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77-1 ELSENA 第三話 予感(その1)
「一体どういう事なんですか!ユーリオさん!」
「いや、ですから僕に言われましても……」

 『エルセナ』の第4地区中央病院の一室にて。ディーンは医師に詰問されていた。
 ディーンとエルセナは休暇の半分を『リゾートパーク』で過ごし、その後家に戻ってきた。その翌日に、ディーンは予定通りエルセナを病院に連れて行き、検査を受けさせたのだが、その結果が誰も予想だにしなかったものだったために、こうした困った状況になってしまっている。
 眼鏡をかけた若い医師が、興奮した面持ちで検査室で寝ているエルセナを見る。そして今一度手に持っている検査結果を見た。

「いいですか、ユーリオさん」

 医師は顔を上げ、睨むようにしてディーンを見た。

「もう一度だけ言いますよ。あの子は人間じゃありません!」

 その言葉はもう7回聞いている。ディーンははあ、とだけ答えておいた。
 初めて聞いた時にはディーンも驚いた。記憶喪失なのだから、まともな結果は出ないと思っていたが、まさかエルセナ自体を否定するような言葉が出るとは思っていなかったのだ。

「第一に細胞の構造が違います。人間どころか生物なのかすらも怪しいですよ」
「はあ」

 既に聞いた説明を、医師はまた繰り返し始めた。

「皮膚や筋繊維の組織もまるで違うし、内臓の形や機能は大体同じですが、人間にはない臓器もあります。血管はあるものの、中の成分はでたらめです」
「はあ」
「それに、何と言ってもこれです!」

 そう言って医師が見せたのは、脳の構造を写した像の写真だった。

「こんな脳は見たことありませんよ!右脳と左脳が分かれていないなんて!」

 ディーンは頭を掻きながら写真を見た。確かにそれは左右に分かれておらず、一つの饅頭みたいな形をしていた。

「ユーリオさん。本当に何もご存じないんですか?」

 ディーンから写真を受け取ると、医師は尋ねた。
 
「全然知りません。なにしろついこの間会ったばかりですから」
「そうですか……それにしても、とんでもないことですよ。どう考えても人間以外の知的生命体です、あの子は。DNAなんかを調べれば、もっとすごいことになるかもしれません」
「はあ」

 簡単な検査だけなので、詳しくはやっていないらしい。調べてくれてもいいのだが、本題の方が先だった。

「それで、頭痛や記憶喪失の原因は分かったんですか?」

 腕組みをして考え込んでいる医師に、ディーンは尋ねた。医師はしばらく黙っていたが、ゆっくりと首を振った。

「申し訳ありませんが、さっぱり分かりませんでした。なにしろ脳の構造が違うんです。どこが何なのかすらも……」
「記憶を司るのは、人間では海馬ですよね」
「ええ。しかしあの子の場合、右脳と左脳の区別どころか、大脳と小脳の区別さえありません。海馬がどこにあるのか分からないし、無いとすればなおさら、どこで記憶しているのか……」

 溜め息混じりに医師は説明する。根本的なところでどうしようもないことに困惑しているようだ。

「そうですか。じゃあ、頭痛の方は?」

 その質問には、医師は肩をすくめることで答えた。

「そっちも、ね……ただ調べてみたところ、人間でいえば頭頂葉と側頭葉の境目あたり、左右両側に、随分消耗した脳細胞群があるんです」
「それは……どういうことですか?」
「……はっきり言いますが、分かりません。あくまで想像ですが、あの子の場合、人間のように脳細胞がいくつか集まって情報を処理するのではなく、一つ一つの細胞がそれぞれ情報処理を行っています。そうですね……マイクロチップをいくつも集めたもの、とでも言えばいいのかな。その中の一部が過熱気味なんです。恐らく、その部分を使いすぎるせいで、そんな頭痛が起きるのでしょう」

「はあ、そうですか……」

 分かったような分からないような、ディーンは曖昧に答えた。

「何にしてもはっきりしたことは分かりません。まあ、市販の薬で平気なら、とりあえずそれで様子を見ましょう。薬は出しておきます。それと、定期的に検診を受けに来てください」
「分かりました。ありがとうございます」

 医師に礼を言うと、ディーンは検査室に入った。そして、台に横たわっているエルセナを起こす。

「エルセナ。行くよ」
「あ……うん」

 エルセナはゆっくり起き上がると、ディーンの後についてきた。

「ねえ、どうだったの?」

 薬と会計を待って座ると、エルセナがディーンに尋ねた。

「うーん。結局よく分からなかったよ。現状維持ってところかな」

 ディーンは、検査結果をエルセナには言わないことにした。いきなり「人間じゃない」と言われれば、誰だってショックだろう。黙っておいた方がよいと判断した。
(それにしても、エルセナが人間じゃないとはね)
 ディーンは、横で座っている少女をちらっと見た。
 外見上は、どう見ても普通の女の子だ。振る舞い方も人間そのものだ。あんな言葉は全く信用できない。第一、人間以外の知的生命体であったとしても、どうして『エルセナ』内にいるのか。服装に関しては、説明がつきそうだが。
 そんなことを考えていると、ディーンは不意に袖を引っ張られた。振り向くと、不安げな表情のエルセナが寄り添ってきた。

「どうしたの?エルセナ」
「…………怖い」

 エルセナは、消え入りそうな声で一言呟いた。

「怖い?どうして?」
「…………分かんない」

 エルセナは今にも泣きそうな顔で、キョロキョロと辺りを見回した。
(そういえば来た時も元気がなかったけど……何か病院に嫌な思い出でもあるのかな)
 その時、エルセナの動きが止まった。目の前を通り過ぎて行く物に、顔だけがついていく。その目線の先にある物は、看護婦が押して行く小さなワゴンだった。注射器やら、麻酔用のボンベやらが置いてある。
 それは、ディーンには何でもなかったが、エルセナにはあまりにも怖いものだったらしい。
 突然、エルセナがガタガタと震えだしたのだ。

「あ…………や……やあ。いや、いやあ!」
「エルセナ!?」

 エルセナはディーンの服の袖から手を放すと、その場にかがみ込んだ。

「やだやだやだやだ!やめて、やめてえ!!」
「エルセナ!落ちついて!」

 周りにいた人も、ワゴンを押していた看護婦も、驚いて二人を見る。ディーンは、泣き叫ぶエルセナを抱きしめた。視線が痛いが、この際気にしてはいられない。

「やーーーーーーーー!!」
「エルセナ!大丈夫、大丈夫だから!落ちついて、ほら」

 暴れるエルセナを押さえ、その目を見つめる。エルセナは混乱していて目の焦点が合っていなかった。しかししばらくすると、その目はディーンを認めた。途端、顔をくしゃくしゃにしてディーンに抱きついてくる。ディーンは、自分の服の腹の部分がわずかに濡れたことに気付いた。


 
(続く)


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