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雪夏塚〜セツゲツカ 姫崎綾華編 第一話 新しい始まり(その4)
「・・・で、彼が今日からうちに転校してきた姫崎槙人君だ」
「・・・よろしくお願いします」

 限りなく悪い愛想で、果てしなく不機嫌な声で、槙人は挨拶をした。
 恐らく第一印象は最悪だろう。しかし、それも気にならないくらい槙人は不愉快な気持ちでいっぱいだった。
 現姫崎家に引っ越しをさせられてから八日、未だに義妹というなの悪魔が許せない。自分もうかつだったとは分かっているのだが蜘蛛のように張られた綾華の罠にどうしても納得できないのだ。
 しかし、槙人に打つべき手はない。おとなしく今の家に住むしかなかった。
届いた荷物を整理し、ある程度落ち着いてから、槙人は新しい学校に通うことになった。
 綾華と同じ渚海学院である。
 最初その名前を聞いた時、槙人は驚いた。渚海学院は全国から受験生が集まってくる程有名で偏差値の高い私立校だ。綾華がそんなところに通っていたとは正直予想外だったのだ。
 しかし、槙人はそれを知って内心ほくそ笑んでいた。
 槙人が以前通っていた高校は、それほど学力は高くなく、槙人自身もその中では中程度の、極めて普通な生徒だった。
 故に、渚海学院に通おうと思っても、間違いなく編入試験で落とされる。そうなれば、綾華の計略の一つを阻止することになるのだ。
 あまり嬉しくない勝利だが、何もかも綾華の思い通りになるのは我慢がならなかった。
 だというのに。その筈だったのに。
 今、槙人は渚海学院二年C組の教室の席に座っている。
 勿論、試験は合格していない。
 それどころか受け手さえいないのだ。
 それなのに何故。理由は簡単だった。
 槙人が綾華の義兄だからである。
 渚海学院の現理事長は、天城武彦という綾華方の叔父が務めている。それだけでなく、元々この学院は綾華の曾祖父である、故天城重光によって創設されたのだ。よって天城に関係ある者は、かなり自由に介入できる。
 だから義理とはいえ、綾華の兄である槙人は、綾華のお願いもあり、あっさり顔パスしてしまったのだ。
 権力恐るべし。槙人の笑みは一瞬にして粉微塵になってしまった。
 担任教師の退屈な連絡を聞きながら、槙人は深く溜め息をついた。
 やがて担任が出て行くと、素早く教室中の人間が槙人の周りに集まってきた。どこから来たのかとか、今どこに住んでいるのかとか、転校生に対してありきたりな質問を浴びせかけてくる。
 急激に自分の周りの酸素が減った気がした。

「待ちたまえ、皆の衆!」

 人製の生垣の向こうから、ひときわ大きな声が聞こえた。いちいち質問に答えるのが面倒だと思っていた槙人はそちらの方を向く。
 十秒後、人ごみをかき分け、かなりくたびれた様子で、特にこれといった特徴のない男子生徒が姿を現した。

「大勢が一人に対し、一度に質問するのは迷惑だと思わんのか!こいつに聖徳太子以上の能力があるとは思えんよ!よって、君たちの質問は不肖この市川が代表しよう!」

 男子生徒は槙人の前に立つなり訳の分からない演説を始めた。しかも、なにげに失礼なことを言っている気がする。

「文句あるか?ないな?よし!」
「・・・誰だ、お前は」

 周囲からブーイングが飛び交っているにも拘わらず、その男子生徒は満足そうに槙人の方に体を向ける。そこでようやく槙人は口を開いた。名前を知らないのは勿論だったが、それ以上にその男の人間性が疑わしかった。

「人に名前を訊く時はまず、自分から名乗ることだな」
「さっき全員の前で自己紹介しただろう。お前の脳に海馬はあるのか」

 勝ち誇ったように言う男子生徒に対し、槙人は冷ややかな言葉をぶつける。

「ほう、なかなかやるな。気に入ったぞ」

 にやりと笑う男子生徒。こんなのに気に入られても嬉しくなかった。

「ならば名乗ろう!この世の矛盾を暴き出し!悪は絶対許さない!新世紀最初の救世主(メシア)様!輝くおハダに煌めくおめめ!その他はちょっと置いといて!窪んじゃいるけどえくぼが眩し・・・あ−、ちょっと待ってー!まだ全部言ってないからー!!」

 いちいちポーズを決めて長ったらしい装飾をしていた男は、うるさいと言われて後ろに流されてしまった。

「気にしないでー。市川クンはいつもあーなのよー」

 代わって、今度は槙人の背後から女子生徒が話しかけてくる。まだうっとおしいプロフィールを叫んでいる男は放っておいて、槙人はそちらを向いた。

「お?」

 ブロンドの髪を長く伸ばし、青い瞳で真っ直ぐ槙人を見つめている。そこに立っていたのが、間違いなく外国の少女だった。着慣れているのか、妙に制服が似合っている。

「アー。ワタシ、留学生よー」

 槙人の驚いた顔を見て察したのか、少女はにこやかに説明する。
流石、全国有数の有名校、渚海学院。留学生の受け入れもバッチリ行っているらしい。

「へぇ・・・の割に、日本語うまいな」

 椅子にもたれかかり、感心した声を上げる。

「モッチロンよー。勉強したからねー」

 フッフッフッ、と不敵に笑う西洋少女。と次の瞬間、何を思ったか、ビシッとポーズを決めてみせる。

「チリ生まれ−、インド育ちのドイツ人。その名はエレア・ツァークハラトー!!」

 言い切って、くるっと一回転してからまたポーズ。

「・・・」

 本人は決まったとばかりにいたく満足気だが、何が何だか分からない槙人はそのまま硬直してしまった。

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