砂時計
05
 
「ちったあ、俺に休みくれろってんだ」

「何言ってんの父さん、経営者がそんなこと言ってたら務まらないでしょ」

「良いんだよ、俺の会社なんだし。たまには休みもらわないとな」

「後で安達さんに相当絞られると思うけど」

 千歳は父の秘書である安達のことを思い浮かべる。

 仕事に厳しい真面目な人間で、ある意味憐の手綱を握っているのは安達といえよう。仕事をサボろうと雲隠れする憐を引き戻すのはいつも安達の役割だった。

 これではどちらが上の者か、立場が逆転していると考えられなくもない。

 それでも神水葱憐は、神水葱ホールディングスのトップなのだ。

「ハハッ! 千歳言ってやれ言ってやれ、本当に親父仕事サボるからな」

「……そうなの父さん……?」

 長兄悠の言葉に、千歳は思わず眉を顰めた。

 本当なのかと父へと仰ぎ見る。

「あ、あー……いつもアイツに捕まる……」

 どこかぼんやりと遠くを見遣るように。あまり良い記憶ではないのだろう。

 実のところ、仕事の処理能力は他に引けを取らないどころか見事な采配能力は誰もが目を見張るほどに――否、大企業の経営能力は各界の著名な人間が尊敬するくらい憐は一個人として有名である。

 だが性格に少々難があり、その時の気分で斑がある。気分が乗ればそれこそ凄まじい能力を発揮をするものの、逆に気分が乗らなければ何もしようとしない。それが仇となり仕事から逃亡することがあるが、すぐに行方がバレて捕まり社長室の執務机に縛りつけられるのであった。

 行方を暗まして捕獲されたあとの扱いは酷いもので、上司としての尊厳はこれっぽっちもない。

『とにかく仕事して下さいッ! 滞っているんです!』

 安達が繰り返し使う言葉は、丁寧でありながら刺々しいものだった。いくら上司といえども容赦という字は安達の辞書にはない。

 手加減なし、情けも容赦もない。

 そんな右腕と言えるべき部下を持っているから、なかなか気が休まることはなかった。

「失礼します」

「……ゲッ」

 病室のドアが開きまた部屋に来客かと思ったが、そうでもなかった。

 来客ではあるけれども、憐が顰めっ面をしたその人物は、

「しゃ・ちょ・う?」

 綺麗な顔した女性もとい男性は、憐を見た瞬間つかつかと足早に歩み寄ってくる。

 憐は少々逃げ腰の体勢。

 柔和な顔立ちである男性であるがため、般若の如き顔つきは綺麗さに増して恐怖以外の何物でもない。

「社長? お迎えに上がりましたよ」

「……んで、ここって分かったんだよ。久弥(ひさや)」

 般若……訂正、にっこりと能面を張り付けたような笑みを浮かべる彼は安達久弥。神水葱ホールディングス代表取締役社長つきの第一秘書であり、憐の片腕という要職を担っている人物である。そして、今し方話題の中心人物であったり。

 噂をすれば……なんとやら。

 古き謂れの諺にあるように、噂をしている最中に当人が現れるということで。今まさにぴったりと言葉が合っている。

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あきゅろす。
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