砂時計
01
 
 除夜の鐘が鳴り響くのも残り僅かとなった『師も走るほど忙しい』と表現されている、師走――十二月の暮れ。

 冬空は寒さに相俟って粉雪がしとしと降りしきる今日は十二月二十五日。手が悴んで手先の感覚もなくなりそうなほどに、この日は特に寒かった。

 今年はホワイトクリスマスとか何やらで、皆クリスマスモードで賑やかになっている。日本は基本的に仏教徒や神道の信者が多い国であるにも関わらずに、だ。

 街路樹には飾りつけが施されており、寒空でどんよりした夜景は逆にネオンなど装飾で明るく、クリスマスということもあって街全体が活気で溢れていた。

 八百万の神々が御座すと云われるこの国で、西洋諸国の他国の文化であるのに、何が好きでこんなにお祭り騒ぎするのか、不思議でならない。しかも純粋なキリスト教方式のクリスマスに則っているわけでもない。

 和洋混合している日本ではクリスマスが終われば正月の準備に入り、クリスマスムードは一転して神道式の門松など正月飾りに切り替わる。しかしながら、その特異な文化が現代の日本人には概念化されているのだから、仕方ないといえば仕方ないのであろう。

「だから夢がない、って云われるのか……?」

 知人らに度々云われる科白。皆が夢で妄想を膨らませている最中に、現実主義を貫く自分の考えが水を差してしまうことがよくある。

 そういうつもりではないのだけど。

 ぶる、っと寒さで体を縮こまらせる。

 コートにマフラー、手袋。冬のフル装備をしていてもなお寒く、服の隙間から冷気が体を突き抜けていくよう。

 寒さが大嫌いな俺は積雪注意報が出ているような極寒の今日という日に、本来外出しようとする考えを起こすのも珍しい。

 それもこれも、アイツに会いたい、という単純明確な理由をもっているがため。

 今日はアイツにとって、新たな《始まり》を意味する日であるから。

 有名どころである一流私立大学の法学部に入学したのは、昨年の春。今は教職員課程やら資格の履修関係で時間に空きが出来れば瞬く間に大量のレポートで時間は潰されている。

 もう年の瀬といえる十二月二十五日になるにも関わらず冬休みはまだだった。講義はあと少し残っていて、二十八日から約一週間冬休みがあるから早く休みになるのを楽しみにしていた。

 休みになればアイツと少しでも多く共有する時間を過ごせるということだけが、今の俺の心を浮き立たせていた。

 はぁー。

 吐く息は白い。北風が強く吹きつけ、凍える寒さが一層増す。手袋をしていても分かるくらい酷い冷気。落ちかけたマフラーを首に巻き直し、気休め程度であるが手袋をしている手に息を吹きかけて、寒さを凌ごうとした。

 雪で濡れないようビニール袋の中に入れている目的の物。それを手に提げて、向かう足取りは確かにある場所に向かっていた。

 冬のこの時期は日没も早い。十八時頃にはとっぷりと日は暮れており、夏の時期ならば夕焼けの明るい空であっても、今冬の季節では夕方ではなく夜という表現がふさわしかった。

 愛飲している煙草を吸おう胸ポケットへと手が彷徨うが、ふと脳裏をアイツの言葉がよぎって手を止めた。

『歩き煙草ダメッ!』

 俺が煙草を吸おうとして行動起こした手をベチッと叩いてくれたあの時のことが記憶にもまだ新しい。

 都心の一部では、歩き煙草自体が条例により禁止されているところもある。歩き煙草に副流煙で被害を受ける人もいるのだということを、アイツに懇々と諭された。喫煙するなら分煙! と力説したアイツ。

「あー……怒られるな」

 怒っている時の顔が思い浮かび、思い出し笑いをしながら一度出したジッポをポケットに再び閉まった。

 しばらくして目の前には巨大な建物。そこを別に気にも留めず、入り口から建物の中へと入って行った。

 建物の正面入り口の上部には、《水城総合病院》と名前が記されていた。

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