砂時計
01
 
Story1:The frame of mind.

[1]




‐2001年,初夏‐





 青空、白い雲。燦々と降り注ぐ太陽の光。景色はゆっくりゆっくりと少しずつ移り変わってゆく。

 窓から差し込む光が眩しくて目を細めた。

(――今日も良い天気だな……)

 なんて、爺臭く思ってみたり。

 大して変化のない日常で変転するものは、気候などの自然だけ。

 陽気を伴って、部屋の中に風が入る。カーテンがふわりと動いた。

 人の表情のように様々な色を見せる空は幼い頃から好きだった。彼が今見ている空は茜色。日が沈む前のオレンジの空は綺麗で、目が焼きつきそうになるような印象深い色合いだった。

 ふわり、とまた風が吹く。

 ほっとけば、ずっと景色を眺めているだけで一日を消化する日もザラではなかった。

 一日のほとんどがベッドで横になっている生活で、最早ベッドの住人と化しているに等しい状態。だけど、彼には相当の理由があった。

 部屋はそこそこ広いが、最低限必要な物だけしか揃えていないがために、白を基調にした部屋はシンプルすぎて殺風景に見える。唯一ポイントがあるとすればベッド脇に生けてある花と、ベッドカバーが薄青ということくらいだった。

「――けほっ」

 窓を開けっ放しで長く起きていたせいか、軽く咳込む。横に置いてあるペットボトルのスポーツドリンクに手を伸ばし、温くなったドリンクに口つけた。

 あまり物を食べない彼には、スポーツドリンクでも多少栄養補給をしておかなくてはすぐに倒れてしまいそうなほどに体が細い。実際過去に幾度となく貧血で倒れた不名誉な功績さえ持っているのだ。

 少しばかり怠い体。微熱があることだけは間違いないだろうと、ぼんやりとした思考で考えた。

 己の体調のことは、誰よりも一番自分が知っているものだ。

 初夏の風は気持ち良いが、日が沈めばそれなりにまだ気温は低い。良くない体調に少しばかし冷たい空気は体に障ると判断して、ゆっくりと怠い体を起こす。窓の戸を閉めて窓から風が侵入するのを防いだ。

 風には当たることが出来なくなっても、それでも外の景色は眺めることが出来る。窓から覗く自然そのものはお金もかからないし、下手に体に負担もかけることもないから、誰にも迷惑を煩わせることがない。

 人のご厄介になることを何よりも嫌う彼にはそれが一番の楽な手段であった。溢れるような時間を持て余している彼にとって外の風景を眺めて一日の大半を潰すということは気が楽で、ただぼんやりと過ごす一日が心地良いものであったのだ。

 景色眺めて綺麗だなんて年相応の思考ではないのかもしれない。しかしそれしか彼に出来る術がないのだ。半ベッドの住人という長い生活のせいで、これ以上の感慨を持つことが出来なくなっていた。彼の限られた生活と行動範囲では外の世界を知っていても、箱庭のような世界の内でしか過ごすことを許してもらえなかったのだ。

 限られた狭い世界の中では、外に出ることは滅多に叶わない。監禁や軟禁をされているわけでなく、その選択しかないのだ。否、選択肢はないと等しいか。

 彼はこの生活を長いこと続けていたせいか慣れてしまった。別に不自由はしていないが、贅沢をいえば季節そのものを直に感じてみたかった。

 季節感のない日常に世界。定められた中での日常が故に、季節感を損なっていると表現するのが正しかった。

 しかし、それらの生活も残りあと少し。不自由はしていなくとも、彼の心と体を病ませているのは容易に想像が出来た。

 時は止まらず、移り行く。それは不変の真理で、己らではどうすることも出来ない事変なのだ。

 そう、彼の運命(さだめ)もまた。

 その先にある未来は分からずとも、確信という言葉と同義に近くこの手に取るように否応なしに分かってしまうのだ。

 だからこそ――その運命を彼は全て甘受していた。だけど思い残すことがあるとすれば――――……。 

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