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78-1 ELSENA 第四話 少女の真実(その1)
「ほらこれだ。作ってきたぞ」

 2日後の昼休み。サネージャからのメール通り中庭で待っていたディーンの元に、そのサネージャがやってきた。持っていた偽造カードキーを渡す。

「ありがとう、サネージャ」

 ディーンはそれを受け取ると礼を言った。

「じゃあ早速聞かせてもらおうか。お前が見た物をな」

 勢いよく腰を下ろしながらサネージャは言う。

「ISB=163タイプのロックなんて……何でそんな100年以上昔のカードキーが必要なんだ?何かの間違いかと思ったぞ」
「はは。だろうね」

 ディーンは失笑した。それから、2日前の出来事を話す。
 隠されたボタン。隠された小部屋。古い型のコンピューター。パスワード。もう一つの部屋に通じる、鍵付きの扉。洗いざらい話した。

「……で、これはその鍵を解除するために作ってもらったんだ」

 貰った鍵を見せて、ディーンは結んだ。

「この事について、何か知ってることはないか?サネージャ」

 サネージャは口に手を当てて考え込んでいる。目が泳いでいるところを見ると、相当動揺しているようだ。

「……サネージャ?」
「……あのな、ディーン」

 しばらく躊躇った後、サネージャは口を切った。

「初めに聞くぞ。お前それどうするつもりなんだ?」
「どうって……とりあえずはもう一つの部屋に入ってみようかと」
「そうか……」
「……?何か心当たりでもあるのか?」
「いんや。無いから訊いてるんだ」

 サネージャは一度溜め息をついた。

「『エルセナ』の地下にそんな所があるなんて、全く聞いたこともなかったさ」
「『アバーヴ』でも?」
「ああ。けどそいつが『エルセナ』にとって重要な所であるとすれば、話は分かる」
「だろうね。滅多なことじゃ他人に漏らさないな。けど、その割にはほとんど使われてないみたいなんだ」

 サネージャは再び口に手を当てた後、ボリボリと頭を掻いた。

「そこが分かんないんだよな。一体何のための部屋なのか」
「まあ、それは見てから考えることだろうね」
「そうだな。ところでディーン。お前、『どこにもないパスワード』って知ってるか?」
「どこにもないパスワード?」

 突然振られた話題に、ディーンは困惑する。

「『エルセナ』内にある全てのコンピューターの個人情報が、センターで管理されてるのは知ってるだろ?」
「ああ」

 『エルセナ』の住人は皆コンピューターの所有が義務づけられており、それぞれにそれぞれの情報がインプットされている。管理センターはそれを一手に把握することで、犯罪を未然に防いだりしている。「管理都市」の名前の由来がここにある。プライバシーも何もあったものではないが、最重要機密であるために、センター最上階の特別なコンピューターでしか扱えないし、『アバーヴ』より下の者はこの事を知らない。ディーンは以前サ
ネージャに教えてもらっていたのだ。

「全部のコンピューターのパスワードを持ってるから、どこでも侵入可能なんだろ?」
「ああ。センターの物も含めて全て、な。けどな、その中にたった一つだけ入れないパスワードがあるんだ」
「……逆じゃないか?入れないコンピューターだろ?」
「違う。パスワードは存在する。だがそいつを入力しても、どこにもつながらないんだ」

 ディーンは首を傾げた。どうにもよく分からない。パスワードがあっても入れないというのは、そのコンピューターが存在しないということではないだろうか。
 サネージャによると、『エルセナ』内のコンピューターは全てネットワークでつながっており、パスワードさえ正しければどこでも侵入できる。しかし、そのパスワードを入力しても、侵入できないどころか、つながりもしないというのだ。また、パスワードはコンピューターの抹消と同時に消去されるので、パスワードがあるということは、それに対応するコンピューターも確かに存在するはずなのだ。

「……けど見つからない。こいつは『アバーヴ』でも一部の人間しか知らん事だ」
「それで『どこにもないパスワード』ね……でも、それとこれとどう関係があるんだ?」
「ああ、実はな、そのカードキーのパスワード解明したら、とんでもない字が出てきてな」
「……何?」
「E、L、S、E、N、A」
「……エルセナ?」

 都市の名前か人の名前か。カードキーにも特有のパスワードがあるが、それがエルセナだという。

「で、だ。その『どこにもないパスワード』なんだがな……C、O、R、E、/、E、L、S、E、N、A、だそうだ」
「……コア、エルセナ」

 咄嗟に考えようとしたディーンに、サネージャはたたみかける。

「どこにもつながってないってことは、ネット接続してないってことだ。よほど重要な秘密でもあるのかもしれないな」
「……まさか!」

 二人はそれ以上何も言わなかった。お互い視線だけでやりとりする。
 しばらくの沈黙の後、サネージャが立ち上がった。

「まあ何にせよ、どうするかはお前の勝手だ。いつ行くんだ?」
「……今からだよ。早退することにして地下に行く。人が少ないからね」
「そうか。じゃあ私は仕事に戻る。ちゃんと教えろよ」

 サネージャは手を振って歩き出した。ディーンは、深く詮索しないサネージャに感謝した。

「ああ。ありがとう、サネージャ」

 しかし、気持ちは上すべりしていくだけで、ディーンの頭の中は考え事でいっぱいだった。
 地下の部屋の事。パスワードの事。
 もしもサネージャの示唆した通りのことならば、ディーンは誰も知らなさそうな『エルセナ』の秘密を知ることになる。
 ディーンも立ち上がった。どうなるにしても、すぐ分かることだ。意を決して、ディーンは中に戻って行った。

 昼休みが終わってもエレベーターを利用する人間は意外に多く、ディーンはその隅で壁をコツコツ叩いていた。
 ディーンは計画通り体調不良ということで早退し、エレベーター内で機会をうかがっていた。しかしそこは中央エレベーター。人の行き来がなくなることはほとんどない。自分一人になることはないのではないか、とディーンはだんだん不安になってきた。
 だがその時、わずかな一瞬、エレベーター内の人間が全員外に出た。そして、誰も入って来ない。
 ディーンは誰かがすべり込みで入って来ないように、急いで扉を閉めた。そして盤を上に上げ、現れたボタンを押す。
 エレベータは降り始めた。どうもこのボタンには優先順位があるらしく、これを押すと他の呼び出しは一切受けつけなくなる。そのためディーンは、誰に見られることもなく地下の小部屋へ行くことができた。
 気圧と奮闘した後、その小部屋に立つ。そこは以前と変わりなく、小さなコンピューターが淡い光を発していた。
 そのコンピューターを先にするか、それとも扉を先にするかでディーンは迷った。
 3秒ほど考えて、コンピューターを先にした。扉の方も気になるが、それ以上に『どこにもないパスワード』を試したかった。ディーンは机に手をかけた。

「さて、と……」

 ディーンは埃まみれのコンピューターのスクリーンセーバーを解除し、サネージャに聞いたパスワードを入力した。
 C、O、R、E、/、E、L、S、E、N、A
 カタカタと一つずつキーを押す。そして最後にエンターキー。

「……通った!?」

 予想通りだったか予想外だったか自分でも分からない。しかし、カタンという音と共にパスワードを入力されたコンピューターは、新しい画面をディーンに見せていた。
新たに現れた文字を、ディーンはゆっくりと読んでいく。

 『ウラヌス』による人型機械生命『エルセナ』の研究日誌


「……『ウラヌス』だって!?」

 題字を読んだところで、ディーンは驚いて叫んだ。その風圧で埃が舞う。
 『ウラヌス』。それは、人類が太古の昔から「いる」と信じ続けていた「宇宙人」の呼び名である。
 西暦4304年に、人類は本格的に太陽系外の他惑星へと移住するようになっていた。
もはや火星だけでは多すぎる人口を収めきれなかったので、かねてより計画されていた、太陽系の脱出を実行した。そうして様々な惑星へと移っていったのだ。
 その過程の中、6番目に移住が始まった惑星エメキシスにて、ある知的生命体による遺跡が発見されたのだ。
 特殊な合金によって作られた小規模な建物の集落だったが、そこから判明した事実は、宇宙を震撼させた。
 彼らは、数億年も昔から存在し、人類が今でも到達していない高い技術力によってあちこちの惑星に居住していた。後から後から、面白いように彼らの遺跡が発見されたのだ。
 しかし、遺跡は多く見つかるものの、彼ら自身には全く会えなかった。どこかもっと遠い星に行ってしまったのか、それともそれだけの技術を持っていながら、滅びてしまった
のか。いずれにせよ、そのテクノロジーは人間のそれをはるかに上回っていた。
 「ヒト」を超えた宇宙(てん)の存在。それ故、彼らは『ウラヌス』と名付けられた。

「しかも……人型の機械生命……それで、エルセナって……」

 機械生命とは、文字通り機械でできた、いわゆる「ロボット」なのだが、現在人間が作り出せるものよりもずっと性能が良く、見た目も動きもほとんど生物と変わらないナチュラルさを持つ、まさしく疑似生命なのである。『ウラヌス』の高い技術力の一つである。
今まで見つかった遺跡のほとんどから、獣型の機械生命が発掘されていた。しかし、人型のものだけは見つかっていなかったのだ。宇宙開拓が始まって以来の大発見である。
 だが、その後にある固有名詞が問題だった。

「エルセナが……『ウラヌス』の作り出した、機械生命……?」

 ディーンは唾を飲み込んだ。自分で言ったその言葉に寒気がする。
 到底考えられないことだった。エルセナが機械であるなどと。
 エルセナは人間的すぎる。いくら『ウラヌス』でも、人間そのものにしか見えない機械を作れるわけがない、とディーンは思っていた。だからこそ一体しか見つかっていないのだろうが、それがあのエルセナだとは、どうしても信じられない。
 しかし、もしもエルセナが『ウラヌス』の産物ならば、エルセナの身体の構造は理解できる。
 エルセナが人間でないというのは、本当のことだったのだ。医師の言ったような、脳の構造がマイクロチップの集合体というのは、言い得て妙だった。それだけの情報量なら、擬似的な人間を作り出せるかもしれなかった。
 だが、それでも分からない部分はいくつもある。それはどうやら、その日誌を読むしかなさそうだった。
 
(続く)


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