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雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第一話(その6)
「今日、一緒に帰ろうね」

 昼食後に出てきた綾華の提案を槙人は速攻で断っていた。義理の兄妹という関係だが一緒に帰る義理まではなかった。
 用があって少し帰るのが遅くなるから、綾華も先に帰っていると踏んでいた。
 だが、それは甘い考えだった。
 靴を履き替えて昇降口を出た槙人は、校門のところで綾華が立っているのを見つけてしまったのだ。
 一瞬の判断で裏門に回ろうとした槙人だったが、綾華の察知能力はそれより遙かに上だった。

「遅いよ、お兄ちゃん!」
「うぐっ!」

 仮にも病弱な人間が繰り出したものとは思えない程のスピードで綾華は逃げる槙人を捕獲した。

「もう!ずっと待ってたんだよ!」
「ああ分かった、分かった。分かったからとりあえず放してくれ」

 襟巻きを思い切り引っ張られ、一瞬息が止まった。綾華はそこは放したが逃げるからダメと今度は槙人の腕を掴む。

「逃げたって、結局家で顔合わせるだろうが」
「一緒に帰ることに意義があるんじゃない」

 綾華が少しいじけた顔を見せる。
 二人はそのまま歩き出した。

「それで?お兄ちゃん何してたの?」
「原チャリ登校の許可貰ってたんだ。俺なら大丈夫って言ってただろ?」
「あ、そっか」

 槙人は、スクーターの免許をすでに持っている。一人暮らしの時はなかなかに重宝したものだ。しかし、屶瀬大橋を渡ってすぐの所にある渚海学院に通う槙人は、本来ならスクーターでの登校は許されない。実際一キロもないのだから必要ないのだが、いざという時の用心だ。
そこで利用したのが権力だ。学院の理事長と面識はなくとも関係はあるので、多少時間はかかったが、許可を貰う事ができた。権力バンザイである。

「んー。それなら仕方ないね」
「じゃあ、その手をさっさと放してくれ」

 綾華は、未だ槙人の手を放していなかった。それどころかしっかり絡めてきている。それなりに胸の感触は楽しめたが、恥ずかしいし、何より誤解を招きかねない。

「だーめ!逃げようとした罰だよ!」
「ちっ!」

 逃げ出したのは事実なので言い返せない。槙人は舌打ちした。

「じゃ、どうすれば許してくれたんだ?」
「うーん。そのうちスクーターに乗っけてよ」
「・・・いや、二人乗りはまずいだろ」

 げんなりし槙人は答える。このままでは、誤解がどんどん増えていってしまうだろう。しかし、綾華はそんな槙人の心配などお構いなしに笑いかける。

「学校に捕まっても私達なら全然平気だよ!」
「そういうこと言ってるんじゃない。・・・まあ、買い物くらいなら、時々乗せてやるよ」
「やった!ありがとう、お兄ちゃん」

 そう言って、本当に嬉しそうな笑顔を作る。
(これだけ見てりゃあ、かわいいんだけどな・・・)
 黙っていけばいい女、というのは割にいるのかもしれない。綾華の悪魔的な策略ぶりを見せつけられてきた槙人はついそんな失礼な事を考えてしまった。

「ところでお兄ちゃん」
「あん?」
「学校にはもう慣れた?」
「たった一日で慣れるかっ。まだこれからだよ」

 ただでさえ風変わりな人間が多いのだ。十時間もいないのに慣れる訳がない。

「そっか・・・そうだよねー」

 うんうんと横で綾華は頷く。

「やっぱり、私が傍にいないとね」

 目が離せないよ、と綾華は笑う。
 槙人は溜め息をついた。いくら何でも自分はそこまで危なっかしい人間ではない。

「・・・なあ綾華」
「ん?」
「何だってお前は、そんなに俺を構いたがるんだ?」
「ん・・・」

 普通の兄妹であれば、このくらいの歳ならこんなにくっつく事はないだろう。槙人と綾華のように、たとえその関係が義理であってもだ。まして二人が一緒にいたのは子供の頃のほんの数ヶ月。しかもこれほど甘えられるような事をした覚えはない。
(そもそも、あんまり覚えていないんだけどな・・・)
 だから、綾華が槙人と一緒にいたがる理由が分からなかった。
 その綾華は、少しの間きょとんとして小首をかしげていたが、すぐに微笑む。

「決まってるじゃない。お兄ちゃんが好きだから」

 何の迷いもなく、あっけらかんと答えた。そして、一層槙人に体をすり寄せてくる。

「あ、そ・・・」

 槙人は興味ないといった風に答える。
 内心は相当にうろたえていたのだが、何とか平静さを保つ事ができた。
 何しろ、綾華程の美少女に好きと言われた事などなかったからだ。血の繋がりがないという事で、ますます狼狽してしまう。
 それでも、表面上は取り繕った。
 兄妹、だから。

「・・・」


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