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74-3 Zephyr 第五話 分かたれた絆(その3)
翌日。成羽達の事が気になって寝つけなかった結城は、明け方になってようやく睡眠状態に入ったため、昼過ぎまで起きられなかった。
 空腹で目が覚めた結城は、時間を確認すると飛び起きた。橘の行動が早ければ、もう事は起きているかもしれなかった。
 香子さんが入院中のため、仕方なく食事はとらず、結城は絣の家へと向かった。
その途中。一台の車が結城を追い越して行く。
 それは、まだ遠くに見える秋月家の前で止まった。
「お、おい……」
 結城は駆けだした。
「ちょっと待てよ!」

「何なんですか!?待ってください!成羽が何したっていうんですか!?」
「いいから早く来るんだ!全く……何でこんな所に」
「ちょっと!何すんのよ!離してよ!」
 数百メートル先にある秋月家に着いた結城が見たのは、二人の男に引きずられる成羽だった。成羽は必死でもがくが、逃れられない。
「離して!離してってば!」
「おい、あんたたち!」
 結城は門を通った。それを見て、絣が安心した顔をする。
「川本さん……」
「川本さん!ちょっ……!助けてください!」
「なんだ君は?」
「俺のことはどうでもいいです。成羽をどうするつもりですか?」
 男は成羽を掴んだまま、結城をジロジロと見る。
「君には関係ない。それにこの娘の名前は中丸千早だよ」
 その決定的な言葉に、結城は歯軋りする。最後の希望も崩れてしまった、と。
 やはり同一人物だったのだ。
 成羽が踊りが上手いのは、初めからセンスがあったから。
 記者に警戒し、結城に素性を明かさなかったのは、正体がばれると思ったから。
 中丸千早が失踪したのが二年前。そして、近山成羽が現れたのも二年前だった。
 全て、つじつまが合う。
 そしてその証拠が、恐らく事務所の人間であろう彼らの行動だ。
「ほら、さっさと行くぞ」
「嫌よ!離してってば!」
「待ってください!成羽を連れて行かないで!」
 絣が片方の男の腕を掴む。男はそれを振り払った。
「そういうわけにはいかないんだ。彼女がここにいる必要はない」
「でも、成羽は私の友達なんです!だから……!」
 必死になって絣は懇願する。成羽は絣にとっての、たった一人の「友達」だから。
 しかし、事情を知らない者にそんな言葉が通用するはずがなかった。
 男達はもう話をしたくないというように、成羽を車に引きずり込む。
「やめて!やめてってば!嫌よ!絶対いや!あたしはあんな所になんか戻りたくない!!」
 暴れる成羽を押さえつける。ウインドウから、成羽が助けを求めて結城を見る。だが、彼らを止められるほどの理由は、結城にはない。
 無情にも、ドアが閉められる。
「成羽!」
 絣が車にすがりつく。しかし車はエンジンをかけ、走り出してしまった。
「成羽!成羽ぁ!!」
 走り去る車を絣は追うが、追いつけるはずもない。少し走った所で、絣は立ち止まった。呆然と、消えゆく車を見つめる。
「そんな……どうして……?どうしてなの!?」
 結城は絣のそばにやってきた。
「……二年前、中丸千早っていう有名なアイドルが失踪した。近山成羽と名前を変えてな……昨日の、橘って奴が気付いて、知らせたんだ」
 至極端的に、結城は理由を説明する。それに、絣はゆっくりと振り向いた。
「成羽が……?」
「ああ……」
 焦点の合わない目で、絣は結城を見た。その目は涙で潤んでいる。どうして良いか分からず、不安を打ち消すように結城は笑いかけた。
「だ、大丈夫さ!有名ったって二年も前のことだ。きっとすぐ戻ってくるさ!」
 絣は表情を変えずに俯く。結城はますます慌てた。
「復帰できるかどうかは分からないし、成羽のことだ、また逃げて来るって!だから……!」
「…………か」
「え?」
「……何が、おかしいんですか?」
 ゆっくりと、絣は言う。顔を上げ、結城を睨む。
「おかしいって、俺は……」
 悲しみ。
「誰のせいだと、思ってるんですか……!?」
怒り。
「な、なんだよ、急に」
 憎しみ。
 その時、絣の心が弾けた。
「……あなたのせいじゃないですかっ!!」
 堰の切れた心から、負の感情が流れ出す。
「香子さんが刺されたのも、元はといえば川本さんが余計なことに首突っ込んでたからでしょう!?そのせいで事件になって、成羽が見つかって……!あなたが元凶じゃないですか!!」
 感情に任せて、絣は悲痛な叫びで訴える。殴りかかるような勢いで、絣は、自分でも制御できない心を爆発させていた。
「あなたがいなければ、香子さんが刺されることもなかったのに……!あなたさえ現れなければ、成羽が連れて行かれることもなかったのに!!何もかもあなたのせいじゃないですか!!」
 絣は目を逸らす。結城など、見ていたくもないというように。
「絣ちゃん……」
「もう……信じない……支えなんかいらない……!あなたに支えて欲しくなんかない!!」
「絣ちゃ……」
「来ないで!」
 近づこうとする結城を言葉で押さえ、睨みつける。
 ぼろぼろとこぼれる涙。その目にはもう、希望も何もなかった。
「あなたなんか……あなたなんか、大っ嫌い!!」
 踵を返して、絣は走り去る。その方向からして、恐らく神社に行くのだろう。また、黄昏を見るために。
 結城は動くことができなかった。全て、本当のことだから。
 そう。結城がいなければ、何も起きなかった。三好は、絣達は、何も知らないまま、平穏に暮らせたのだ。
 たった一人、結城が現れただけで、もはや取り返しのつかないくらい絣は傷ついてしまった。結城と交わした約束も、破棄してしまうほどに。
「……ごめん。…………ごめんな」
 届かないと知りつつ、結城は謝った。
 走り去る少女は、角を曲がって、もう見えなくなっていた。

結城は荷物をまとめると「みよし」を出た。あと一週間泊まる予定だったが、これ以上いても何にもならない。
絣を更に傷つけてしまうかもしれなかった。
 一応置き手紙と、割安分の宿泊金を残して、結城は駅へと歩いていった。

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