、他の部隊から奇天烈なメイドがいなくなるのだから、その方が秩序を保ちやすい。変なのがあちこちに散らばっているよりは、一ヶ所にまとめた方が全体的に効率がいいのかもしれなかった。
 ともあれ自分の予想は当たっていた。でも、別段嬉しくない。妖夢は苦笑いすることしかできなかった。
「ともかく、あと思い出せることはないでしょうか?」
「必死で何歌ってたか思い出そうとしてたので、もう頭が……ぷしゅーです」
 申し訳なさそうにはにかんで、メイドは頭をかいた。
「そ、そうですか」
「あたしらもここに妖気が漂ってるの気づかなかったからなあ。多分ないと思う」
 答えは出尽くしてしまったようである。
 今ひとつ決定打に欠けていた。ひとまず、今日のところはこれくらいにしておくべきだろうか。何か思いついたら、この三人に確認を取ればいいだろう。妖夢はそれぞれがどこを担当しているのかを聞き、何か思い出したりしたら連絡を取るよう取り付けておいた。
 妖夢自身覚えのある妖気。現れては消える、歌う亡霊。紅魔館という歌詞。
 まだまだ全容は見えてこない。もう一つ、パズルのピースがほしかった。


 メイドたちと別れ、妖夢は現場に立ち尽くす。
 この妖気は、確かにどこかで感じたものだ。それが思い出せれば、この事件も一歩前進するはず。しかし、まるで喉に栓でも詰められているかのようにそれが思い出せない。
 妖夢はもどかしさに唸った。
(本当に、どこだったんだろう……)
 袋小路の妖気は、何も答えなかった。

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