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78-2 ELSENA 第四話 少女の真実(その2)
 ディーンははやる気持ちを抑え、次に進んだ。内容が多いのか、次のページはなかなか表示されなかった。
 日誌は、惑星コールにおいて、『ウラヌス』の遺跡が見つかった日から書いてあった。
ディーンは、心臓の高鳴りを感じながら、その膨大な記録を読み進めていった。
 星歴67年4月2日¨管理都市の建設のために改めて地質調査をしていると、区画予定地土中に金属の反応があった。振動パターンから、『ウラヌス』の合金だと推測する。我々は早速、その発掘及び探索を開始した。

 星歴67年4月8日¨『ウラヌス』の遺跡をほぼ発掘し終え、我々は内部を探索した。
いつもながらその技術力の高さには驚かされる。しかし、今回はそれだけではなかった。
我々を更に仰天させたものが、そこにあった。『ウラヌス』の遺跡が見つかって以来初の、人型機械生命の発見である。

 その後も色々書いてあったが、その機械生命の画像があるようなので、ディーンはそちらを先に見た。初めて見つかった人型機械生命。ゆっくりとその姿が映し出される。

「…………エルセナだ」

 肩にかかる綺麗な赤い髪。子供っぽい顔。小柄な身体が纏う、民族衣装のような服。
 画面の中にいる機械は、間違いなく今ディーンの家にいるエルセナだった。
 
「そっか……はは…………」

 ディーンは愕然とした。見てはならないものを見てしまった気がした。エルセナの名前は、あくまでエルセナが思いつきでつけたものだから、もしかしたら違うかもしれないと思っていたのだ。しかし、その考えは古い機械によって見事に打ち砕かれてしまった。
 それでもまだ見なければならないことが、知らなければならないことがあるような気がした。この先何があっても驚かないように覚悟して、ディーンはその先を読んでいった。

 星歴67年4月20日¨何百という試行錯誤を繰り返し、ついに我々は機械生命の発見の起動に成功した。目を覚ました少女が、何の違和感もなく人間らしく振る舞うことに、私は際限なく驚かされた。彼女が最初にしたことは、我々に笑顔を向けることだった。

 星歴67年4月23日¨全く信じられない。少女はわずか3日で我々の言葉を全て理解してしまった。会話もできるし、読み書きも可能だ。恐ろしいほどの知能指数である。

 星歴67年4月24日¨目覚めた機械の少女。その名は「エルセナ」というらしい。我々の言葉を覚えたエルセナは、周囲の人間と積極的にコミュニケーションをとっていた。
警戒心を持たず、無邪気に笑いかけるその姿は、本当に一人の女の子と言えよう。我々も彼女にはよくした。

 星歴67年4月28日¨エルセナと過ごす時間は幸せだったと言える。エルセナの作る雰囲気は和やかなものだった。しかし、それが終わる事は誰もが予測していたことだ。人型機械生命エルセナの体機能を詳細に研究せよとの命令が下されたのだ。

「研究……」

 ディーンは呟いた。タイトルにそうあるのだから当たり前だろうが、それにしてもこの命令を下した人物は、エルセナを見たことがあるのだろうか。この日誌をつけている人物も、エルセナを人間として見ている。興味が湧くのは仕方ないだろうが、それではエルセナの立場がない。本当に、機械生命を物としか見ていないのだ。
 ディーンは先を読み始めた。
 そこに書いてあったのは、あまりにも凄惨な日々だった。

 星歴67年5月1日¨新しく結成されたメンバーと共に、ついにエルセナの研究が始まった。この日を第1日目とする。スキャンを行い体内を調べ、同時にエルセナの細胞を少量採取した。

 星歴67年5月3日 3日目¨細胞の検査結果が出る。驚いたことに、それは全て高性能なナノマシンでできていた。無機物で構成されていながら有機物と同じ働きをする。更に調査が進められる。

 星歴67年5月8日 8日目¨膵臓の横にあった謎の器官を調べるため、開腹手術を行う。体内の見た目も、人間とあまり変わらないようだ。生殖機能まである。細胞採取後、閉腹。

 星歴67年5月20日 20日目¨血液の検査結果が出る。酸素を必要としているため、大量のヘモグロビンが発見された。代わりに、白血球は存在せず。病気になることはないのだろう。

 星歴67年5月29日 29日目¨メンバーの増員が決定。調べることが多すぎる。時間も足りなかった。肝臓を挟み込むようにして存在している器官の調査を開始。手術を行う。

 星歴67年6月18日 49日目¨第2膵臓が生命活動に最低限必要な器官ではないと判断。摘出手術を行い、徹底的に調べることにする。

 星歴67年6月30日 61日目¨手術拒否で暴れたエルセナが寝台から転落。右腕を骨折する。仕方なく、この日は手術を延期する。

 星歴67年7月7日 68日目¨第2、第3肝臓を摘出し、同時に調査の終わった第2膵臓を元に戻す。第2膵臓の働きは、体細胞であるナノマシンの分解、及び再構成であっ
た。

 星歴67年8月17日 108日目¨第2、第3肝臓を元に戻す。その働きは、代謝機能の一時的な促進だった。

 星歴67年9月1日 123日目¨人工心肺を用いて心臓、及び肺の摘出手術を行う。この日から、エルセナはしばらく植物状態になる。

 星歴67年9月22日 144日目¨心臓と肺を戻し、エルセナを蘇生させる。

 星歴67年10月4日 157日目¨エルセナに話しかける。意識はあるものの、返答は困難のようだ。会話中に吐血したため、中止。

 星歴67年12月10日 224日目¨内臓の調査がほぼ終了したため、この日から脳神経の調査に入る。

 星歴67年12月11日 225日目¨エルセナの脳は人間とは構造が全く違っている。左右大小の区別がなく、全て独立したナノマシンで形成されている。頭頂部の内1個を抽出し、有機ナノマシン用の特殊培養を行う。

 星歴67年12月16日 230日目¨倫理問題でトラブルが発生。やはりエルセナを研究することに反感を持つ者は多かったようだ。

 星歴67年12月20日 234日目¨メンバー構成の大幅な変更。作業に遅れが生じるが、その分研究は滞りなく進められた。

 星歴67年13月2日 246日目¨エルセナの脳の内、人間が持つ部分がどこにあるかがだいぶ分かってきた。同時に、いくつかの神経接続のパターンも見つかる。

 星歴67年14月13日 288日目¨エルセナの脳地図がほぼできあがる。また、培養した脳細胞の人工的な神経接続によって得られる効果を発見する。

星歴67年14月30日 305日目¨神経接続モデルをエルセナに試行。

 星歴67年15月4日 309日目¨全身をスキャンしたところ、右肺、第2肝臓、胃など計8カ所に正体不明の腫瘍状の細胞を発見。手術して4つを切除。

 星歴67年15月7日 312日目¨残り4つの摘出手術を始めるために麻酔をかけたところ、突如痙攣。手術中止。腫瘍は、劣化したナノマシンと判明。神経接続もしくは手術の連続による体力の低下が原因か。

 星歴67年15月21日326日目¨側頭部に2つある情報処理機能が飛躍的に活性化していることが判明。その後、腫瘍を切除する。

 星歴68年1月6日 342日目¨第2、第3の神経接続を施行。

 星歴68年1月15日 351日目¨代謝機能が著しく低下。第3肝臓が分解される。

 星歴68年1月19日 355日目¨栄養と透析の交換中、突如心臓停止。第4蘇生法
で蘇生。

 星歴68年2月1日 368日目¨肉体の劣化が激しい。腫瘍が再発。寝返りをうった
時に右大腿骨を骨折する。

 星歴68年2月3日 370日目¨情報処理、記憶の2機能が発達。代わりに、感覚機能が低下。この頃から、エルセナは完全に身動きできなくなる。

 星歴68年2月10日 377日目¨腫瘍切除術後、寝台に乗せようとエルセナを抱き上げると、首の骨が折れた。急遽手術して蘇生させる。

 星歴68年2月14日 381日目¨メンバー交代。神経接続手術の最中、左腕が体から外れた。その部分を調べると、ナノマシンが修復不可能な状態にまで壊れていた。

 星歴68年2月22日 389日目¨両目、大腸、第1膵臓、腎臓がまとめて分解。それが腫瘍を形成。その数55。

 星歴68年3月3日 400日目¨肉体の劣化が激しすぎるため、脳の研究に支障をきたす。そこで、脳と体を引き離す手術を行う。

 星歴68年3月5日 402日目¨引き離しに成功。脳は特殊培養ケースに、身体は特殊保存ケースに安置。

 星歴68年4月11日 439日目¨脳の機能が格段に進歩。機能だけならば、現在のスーパーコンピューターの数億倍になるだろう。

 星歴68年5月1日 459日目¨研究開始から1年。脳だけになってエルセナはそこにいる。我々は上層部から受けた新たな命令を実行しなければならない。それは、「エルセナの脳機能を有効活用すること」だった。

 星歴68年5月20日 478日目¨討議の結果、エルセナの脳はその能力から管理都市の中枢に使うことにした。まだ20パーセントもできていないので、それまで『エルセナ』は慎重に「保存」する。この日において、研究日誌を終了す。

 ……個人的な意見を言えば、エルセナは起こすべきではなかった。こんな事になるなら、あのまま寝かせてやるべきだったのだ。あれだけ純粋だった少女を「人間」的に殺してしまったことに、私は後悔の念を禁じ得ない。

 日誌はそこで終わっていた。
 
「………………………………そ……んな………………」

 読み終えてから、しばらくディーンは動けなかった。
 ショックが大きすぎた。その事実は、ディーンの予想など比較にならないくらい上回っていた。
 日誌の中には、エルセナの画像がいくつかあった。
 眠るエルセナ。笑うエルセナ。手術を受けるエルセナ。服の代わりになるくらい包帯を巻かれたエルセナ。その赤い包帯ごと、再び切られるエルセナ。感覚器官も役割を果たさず、何を考えているのか、考えているのかすら分からない、虚ろなエルセナ。ボロボロの身体で、手術台に寝かされるエルセナ。そして、脳だけになったエルセナ。
 エルセナが壊されてゆく過程が、くっきりと描かれていた。
 それは、立った一人の少女に対して行ったこととしては、あまりにもむごすぎるものだった。
 しかも、それはまだ終わっていない。
 
「エルセナが…………この都市の中枢?」

 日誌中には、エルセナはスーパーコンピューターの数億倍の能力を持つと書いてあった。100年経った今では、どこまで追いついたか分からないが、それでも『エルセナ』の水準の高さから考えると、その機能は相当なものなのだろう。
 しかし。だからといって。
 
「そんなことが……あっていいのか……?」

 ディーンは机に手をかけたままうなだれた。
 絶対に許されないことだ。いくらエルセナが機械といえど、それは「生命」に対する蹂躙だ。人として、やってはいけないことなのだ。
 しかし、ディーンがどれだけ怒ったところで何の意味もない。これはもう、120年も昔の話だ。関係者の大部分は死んでいるだろう。違法とはいえ、若返りの技術はあるものの、宇宙でもほんの一握りの人間しかできない。その上層部の人間が生きているのかどうかも分からない。全ては過去の事なのだ。
 ディーンは持ってきていたディスクに、その研究日誌を全てコピーした。そうして、まだ気分が落ちつかないまま、扉の方に向かった。
 まだすることは残っている。ディーンはポケットからカードキーを取り出し、鍵に通した。古くさい音を立てて、少しずつドアが開く。
 中は更に真っ暗だった。念のためライトを持ってきていたので、それを鞄から取り出して点ける。
 部屋は目の前がすぐ壁になっていて、左右に長く広がっていた。その目の前の壁は金属でできていた。ディーンは左右にも光を当ててみた。すると、右の奥に何か置いてあるのが目に入った。ゆっくりとそちらに歩いて行く。
 透明な何かのケース。ディーンは中を覗いて、瞬間的に叫んだ。
 
「……エルセナ!?」

 顔も含め、体中に黒く変色した包帯を巻かれてよく分からないが、それは間違いなくエルセナだった。左腕はなく、残った右腕も身体から外れていた。頬や脚など、わずかに露出した部分も傷だらけだった。
 エルセナが過去にどれだけの苦痛を強いられてきたかは、その姿が強く物語っていた。
 
「こんな………………」

 これをどうしようか迷ったが、結局ディーンは放っておくことにした。持ち帰る訳にはいかないし、ケースを外せば、身体がバラバラになる恐れがあった。

「それにしても、これがあるってことは……」

 ディーンは再び壁に光を向けた。まっさらな金属盤。どの管理都市にも共通してある物だ。

「ここが、『エルセナ』の中枢、か……」

 この盤の向こうにエルセナの脳がある。巨大都市故に、その中枢も巨大なものになってしまったのだろう。
 ディーンは俯いた。
 エルセナと『エルセナ』に秘められた「真実」。それは過酷で、自分一人では受け入れることができない程、巨大な苦しみだった。本当に、知ってはならないことだったのだ。
 ディーンは部屋を出ることにした。もうここにいても何の意味もなかった。ここで手に入れられる情報を全て引き出してしまった以上、長居は無用だ。いつの間にか3時間も経ってしまっている。
 自分にできることは何一つない。それだけを痛感して、ディーンはエレベーターに乗って、その扉を閉めた。
 
(第5話に続く)


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