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雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第二話(その2)
「だーっ!!やめんか!寒い!」
「お祭りがあるんだから早く起きてよぉ!」
「祭り?」

綾華から布団を奪い、体に巻きつける。あっという間に槙人は布団達磨になってしまった。sただでさえかけ布団とパジャマは薄めなのだ。失うととても寒い。

「そ、初雪祭り」
「・・・へえ。そんなのがあるのか」
「うん。だから行こ」
「やなこった」

言うと、槙人は布団にくるまったまま横になった。

「ああんもう!お兄ちゃん!」

見かねた綾華が槙人を揺さぶる。

「眠いし寒いんだよ。お前一人で行ってくれ」
「そんなこと言わないでさー。楽しいよ?」

それに対し、槙人は寝たふりを試みた。わざとらしい寝息を立ててみる。

「・・・むー。別にいいけどぉ。その代わり、御飯はないよ?」

寝息が一瞬止まる。それを見逃す綾華ではなかった。

「寝てたきゃ寝ててもいいよ?でも私夕方近くまでいないからね?一食凌ぐくらいの食料はあるけどぉ、おいしさの格が違うと思うなあ。第一お兄ちゃんの料理って大しておいしくないしねー。外に行くにしても、それなら私と一緒にいるのとあんまり変わらないよね。それに・・・」

早口に綾華はまくしたてる。布団の中でも、その笑みは容易に想像がついた。確かに、一人暮らしの経験もあって槙人も多少の料理くらいはできる。だが、それほどうまくないのも事実だ。加えてここのところ綾華の作った食事しか食べていない。綾華の方がずっと槙人より料理はうまい。たかが半月くらいで舌が肥えるとは思えないが、あまり自分で作る気はしなかった。

「ねー行こうよー。ねぇ!」
「・・・ああもう。分かったよ!」

執拗な綾華の誘いに、とうとう槙人は観念した。溜め息をついて起き上がる。

「わうっ。だからお兄ちゃん好き」
「うるせえ。じゃあ着替えるから、部屋から出てってくれや」
「うん」

軽い足取りで綾華は部屋を出て行った。少し遅れて階段を降りる音も聞こえる。槙人は布団から抜け出した。

「冬服じゃないと駄目だな。コート・・・どこだっけ」

引っ越しをしてから開けてない段ボール箱はまだいくつかある。その中から服と書かれた物を選び、厚手のものを取り出していった。
十分後、身支度を整えて槙人は玄関へ向かった。綾華がそこで座って待っていた。

「遅いよお」
「お前が早いんだ。ほら行くぞ」
「うんっ」

不満そうな顔も、すぐに笑顔になる。一日の八割くらいは笑顔なのではないかと、どうでもいい事が頭をよぎった。
(仮にそうでも、そのまた八割は打算的なものだよな。きっと)
二人は外に出た。
白い雪。白い空。白い地面。そして、白い息。

「寒いねー」

はぁーっと綾華は息を吐いた。白い空気が雪に混じって、消えて行く。

「じゃ、行くか」
「うん」

門の所まではすでに往復した足跡が見られた。恐らく綾華が新聞を取りに行った時のものだろう。そこを避け新雪を踏みしめながら綾華は蛇行する。たちまちあたりは足跡だらけになってしまった。

「おいおい、子供じゃないんだから」

そう言ってから槙人は、自分も足跡を避けているのに気づいた。

「だって楽しいじゃない。誰も踏んでいないところを踏みしめるのって」

笑顔を絶やさぬまま綾華が返す。
槙人は、それもそうだなと思った。ふんわりと積もった純白の雪。何の穢れもないところに、自分が一番最初に足跡をつける。気持ちのいいものだ。子供の頃は競ってそんな事をしていたが、成長した今でもそれは変わらないらしい。槙人は苦笑した。そして、傘もささずに駆けずり回る綾華を、自分の傘に入れる。

「はしゃぐのは後にしろ。また滑って転んで雪まみれになって泣きたいのか?」
「あ。あはは、そうだね」

今更気づいたかのように綾華は笑った。そのまま槙人の腕に抱きつく。

「こら」
「相合い傘。いいでしょ?」
「駄目だ。自分の傘を使え」

この歳で妹と相合い傘など恥ずかしすぎる。しかも綾華の調子だと、カップルに見られてしまう可能性もあった。
綾華はしぶしぶ自分の傘をさした。

「まあさしたって、神社が混んでれば、閉じざるを得ないんだけどね」
「そうだな。あんまり意味ないかもな」

屶瀬神社は、島の中央を走る道路の終わりにある階段を昇った先に立つ。だが、姫崎家からそこまでは百メートルもない。傘の必要性はほとんどなかった、しかもすでに参拝客が目の前を歩いて行っている。とてもじゃないが、堂々と傘をさせる状況ではなかった。
仕方なく槙人と綾華は傘を閉じて門を出た。


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