砂時計
05
「ここ、どこ?」
周りをぐるりと見れば、店ばかり。恐らく共用エリアであることは分かる。
が、現在地が共用エリアのどこに位置するか全然分からない。
要するに迷子だった。
共用エリアを中心に学園は構成されている。高等部は最奥にあるから共用エリアを通るのは間違っていないのだが、エリア内で迷ってしまっては意味がない。
しかも、共用エリアから高等部以外のエリアに行ってしまう可能性もあるから、現在地の把握を彼はしたかったのだ。
しかし、
「もうッ、千里のバカ」
学園案内とは別にメモ紙に記されているモノを見て、千歳は兄の名を言いながら唸った。
右を見ても左を見ても、周りは校舎とは違う外観が一律した二階建ての建物で、シンプルでありながらカラフルなデザインのショッピングモールのようだった。
しかし、滅多に外出するどころか買い物なんて出来ない身上の千歳。今いる共用エリアは複雑かつ異世界のようで、まるで迷路みたいだった。
特に、何の因縁か千歳は方向音痴。兄の千里も……以下同文。方向感覚に滅法弱い人物が好意で描いてくれた高等部までの簡略図は無用の長物。寧ろ、学園案内図をよく見たほうが、メモ紙のやつよりはマシなのに…………二人とも自分が方向音痴だと自覚していないから、尚更タチが悪いことこの上ない。
本当なら学園にいる兄二人が迎えに来てくれる予定であったが、所詮予定は予定。前日になって急遽迎えは無理ということになったのだ。千矢の携帯に連絡が入り、どうやら未定になっていた風紀委員の仕事が変更によって朝一で入ったという話であった。ごめんな、と二人に謝罪されれば仕方ないものである。
折角の土日の休日に無理して実家に帰って来てくれたのに、我が儘なんて言えない。二人は学校で任せられている仕事を全うするだけ。二人に全く悪気がないことは明白の事実であり、はっきり言ってブラコンのあの千矢と千里がそのような理由でもなければ無理してでも迎えに来るだろうと予測していた。
「おい、お前! こんな時間にここで何してる!」
「うわぁッ!」
道が分からず困惑してぼーっとしている時、突然怒声とともにシャツの後ろ襟を掴まれてぐいっと引っ張られて、不意の動きに驚きのあまり叫んだ。
「お前、中等部の生徒か? 授業中のこの時間に堂々とサボりをやってんだなぁ。あぁ?」
「え、あ、っとどういう意味ですか?」
「とぼける気か? お前、何故ここにいるって聞いてんだよ」
逃げるのは許さんとばかりにシャツをがっしりと掴まれていれば、上手く動けなくて状況がいまいち理解出来ずにクエスチョンマークを頭上に何個も浮かばせる。だが、生徒手帳を出せ、と呈示を求められれば漸く今置かれている状況の事の意味がはっきりとした。
入学案内の封筒の中に一緒に入っていた生徒手帳を取り出し、渡されたばかりのカード――生徒証を見せた。
「お前、学年とクラスが書いてないぞ――――ん?」
「えっと……明日からこちらの高等部でお世話になる十河千歳です」
疑問の声を上げたのは、スキンヘッドの強面系美形の恐らく学園の教師だと推測される男。吊目で厳つくて怖い顔付きの上に、先程の件で非常に第一印象が最悪な青年だった。
少し怯えながら千歳は挨拶をした。
「はぁっ? お前が高等部ー? 中学生か何かの間違いじゃないのか」
「れっきとした15歳の一応高校生です」
「一応って……ふうん、チビだな。まあいいわ。お前が編入生ってことか」
「チビは余計です」
成長期であるのに伸び悩んでいる身長のことについて言われたために、ムッとした表情で即座に反論した。
一番言われたくない、チビ、と言われたのだ。
誰しもコンプレックスを抱いている問題に対して突けば反感を抱くものである。
「まだ編入生の顔写真が来てなかったからな、勘違いしてすまんな。俺はお前の担任の、四月朔日緑だ。お前の兄――ああ千矢な……で頼まれて迎えに来たのに、何でここにいるんだ。正門で待ってろ言ってたのに、正門に行けばお前徒歩で行ったと言われるし」
「……えっ? そんなの聞いてませんよ。あー千矢、抜けてるとこあるんで、多分俺に言うの忘れてたんだと思いますよ。ここに千里が描いてくれた地図があるんで」
「確かにな。ま、最初に驚かしてスマンな。お前ら兄弟の事情と家のことは聞いてるから安心しろよ。あとお前の病気のこともな」
「…………そう、なんですか……出来れば誰にも言わないでもらえませんか?」
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