75-1 ELSENA プロローグ&第一話 不思議な同居人(その1)
時は未来。太陽系を脱出した人類は、他恒星を回る惑星へと移住して行っていた。その一つ、惑星コールの管理都市『エルセナ』で、初のブラックアウトが発生する。その直後、ディーン・ユーリオは記憶喪失の少女エルセナと出会う。
ディーンの家に住むことになった元気いっぱいのエルセナは、しかし原因不明の頭痛を持っていた。さらに、病院で検査を受けさせたところ、人間ではないという言葉が。
日に日に弱っていくエルセナと暮らすディーンはある日、管理センターの地下で不思議な小部屋を見つける。100年程昔に作られた小部屋。そして、そこに残されていたエルセナと『エルセナ』の真実。
全ての謎を解明したディーンは、エルセナの運命を決断することになる。
そして『エルセナ』に再びブラックアウトが発生する。
プロローグ
セロ星歴215年18月22日
岩石性新惑星に到着。当時の発見者の名をとり、「コール惑星」と名づける。この日をコール星歴1年1月1日とする。
コール星歴6年8月2日
地球化(テラ・フォーミング)の開始。
星歴38年11月16日
地球化による居住地域の完成。居住者は約300人。
星歴66年3月27日
人口は28万人に拡大。管理都市の建設に着手。
星歴67年4月8日
遺跡が『ウラヌス』のものであることが判明。中から、初の人間型機械生命を発見する。
星歴67年4月20日
人型機械生命の起動に成功。
第一話 不思議な同居人
星歴85年9月21日
管理都市『エルセナ』完成。人口115万4956人。
その日、『エルセナ』で創設以来初のブラックアウトが発生した。
「地球」という星の「西暦」が4000を超える頃、人間はついに太陽系を脱出した。既にいくつか見つかっていた、他恒星の周りを回る地球型惑星へと移住するようになった。
無論、地球と全く同じ条件の星は滅多にない。そこで人間はそうした星を、人工的に居住可能な状態にしていった。その「地球化」を用いた結果、現在人間が住んでいる惑星は、全部で50を超えている。
その一つ、地球を一番として、第48番惑星「コール」。この星も「地球化」が施され、星歴188年現在、人口は1200万を超えていた。もっとも、人口制限がされているので、もう100年程すれば他惑星への移住者が出るだろう。
その人口の8割近くが、コール星の星都『エルセナ』に住んでいる。『エルセナ』は、そこに住む人間を管理し、下手に宗教分化による地域紛争などを起こさせないようにする、管理都市である。他の惑星でも同じような政策が実施されている。『エルセナ』は、創設
以来103年間、欠陥のない、最高の管理都市と言われてきた。
その『エルセナ』で、突然全区域に及ぶ停電が発生した。居住者は勿論、管理者もパニックに陥った。数時間で再び電気はついたが、今までになかった事態に、管理者達は首を捻るばかりだった。
その管理者のうちの一人、ディーン・ユーリオは、ブラックアウトの処理をようやく終え、疲れた身体を引きずって家路についていた。
バスを降り、埃っぽい道を歩く。多すぎる人口を収容するための超高層マンションが主の『エルセナ』において、ディーンが住むような一戸建ては珍しい。ディーンは、やもするとマンションの影に覆われてしまう自宅の前まで来た。
「ん?……うわっ!」
だが、家のドアを開ける前に、ディーンは叫び声をあげた。
扉の前に人が倒れている。
「ち、ちょっと!」
ディーンはそばに駆け寄って、その身体を揺さぶった。
女の子だった。年は13、4といったところか。
「う……」
抱き起こすと、少女はかすかに呻いた。
「どうしたの!?大丈夫かい!?」
「あたま……いたい……」
苦しそうに少女は呟いた。
少女に意識があることは分かったので、ディーンは、とにかく地面ではない所に寝かせようとした。急いでドアを開け、少女を運び込む。
ディーンは、少女を自分のベッドに寝かせた。そしてまず、棚の薬箱から即効性の鎮痛剤を取り出す。病院に連絡すべきだったが、まずこれで様子を見ようと思った。
「ほら、薬」
薬と水を差し出すが、少女は起き上がらない。仕方なく、少女の口を開けさせ、薬を放り込む。次に身体を起こして水を飲ませた。むせないように気をつけて、コップを傾ける。
少女はこくこくと喉を鳴らした。どうやら飲んでくれたようだ。ディーンは少女を再び寝かせた。20秒もすると、少女の顔は安らかなものになった。薬は無事効いたらしい。
ディーンはほっとして、そばの椅子に座り込んだ。
「ふう……」
停電に比べれば小規模とはいえ、連続で起きた災難に、ディーンは溜め息をついた。そして、自分のベッドで寝ている少女を、改めて見てみた。
小柄な少女は、不思議な服を着ていた。1000年程前にはまだあったという、民族衣装のようだった。
少女は小さく寝息をたてていた。ディーンは少女を起こさないようそっと立ち上がり、キッチンへと向かった。
「あ……しまった」
コーヒーを飲もうと思っていたのだが、お湯は全く沸いていなかった。数時間の停電で、電化製品は何一つとして機能していなかった。よく見たら時計も0時になってしまっている。
ディーンはコーヒーを沸かしながら、電気機器の調子を確認しにかかった。電気は既に通っているので、ほとんどは何もしなくてよかった。時計とコンピューターだけ調整すればよかった。
「んん…………」
コンピューターを調整していると、少女が寝返りをうった。
「ん…………?」
そして、うっすらと目を開ける。状況が飲み込めないのか、焦点は定まっていなかった。
ディーンは立ち上がり、もう一度ベッドのそばの椅子に腰掛けた。
「気がついたかい?」
ディーンは少女ににっこりと笑いかけた。
「んえ?」
少女は間抜けな声をあげた。そしてそのままぼーっとしている。次の言葉が出るまで数秒かかった。
「あ、え、えーと。えーと……うん。大丈夫」
少女は起き上がるとえへへ、と笑った。
「僕の家の前に倒れててね、びっくりしたよ」
「あはは。ゴメン」
「ま、何でっていうのはおいといて、まずは君の名前を訊こうか。僕はデイーン・ユーリオだよ」
ディーンは普通に名乗ったつもりだったが、少女は固まってしまった。口に手を当てて、何やら考え込んでいる。
「どうしたの?」
「ん?……え、えーと」
沈黙。少女の目は泳いでいる。
それを見てディーンは、ふと思い立った。
「ひょっとして……思い出せないの?」
「え………………………………うん」
まさかと思っていたが、少女は頷いてしまった。ディーンは当たって欲しくない推測が当たってしまい、がっくりと肩を落とした。
「と、いうことは、どこに住んでいたのかも、何で家の前で倒れてたのも、分からないのかな?」
ひきつった顔でディーンが次を尋ねると、少女はまたこくんと頷いた。
沈黙再び。コンピューターの処理音だけが部屋に響く。
「はぁ………………」
身体が疲れているうえに精神も疲れ、ディーンは深く溜め息をついた。
「えーと、どうすればいいのかな…………?」
気まずい笑顔で少女は言った。
「……そうだね。とりあえず明日警察に行って、捜索願が出てないか聞いてみるよ。顔だけじゃあどうにもならないと思うけど……」
都市外ならともかく、『エルセナ』内の警察はあまりまともに機能していない。犯罪などは、管理者によってあらかじめ起きないようにしてあるので、警察のすることがないからだ。
「あとは何とか君に記憶を取り戻してもらうしかないね。それまでは……」
浮浪者などもいないため、警察以外の施設もあまり良い期待はできない。保護してもらったところで、生活が保障されるとは限らないのだ。
「……家に住んでもらおうか」
「うーん……そうなっちゃうのかな」
「ま、そうなるね」
溜め息をついて、ディーンは笑った。
「それでいいかい?」
「うん。いいよ」
少女は即答で了承した。女の子を、とりあえず無期限で泊めるというのは何だか恥ずかしいが、放っておく訳にもいかないだろう。ディーンは腹をくくることにした。
「それじゃ改めて。僕はディーン・ユーリオ。よろしく」
「うん」
「君は……さしあたって何て呼べばいいのかな?」
「あ。それならエルセナって呼んでよ」
思い立ったように、少女は言った。
「エルセナ?」
「うん」
「エルセナ」といえば、この管理都市の名だ。ディーンは首を捻った。
「それでいいの?この町の名前と同じだけど」
「んー……なんとなく、それでいいかなーって」
ただの偶然か、それともその言葉だけ頭に残っていたのか、とにかく少女は、その名前が気に入ったようだ。
「……まあ、いいか。それじゃあよろしくね、エルセナ」
「うん!よろしくね、ディーン」
こうしてディーンの元に、記憶喪失の少女、エルセナが住むことになった。
(続く)
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