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ド短編 小間切れ集
巡る環の旅路 ,未完

『あらすじ』要らないものとして王城から放逐された巫女さんは自分を必要としてくれる何かを求めて旅を始める。そして迷い込んだ魔王領で彼女はようやくやる事を見つける






 冷たいごはんに、冷ややかなまなざし。
気が付けばがらんどうな広いだけの部屋にいて、気が付けばたくさんいる巫女達の一人だった。
石灰の塗られた白い石造りの部屋は薄暗く、宵闇が迫ろうともだれもカンテラに種火を持ってきてはくれなかった。
年に二回ある解放日に家族が会いに来ることもなく、幼いころに女性の胸元に抱きとめられた記憶が、うっすらとあるばかりだった。



「恩赦、で 、すか?」

 久方ぶりに自分の喉から発せられた声は耳に馴染まず、やたらと舌にもつれた。
頭の外周にぴったりと誂えられた白い帽子。皺だらけの顔に人好きのする笑みを乗せて先生は「はい、あなたのご多幸をお祈りいたします」と、どこか冷酷に言い切った。
南向きのアーチを描く窓に日の光を透かすレースのカーテン。猫足の家具類は飴色に輝く木々で誂えられ、部屋中に仄かにお香の香りがした。
 あまりの衝撃に二の句が継げず、程よくあしらわれ来客用の応接間からふらふらと歩みだす、見上げるほど高い天井の広い廊下。すれ違う同僚の巫女たちのささやき声がすれ違いざまに耳についた。

(役立たず)(能無し)(闇の巫女)(ごくつぶし)

オブラートに包まれながらも、ひそひそと異物を揶揄する言葉を掻い摘めば、そうだった。

人には祝福が与えられ、巫女として見込みがあるものは神殿に集められる。
幼いころから神の教えを紐解かれ、柔らかい脳みそに刷り込まれながら民の為に力を行使することを教え込まれる。しかし、私は数居る巫女の中でよくある植物繁茂のささやかな力しか持たなかった。
成長するにつれ大きく育つはずだった、神の力をお借りし貯める器が育ちにくく、わたしは他より劣っている。それでも市や町に住む人々よりかは大きいらしく、この年まで飼われていたのだ。

 もう少し、幼ければ里親を探してもらえただろうに今の私の年では難しく、世間を知らぬまま、行きつく先は冒険者か乞食か野垂れ死にしか思いつかない。
かといって、器量も要領もいい方ではない私は嫁ぎ先や働き口を探すのも大変だろう。

 のろのろと荷物をまとめながら、薄暗い部屋を見回す。
種火は持ち込んでもらえず、最後の最後まで見送りに来るような人間もいなかった。







 深々と腰を折り、長く伸びた黒い髪を暖簾のようにえり分けて隙間から先生に目を合わせた。
今日も詰襟でくるぶしまでの長いシャツと、神殿の袖のない法衣を羽織り、珍しくストールまでかけた出で立ちで裏門まで見送りに来てくださった。
必要とされない私にも唯一と言っていいほど会話をしてくださった先生で、60代も半ばだろうか?妻子がいるとうわさで聞いた事があった。

「神殿から遠く離れようとも、巫女であった事を忘れずに」

うにゃうにゃと延々と旅路を祝福する言葉の締めくくりは 『迷惑をかけるな』とも聞こえた。





 寄る辺がなく帰る場所もない、親類縁者を知らず、路銀に渡されたお金の使い方すらわからない。
ゆっくりと重たい足を引きずりながら神殿の裏門から北へと大通りを歩いて行く、行き先なんてない。

そうして市街から街道に出る関所の大門まで、たどり着いてしまった。
しかし、神殿まで取って返す気もしない。たそがれ時の茜色が石畳の道と前後に並ぶ人々と自分にしみて、影を深く濃くしていった。

 (「夜光虫と宵闇草の採取かあ、」「魔王領まで半日かからないとはいえ」「買い漏らし無いよな?」「買い物代行に指示も、もらったし」「小人がでなきゃいいんだがな、盗難にでもあったら」)

 長い列に並ぶ前後に冒険者らしき一団に挟まれ、口やかましい彼らの会話が混ざり合い伝い漏れてくる。
魔王領。かつて精霊と呼ばれた一族のなれの果て。悪魔とも魔族と邪な妖精達ともうわさされる彼らの住まう土地。ぼんやりと耳を傾けながらふと、神殿の図書館に入り浸って読みふけったおとぎ話を思い出した。


 世界が光と闇に分かたれ、妖精が邪なものとそうでないものに分かたれた物語。
勇者が狂った精霊王こと魔王を打倒し精霊の姫君と添い遂げ、人が彼らを枠に嵌め悪魔と聖なる霊に別った物語。
かの土地は封じられ、巫女の生まれぬ土地となった。
巫女は土地に恵みをもたらし、氾濫する川を沈め、崩れ落ちる山々を押しとどめる。天候を占い、人の道をより良いものへと導いていく、しかし 過ぎたるは及ばざるがごとし。居すぎても使われない者が出てくるのだ、自分のように。



 ふつふつと沸き立つ感情に蓋をして、ようやく回ってきた順番に慌てて我に返った。

「仮身分証とか持ってたら返してね、無くても問題はないけど、入門時に監査が厳しくなりますよ。あ、再入門時に仮身分証の割符を発行するときは、」

おしゃべり好きらしい年配のオジサマは、何故だかぺらぺらと聞いてもいない事まで喋りだして、いわく孫娘さんとやらが、この間結婚したばかりらしく、年頃が近い私に親しみを感じてくれたようであった。

「外と中を行き来する予定があるなら、ギルド行っといでよお嬢ちゃん。何回も通行料とみかじめ料と身分証発行代金払うのもばからしいだろう?」

と、頼んでもいないのにギルドの場所まで親切丁寧に教えてくださり、「発行できたらわっしに声かけりゃ、一いっちゃん先にしたげるからな!」と、ごり押しで押し売りな笑顔までつけて、順番に並んでいた列から放り出されたのであった。




 そんなことを思い返しながら、たどり着いた酒臭いギルドのカウンターで、小山のような巌のようなおじさんと差しで、ギルド登録作業は始まった。

かすかな木の香りのする吹き抜けの木造二階建て、橙色の松明の火とランプに照らされて、焼ける肉と暖かな惣菜の匂いとろうそくの蜜蝋の香りに、カツンカツンとジョッキをたたき合わせ、乾杯の音頭を取る声に食器にあたる金属のさじの音。ごった返す人に戸惑い、視線を彷徨わせながら熱気に充てられそうだった。

ひっそりとささやき声に満たされた神殿とはあまりにも違いすぎる

「おい、あんた冒険者登録に来たんだろ?」

「いぁ、の」

鬼瓦に無精ひげが生えたかの様な顔に、思わずどもりながら身分証が欲しいだけだと漏らしてしまった。
ふっと空気が震えた次の瞬間、ドラをならすような呵々大笑に私はひっくり返り、板張りの床に腰をしたたかに打ち付けた。





 鬼瓦のようなギルド職員の男の人の勧めでギルド併設の割安な宿に押し込められ、もそもそと黒パンを水で流し込んでいく。
寝るためだけのベットの分の広さしかない部屋は快適で、ランプが揺らめく炎を閉じ込めて辺りを照らしていた。薄い半そでの上着に襟足までのスカート、神殿から出てきたままの姿で横になると睡魔が襲ってきた。色の抜けたネズミ色のローブを掛布団代わりに目を閉じると、夢も見ずにぐっすりと眠れたのであった。




 宿泊先のおかみさんに持たされた黒パンで手荷物はいっぱいだった。
今朝、宿を出るときに、ほんのりと黒糖のような甘い香りの穀物のパンの焼ける匂いに、思わず美味しそうと呟いただけなのだが鱈腹持たされたのだ。
膨らんだ麻袋を見て、通りがかった見知らぬおじさんが、またかとごにょごにょ言いながら宿屋へと入っていった。

 今日の行く先は決まっている。昨夜、『掲示板だけでも見に来い』と鬼瓦みたいなギルド職員さんに言われた通りギルドに足を向ける。
明るい屋外から門扉の無い入口をくぐり、薄暗いすえた酒の臭いがする室内を見渡せば、床に転んで動かないものや、それを脇に寄せすもの、早くも昼食を取り始めた男性ばかりの一団や、厨房らしきところから檄を飛ばす横幅の広いおばちゃんまでいて、ギルドは相変わらずにぎやかだ。

 そこからおおよそ建物の中央に位置する広いカウンターに目をやれば、きっちりと三列ほどに分かれ冒険者の人たちが並んでいた。
 思わず、一番人の数が少ない列に並ぼうとした時、鬼瓦と目があった。一番長い列を形成しているのが彼の前だ。
見つめあう事コンマ数秒、思わず目をそらしすごすごと男の受け持つ列に並びなおしたのであった。


「よお。来たな」と気安い声に、曖昧に微笑みながら頷いた。
しばし沈黙が下りたのち、ゆるく首を傾げた。何も言いださない事に不思議の思いながら逸らしていた視線をギルド職員に向けると、やはり見つめ合う事コンマ数秒。

「…紙はどうした」と、早く渡せとばかりに手をこまねかれた。





 先ほどの喧騒が少しばかり落ち着いた頃、紙がペタペタ貼られた掲示板の前でぼんやりと依頼書なるものを私は眺めていた。
隅から隅まで眺めていたが、異国の文字で書かれたものも多く。誤字脱字が散見されるギルドの翻訳に小首を傾げながら内容を確かめていった。

「決まったか?」

 不意に脇に現れた電信柱、もといギルド職員に慄きながら二度見した。
座っていても小山のようだったのに、脇に立たれるとでかくて威圧感が半端ない。覗き込むように合わせてきた視線にゆるく首を振って、掲示板に視線をもどした。どれがいいのかわからないのだ。
隣で頷くような唸るような動作をした鬼瓦が音もなく手を伸ばし、一枚の依頼書をかすめ取るとこちらに差し出しながら、「これなんかどうだ?」とわたしに見せてくれたのだった。







 門番に見送られながら、ゆっくりと裏街道と呼ばれる道を太陽が昇る方へと歩んでいった。
道行く先には先達の冒険者らしき一団が先行していて、枝葉のように別れた獣道や整備された街道を荷馬車に乗って先を急ぐものまでたくさんいた。
 聞いた話では商人の護衛をする者やら、討伐や狩猟の為に遠くまで出かけるものまでたくさん依頼はあるらしい。その中で私でも出来て実入りのいい依頼は、木苺を取って来るとゆうものであった。


 なんでも、妖精が好む種の木苺らしく小さな小さな実はもろく男手には少々扱いづらいものらしい。
薄黄緑と蒼の果実は真珠色のような光沢がある為すぐに分かると言っていた。





 ギルドから借り受けた日に焼けた黄ばんだ地図の天地をぐるぐる回しながら、自分の所在地を割り出して辺りを見回す。やぶ蚊がぶんぶんと耳元で飛び回り、薄暗い山林は木々の枝葉に遮られ木漏れ日が遠い。
足元の低木や絡まりあう下草に足を取られないように気を付けながら紙に記載されたポイントを目指した。

本来なら小一時間もあれば到着するはずなのだが、かれこれ三時間、目的地が見当たらず彷徨っている。
本当に地図が正しいのか、視点を変えて左右から見直しても書かれていることは変わらない。途方にくれながらあたりを再び見回したとき、頭上から影が舞い降りた。



小柄な子供のような影を追いながら、どんどんと森の奥深くまで踏み入っていた。
枯れ枝にひっかかれ擦り傷をこさえながら、その背中を見失わないように足だけをひたすらに動かした。
そうして枝葉が間引かれ木々の間に黄昏色の西日が散見されるようになったころ、ようやくその腕を捕える事に成功した。

瞬間、手を弾かれたものの、猫の子のように襟首を掴む事に成功した。

「ッち!離せよ!」

どこか耳障りな甲高い声に身をすくめそうになったが、子供のような体躯のおっさんから地図を巻き上げる事に成功した。




借り物の地図と引き換えに黒パンを分け合い、ふたりで地図をにらめっこしていた。ハゲタカのひなのような頭をした100センチくらいの背丈のおっさんは名をライルと言い、冒険者に転売するために地図をかっぱらっていったようであった。
本当なら縛り上げて木にでも吊るそうかと思っていたのだが、何でも彼の村では冷夏により作物が育ちにくいらしく、家では奥さんと子供たちと祖父母がお腹を空かして待っているらしい。

よって代替案として、木苺の場所と街道への行き方を残りの黒パンと引き換えに貰うことにしたのであった。




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