砂時計
04
 
 水城総合病院は医療法人社団ではあるが、神水葱ホールディングスの直下の医療機関。日本の高度先進医療の最先端を司ると言えるべき日本の権威の象徴的な病院として有名である。

 特に心臓病に関する第一人者が常勤しているここは、千歳を預けるにはもってこいの場所だった。

「よっ、千歳」

「久々ー……ってうわッ、相変わらず難しいやつ読んでんなー。わっけ分っかんねー」

「久しぶりだね。千矢兄、千里兄。これ読んでみたら面白いのに」

 三つ子の中では真ん中の千里が挨拶もそこそこに言ったのは、千歳の手元にある薄い本のことを指していた。

 千歳の趣味は読書。入院生活が長かったから必然と暇を持て余す末に暇潰しに本を読むことばかりになり、今では趣味となっている。

 一番好きなジャンルは英文書。英語が苦手であるから勉強の一貫も兼ねて英字新聞から抜粋された時事英語のテキストを日本語に訳して解いたり、英文の小説を読んだりするのが目下のお気に入り。

 但し、全文英語であるから訳すのにも一苦労するわけで。電子辞書なくしては時間も凄まじくかかる。それも一つの時間潰しになっている。時間をかけて英文を訳すことで持て余す時間を消化していた。

 千歳が先程読んでいたのは、時事英語のテキスト。半ば英語の勉強になっているが、本人は楽しんでいる。

 千里は英語が苦手どころか嫌いだ。英語嫌いな人間にとっては英文書というものは訳分からない上に理解に難すに等しい。英文を見るだけで眩暈や眠気が襲うのだから、典型的な英語嫌いで尚且つ重症だ。

「本当に皆久しぶり。全員が揃うなんて珍しいね。えっと前が二月だったから……三ヶ月振りだよね?」

「そうだ。すまんなー、あまりにも忙し過ぎて時間がなかったんだよ」

「うぅん。わざわざ時間割いてくれなくて良かったのに。ごめんね俺のせいで……忙しいのに」

「お前なー……家族に会いたくない奴がどこにいると思うか。千歳、お前は家族で俺達の兄弟なんだから会いたくないわけあるか」

 悠は千歳の頭をくしゃくしゃっと撫でながら優しく穏やかな声音で言った。

 父と兄二人は経営者であるために、いくら家族の千歳面会するだけでも困難だった。時間を割くということ、則ち常に多忙を極めている山積みの仕事を放棄してきたということである。

 だからこそ自虐的な千歳の言葉は家族の心に哀しく響いた。

 千歳は、穏やかで他人思いの心優しい性格。他人を思うが故に自己犠牲的で、自分よりも他人の思いを優先してしまう。

 自己の願いは言わない。ただ他人の幸せを願って。

 家族と面会出来ることがこれ以上にないほど嬉しくて幸せなことであるのに、次いつ会えるかとは絶対に口にしない。

 想いを口にすることは、家族を縛ってしまうから。

 いつ会えるか、とは保証出来ないけれど、それでも小さな望みくらい聞き届けてやりたいのが父や兄弟――家族であるというもの。寧ろ今すぐにでも叶えてやりたいくらいに皆千歳のことが大好きで。

 しかしながらほんの些細な気遣いというものが、千歳にとって苦手だった。

 自虐的な千歳がよく言うのは、『俺なんか良いから、皆が幸せになって欲しい』という他人に献身的で自己犠牲な想い――――。

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あきゅろす。
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