砂時計
07
家族全員が揃って皆で千歳との再会を喜び合うのもつかの間の出来事。
「千歳、体はどうか?」
悠が心配気に尋ねた。儚い末弟のことが心配だからだ。兄たちは皆、千歳のことが大好きだった。
兄の言葉に千歳はふわりと柔らかく笑みを返すだけ。だが、笑みの裏に悲しげなものを滲ませていることに皆気付いた。
「別に……今までと変わりないよ」
病状は快方に向かうことはない。あるのは、徐々に病魔が躯を蝕むだけ。いくら病気の進行を少しでも抑えていても姑息的治療でしかなかった。症状を一時的に緩和するだけだった。
「あ、でも……桑原先生にあれ言われたなぁ……」
「あいつに?」
「うん――――余命二年だってさ」
「――っっっ!」
何てことないような口振りに皆愕然とした。自分の命に関わる話であるのに、普通に話したからだ。
誰よりも一番辛いであろう千歳本人の口から告げられるとは。
先程まで賑やかだった部屋は一転して静寂に包まれる。
重苦しい空気。
酷い衝撃を受けて言葉を失った。千歳以外皆して何か言いたくとも不可抗力のようにして心が動揺し、無言を与えたのだった。
塞いでしまいそうな重い沈黙の中、一人が口を開いた。
「千歳。無理して話さなくて良いんだよ?」
本人の口から告げるのは勇気と相当の労力も要ることだ。平気な口振りの裏に垣間見える死への恐怖の色は、一番の近親者である憐や悠たち兄弟は見逃さなかった。そんな無理して話す千歳に不安を覚え、悠が言ったのだった。
病気を発症する以前からも病弱で、千歳が生を受けてからの十五年間で実家にて過ごした時間は如何程であったろうか。
大方が病院での生活だった。
外の世界に行くことを一番望んでいるのに、有余の命と時は残り僅か。
「だいじょうぶ、大丈夫……俺は無理してなんかないよ。この生活楽しんでるんだからさ」
我が儘を言いたくないから、家族にちょっぴり嘘を吐く。
けれどもそれに騙される家族でもない。嘘を吐くのが苦手な千歳だから。
「嘘こけ。俺たちゃ騙されねーぞ。お前嘘吐くの下手なんだから」
千矢が「ばーか」と言いながら千歳の頭をポフッと軽く小突いて、くしゃくしゃっと頭を撫でた。年の違わない兄に子ども扱いみたいにされて、千歳は頬を膨らませる。
そんな反応が面白くて可愛いから余計に皆千歳のことを子ども扱いするとは露知らずに。
「なあ……千歳。やっぱり心臓移植受けないか?」
「――――受けない」
間髪を入れず即答。
前から千歳は死への覚悟をしていた。己の命が最早残り長くないことを。年々弱まる体と付き合う内に、余命を宣告される以前から体が病によって冒されていくことが分かっていた。
「移植受けるだけでお金すっごくかかるんだよ? それにすぐドナーが見つかるとも限らないし。心臓を移植して命を存える手段を選ぶより、俺は尊厳ある死を臨みたい」
はっきりと告げた言葉は、儚い印象が強いのに対して目は真剣そのもの。スカイブルーの澄んだ瞳は、混じり気のない強い意思を宿していた。
担当医の桑原にも心臓移植をしないかとは前々から聞かれていたが、その時はまだ千歳は迷っていた。生きたい、と思う気持ちから。
『生きたい』と『命を存える』という言葉の意味がどのように違うか、自分なりの答えを模索した。
確かに千歳は『生きたい』と思っている。心臓移植しか根治治療が現代医学でない特発性拡張型心筋症。だけど、『生きたい』から心臓移植を受けなくてはならないのか。
答えは――否。『生きたい』のなら精一杯今を生きれば良いのではないか。人生の最終局面まで延命措置を極力少なくして出来得るぎりぎりのところまで生きる、ということも『生きる』ことに繋がるのではないかと思ったのだ。
悔いなく生きれば良いじゃないか。
元々千歳がいる病棟は、難治性の高い重篤な患者や終末期医療を望む患者が入院する場所。
ターミナル・ケアは尊厳死を望むことであり、それは自己決定権に由来する。則ち、他人に強制されて為し得るものではないのだ。
「……心臓移植が根治療法だとしても受けないのか?」
「ううん、違う。生きたい。でも移植したとしても免疫抑制剤が必要なんだよ? 移植するためには心臓の提供者だって必要。他人の犠牲の上に成り立って存える命であるくらいなら、俺は今を生きたい。精一杯生きて死ねるなら後悔しない」
迷いのない揺るがない瞳は、本人の意志を顕していた。
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