砂時計
02
巨大な建物――水城総合病院――の正面入り口向かいにある第一来訪者受付カウンター前を通り、第一控え室になっている広いフロア横にあるエレベーターに乗り込む。
押したボタンは十三階。
十三階に着き、フロアの案内図を最初に確認してから廊下を歩き始めた。
ひとつの階で病棟が複数に分けられている。そのためナースステーションも同じ階で病棟に合わせて設置されており、道に迷わないよう注意をしていた。過去に一度、彼は13階というフロア内で迷ってしまい恥ずかしい思いもしたことがあるからだ。
ナースステーションの横をいくつか通り過ぎた時であった。
今から行く特別病棟のナースステーション前がやけに慌ただしいのは。それは只ならぬ雰囲気で、医師と看護師が忙しなく行き交っていた。
特別病棟で療養している患者さんの病状が急変したのだろう。ここの病棟は重篤な患者が療養している場所であるから、医者と看護師が揃って忙しい動きをする時は、容体の急変であると容易に察することが出来た。
自分の後ろからパタパタと廊下を走ってやって来る音がする。
「すいませーん。横失礼します!ーーって、あ!」
医療従事者とはいえ、あまり病院内で走ったりして騒がしくして良いとは決して云えない。特に、患者が入院している病棟なら尚更だ。場合によっては、そこの病院の看護師等医療従事者の品位が問われるだろう。
何も断り入れず追い抜いて行くのと、断り入れて行くのとでは、断然差がある。
急ぎ足で横を通り追い抜いて行った看護師が、その瞬間自分へと振り返って声を上げた。
「志斎君!」
彼女の顔は、既に見慣れていた。
動きやすい白のズボン(パンツ)を穿いている上下白衣の制服姿の彼女は、三瀬悠子。ここ水城総合病院十三階特別病棟の主任看護師である。
「お願い! すぐ来てっ!」
穏やかな性格である彼女が普段とは打って変わって、真剣な目つきでありながらも慌てている様子は珍しい。その理由は訊かずとも、原因が何であるかだけはすぐに分かった。
黙って着いて行った先は、アイツがいる部屋。
体が生まれつき病弱だった上に重い病を患っていたアイツは、治療と療養を兼ねてこの病院に入院していたが、
「…………」
病状が異変、アイツは物々しい機械に繋がれていた。
鳴り響くは、心拍停止を告げる機械音。それ即ち――、
「うそ、だろ……」
手を優しく握っても、反応はなかった。力のない手。
無情にも横では未だ機械音が鳴っていた。それが余計に今目の前にある現実を突きつける。
名を呼んでも返事をしてくれない。
あのはにかむ笑顔も見せてくれない。
「なぁ、返事してくれよ…………」
機械音が告げるメッセージは、唯一無二の存在であったアイツの『死』。
残り僅かな時を共有出来ず、しかも死ぬ間際を看取ることも出来なった虚しさ。言葉では言い表せないほど想いの源である最愛の人を失うことが、これほどまでに衝撃的だったとは。
そのショックは、一瞬で胸の深いところに穿孔を開けたようだった。
だけど死顔は、何故か穏やかだった。
最期くらいはあまり苦しまずにいれたのだろうか。アイツの躯を蝕んでいた病によって苦しむ姿も今まで見て来たからこそ、最期はどうだったのだろうと思案した。
世間ではクリスマスと賑わっているものの、19歳の誕生日を迎えた12月25日、若くして神水葱千歳はこの世を逝った――――。
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