砂時計
03
「久しぶりだな。千歳」
「あ、悠兄。うん久しぶりだね。元気にしてたの?」
「お前なー……それはお前に言える言葉だろ?」
少し場違いな台詞は周りに笑いをもたらした。
悠兄と呼ばれた人物は、神水葱悠――千歳の長兄である。
家族に滅多に会うことが叶わない千歳にとって、父親や兄弟と面会出来ることは何よりも嬉しいことであり楽しみであった。
ここは療養という名で匿われている病院内の閉鎖的空間であったから。
水城総合病院。特別病棟。
病院内の最上階の一画にある特別病棟は、難治性が高い又は終末期の病のケアを行う場所として設けられている。
近年、ホスピス――ターミナルケア(終末期ケア)が提唱されつつある。QOL(クオリティー・オブ・ライフ)の意識の高まりなどから徐々に増加しており、水城総合病院もホスピスの理論に準じた診療方法を行っている。
神水葱千歳は、11歳のとき難病を発症した。
特発性拡張型心筋症。
長くやけに難しい病名は、原因不明で特に心臓を構成する筋肉が伸びて拡張し、心臓の収縮不全を呈する病気である。
そう――心筋の強弱の差異は、健康な人と全く異ならせる。
もともと体が弱く病弱だったのに相俟って、心臓病を患ってしまい。
そのお蔭で体力の消耗が酷く倒れがちになったために、病院での療養という形が取られた。
根治療法は、心臓移植のみ。他には症状に合わせた対症療法しかなく、一時的な症状緩和を主眼にした姑息的治療しか方法がなかった。
症状も進行し、今では殆どが病室のベッド上での生活。寝たきりではないが横になっている時間は多く、それか起きてぼんやりとする時間ばかりが多かった。
外に出たくとも担当意思の許可なしには病院内の広い庭には出ること叶わず、ましてや外出なんて論外だ。
病弱だったがためになかった体力は余計に躯を蝕み、少し動いただけで疲れることも多くはなかった。
長い入院生活は都合がなかなか合わない多忙な家族にとって面会の機会を奪う。
父と兄二人は社会人で、一流有名企業の一つを経営する立場の者。
通称、神水葱グループ。
日本経済の中心を担う超がつくほどの世界に名だたる大企業。経営分野は多岐に渡るが、特に医療福祉関連においては広範囲に渡り右に出る企業はないと言われるほどにその名は海外にまで及ぶ。
高水準の医療技術に比例しての高い信頼性は世界的にも医療界で認められており、当然のことながら日本医療の最先端を歩んでいる。
千歳は神水葱一族直系の子息であり、現神水葱ホールディングス代表取締役社長を父に持つ。また、父方の祖父は代表取締役会長。
長兄の悠は若くしてグループ直下の独立機関である医療法人社団の理事長で、次兄の皐月もまた製薬会社の社長である。
五人兄弟だが、千歳と残りの兄二人――千矢と千里――は三つ子の兄弟であるが故に同い年。
まだ高校生になったばかりだけど、それでも二人は神水葱グループの直系子息としての重責を果たしていた。
だからこそ、家族全員がこのようにして揃うのは珍しきこと。かれこれ家族とは三ヶ月ぶりではないであろうか。
それほどに皆は多忙で面会出来る暇がないのだ。
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