砂時計
02
 




『千歳君、今日退院ね』

『へ、はっ…………?』

 あの日、あれから担当医の桑原がやって来て、問診と現在の病状について説明がされた。

 心臓の状態、体調の変化、薬についてなど。

 一通り話が終わる頃には日はとっぷりと暮れていた。そんな時に桑原からの一言。

 当然、聞かされた本人は驚く以外ない。そのような話、そんな素振りを見せていなかったのだから。

『今、千歳君の体の状態安定しているからね。無理は禁物だけど』

『いや……そうじゃなくて!』

『退院するの嫌かい?』

『だから何でですかッ! 理由を聞いているんです!』

 はい退院と急に言われても、半年近く病院生活なのだ。しかも当時一時退院(外出)した理由は、憐が引き起こした騒動のため。

 それがなかったら、いやそれ自体含めなければ、一年以上の入院生活だった。

 ほんのひと時退院しても、それは些細なことに過ぎない。数日のうちにまた病院へと戻る必要がある。

 殆どが病院生活だった千歳にとって長い間外の世界とはご無沙汰だった理由もあり、逆に外界に出ることも怖くなっていたのだ。

 病院内と窓越しに見る世界が千歳にとっての世界であったから。

 だからこそ、いきなり言われても納得が行かなかった。

『千歳、落ち着け。俺たちが頼んだことなんだよ』

 動揺も顕に取り乱している千歳を窘めて、憐は驚かしてすまんなと謝罪してぽんぽんと背を叩く。気が落ち着くよう宥めた。

 話の筋が分からない千歳に、唐突に理由も述べなくして話を切り出されれば誰だって混乱するものだと、憐も苦笑気味に思った。

 すべては、憐が以前桑原に持ち出した相談事が原因だった。退院すること出来ないか、について。そしてもう一つ理由があり――、

『どういうこと、父さん?』

 早く答えてよ、と急かすように訴える目は、先程の話が本当に衝撃を与えたのだと分かった。

 少し苛ついているのか言葉に刺が含んでいる。普段物静かな性格であるからこそ、千歳の変化に誰もが気付かないわけがなかった。

『千歳、学校に行かないか?』

『――――――は?』

 もっと衝撃的な返答が来ると予想していなかった千歳は、さっきまで取り乱していたのは打って変わって、今度は言葉も咽に支えて何も言うこと出来なかった。

 ただただ呆然としていた。 

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あきゅろす。
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