短編/拍手
01
世界は醜い。そして残酷だ。
‐Die Welt‐
約束――……。
ずっと昔に、遥か過去に、約束という名の契りを交わしていた。
それは今生の別れの際のこと。
くるくると、風車が回るように。将又、所謂輪廻のように。前世からの因縁のようであった。
けれども、互いの世界は似て非なるもの。相違う世界は、交差しそうで交わらなかった。
まるで、水に油が浮くように。液体同士であるに関わらず、その質が異なるから水は油を受け付けない。
僕たちの世界もそうだった。
遥か遠く(むかし)から続く因縁は今世に続き、今も尚僕たちの自由を束縛する。
死して解放があるように思えた。
一緒に居たいのに、共に生きて行きたいのに。見えない紐で繋ぎ捕われているようだった。
「なんで……」
「ははっ、すまんな……緑(ろく)」
「いや、だ」
「そう言うなよ。ほら次こそ一緒になれるように今から神さんに願っとこうぜ」
「螢(けい)――」
別れたくなかった。
たった一つの願いが何故叶わないのか。
僕と螢には前世の記憶がある。それは、とても残酷で。
とある国で僕は、国王の側近であり軍隊の責任者。螢は敵対していた国の、これまた軍隊の責任者。
そんな前世の僕たちは、絶対にあってはならない抱いてはいけない――――――恋をした。
身分関係云々以前に互いに敵国の要人。
互いに互いが国の信念と正義を貫く。まさかそれが、身の破滅を招くとは思っても見なかった。
結局、下らない信念に正義を貫いた結果は、互いに死を招いた。
譲れない想い。
お互い、その国の王に忠誠を誓っているから。好き合っていても、この一線だけは踏み越えられなかった。
国を守るために賭けた正義。
正義という大義名分で、危めた命。血塗れた両の手。真っ黒に塗り潰された過去を、綺麗すっぱりと精算出来るわけがない。
大勢の命を危めたことを、なかったことにすることは僕にも螢にも出来なかったのだ。
互いに重く罪を犯して。
天に、神に、免罪符が渡されるわけもなく、到底赦されるわけがなかった。
相打ちで、僕たちは重傷。共に死ぬことで戦禍から退いた。
そして今――、僕たちはまた何の因縁なのか敵対する関係だった。
あの時、次の時世は一緒になれることを願ったのに。争いのない世に生まれたかった。
死して尚、僕たちにはまだ免罪符が貼られることはなかった。
僕は、反政府組織のレジスタンスを行う主要の幹部。螢は、それを取り締まる警察機動隊の副隊長。
相反する組織。けれども、意味と形は違えど互いが正義を貫き通したことに変わりなかった。
不屈にも近い、誰にも譲れない想い。信念を曲げることは出来なかったのだ。
悲しくも、下らない正義と信念と相手へ抱いている好いた感情を、秤にかけて選んでしまったから……好きなのにまた別れなくてはいけなくなってしまった。
後悔はしていない。でも、相打ちとなった今思い残すことがあるとすれば、螢と一緒に生きたかった。
「神様に赦してもらえるかな……」
「赦して貰えるさ。じゃなきゃ、俺マジで神さん信じねえぞ」
「……ぷっ、螢らしい……」
「そりゃ俺だからな」
傷は深い。お互い死の影が迫っているのは明白だった。
失血が酷すぎて体が重く、体は己の命令を聞いてくれない。
死を免れなくても、ずっと想いだけは変わらない。
願う先に待ち望む。
願わくば、次世は螢と共に歩む人生を――……
信念。
それは不屈の想い。
信条を糧にするしか存在を見出だせない醜い世界、醜い僕たち。
ちっぽけな信念を貫くことでと大切なものを失う虚しさと世界の残酷さ。
大切なものを見誤ったから。
再び生を許されたとしたら――僕たちは数ある命を殺(あや)め過ぎた――今度こそ手放さない。
キミの手を。
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